負けイベントに勝ちたい   作:暁刀魚

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15.色欲龍はいやらしい。

 ――色欲龍エクスタシア。

 シリーズにおいて皆勤である彼女だが、彼女と戦闘する機会はシリーズを通して二回しかない。同じく皆勤の百夜は必ず全作品で戦闘があり、時にはシナリオ中に一回。裏ボスで一回と、計二回戦うことも在る彼女とは対照的だ。

 

 理由は基本的にエクスタシアが味方サイドの存在であること、エクスタシアが戦闘に積極的でないことが上げられるだろう。

 そして、大罪龍七体の中で、下から二番目に位置する強さのエクスタシア。大罪龍の中で、戦いが得意ではないという事実も本人的には理由らしい。

 

 とはいえ、腐っても大罪龍。全力で戦った彼女は、作品の裏ボスになる程度の実力はある。具体的には二作品目の「クロスオーバー・ドメイン」で彼女は本編後日談のラスボスを務める。

 その際は特に弱体化させる展開もなかったため、彼女はドメインシリーズでは珍しい、互いに素の実力で戦うことになる大罪龍だ。

 

 基本的に、シナリオ上で戦う大罪龍はこちらがシナリオで強化されているか、向こうが弱体化しているかのどちらかだ。そうでない場合の大罪龍と戦う機会は、だいたいクリア後ダンジョンの隠しボスか、本編後日談の裏ボスとなる。

 

 なので、色欲龍の強さは簡単に言えば、師匠が四人いれば普通に勝てるレベル、である。強欲龍と比べればだいぶ有情で、勝ち目の在る勝負である。

 

 ――ある状況に陥らなければ。

 

「君っ! エクスタシアの情報って何かないのかい!?」

 

「戦う予定がなかったのでなんとも! ただあの刀は発炎刀といって、あそこからこちらを発情させる煙を出し続けています!」

 

「いやらしいな!!」

 

 ――エクスタシアは、戦闘中常に発炎刀から、人々を発情させる煙を出し続ける。今も辺りにはその煙が広がっていて、部屋を充満させるのに時間はそうかからないだろう。

 

「師匠、息を止めながら戦うことってできますか?」

 

「概念化していれば、理論上はできるだろうけど、普段無意識でやってることを意識的に止めながら戦闘って無茶いうなよ!?」

 

 ですよね、と返しながら、まぁ努力目標ということで、息は止めておいた方がいいと伝える。気休めにしかならないだろうが、やらないよりはマシだ。

 

「んふふ、いいかしらー?」

 

「おっと失礼。レディを待たせるのは礼儀にかける……な!」

 

 師匠が、先手を取って動き出す。僕もその後に続いて、戦闘はスタートした。

 

「――“E・E”!」

 

 電光のごとく懐に飛び込んだ師匠。その槍がエクスタシアに見舞われる。エクスタシアはそれらを発炎刀で弾きながら、ゆらゆらと揺れるように回避していく。

 高速の三段突きを、軽々と捌いたままに、反撃で刃を向けて、

 

「“色牙”ー」

 

 間延びする声で、刃を淡く光らせながら、振り下ろした。

 

「……っ!」

 

 ふと、何かを感じ取ったのか、距離を取る師匠。その間にサイドに回った僕が、一気に接近する!

 

「“D・D”!」

 

 師匠は囮で、本命は僕だ。一気にコンボを叩き込んでやる。

 

「“色牙”ねー?」

 

 飛び込んだ僕を待ち受けるように、下段から斬りかかるエクスタシアへ、僕はコンボを起動。

 

「“S・S”!」

 

 色牙は僕をすり抜け、僕の刃がエクスタシアへ突き刺さり、

 

「“B・B”! でもって……“A・A(アンチ・アルテマ)”!」

 

 そこから、新技だ。アンチ・アルテマ。スロウ・スラッシュと並ぶ使いやすい無敵判定持ちの近距離攻撃。こちらはモーションが突きであることが特徴だ。

 

「そのまま! “C・C(クロウ・クラッシュ)”!」

 

 更に、突き刺さった剣が炸裂。

 

「きゃあっ」

 

 いきなりの爆発にエクスタシアが後退。僕は構わず踏み込んで――

 

「“A・A”!」

 

