負けイベントに勝ちたい   作:暁刀魚

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140.そして運命は開かれた。

 気がつけば、僕とマーキナーは、戦場の遠くで倒れていた。

 それまでの戦いで、僕らは大きなダメージを受けてはいなかった。お互いのスペック故に、戦闘スピードが早すぎるがゆえに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 故に決着をつけうるのは、お互いが防ぎようのない最大技をぶつけ合った時だけ。結果としてそれは――あまりにも明白だった。

 

 ――天に、ぽかんと穴が空いていた。

 

 それまで、まばらに存在していた雲がどこかへと消えて、ポッカリと何もない晴天の空が広がっている。同時に、周囲にあった岩場が消し飛んで、まっ平らな更地が、遠く、視界の端にまで広がっていた。

 

 今、この場にあった山が、キレイに真っ平らに、消し飛んでいたのだ。

 

 それを確認してから立ち上がる。同時だった。僕とマーキナーが、再び剣を握り、構え直す。

 

「あはは、本当に君は面倒なやつだなぁ。どこまでボクに食らいついてくるんだい?」

 

「もちろん、勝つまでだ」

 

「――こまったなぁ、人気者は辛いよ。君のような厄介な輩に追い回されて、息をつく暇もない」

 

 やれやれと、ため息交じりにマーキナーはつぶやいて、それからとん、とステップを踏む。それから、ふわりと浮き上がるのだ。

 ゆっくりと、高度を上げて、小柄な体が、僕を見下ろす位置に来た。

 

「この器、この戦い方では、あまりにスペックが君と同等すぎる。どちらかが下手を打つまで耐久しつづけるチキンレースなんか、ボクはごめんだ」

 

「そうかよ、まぁある程度は同意するけどな。僕だって、戦う相手くらい選びたい」

 

 永遠に戦うというのなら、僕は傲慢か強欲がいい。こいつは、何もかもが軽いのだ。軽薄で、重みがない。戦い方すら暖簾に腕押し。手応えがまったくないのである。

 

「だから君も知っているだろうが――少し戦い方を変えるとしよう。死んでくれてかまわないが、――せめてボクを愉しませてから死んでおくれよ」

 

 とはいえそれは、向こうもそう違わない感想を抱いているのだろう。だから変化を、行き着くところまで行き着いた僕たちの戦いは、マーキナーのパターン変化という形で、変転を迎える。

 

「“S・S(シルバー・ストレンジ)”」

 

 銀色の鉤爪が、

 

「“G・G(ゴールド・ゲーマーズ)”」

 

 金色の花弁が、

 

 空中にひしめくように広がった。

 

「じゃあ、いっそド派手に、死んでおくれ」

 

 鉤爪は、マーキナーの指示に従ってこちらへ飛んでくる。花弁は、やつの周囲を旋回しながら、近づけばたちまち僕を焼き尽くす。

 一つ一つは、()()()()()()()。僕の手のひらに収まるようなサイズだ。それが、無数。寄り集まった元素のように、粒が一つにまとまって、形をなしている。

 

 僕は即座に動き出す。こうなればマーキナーの攻撃は苛烈の一言。ただ動き回っただけでは避けようがない。いずれ追い詰められ、あの花弁と鉤爪によって、焼け落ちる。

 とにかく大事なのは攻撃を誘導することだ。誘導した上で、

 

「“S・S・R(スロウ・スラッシュ・リライジング)”!」

 

 無敵時間の間に、それらが通り過ぎる。しかし密度は別に薄くなったわけではなく、すぐに次がやってくる。僕は足を止めることなく、ただただ先へ進んだ。

 

「あはは! 踊っている! 踊っている! 楽しいな! 楽しいなあ!」

 

 剣を振るえば、花弁が、鉤爪が、粒のような光に変わる。弾け、砕け、消えていく。僕たちが空けた晴天の輪の外から、日差しが照りつけるように降り注ぎ、砕けた光がきらめく。

 上空から眺めるマーキナーには、さぞかしきれいな花火だろう。

 

 その全てに、致死の火力が込められているとしても。

 

 いや、だからこそ、か。

 ――そしてついには逃げ切れなくなった僕の身体を、花弁が掠める。

 

「ぐ、ううう!」

 

