負けイベントに勝ちたい   作:暁刀魚

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十三.負けイベントに勝ちたい
143.終幕の後に戻る場所


 ――ゲームの終わりには、エンドロールが待っている。

 終止符は、滑るような字で描かれて、FINの三文字はプレイヤーを祝福する。物語には終わりがあって、ドメインシリーズの場合はフィナーレ・ドメインのエンディングがそうだ。

 

 ゲームをクリアした場合、その後のプレイヤーの行き先は二つに一つだ。

 

 ()()()()()()か。

 

 ()()()()()()()()()()()か。

 

 ここに、二週目を始める、という選択肢を加えて、おおよそ三つ。

 多くは二つのうち、どちらかだろう。もしくは、ラスボスを倒す前に戻ると同時に、二週目が解禁される。どちらにせよ、3つ目の選択肢はどちらかに複合する場合が多い。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ラスボスを倒し、エンドロールを見送った後にも、冒険がある。平和に成った世界を旅し、エンドコンテンツ――裏ボスを倒したりするわけだ。

 

 特に2は、この後日談まで含めて、ストーリーが完結する構成になっているため、後日談の印象は強い。続編の予定がなかった初代ですら、裏ボスと戦う関係から、後日談は存在していた。

 それが、

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 キャラたちのその後はエンドロールで語られる。

 皆、幸せになって、世界は平和に成った。それは明言される。しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()。クリアした後、プレイヤーはラスボスを倒す直前まで戻されるわけだ。

 何故か、などとヤボなことは言うまい。

 

 ドメインシリーズは、そこでおしまいだ。これから先は、プレイヤーの知らない物語。

 マーキナーという脅威を排し、人々は、未来を謳歌する――それを、知ることが出来ないのは、シリーズを終わらせた余韻とともに、虚無感に満ちた達成感を感じさせる。

 

 ――そんな最後が、フィナーレ・ドメインの締めくくりだった。

 

 十年がかりで駆け抜けた、ゲームの最後。当然、この終わりにロスを感じるプレイヤーは多かった。シリーズの〆という意味では、完璧としか言いようのないシナリオに、多くのプレイヤーは感動と共に終わりを惜しんだ。

 けれども、僕にとってそれは一つの区切りでしかなかったんだ。

 

 ラスボスの前に戻されるとはいえ、クリア後コンテンツは存在し、やりこみはまだまだ続く。それを誰よりも早くクリアするのが、僕たちドメインシリーズに命をかける廃人プレイヤーのやりがいだったわけだ。

 

 だから、僕にとって、フィナーレ・ドメインのエンディングは、大きな一つの区切りであり――

 

 

 ()()()()()()()だったんだ。

 

 

 それは、

 今、この瞬間にも言える。僕たちはマーキナーを前に、最後の戦いを始める。その先には未来が待っていて、僕たちは勝たなければならないのだ。

 勝たなければ何も始まらない。勝つためにこの場所に来た。

 

 ――淡く光る階を登りきり、そこで待っていた、一人の少女を討つために。

 

 僕たちは、剣を抜く。

 

 ――ああ、そうだ。

 そういえば、もう一つあった。ゲームをクリアした後に、ラスボスの前に戻るドメインシリーズ。

 

 ――()()()()()()()()()()も、そのタイプのゲームだったな。

 

 

 ◆

 

 

「――ようこそ、歓迎するよ、敗因。そしてその仲間たち」

 

 そこは、ただ広いだけの場所だった。

 僕たちとマーキナー以外になにもない。淡く光を帯びた地面に、マス目状の区切り。それだけだ。とはいえ、なにもないのはこの場所だけで、眼下には、これまで見たこともないような光景が広がっていた。

 

「これは――」

 

 師匠たちが目を見開く。

 

 そこには、僕たちが散々旅をしてきた大陸が広がっていた。

 

 ここから、世界を眺めることができるのだ。その有り様を、いつまでも。

 

「……フードは取ったままなんだな、マーキナー」

 

「…………被ったままにして、これをウィークポイントだと思われても困るからねぇ」

 

