――気がつけば、僕は一人で戦場だった場所に立っていた。
無我夢中に剣を振るって、ただひたすらに意識を研ぎ澄ませ、そして戦いを終わらせた。
マーキナーの痕跡は、空にあいた大きな穴と、綺麗サッパリ吹き飛んだ、地上の山だった痕、それだけだった。
正直なところ、信じられない。まさかマーキナーが向こうから襲ってくるなんて。あんなふうに取り乱すなんて。あいつにとって逆鱗となるのは、自身の概念にふれること、だけだったはず。
なのに、どうしてあんなふうに顔を見られて驚くのだろう。
――幼い少女だった。顔立ちは整っているが特徴は薄く、故にどこまでも純粋な、あの邪悪な笑みの似合う少女だった。
ありえないことではない。これまでも、ああいったゲームでは開示されていないけれど、ゲームでの情報を元に考えれば、ありえないことではない情報がいくつかある。
わかりやすいところで言えば、暴食龍の傲慢龍への狂愛だろう。
しかし、それがマーキナーの錯乱へとつながる意味がわからない。
僕はなにか、大きな見落としをしているだろうか。それとも、僕が知り得ない情報が、まだ彼女には埋まっているのだろうか。
いやしかし、ただあの顔に、僕はどうにも覚えがあった。というよりも、あの顔と似たような顔をして、ああいう風に錯乱する誰かを、ドメインシリーズの中で見たことがあるというか。
他人を侮蔑し、見下し、それでいて自分がこうなったのはお前のせいだと責任転嫁して、救われることなく死んでいった誰かを、僕はよく知っている。そんな誰かは――
「ねぇ、ちょっと。これ、何がどうなってるのよ!」
――今、僕の頭上で翼をはためかせて、こちらに声をかけていた。
嫉妬龍エンフィーリア。
今とは違う別の可能性で、不運とすれ違いの末に、悲劇によって殺された、――僕の大切な仲間が、そこにいた。
◆
「――お父様が女だったぁ!?」
「そう言われるとすごい言霊だな……」
僕は今、フィーにぶら下がりながら、空を飛んでいる。もともとフィーと師匠には、僕とリリスたちの回収をお願いしている。
僕らのパーティで空を飛べて、世界を自由に動き回れるのはこの二人だけだ。
リリスたちは怠惰龍のところに行っているはずだから、当然そこには怠惰龍もいるのだけど、まぁ彼が僕たちを運んでくれるはずもなく。
他に飛べる人がいないならともかく、飛べるとなったら彼はやらない、そういう龍だ。
「いや、でも、そうね……考えてみれば、私達を生み出したのに、
「まぁ、変ってほどではないけどね。でも、誰からもそんな発想でてこなかったんだろう? だったら、何かしらの意図があるんじゃないかと、僕は思うね」
「……強欲龍はどうかしら」
うん? と僕は首をかしげる。強欲龍がどうだというのか。
「
「そもそもマーキナーを意識すらしてないから、彼女を父だと思う誘導にひっかからない、と?」
「……そんな気がしたのよ」
――後で合流した時に確認してみると、まさしく全くもってその通りで、強欲龍はマーキナーを父と呼ぶことに違和感を覚えていたそうだ。
そのことからも、
意図が見えない、というのはまったくもってその通り。
だったら、気にするべきは、
「今もそうなのか? お父様って、そう呼んでるけど」
「……? そうね、別にお父様が女でも、お父様はお父様って感じだわ」
「それはどちらかというと、作られた段階で、父だと思わされているような感じな気がするな」
そして、そんな大罪龍がマーキナーのことを父と呼べば、人々はマーキナーを父だと思うだろう。認識操作をする必要もない。たとえそれが間違っていたとしても、誰も疑わなければ嘘にはならないのだ。
そして疑う理由は、どこにもない。
「にしても、どんな感じだったのよ、その時のお父様って」
「――君みたいだった」
「…………アタシ?」
ピンとこないといった様子で、フィーは首を傾げていた。この場合、僕が言っているのは、ゲームにおける嫉妬龍のことだ。
今の幸せそうなフィーには、まったくもって関係のない話だ。
彼女には、僕が言葉で話す以外、それを知る方法はないのだから。
「嫉妬龍エンフィーリア、時代の闇に呑まれ、自身もまた闇に染まってしまった悲劇の大罪龍」
「……それって、ねぇ。アンタはこういいたいの?」
フィーは、少しだけ剣呑な声音で問いかけた。それは自分のことに対する怒りではなく、マーキナーに対する怒りだった。
「
「それは……違うと思う。マーキナーには、元の歴史における君のような、世界を憎む意思を感じられなかった」
「……つまり?」