 概念化していてもなお、それは僕の芯を焼く熱だった。ダメージとともに、これには痛みを与える効果がある。すぐに引いて、消えてなくなるが、だからこそ、この痛みはマーキナーの嫌がらせなのだ。

 

 構わず踏み込んで、飛び上がる。

 逃げているだけでは何も変わらない。マーキナーに切りかかり、マーキナーを倒さなければ、一向にこの攻撃は止むことを知らないのである。

 

「マーキナァアア!」

 

「吠えるなら、いくらでも吠えなよ! 僕にとどかないようにねぇ!」

 

 いよいよもって、互いに言葉に熱がこもる。

 僕は襲いかかってきた鉤爪を薙ぎ払い、花弁を無敵時間で躱し、大回りをしながらマーキナーに接近する。移動技による空中機動は健在で、三次元から、マーキナーへと追いすがっていた。

 

 そして、

 

「届け――!」

 

 僕の攻撃が、マーキナーへと狙いを定める。上空を取った。周囲には弾丸。僕の概念技が、地上へ向けてマーキナーを巻き込み、一斉掃射される!

 

「“B・B・W(ブレイク・バレット・ライティング)”!」

 

 そして、それは。

 

 

「“O・O(オリジン・オキシジェン)”」

 

 

 ――突如として放たれた最上位技によって、自身の花弁と鉤爪ごと、薙ぎ払われた。

 

「くっそ、やっぱりか! “D・D・G(デフラグ・ダッシュ・ゴーイング)”!」

 

 だからこそ、躱しやすいように僕は上空へ上がったのだし、鉤爪が追いついてこないタイミングで放ったのだ。

 一気に距離を取り、なんとか回避する。しかし途中で余波を食らって吹き飛ばされ、いくつか花弁が僕を掠めた。

 

「が、ああああああ!!」

 

 直撃はない、ないように身を捻った。

 だが、それでも躱しきれなかった痛みが身を焦がす。概念崩壊のそれとなんら遜色ない痛みに、思わず叫び声を上げていた。

 

「やっぱり躱すかぁ。ほんと、初見殺しが通じないのが一番面倒だよね、君」

 

「く、そ……それでも、ギリギリだったぞ」

 

「アハ、ならよかったぁ――次で死んでくれるよね、きっと」

 

 原理は簡単だ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。故にいつ最上位技が飛んでくるかわからない状態で、僕は戦わなくてはならないのだ。

 

 もっと言えばマーキナーは、この花弁と鉤爪を維持したまま――

 

「いや、ほんとに死んで? 頼むからさ」

 

 ()()()()()()だ。

 

 ――僕の耳元で、マーキナーはささやくように、死を告げた。

 

「う、おおお!」

 

 概念技で、即座に無敵時間を入れる。

 マーキナーはそれを剣で受け止めながら、鉤爪を周囲に出現させる。花弁が漂うこの場で、回避は難しい。ならば――

 

「“B・B・W(ブレイク・バレット・ライティング)”!」

 

 概念の弾丸を呼び出す。

 僕の一撃が、辺りに向けられて――迫る鉤爪と相殺した。

 

 そのまま――剣を構えて、

 

 ふと、気がつく。

 

 ――あれ? 今の感覚は?

 

 違和感。だが、確かめる時間はない。

 

「“D・D・G(デフラグ・ダッシュ・ゴーイング)”!」

 

 距離を取る。多少花弁が掠めるが、気にするものか。吹き飛ばされたために、先程は体勢を整える時間がなかった。ここで距離と時間を稼がなければ、このまま押し切られる。

 

 移動技の勢いのまま、周囲の花弁と鉤爪を切り払って、着地。

 マーキナーを見る。楽しげに剣をくるくると弄びながら、こちらを見下ろしていた。

 

 ――だめだ、この攻防、こちらが何も変えられていない。

 

 大きく息を吐きながら、マーキナーを見上げた。こいつは、あいも変わらず、小憎たらしい笑みでこちらを嗤っている。どこまでも僕をバカにした笑み。

 しかし、どうしてか、

 

 僕はそこにも、違和感を覚えていた。

 

 というよりもそこで、僕は初めて、

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 

 ゲームでも、マーキナーのフードの奥は解らなかった。

 というよりそんなことに興味を抱く者はいなかった。しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()。だから、ふと気になったのだ。

 マーキナーは――奴は――

 