 更にAAでつなぐ! このまま一気に……と次のコンボに移行しようとした所で、炸裂した煙の中から、妖艶に笑みを浮かべるエクスタシアの姿に気がつく。

 

 ――嫌な予感。見覚えのあるモーションに、僕は即座にコンボを別のモノに変更した。

 

「――“壊洛”」

 

「ッ! “D・D”!」

 

 振り上げた剣が、地面に叩きつけられると同時、発炎刀の煙が爆炎のように周囲へ広がった。――そこを、ギリギリで避けて師匠の側に着地する。

 

「大丈夫かい? 今のは当たるとまずかったかな」

 

「まずい……というか攻撃がどれもこちらの行動を阻害するものなんですよ。色牙にしろ、壊洛にしろ!」

 

「……そんな気はしてた!」

 

 師匠が直感に頼って距離を取ったのも、似たような理由らしい。

 ――色欲龍の戦闘スタイルは僕と似ている。要するに敵にデバフを特盛で押し付けるスタイル。色牙は速度低下。壊洛に至っては、倍率は低いが、()()()()()()()()のデバフだ。三百六十度に広がる広範囲攻撃なのに!

 

 しかも厄介なのは、ルーザーズの仕様ではデバフが重複する。今僕が戦っている彼女は、おそらく2の裏ボス仕様とそう変わらないだろうが、このデバフ重複との相性が極悪すぎる。

 2で戦うときも、予め状態異常耐性を盛りまくった上での戦闘が前提なんだぞ!?

 

「師匠、彼女との戦闘を長引かせたらいけません。速攻をかけましょう」

 

「……ああ、あの発炎刀だろ? 解ってる、けどな……強欲龍以上にこいつの攻撃はあたっちゃいけない代物だぞ!」

 

 師匠は強い。僕もそれに多少は追いつける程度に強くなった。

 その上で、僕らの弱点は()()()()()()だ。向こうから飛んでくるデバフと状態異常を、防ぐ手段がなにもない。僕のSBSも、あくまで判定を消すだけで、常時効果のデバフは無効化できないのだ。

 

 だからこそ、速攻在るのみ……なのだが。

 

「――戦いにくいなぁ!」

 

 再び突っ込んだ師匠が、嘆くようにしながら距離を取る。今、エクスタシアの周囲には壊洛の炎が広がっていた。

 ――言うまでもなく、その効果中は彼女には近づけない。SBSという選択肢もあるが、それは僕が近づいていた場合の選択肢だ。

 

 エクスタシアは、基本受け身のスタイルを取る。大きく戦場を動くことはなく、攻撃してきたこちらにたいして、迎撃という形で渡り合うのだ。

 ただ、遠距離攻撃も備えており――

 

「“妖炎”」

 

 ぽつりとつぶやいた彼女の周囲を旋回するように、火の玉がすごい勢いでこちらへ飛んできた。さながらプロペラ攻撃のようだ。とはいえこれは、あくまで点の攻撃なので、避けることはできる。

 しかし、そこをくぐり抜けて接近しようとすると、向こうの壊洛に間に合わない!

 

「“壊洛”」

 

 何とか接近を試みる僕らをあざ笑うように、さらに爆炎が溢れ出る。

 

 ――とにかく、近づきにくい。しかも、定期的に飛んでくる壊洛は、こちらのコンボを続けさせない。一気にコンボを叩き込んでダメージを稼がないといけないのに、色欲龍の戦闘スタイルはそれをさせないようになっているのだ。

 その代わり、ダメージは低く、キチンと耐性を積んでいる場合は、このデバフの群れをくぐり抜けて、ゴリ押しでダメージを稼ぐことができる。

 

 耐性の有無で、大きく戦いやすさが変わる敵、それが色欲龍なのだ。そして、耐性がないまま手をこまねいていると、時間オーバーとなってしまう。

 

「……多少ムリにでも打って出るか! この際だから壊洛はあきらめよう!」

 

「ハイ! すいませんけど、お願いします!」

 

 ――まぁ、最終的にはそういう結論になる。壊洛のデバフは倍率が低い。いっそ受けて気にせず殴ったほうがダメージを稼げるだろう。

 

「んふふ、なら――」

 

 同時に突っ込んできた僕らに、まずは素直に壊洛をエクスタシアはぶつけてくる。僕は念の為SBSで避けてみるが、こういう時に限ってコンボをミスるのだ。SSを撃ちそこねた所に一撃をもらいつつ、それでもHPは体感で一割も削れていないだろう。

 

 このレベルの敵としては、本当に攻撃の火力が低い。

 

「――一気に削りにいっちゃいましょう」

 

 ある、一撃以外は……!

