143.終幕の後に戻る場所
――ゲームの終わりには、エンドロールが待っている。
終止符は、滑るような字で描かれて、FINの三文字はプレイヤーを祝福する。物語には終わりがあって、ドメインシリーズの場合はフィナーレ・ドメインのエンディングがそうだ。
ゲームをクリアした場合、その後のプレイヤーの行き先は二つに一つだ。
ここに、二週目を始める、という選択肢を加えて、おおよそ三つ。
多くは二つのうち、どちらかだろう。もしくは、ラスボスを倒す前に戻ると同時に、二週目が解禁される。どちらにせよ、3つ目の選択肢はどちらかに複合する場合が多い。
ラスボスを倒し、エンドロールを見送った後にも、冒険がある。平和に成った世界を旅し、エンドコンテンツ――裏ボスを倒したりするわけだ。
特に2は、この後日談まで含めて、ストーリーが完結する構成になっているため、後日談の印象は強い。続編の予定がなかった初代ですら、裏ボスと戦う関係から、後日談は存在していた。
それが、
キャラたちのその後はエンドロールで語られる。
皆、幸せになって、世界は平和に成った。それは明言される。しかし、
何故か、などとヤボなことは言うまい。
ドメインシリーズは、そこでおしまいだ。これから先は、プレイヤーの知らない物語。
マーキナーという脅威を排し、人々は、未来を謳歌する――それを、知ることが出来ないのは、シリーズを終わらせた余韻とともに、虚無感に満ちた達成感を感じさせる。
――そんな最後が、フィナーレ・ドメインの締めくくりだった。
十年がかりで駆け抜けた、ゲームの最後。当然、この終わりにロスを感じるプレイヤーは多かった。シリーズの〆という意味では、完璧としか言いようのないシナリオに、多くのプレイヤーは感動と共に終わりを惜しんだ。
けれども、僕にとってそれは一つの区切りでしかなかったんだ。
ラスボスの前に戻されるとはいえ、クリア後コンテンツは存在し、やりこみはまだまだ続く。それを誰よりも早くクリアするのが、僕たちドメインシリーズに命をかける廃人プレイヤーのやりがいだったわけだ。
だから、僕にとって、フィナーレ・ドメインのエンディングは、大きな一つの区切りであり――
それは、
今、この瞬間にも言える。僕たちはマーキナーを前に、最後の戦いを始める。その先には未来が待っていて、僕たちは勝たなければならないのだ。
勝たなければ何も始まらない。勝つためにこの場所に来た。
――淡く光る階を登りきり、そこで待っていた、一人の少女を討つために。
僕たちは、剣を抜く。
――ああ、そうだ。
そういえば、もう一つあった。ゲームをクリアした後に、ラスボスの前に戻るドメインシリーズ。
――
◆
「――ようこそ、歓迎するよ、敗因。そしてその仲間たち」
そこは、ただ広いだけの場所だった。
僕たちとマーキナー以外になにもない。淡く光を帯びた地面に、マス目状の区切り。それだけだ。とはいえ、なにもないのはこの場所だけで、眼下には、これまで見たこともないような光景が広がっていた。
「これは――」
師匠たちが目を見開く。
そこには、僕たちが散々旅をしてきた大陸が広がっていた。
ここから、世界を眺めることができるのだ。その有り様を、いつまでも。
「……フードは取ったままなんだな、マーキナー」
「…………被ったままにして、これをウィークポイントだと思われても困るからねぇ」
少しの沈黙の後、自身の髪をなでながら、マーキナーは言った。挑発するように笑みを浮かべる。顔立ちもあり、子供がからかっているような感覚を覚える。
とはいえ。
「……信じられないな、本当にそうなのか?」
「私だってそう思うわよ。……ダメね、こうして間近に見ても、私にとってお父様はお父様だわ」
師匠とフィーが、マーキナーの容姿に対して困惑を顕にする中、少女はくるくると回りながら、その黒髪を揺らし、流し目を送る。
妖艶。
――と、呼ぶには、あまりにも邪悪が過ぎた笑みを浮かべて、こちらを観察していた。
「ちょっとなのー! 貴方、リリスたちに勝って、何をするつもりなの!」
「あはぁ――」
そして、リリスの言葉に足を止める。少しだけ空を仰いで、人差し指を小悪魔めいて顎に当て、考えてから、コツ、コツと靴音を響かせながら、こちらに歩み寄ってきた。
油断なく身構えるリリス。そのまま、マーキナーはリリスの横に通りかかる。
「――ボクは自分のしたいことをするだけさ」
「……なにを、なの」
そう、問い返されて、バッと両手を拡げながらリリスのもとから離れる。
「それこそ、
見下ろす。
――ラインの国が視界に収まった。
淡い半透明の床と、遠すぎる距離に阻まれて、その様子までは眺められないが、マーキナーは見えているのだろう。ここは奴の庭なのだから。
「ライン公に成り代わる、というのはどうかな。ボクが可能性を完全に操れるようになれば、彼の行動すら全部ボクの可能性操作で決めることができる」
「――それは」
師匠が眉をひそめる。