「……なにかな? 急に黙り込んで、気色悪いんだけど」

 

「いや、アンタ――」

 

 言葉にするか、少し迷い。

 やめた。

 

 こいつは敵だ。ならば何の遠慮がある。

 

「――とりあえず、やってみるか」

 

 僕はそうつぶやいて、飛び出した。花弁を切り払い、飛び出していく。

 

「何のつもりかわからないけど、鬱陶しいんだよね!」

 

 マーキナーが、両の剣を振りかぶり、一気に踏み込んでくる。僕も同時に振りかぶり、剣が弾き合う。連打される弾幕のなかで、僕は何度もマーキナーに斬りかかる。

 その度に、弾かれて、マーキナーの追撃が飛んでくる。

 こちらの劣勢だ。周囲のノイズが多すぎる上に、僕の狙いはこいつを倒すことじゃない。

 

「――――」

 

 マーキナーが、訝しんでいる。違和感を覚えているのだろう。僕の戦い方の変化に気づけ無いほど、マーキナーは鈍くないはずだ。

 だから、それがバレる前に決める――のではない。

 

 僕は、バレるのを待っていた。

 

「――()()()

 

 ()()()()。マーキナーが、僕の狙いに食いついた。その瞬間を待っていたのだ。マーキナーに一撃を入れるなら、この瞬間以外にありえない。

 

 それが、やつの動揺を突けるのではないか、という想像だったのだが。

 

()()()

 

 マーキナーは、

 

()()()()()()()!」

 

 ――怒りに任せて、最上位技を振りかぶった。

 そこまでのことかと、目を剥く暇もない。しかし、やるべきことは決まっている。明確な隙だが、その隙に最上位技を叩き込むには、明らかにコンボが足りていない状況だ。

 

 僕は、()()()()()()()を確かめるべく、剣を構える。

 

「“O・O(オリジン・オキシジェン)”!」

 

「“S・S・R(スロウ・スラッシュ・リライジング)”!」

 

 やるべきことは、一つ。

 まったくもって危険極まりないぶっつけ本番。

 しかし、確かに思ったのだ。()()()()()()()()()と。

 

 その違和感に、手をかける。

 

「“B・B・W(ブレイク・バレット・ライティング)”!」

 

 そう、僕はコンボを繋げる。散弾の概念技を入力し、直後。

 

「繋げ――!」

 

 迫りくる大剣へ向けて。

 

「“S・S・R(スロウ・スラッシュ・リライジング)”!」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 そう、SBS、無限コンボのバグは、しかし。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「な――!」

 

 何故――とマーキナーが、その時初めて、驚愕に目を見開いた。

 それまでの、余裕あふれる態度はかき消えて、

 

 初めてそこに、ただのマーキナーが存在していた。

 

「――おおおっ! ああああああああああああああっ!!」

 

 最上位技によって、花弁も鉤爪もかき消えた中、駆ける。

 マーキナーは、呆然としていた。剣を振り下ろし、隙を晒して、僕を見ていた。

 

 その瞳が、フードの奥から、初めて覗けた。

 

 ああ、君は――

 

 

 そして僕は、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 概念化されているがゆえに、切り裂けるわけではない。だが、剣に押されて、フードが下ろされる。

 

 そこに、それはあった。

 

 

 肩まで伸びた黒髪と、幼気な、瞳。

 

 

 それは、そう。

 

 

 ()()()()()()()()()()()が、そこにあった。

 

 

 ああ、そうだな。

 これを見たら、お前もそんな顔をするよな――()()()

 

「あ、あ、あ――」

 

 少女は――マーキナーは、狼狽と共に視線を泳がせて、そして、僕からゆっくりと距離を取る。僕は剣を戻し、油断なく構えながら、その様子を眺める。

 

 その顔はやがて、怒りへと、そして叫びへと変わる。

 

「――見るな! 見るな見るな! 見るなああああああああああああああ!!」

 

 叫びと同時。

 周囲には無数の花弁と鉤爪が生まれ、()()()

 

「お、っと」

 

 僕は慌てて距離を取る。明らかに様子がおかしい。というよりも、この現象は――

 

「おいまて、マーキナー、()()()()()()()()()()()()使()()()()()か!? そんなことをすれば、()()()()()()()だろ! いや、そもそも――!」

 

「うるさい! うるさい、うるさい! ボクを見るな! ボクを見るなああ!」

 

 花弁

 

 粒子。

 

 鉤爪。

 

 粒子。

 

 粒子。粒子。粒子。

 

 粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子。

 

 広がっていた。

 奴から、溢れ出るほどの粒子が、広がっていた。

 

「――いや、それより先に、器がもたないか! いいのか!? このまま自爆して終わりなんて、それでいいのか!?」

 

()()()()()()んだよ! ボクに声をかけるな! ボクは、ボクは、いらないんだよ!!」

 

 マーキナーは、何故――

 何故、こんなにも素顔を見られることを拒む?