 

「師匠……!」

 

「むぅ!」

 

 ――発炎刀を構えた色欲龍が、怪しく微笑む。どことなく受け身というか、マゾヒスティックな雰囲気の漂う彼女が、その一瞬はサディスティックな悪魔に映ってならない――!

 

 

「“死奇翼”」

 

 

 直後。発炎刀から、翼のような炎が巻き起こり、師匠を狙う。

 ――死奇翼。自身の名前を冠したエクスタシア最大火力の一撃。その威力は一発一発の火力が低いエクスタシアの攻撃の中で、唯一こちらを一撃で概念崩壊までもっていきかねないものだ。

 刀から生まれた翼による三回攻撃。全て喰らえば、師匠でもひとたまりはない!

 

「う、おおお!? “T・T”!」

 

 ――一撃。師匠はそれをTTの無敵時間で躱す。だが、そこで攻撃が終わらない! 続けざまにもう一度、翼が振り下ろされる。

 

「“E・E” っと、と! “T・T”!」

 

 そこですかさず師匠はEEで距離を取り、何とか滑り込むようにしながらTTで三回目の攻撃を回避、同時に反撃とばかりに雷撃槍をエクスタシアに叩き込んだ。

 

「……!」

 

「こっちも忘れないでくれよ! “S・S”!」

 

 同時!

 僕も間合いに入り込むと、SSからのコンボを起動。

 

「っく、“妖炎”ッ!」

 

 直後、エクスタシアが反撃とばかりに炎のプロペラを回転させるが、その一撃は()()()()んだよ!

 

「読めてるぞ! “T・T”!」

 

「“A・A”!」

 

 僕と師匠が、それと合わせて無敵時間のある技を発動、凄まじい勢いで回転し、広がっていく炎は、即座に僕たちをすり抜けていった。

 

「――“色牙”!!」

 

 更にもう一撃、接近する僕たちに近距離から一閃を見舞うエクスタシアだが、

 

「“E・E”!」

 

「“D・D”!」

 

「もう――ッ!」

 

 即座に僕たちが距離を取ったために、攻撃は空振りに終わる。

 ――形勢がこちらに傾きつつある。多少のデバフを許容した結果、こちらの動きに無茶が入り始めた。概念戦闘は、通常の戦いとは違い一撃の致命傷がない。だからこそ、如何に無茶をするかが肝。要するに調子が出てきたってことだ。

 

 だが、それでも間に合うだろうか。先程から何度も概念技を叩き込んではいるが、一撃一撃はそこまで威力が高くない。何とかコンボを稼ぎたい所だ。レベルが上がったおかげで、コンボを稼ぐことで使える技とかも増えているのだ。

 

 間にSSを噛ませつつ、DDでもう一度接近、左右から挟むようにしつつ、一気にコンボを加速させる!

 

「――“G・G(グラビティ・ガイダンス)”!」

 

「“P・P(ファントム・プラズマ)”――!!」

 

「ん――」

 

 少しだけ、まずいというような感情を込めたようなエクスタシアの吐息。

 

 僕の刃が黒に染まり、師匠のそれが白に染まる。

 ――そのモーションは、それぞれ、SSとTTに近い。今、僕らが使ったのは“上位技”と呼ばれる概念技。コンボを一定数稼ぐと使えるようになる。それらは単純に威力が上昇するだけでなく、射程とか効果範囲や追加効果の倍率も変わってくる。

 

 ただし、これら上位技は派生前の技と同じ技扱いなので、例えば僕のSSとGGは同じ速度低下のデバフがあるが、この場合SSの効果がGGによって上書きされるに留まる。

 もちろん、GGを入れる意義は大きいのだが、

 

 ――今は速度低下よりも、とにかくダメージだ!