「嫉妬龍は
そしてそれは、今もそう変わっていないように思える。つまるところ、たとえ何かがあったのだとしても、
「世界にどうこうしようという意思とは別に、彼女の中で何かがあったんじゃないのかな。それがなにか……までは、まだ想像する他無いけれど」
「……そう。あんた、まさかお父様までどうこうしよう、とか言い出すんじゃないかと思って、ちょっとヒヤヒヤしたわ」
「流石に、同情できる余地があったからって、全てを許すほど、僕は個人主義じゃないさ」
僕は自分の信条を優先するけれど、それは、世界の秩序に反しない限りでの話だ。今、僕がしようとしていることは、世界の秩序を脅かしてこそいるけれど、
「まぁそうよね、あんた、アンサーガが人を殺したかどうかってところにこだわってたわよね」
「そうだね。僕としては、
そして、僕の基準とはつまるところそこにあった。
たとえどれだけ禍根があろうとも、失われていなければ、死んでいなければ終わりではない。次があるなら、救いはきっとどこかにある。
取り戻せるか否か。それが一つの瀬戸際だ。
「じゃあさ――」
だから、なんとなくその後のフィーの言葉は、想像がつくものだった。
「アタシがもしも、誰かを殺しちゃったら、
「
僕は即座に、そう答えた。
「どうやってよ。アンタ、さっきと言ってること全然違くない?」
「違くないさ。
「ああそっか、許されたら、それはその後何してもいいってことか。でも、救うだけなら、
「――死んだ相手を、死んでも憎むって、それは憎む方が疲れちゃうだろ」
死は悲しいことだ。悲しむことを、やめる必要はない。しかしその死が理不尽なもので、誰かの手によって為されたもので。
悲しむことはやめなくていい。だが、憎むことはやめていいのだ。
区切りさえつけてしまえば、憎い相手のことを思い続ける必要はないだろう。
「だから僕は、君という因果を断って、君という魂に祈りを捧げる。
僕の答えは決まってる。
「君の魂を、僕は間違いだとは認めない」
どうか、罪ある魂にも救済を。
死は、万物への救済だ。失うことは、恐ろしいことだが、失ってしまったことを、咎めることは誰にもできない。
「――でも、それができるのは、きっとアンタだからよね」
「そうかな」
「
――甘ちゃんだと、誰かは言うだろうか。
戯言だと、被害者は切って捨てるだろうか。
でも僕は、
「――
「また、随分素直に告白してくるね」
「そんなんじゃないっての」
苦笑する。しかし、言われてもフィーは、真剣な声音をやめなかった。とはいえ、茶化すなとも言ってこない。あくまで僕たちの会話は、互いに対等な、お互いを思い合う者同士の会話だから。
そこには、不思議な気楽さが会った。
「お父様に、アンタを取られたくなかっただけよ」
「いや、その言い方だと色々と変な想像をしてしまうからやめるんだ」
「そこはわざと言ってる」
そうやって、今度は互いに苦笑する。
「でも、考えてみればそうか――アタシ、お父様のこと、何も知らないのよね」
「送られた言葉は、あの碑文だけだしね」
「やめてよ、アレはなにかある前のお父様の言葉でしょ、きっと。だったら、今のお父様とは関係ないかも知れないじゃない」
だからって、アレを否定するとマーキナーの根底を否定することになるかもしれないのだが。
「……マーキナーが女の子だと知って、少し親近感が湧いた?」
「少し……ね。私も、アンタと同じよ。人を殺して、誰かを傷つけた以上、お父様は許せない。でも――」
だけど、だとしても――
「――アタシもそうなってたかもしれないって考えると、アタシはお父様を、否定できない」
それがフィーの答えということだろう。
「だったら、直接会って、話をしよう。彼女とは言葉が通じる、意思を疎通することができるんだ」
「――今のお父様の真意も、わかるかもしれない、か」
まぁ、そこは彼女の逆鱗だろうから、触れたくてもそうそう触れるわけにはいかないのだけど。
「あ、見えたわよ」
そしてフィーが視線を向ける。
その先に、
傲慢龍の遺跡があった。
「あそこから、マーキナーの居場所へと乗り込む。師匠たちはついているかな」
「見て、アレ!」
視界の端に、紫電の翼。
遠く、ほとんど認められないくらいの場所を飛んでいるけれど。
――あれだけ派手な稲光、わからないはずもなかった。
さぁ、決戦だ。
まだわからないことは多い。
マーキナーの意図は読めない。
勝つための糸は、あまりにも細い。
それでも僕たちは、
最後の戦いへと、これから向かう。