 別に、なんてことはないだろう。たとえマーキナーが少女だったとして、それが何だと言うんだ。こいつは世界を弄び、邪悪に蹂躙するために、僕たちと対決している。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 だったらこれは、一体どういう理由だというんだよ!?

 

「答えろマーキナー! これは一体どういうことだ!?」

 

「――お前にボクの、何がわかる!!」

 

「それじゃ答えになってないだろ!」

 

「――うるさい!!」

 

 叫び、拒絶する。

 

「第一! 何でお前は戦うことを選ぶんだよ! 解ってるだろ!? 勝てないってことが! 勝つために必要な最後のカギが、()()()()()()()()()()()()()()にあることが! 何度も試行して、何度も挑戦すれば、ようやくたどり着けるかしれないという可能性でしかないことが!!」

 

「――それは」

 

 どういう、と続けようとする。

 今、マーキナーは何を言っている?

 

「君の言う、負けイベントに勝つっていうのは、()()()()()()()()()()だろう。一発勝負、一度の挑戦で、それを攻略する可能性なんて本来なら考慮に値しない!」

 

「だから、何を言っているんだよ!」

 

 確かに、ゲームにおける負けイベントに勝つってことは、入念な調査と練習と、そして挑戦の末に達成される。僕がこれまで、この世界でやってきたこととは、まるっきり意味が違うだろう、と。

 そう言いたいのであれば、それは確かにそのとおりだ。

 

 だが、()()()()()()()()()()()()()以上、僕はそれに一度の勝負で挑み続けてきたんだ。それと、彼女の言葉に繋がりが見えない。

 それはつまるところ、()()()()()言葉だった。

 

「それを――ボクの前で見せつけるな。ボクに可能性を教えるな。ボクはそんなもの、知りたくもなかった!」

 

「だから――!!」

 

 叫んで、理解する。

 今、マーキナーは僕を見ていない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ここにいるのは、マーキナーの残した怒りと、残滓。

 ならば――

 

「――来いよ、マーキナー。そんなに見たくないっていうのなら、また見せてやるよ、お前の言う可能性ってやつを!」

 

「――――っあああああああああああああああ!」

 

 マーキナーからあふれる粒子が、形を得る。

 それは、そう。――この世界において、龍というのはそもそも存在しない概念だった。大罪龍と呼ばれる存在が現れて、初めて人に認知された生物の考え方だ。

 だとしたら、それは一体どこから生まれたのか。

 

 大罪龍が龍を模したのは、この概念起源の形にある。

 

 それは、龍の首をかたどっていた。

 

 無数の龍。

 それらが、僕を見下ろし、僕を見据え、そして――――

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「――やっぱりか!」

 

 回避などしようもない濁流。僕は当然、SBSによる回避を目指す。襲いかかってくる時間は、十秒や二十秒では済まない。

 だが、ここでそれができなければ、僕に勝ちはない。故に、挑む。

 

 ()()()()()()()()()ために!

 

 ――マーキナーの正体は、幼い少女であった。それはおそらく、これまで何度かあった、僕の知らない、ゲームで開示されていない情報の一つだろう。

 ゲームでは、傲慢龍だけが、マーキナーの素顔を見たことがある。その表情は驚きと――そして、マーキナーに対して激憤を抱いていたはずの傲慢にしては、あまりにも穏やかな笑み。

 

 ――その答えが、あの少女だとするならば。

 傲慢龍、アンタは一体彼女に何を見たんだ?

 

 いや、そもそも――

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()は、どうして存在しているんだ?

 

 

 ――そんな疑問を抱きながらも、致死の濁流の中で、剣を振るう僕の動きに、一切の淀みは存在しないのだった。


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