 

 そうして。

 僕も師匠も、上位技を折込みながらダメージを与えていく。残り時間が少ない、そうなってくると、必然的に焦りも生まれる。

 こちらの攻撃を受けつつ反撃を入れるエクスタシアは、その一瞬を狙っていることがありありと見て取れた。

 

「ちょこまか、ちょこまかって感じ……ねえ! でも……」

 

 そういいながら、エクスタシアが刃を振るう。何かしらの効果を持たない通常攻撃。――これは食らっても問題ない。僕は気にすること無く踏み込んだ、が。

 

「“E・E”ッ!」

 

 師匠が、思わず距離をとる。いや、これは――!

 

 僕を切り裂いたまま、師匠の方向へ振り抜かれる刃に、

 

「“色牙”」

 

 色牙が載せられていた。

 危うく。

 僕と同じように接近していれば、一撃をもらっていた。つまるところ、これは攻撃パターンが変わったということ――!

 エクスタシアは、何かを考えるような仕草をしながら、刃を翻し、こちらへ振り返る。

 そして、

 

「“陰刀”」

 

「……!!」

 

 ――続けざまにもう一撃。先程まで使ってこなかった技だ。たしかコレは……

 

 直後、エクスタシアの握る刀が、姿を消した。そうだ、これは間合いを図らせなくする技。そしていやらしいことに、これを使っている間、エクスタシアの刀は“伸びる”のだ。

 初見殺しのそれを、僕は――()()()()()()()()()()()

 

「な、ちょっと!?」

 

「大丈夫師匠、この攻撃は、威力が高いだけです!!」

 

「――ふうん?」

 

 まともに一撃を受け、HPの四割を盛っていかれる。だが、ノックバックもデバフもない、このまま叩き込む――!

 

「――“G・G”!!」

 

 そこで、

 

「――“壊洛”」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「な――」

 

 思わず、コンボが途切れる。

 まずい、ここでコンボが途切れると、どう考えてもダメージが足りない。――いや、そうだ。ここはゲームじゃない、現実だ。コンボに固執しすぎていた!

 

「おっかしいなぁ。あなた、私と戦ったことあったっけ?」

 

「……はは、どうでしょう」

 

 いいながら、僕は駆け出す。とにかく時間がない、師匠もまた同じように色欲龍へと接近し、僕らは勢いよく色欲龍へと斬りかかる。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――」

 

「……!」

 

 ――あ。

 ああ、そうか。色欲龍相手に、負けイベントに勝つつもりでやっていたから、そこへの意識がおろそかになっていた。

 僕らのエクスタシアに対する戦闘方法は、()()()()()()()()()()。彼女の戦い方を理解し、それに対する対策を意識した上で戦っているのだ。

 

 初見のはずのエクスタシアからしたら、違和感しかないよな。

 

 いや、今はいい。最悪エクスタシア相手なら、話してしまっても構わないだろうし――

 

「――やっぱり、あなたは特別みたいね。敗因くん」

 

 ――ゾクッと、嫌な予感が背筋を奔った。

 これは、獲物を狙う肉食獣の目だ――!

 

「……私は知らないぞ!」

 

 それを見て、師匠が投げた。

 

「師匠!?」

 

「ふふ――」

 

 刀を前に構え、エクスタシアが。

 

「――“死奇翼”」

 

 再び、自身の最大火力を解放する。

 

「解っているかと思いますが、アレを食らうと最悪師匠でも概念崩壊します。気をつけて!」

 

「……だろうね!」

 

 明らかに、他の技とは雰囲気が違うからだろう、師匠もこれが危険な技だと解っているようだ。それでも、構わず突っ込む。

 ――ここで足を止めてはいられない!

 

「申し訳ないけど、倒れてもらえる――?」

 

 翼が、僕と師匠を同時に狙った。

 

「ちょ――!」

 

 ゲームではなかった挙動だ。そりゃ、片羽根じゃないのだから、こういうこともできるのだろうけど――!

 

 慌てて、飛び退きつつ、DDで接近する。二発目はSSで透かす――!

 

「んふ」

 

 ――そこで、エクスタシアは二発目を、()()()()()()()()()()()()()()。それも、時間差で、って、それはまずい――!

 

「くっ――“S・S”! “B・B”! “S・S”!」

 

 即座にSBSのバグを起動させる。何とか攻撃を避けつつ、反対側から師匠が突っ込んだ。師匠に攻撃を向けなかったために、その攻撃は回避できない!

