負けイベントに勝ちたい   作:暁刀魚

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141.フィーは彼女に重ねたい

 ――気がつけば、僕は一人で戦場だった場所に立っていた。

 無我夢中に剣を振るって、ただひたすらに意識を研ぎ澄ませ、そして戦いを終わらせた。

 マーキナーの痕跡は、空にあいた大きな穴と、綺麗サッパリ吹き飛んだ、地上の山だった痕、それだけだった。

 

 正直なところ、信じられない。まさかマーキナーが向こうから襲ってくるなんて。あんなふうに取り乱すなんて。あいつにとって逆鱗となるのは、自身の概念にふれること、だけだったはず。

 なのに、どうしてあんなふうに顔を見られて驚くのだろう。

 

 ――幼い少女だった。顔立ちは整っているが特徴は薄く、故にどこまでも純粋な、あの邪悪な笑みの似合う少女だった。

 

 ありえないことではない。これまでも、ああいったゲームでは開示されていないけれど、ゲームでの情報を元に考えれば、ありえないことではない情報がいくつかある。

 わかりやすいところで言えば、暴食龍の傲慢龍への狂愛だろう。

 しかし、それがマーキナーの錯乱へとつながる意味がわからない。

 

 僕はなにか、大きな見落としをしているだろうか。それとも、僕が知り得ない情報が、まだ彼女には埋まっているのだろうか。

 

 いやしかし、ただあの顔に、僕はどうにも覚えがあった。というよりも、あの顔と似たような顔をして、ああいう風に錯乱する誰かを、ドメインシリーズの中で見たことがあるというか。

 

 他人を侮蔑し、見下し、それでいて自分がこうなったのはお前のせいだと責任転嫁して、救われることなく死んでいった誰かを、僕はよく知っている。そんな誰かは――

 

 

「ねぇ、ちょっと。これ、何がどうなってるのよ!」

 

 

 ――今、僕の頭上で翼をはためかせて、こちらに声をかけていた。

 

 嫉妬龍エンフィーリア。

 今とは違う別の可能性で、不運とすれ違いの末に、悲劇によって殺された、――僕の大切な仲間が、そこにいた。

 

 

 ◆

 

 

「――お父様が女だったぁ!?」

 

「そう言われるとすごい言霊だな……」

 

 僕は今、フィーにぶら下がりながら、空を飛んでいる。もともとフィーと師匠には、僕とリリスたちの回収をお願いしている。

 僕らのパーティで空を飛べて、世界を自由に動き回れるのはこの二人だけだ。

 

 リリスたちは怠惰龍のところに行っているはずだから、当然そこには怠惰龍もいるのだけど、まぁ彼が僕たちを運んでくれるはずもなく。

 他に飛べる人がいないならともかく、飛べるとなったら彼はやらない、そういう龍だ。

 

「いや、でも、そうね……考えてみれば、私達を生み出したのに、()()()っていうのも、変な話よね」

 

「まぁ、変ってほどではないけどね。でも、誰からもそんな発想でてこなかったんだろう? だったら、何かしらの意図があるんじゃないかと、僕は思うね」

 

「……強欲龍はどうかしら」

 

 うん? と僕は首をかしげる。強欲龍がどうだというのか。

 

()()()()()()()()()()()()()()()のよ。それがどうして、お父様のことに意識を向けるのかしら」

 

「そもそもマーキナーを意識すらしてないから、彼女を父だと思う誘導にひっかからない、と?」

 

「……そんな気がしたのよ」

 

 ――後で合流した時に確認してみると、まさしく全くもってその通りで、強欲龍はマーキナーを父と呼ぶことに違和感を覚えていたそうだ。

 そのことからも、()()()()()()()()()のは、マーキナーの誘導であることがわかる。

 意図が見えない、というのはまったくもってその通り。

 だったら、気にするべきは、

 

「今もそうなのか? お父様って、そう呼んでるけど」

 

「……? そうね、別にお父様が女でも、お父様はお父様って感じだわ」

 

「それはどちらかというと、作られた段階で、父だと思わされているような感じな気がするな」

 

 そして、そんな大罪龍がマーキナーのことを父と呼べば、人々はマーキナーを父だと思うだろう。認識操作をする必要もない。たとえそれが間違っていたとしても、誰も疑わなければ嘘にはならないのだ。

 そして疑う理由は、どこにもない。

 

「にしても、どんな感じだったのよ、その時のお父様って」

 

「――君みたいだった」

 

「…………アタシ?」

 

 ピンとこないといった様子で、フィーは首を傾げていた。この場合、僕が言っているのは、ゲームにおける嫉妬龍のことだ。

 今の幸せそうなフィーには、まったくもって関係のない話だ。

 

 彼女には、僕が言葉で話す以外、それを知る方法はないのだから。

 

「嫉妬龍エンフィーリア、時代の闇に呑まれ、自身もまた闇に染まってしまった悲劇の大罪龍」

 

「……それって、ねぇ。アンタはこういいたいの?」

 

 フィーは、少しだけ剣呑な声音で問いかけた。それは自分のことに対する怒りではなく、マーキナーに対する怒りだった。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って」

 

 

「それは……違うと思う。マーキナーには、元の歴史における君のような、世界を憎む意思を感じられなかった」

 

「……つまり?」

 

「嫉妬龍は()()()()()だったからそれに牙を向いたけど、もともとマーキナーは、()()()()()だから、自分のものにしたかったはずなんだ」

 

 そしてそれは、今もそう変わっていないように思える。つまるところ、たとえ何かがあったのだとしても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()フィーとは、真逆の立ち位置ではないかと、僕は思う。

 