嫌な想像を、しただろう。ああでも、師匠――マーキナーは、その想像の更に下を、容易にくぐり抜けてしまうのです。
「息子さんのお嫁さん……許嫁、だっけ? それを殺して、暴走するっていうのはどうかな?」
「何を……」
「部下も、街の人も好き勝手殺して、けど息子の命だけは取らないんだ。そして放逐して、帰還を待つ。きっと成長して帰ってくるだろうねぇ。概念使いになれないかもしれないけど」
くすくすと、マーキナーは楽しげに笑う。
「でもって――」
ピタリ、とそして今度は師匠の前で止まった。
「
それはもう、情感たっぷりに、マーキナーは師匠に煽るためだけに言ってのけた。
「な、あ――――」
困惑と、怒りが入り交じる中、マーキナーは師匠の元を離れ、それからフィーへと歩み寄る。
「もちろん、君たちも簡単には殺してあげないよ。特に君、嫉妬龍。ボクに歯向かうどころか、勝手に恋人なんて作っちゃって、色ボケも極まりすぎだよ」
「何よ……」
警戒。
フィーは、マーキナーへの同情が少なからずあっただろう。自分と彼女を重ねて、その不幸に想いを馳せた事実がなかったとは言わせない。
だが、それでも、
先程の言動は、そんなフィーにも警戒を齎すには十分だった。
「――君を元の歴史よりも、更にひどい目に合わせてあげる」
「…………」
「そうだなぁ、とりあえず――」
――そう、結局の所。
「今度は
マーキナーは、どれだけ変化しようとも、その邪悪には一切の陰りは存在しなかった。
――フィーが最後の最後で止まれなくなった要因に、更に土をかけるような、そんな言葉は、フィーを
「お、父様……!」
そして、
「マーキナー……!」
師匠もまた。
「――余計なお世話よ!」
「――ふざけるなよ!!」
同時に、武装を身にまとう。
「“紫電”のルエ。お前の蛮行、お前の邪悪。ここで断ち切らせてもらう!」
「名乗る概念はないけれど――嫉妬龍エンフィーリア、お父様のそのふざけた態度、叩き直してあげる!」
僕の両翼で、二人の少女が戦闘態勢に入った。
紫電の翼と、龍の翼。
二つが同時に広がって、なにもないこの世界にその存在を高らかに宣言する。
「あ、はははは! わかりやすくていいね! 君たち、からかいがいが会って楽しいよ!」
「……ふたりとも、どこまで行っても、マーキナーっていうのはああいうやつだよ。根本的に、戦わなきゃいけない敵なんだ」
「ひどいなぁ、こうして親身になって、顔も晒してあげたのに」
そう言って、自分の顔を引っ張って笑みを作る少女の姿に、前回のような狼狽はない。つまるところ、そこは彼女にとって地雷ではないのだ。
とすると――
「――納得ですの」
リリスが、ふと前に出る。
「伊達に世界の創造主を名乗っているのに、世界に拒否されたりしてませんの」
「酷いよねぇ」
「――リリス、気になりましたの。どうして」
――とすると、マーキナーの地雷は、つまり。
「
「――――」
マーキナーが、一瞬呆けた後。
「お前に何がわかる!」
激昂し、剣を抜き放った。
「リリスは貴方のことを知りませんの、そもそも、こちらは名乗ってすらいないから、失礼しましたの」
そういって、リリスは手元にミニ百夜を呼び寄せて。
「リリスは、美貌のリリス。こちら、白光百夜」
「――ん、いこうリリス」
「リリスたちは、白光美貌のリリスと百夜。二人合わせて、お相手させてもらいますの」
「この世界は、お前だけのものじゃない」
隣に寄り添うようにしながら、百夜が言う。
マーキナーに、それは――ああ、ゲームでも、投げかけられた言葉だった。
しかし、
「――それを、お前が言うかぁ!」
マーキナーは、かつて聞き流した言葉を、激高とともに返した。
「本当に、何があったんだろうな。いや、いいさ」
僕は、大きく息を吸う。
「マーキナー、ここまで来たぞ」
そして、剣を呼び出した。
「アンタに導かれて、アンタの可能性によって、ここに来た。――この世界は、僕にとって、画面の向こうの存在だった」
「…………」
「それが現実になって、困惑はあった。でも、嬉しかった。この世界は、僕が何よりも好きな世界だったから」
「お、まえ……」
「ありがとう、マーキナー。アンタに見せてもらった世界のすべて、器として、全部返すよ」
それは、宣戦布告。
「僕は、敗因白光! アンタの敗因となるものであり! そしてその先に、世界の日の出を作るものだ!」
「――――敗因……! 白光――――――――!!」
互いに、剣を二つにして。
僕は、
――かつて、アレほどまでに恋い焦がれたゲームの世界の
これが最後の戦いだ。
泣いても笑っても、悔やんでも、悔やまなくとも。
かつて、ゲームが終わりを告げた時。
僕は、それを自分の始まりに変えた。
今度も同じだ、機械仕掛けの概念、自身の作った世界に拒絶され、それを受け入れられない幼い少女。――その心が、どこにあるとしても。
それが邪悪である限り。
僕たちは、アンタを断つ。
――――