 少しの沈黙の後、自身の髪をなでながら、マーキナーは言った。挑発するように笑みを浮かべる。顔立ちもあり、子供がからかっているような感覚を覚える。

 とはいえ。

 

「……信じられないな、本当にそうなのか?」

 

「私だってそう思うわよ。……ダメね、こうして間近に見ても、私にとってお父様はお父様だわ」

 

 師匠とフィーが、マーキナーの容姿に対して困惑を顕にする中、少女はくるくると回りながら、その黒髪を揺らし、流し目を送る。

 妖艶。

 ――と、呼ぶには、あまりにも邪悪が過ぎた笑みを浮かべて、こちらを観察していた。

 

「ちょっとなのー! 貴方、リリスたちに勝って、何をするつもりなの!」

 

「あはぁ――」

 

 そして、リリスの言葉に足を止める。少しだけ空を仰いで、人差し指を小悪魔めいて顎に当て、考えてから、コツ、コツと靴音を響かせながら、こちらに歩み寄ってきた。

 

 油断なく身構えるリリス。そのまま、マーキナーはリリスの横に通りかかる。

 

「――ボクは自分のしたいことをするだけさ」

 

「……なにを、なの」

 

 そう、問い返されて、バッと両手を拡げながらリリスのもとから離れる。

 

「それこそ、()()()()()さぁ! 例えばそうだなぁ――ライン公国、あれはすごいよねぇ。人の秩序の完成形だ」

 

 見下ろす。

 ――ラインの国が視界に収まった。

 

 淡い半透明の床と、遠すぎる距離に阻まれて、その様子までは眺められないが、マーキナーは見えているのだろう。ここは奴の庭なのだから。

 

「ライン公に成り代わる、というのはどうかな。ボクが可能性を完全に操れるようになれば、彼の行動すら全部ボクの可能性操作で決めることができる」

 

「――それは」

 

 師匠が眉をひそめる。

 嫌な想像を、しただろう。ああでも、師匠――マーキナーは、その想像の更に下を、容易にくぐり抜けてしまうのです。

 

「息子さんのお嫁さん……許嫁、だっけ? それを殺して、暴走するっていうのはどうかな?」

 

「何を……」

 

「部下も、街の人も好き勝手殺して、けど息子の命だけは取らないんだ。そして放逐して、帰還を待つ。きっと成長して帰ってくるだろうねぇ。概念使いになれないかもしれないけど」

 

 くすくすと、マーキナーは楽しげに笑う。

 

「でもって――」

 

 ピタリ、とそして今度は師匠の前で止まった。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ。ああ、どういう反応するかなぁ」

 

 

 それはもう、情感たっぷりに、マーキナーは師匠に煽るためだけに言ってのけた。

 

「な、あ――――」

 

 困惑と、怒りが入り交じる中、マーキナーは師匠の元を離れ、それからフィーへと歩み寄る。

 

「もちろん、君たちも簡単には殺してあげないよ。特に君、嫉妬龍。ボクに歯向かうどころか、勝手に恋人なんて作っちゃって、色ボケも極まりすぎだよ」

 

「何よ……」

 

 警戒。

 フィーは、マーキナーへの同情が少なからずあっただろう。自分と彼女を重ねて、その不幸に想いを馳せた事実がなかったとは言わせない。

 だが、それでも、

 

 先程の言動は、そんなフィーにも警戒を齎すには十分だった。

 

「――君を元の歴史よりも、更にひどい目に合わせてあげる」

 

「…………」

 

「そうだなぁ、とりあえず――」

 

 ――そう、結局の所。

 

 

「今度は()()()で子供だけじゃなくて、全員皆殺しにできるくらい強くしてあげよっか」

 

 

 マーキナーは、どれだけ変化しようとも、その邪悪には一切の陰りは存在しなかった。

 ――フィーが最後の最後で止まれなくなった要因に、更に土をかけるような、そんな言葉は、フィーを()()()()の後、激高させるには十分だった。

 

「お、父様……!」

 

 そして、

 

「マーキナー……!」

 

 師匠もまた。

 

 