「世界にどうこうしようという意思とは別に、彼女の中で何かがあったんじゃないのかな。それがなにか……までは、まだ想像する他無いけれど」

 

「……そう。あんた、まさかお父様までどうこうしよう、とか言い出すんじゃないかと思って、ちょっとヒヤヒヤしたわ」

 

「流石に、同情できる余地があったからって、全てを許すほど、僕は個人主義じゃないさ」

 

 僕は自分の信条を優先するけれど、それは、世界の秩序に反しない限りでの話だ。今、僕がしようとしていることは、世界の秩序を脅かしてこそいるけれど、()()()()()()()()()()()()()という結論を出したからこそ、やっているのだ。

 

「まぁそうよね、あんた、アンサーガが人を殺したかどうかってところにこだわってたわよね」

 

「そうだね。僕としては、()()()()()()()()なら、それは救う理由になると思う」

 

 そして、僕の基準とはつまるところそこにあった。

 たとえどれだけ禍根があろうとも、失われていなければ、死んでいなければ終わりではない。次があるなら、救いはきっとどこかにある。

 取り戻せるか否か。それが一つの瀬戸際だ。

 

「じゃあさ――」

 

 だから、なんとなくその後のフィーの言葉は、想像がつくものだった。

 

 

「アタシがもしも、誰かを殺しちゃったら、()()()()()()()()()にアンタが出会ったら。アンタはアタシを救ってくれる?」

 

 

()()()()

 

 僕は即座に、そう答えた。

 

「どうやってよ。アンタ、さっきと言ってること全然違くない?」

 

「違くないさ。()()()()()()()()は違うだろう?」

 

「ああそっか、許されたら、それはその後何してもいいってことか。でも、救うだけなら、()()()()()()()()こととイコールじゃない」

 

「――死んだ相手を、死んでも憎むって、それは憎む方が疲れちゃうだろ」

 

 死は悲しいことだ。悲しむことを、やめる必要はない。しかしその死が理不尽なもので、誰かの手によって為されたもので。

 ()()()()()()()()のなら、それはもう、そこで終わりでいいのだと、僕は思う。

 

 悲しむことはやめなくていい。だが、憎むことはやめていいのだ。

 区切りさえつけてしまえば、憎い相手のことを思い続ける必要はないだろう。

 

「だから僕は、君という因果を断って、君という魂に祈りを捧げる。()()()()()()()()()()()()()()()()()、僕はそれを切り裂こう。たとえ僕が間違っていたとしても――」

 

 僕の答えは決まってる。

 

 

「君の魂を、僕は間違いだとは認めない」

 

 

 どうか、罪ある魂にも救済を。

 死は、万物への救済だ。失うことは、恐ろしいことだが、失ってしまったことを、咎めることは誰にもできない。

 

「――でも、それができるのは、きっとアンタだからよね」

 

「そうかな」

 

()()()()()()()()()()()()()()よ。アンタ、どこまで言っても、この世界の人じゃないんだわ。大罪龍の被害も知らない、地獄も知らない」

 

 ――甘ちゃんだと、誰かは言うだろうか。

 戯言だと、被害者は切って捨てるだろうか。

 

 でも僕は、()()()()()()()()()()()()のだから。

 

「――()()()()()()()()()と思う。アタシは、そんなアンタを好きになったのよ。アタシたちと何のつながりも無いからこそ、アタシたちを救いたいと心の底から言えるアンタに」

 

「また、随分素直に告白してくるね」

 

「そんなんじゃないっての」

 

 苦笑する。しかし、言われてもフィーは、真剣な声音をやめなかった。とはいえ、茶化すなとも言ってこない。あくまで僕たちの会話は、互いに対等な、お互いを思い合う者同士の会話だから。

 そこには、不思議な気楽さが会った。

 

「お父様に、アンタを取られたくなかっただけよ」

 

「いや、その言い方だと色々と変な想像をしてしまうからやめるんだ」

 

「そこはわざと言ってる」

 

 そうやって、今度は互いに苦笑する。

 

「でも、考えてみればそうか――アタシ、お父様のこと、何も知らないのよね」

 

「送られた言葉は、あの碑文だけだしね」

 

「やめてよ、アレはなにかある前のお父様の言葉でしょ、きっと。だったら、今のお父様とは関係ないかも知れないじゃない」

 

 だからって、アレを否定するとマーキナーの根底を否定することになるかもしれないのだが。

 

「……マーキナーが女の子だと知って、少し親近感が湧いた?」

 

「少し……ね。私も、アンタと同じよ。人を殺して、誰かを傷つけた以上、お父様は許せない。でも――」

 

 だけど、だとしても――

 

 

「――アタシもそうなってたかもしれないって考えると、アタシはお父様を、否定できない」

 

 

 それがフィーの答えということだろう。

 

「だったら、直接会って、話をしよう。彼女とは言葉が通じる、意思を疎通することができるんだ」

 

「――今のお父様の真意も、わかるかもしれない、か」

 

 まぁ、そこは彼女の逆鱗だろうから、触れたくてもそうそう触れるわけにはいかないのだけど。

 

「あ、見えたわよ」

 

 そしてフィーが視線を向ける。

 その先に、

 

 傲慢龍の遺跡があった。

 

「あそこから、マーキナーの居場所へと乗り込む。師匠たちはついているかな」

 

「見て、アレ!」

 

 視界の端に、紫電の翼。

 遠く、ほとんど認められないくらいの場所を飛んでいるけれど。

 ――あれだけ派手な稲光、わからないはずもなかった。

 

 さぁ、決戦だ。

 

 まだわからないことは多い。

 マーキナーの意図は読めない。

 

 勝つための糸は、あまりにも細い。

 

 それでも僕たちは、

 

 

 最後の戦いへと、これから向かう。

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