 

「“T・T”!」

 

「きゃっ」

 

 ――そこへ、僕も二発目のSSが突き刺さり、色欲龍を削っていく。でも、まだ足りない。そして、色欲龍の三発目も!

 

「やっぱり――」

 

 そして、僕をちらりと見てから、今度は僕にも師匠にも、翼を伸ばす。

 

 ――翼は一つだけ。でもって僕のHPは体感残り五割……なら!

 

「――“C・C”」

 

 僕は、()()()()()()()()()()()()()を選択する。そうだ、今のHP残量なら、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「“T・T”って……君!? 大丈夫かい!?」

 

 師匠は回避を選択。まぁ、しょうがないよな。師匠は死奇翼一発のダメージ量を正確に把握しているわけではないのだから。

 

「大丈夫――! このまま!」

 

 ――今僕が選んだコンボルートは、発動時間が短い。故に、無敵時間を挟むコンボよりも、早く上位技へとつなぐことができる!

 

「――やっぱり、あなた私のこと、丸裸にしちゃってるわね?」

 

 そして、色欲龍は薄く笑みを浮かべながら、僕の方を向く。

 

「だったらどうした! ――“G・G”!」

 

 僕が、構わず一撃を入れると――色欲龍は、

 

 

「――“死奇翼”」

 

 

 続けざまに、致死の一撃を叩き込んでくる。

 

「……!!」

 

 解ってはいたが、連打してくる――! ゲームの行動パターンだと、連打というルーチンは存在しないのだが、ここは現実故に――!

 

「“D・D”!」

 

 慌てて距離を取る。

 ――まずい、まずいまずい。

 

 師匠も同じように距離を取り、死奇翼は不発に終わったが――いまので削りきれなかったのは、相当にまずい。

 

 ()()()()()

 

「でも、ちょっとだけ戦い方に違和感がある。私のことを丸裸にしてるけど、ナマの私は知らない。私のキモチイイとこや、弱いところとか、そういうのは全然解ってない感じ」

 

「……言い方!」

 

「んふ。まるで、教科書でしか私のことを知らなかったみたい。……ねえ」

 

 悪魔のように、色欲龍は笑みを浮かべて。発炎刀を横に広げた。

 

 ――その構えを、僕はよく知っている。

 

「どこで習ったの? 敗因くん」

 

 その刀身が、こちらへ対して向けられる!

 

 

「“士気錠卿”」

 

 

 直後。

 僕らの体が、鉛のように重くなる。

 

「う、ぐ――」

 

「これは……」

 

「んふ、でも残念。間に合わなかったみたい、ね?」

 

 ――士気錠卿。エクスタシアの持つ技の中で、もっとも脅威であり。()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()技だ。

 その効果を、僕と師匠は正面から受けることと成る。

 

 まず、分かるところで言えば、動悸がすごい。体が熱い、それこそ発情してしまったかのように火照ってしかたがない。

 能力的には、全ステータスに対する強制的なデバフ。

 

「……これは、概念化していなければ、私達は今ごろ猿かなにかにでもなっていたな……?」

 

「そうね。普通の人なら、もう正気じゃいられなくなって、所構わず誰かを襲っちゃうわ」

 

 フレーバー的には、“強制発情”。

 戦闘開始時から、発炎刀によって広がり続けていた色欲の煙が、完全に部屋を支配したのだ。その淫猥に満ちた気配には、概念化した概念使いですら、正気ではいられない。

 

「……それだけじゃないですよ。これ、うまく集中できなくなってます」

 

「つまり?」

 

「……()()()()()()()()()()()()()()()()()、これを食らうと」

 

 ――そう。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そのデバフは、ドメインシリーズにおいてはあまりにも致命的すぎるデバフだ。

 なにせ、コンボがつながらない。

 

 コンボを繋げて、途切れさせないように一方的に叩きつけつつ、上位技で敵のHPを削ることが基本戦術のこのシリーズにおいて、確率による不発はあまりにも重い。

 故に、

 

 

「――チェックメイト、かしらね」

 

 

 勝ち誇るように、色欲龍は言う。

 その言葉に、僕たちは、答えることすらできなかった――――


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