「――余計なお世話よ!」

 

 

「――ふざけるなよ!!」

 

 

 同時に、武装を身にまとう。

 

 

「“紫電”のルエ。お前の蛮行、お前の邪悪。ここで断ち切らせてもらう!」

 

 

「名乗る概念はないけれど――嫉妬龍エンフィーリア、お父様のそのふざけた態度、叩き直してあげる!」

 

 

 僕の両翼で、二人の少女が戦闘態勢に入った。

 

 紫電の翼と、龍の翼。

 二つが同時に広がって、なにもないこの世界にその存在を高らかに宣言する。

 

「あ、はははは! わかりやすくていいね! 君たち、からかいがいが会って楽しいよ!」

 

「……ふたりとも、どこまで行っても、マーキナーっていうのはああいうやつだよ。根本的に、戦わなきゃいけない敵なんだ」

 

「ひどいなぁ、こうして親身になって、顔も晒してあげたのに」

 

 そう言って、自分の顔を引っ張って笑みを作る少女の姿に、前回のような狼狽はない。つまるところ、そこは彼女にとって地雷ではないのだ。

 とすると――

 

「――納得ですの」

 

 リリスが、ふと前に出る。

 

「伊達に世界の創造主を名乗っているのに、世界に拒否されたりしてませんの」

 

「酷いよねぇ」

 

「――リリス、気になりましたの。どうして」

 

 ――とすると、マーキナーの地雷は、つまり。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()のか」

 

 

「――――」

 

 マーキナーが、一瞬呆けた後。

 

 

「お前に何がわかる!」

 

 

 激昂し、剣を抜き放った。

 

「リリスは貴方のことを知りませんの、そもそも、こちらは名乗ってすらいないから、失礼しましたの」

 

 そういって、リリスは手元にミニ百夜を呼び寄せて。

 

「リリスは、美貌のリリス。こちら、白光百夜」

 

「――ん、いこうリリス」

 

 ()()()()()()()()()

 

 

「リリスたちは、白光美貌のリリスと百夜。二人合わせて、お相手させてもらいますの」

 

 

「この世界は、お前だけのものじゃない」

 

 隣に寄り添うようにしながら、百夜が言う。

 マーキナーに、それは――ああ、ゲームでも、投げかけられた言葉だった。

 

 しかし、

 

「――それを、お前が言うかぁ!」

 

 マーキナーは、かつて聞き流した言葉を、激高とともに返した。

 

「本当に、何があったんだろうな。いや、いいさ」

 

 僕は、大きく息を吸う。

 

 

「マーキナー、ここまで来たぞ」

 

 

 そして、剣を呼び出した。

 

「アンタに導かれて、アンタの可能性によって、ここに来た。――この世界は、僕にとって、画面の向こうの存在だった」

 

「…………」

 

「それが現実になって、困惑はあった。でも、嬉しかった。この世界は、僕が何よりも好きな世界だったから」

 

「お、まえ……」

 

「ありがとう、マーキナー。アンタに見せてもらった世界のすべて、器として、全部返すよ」

 

 それは、宣戦布告。

 

 

「僕は、敗因白光! アンタの敗因となるものであり! そしてその先に、世界の日の出を作るものだ!」

 

 

「――――敗因……! 白光――――――――!!」

 

 

 互いに、剣を二つにして。

 

 僕は、

 

 ――かつて、アレほどまでに恋い焦がれたゲームの世界の終幕(フィナーレ)に、自分の足で、けれども終幕とはまた違う形を刻みつけるために。

 

 

 機械仕掛けの概念(ドメイン・マーキナー)に挑む。

 

 

 これが最後の戦いだ。

 泣いても笑っても、悔やんでも、悔やまなくとも。

 

 かつて、ゲームが終わりを告げた時。

 

 僕は、それを自分の始まりに変えた。

 

 今度も同じだ、機械仕掛けの概念、自身の作った世界に拒絶され、それを受け入れられない幼い少女。――その心が、どこにあるとしても。

 

 それが邪悪である限り。

 

 僕たちは、アンタを断つ。

 

 ――――()()()()


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