――機械仕掛けの概念は可能性を機械的に否定する。
すべての可能性は生まれた時点でマーキナーによって、マーキナーに触れることのない可能性へと書き換えられる。マーキナーにとって可能性とは己のもので、己を傷つける可能性を許すはずもない。
これは、この世界のシステムだ。マーキナーはこの世界のゲームマスターだが、マーキナーをゲームマスター足り得る存在に仕立て上げるのは、この絶対性と、そして大罪を生み出した大罪七典の二つによって成り立っている。
干渉の否定と、感情の創造。
この内、人類が彼女を攻略できない最も大きな理由は、前者だ。後者は大罪龍や四天の存在まで考えれば、人類に多大な影響を与えるが、彼女と直接対決する場面まで至れば、それは一つの強大な戦力に過ぎない。
はっきり言って、七典は攻略できるのだ。だが、可能性の否定というのは、非常に厄介なのだ。何故なら、七典はマーキナーの能力ではないのに対し、
それだけマーキナーが概念として強力である、という意味でもある。
――そんなシステムそのものに対し、人類の対抗手段は、そのシステムに干渉してしまうことだ。
そのシステムに干渉するアイテムこそ、強欲龍の星衣物、時の鍵というわけだ。
しかし、この鍵はあくまで鍵。要するにそれを開けるための門と、鍵を刺すための使用者が必要になるわけだ。
その門を作るのが時間、空間、生命の概念使い。その使用方法は単純で、時の鍵が起動準備に入った段階で、概念化したまま少しの間その場にとどまればいい。
とはいえ、当然その際に、目の前にはマーキナーが存在し、妨害してくるわけだが。
ようはギミック解除のためのイベント戦闘だ。ゲームでは、一定時間の間、マーキナーの攻撃を防ぎながら、耐久を行う戦闘が行われた。
そして、起動準備が整うと戦闘が次のフェーズに移行する。
ここからは、鍵の使用者が、鍵を使用するための戦闘だ。数分の間、タイマンでマーキナーと殴り合うことになる。
出番となるのが、鍵の使用者としての資格を有する傲慢龍だ。無敵の機能を有する傲慢龍は、マーキナーと同じ絶対性を有する存在である。
これは余談だが、この世界の存在は、ある一定の強さを有すると、
その最もたるものが、マーキナー、傲慢龍、そして強欲龍だ。考えてもみてほしいが、大罪龍は各龍がそれぞれ
しかし、それとは別に
そのうち。機能が未完成であるがために、鍵の使用資格を満たさないのが、強欲龍。資格を満たすのが傲慢龍だ。
四天や二重概念を起動した僕たちは、戦闘能力で言えば強欲や傲慢を上回るものがあるが、それはあくまで
概念化せずとも、この世界を支配しうる能力を持つ存在に、機能は与えられる。
――では、無敵という資格を有さない僕たちに、その資格を満たすための手段はあるのか。
答えは、ある。
――しかし、その資格をクリアすることは、あまりにも容易ではない。
何故なら、僕らが使用する無敵とは――
◆
「――“
師匠の叫びとともに、周囲に蒼色の、星屑のような光が瞬く。数百、数千と煌めくそれは、いくつかの漣を作って宙を駆ける。
クロスオーバー・ドメインにて使用され、生命を賭して数千の概念使いを押し留めた流星の輝きだ。
特性としては、やろうと思えばこのとてつもない数の瞬きを一つ一つ操作することができるということ。威力は概念起源故に申し分ない。
世界に、これを一つ一つ同時に操れるのは、それこそゲームでの使用者くらいだろう。
師匠はそれをいくつかの編隊に分け、マーキナーへと向かわせる。
直線的な閃きは、途中であらぬ方向へ曲がって、着弾して消失する。
「アハハハ、単純すぎるよ」
「なら――」
師匠は流星を一つにまとめ、大剣を作ると、それを振り下ろす。
――マーキナーに触れる直前で、まとめて散って、霧散していった。
「――これもどうだ!?」
そして、最後。残った流星を一つにまとめ、固め、全方位からマーキナーを押しつぶす。
「残念」
――――触れたそばから、まるでマーキナーという絵筆に塗りつぶされるように消えていった。
「……やはりダメか」
言いながら師匠はその場を飛び退く。反撃に一撃必殺の傲慢殺しが襲いかかってきたからだ。
空中を何度か跳ねて、不可視の刃を躱しながらマーキナーの上を取る。互いに視線を交わしたのは一瞬だけで、即座に次の行動に移る。
マーキナーは今、七典の権能を使用しながら、僕らに攻撃を仕掛けてきている。
今、七典のページの上には傲慢の二文字。マーキナーが傲慢のページを使用している事がわかる。そしてそれが、一枚めくられて、暴食に変化した。
「師匠!」
「解っている!」
今、僕たちには不可視のハズのマーキナーの一撃必殺が見えている。師匠が概念起源を使用したためだ。しかし、それに頼らずとも、暴食の影響を受けた刃は、視認が可能になる。
ただし、
戦場にはマーキナーが無闇矢鱈に切り裂いて生み出した、透明な刃が飛び交っていたわけだが、これら一つ一つが4つに分裂する。この場に存在していない半透明のリリスは含めない計算だ。
暴食への対策とはすなわち、暴食をまとめて屠ることのできる手数を用意すること。二十まで分裂しうるなら、二十までこちらも攻撃を分裂させてしまえばいいわけだ。
「きちんと弾けよ! “
直後、僕らの元へ絹のような光が覆いかぶさり、概念武器にまとわりつく。効果は簡単に言えば他者への干渉力を上げること。理論上、死亡して幽霊になった師匠にも攻撃できるようになる概念技だ。
もちろん――
「――“
――師匠がマーキナーへ向けて大剣を振り下ろした直後にネジ曲がり、師匠の身体がくるくると回転した。
「ぬ、ああ! コレでもダメか!」
「概念って時点で、意味ないねぇ。ボクは概念の頂点なんだもの、同じ概念で、ボクに干渉できるものか」
――理論上、マーキナーに干渉できるのは、概念を伴わない、マーキナーよりも高いスペックを有する存在だ。傲慢龍でも無理なのだから、この世界にそんな存在はマーキナーしかいないわけだが。
ともあれ、僕たちはマーキナーの攻撃を弾く。これは無敵時間で回避することはできない。何故なら――
「だああ! 逃げても追ってくるんですけど!」
“だからそういったのー! はたき落とすのー!”
フィーとリリスがぎゃあぎゃあ言っている通り、この攻撃は回避しても意味はない。追尾してくるからだ。それも永遠に。こちらが攻撃をはたき落とさない限り、意味がないのである。
「うーん、このまま普通に起動準備をさせるのはむかつくな――とりあえず君から殺しておくか」
そして、戦況が動いた。
僕たちが起動準備に入ったことで、それを防御できるのは師匠だけだ。――故に、師匠を狙って、マーキナーが一瞬で師匠の前に出現し、
「読めてる、んだよおお!」
師匠が、即座にその後ろに回った。
「アハッ、そうこなくっちゃ」
――剣が振り抜かれ、師匠の姿が更に消える。
攻撃し、師匠が移動し、師匠が手を打って、マーキナーに潰される。
「“
――発動する際に、発動する
効果は敵の永続的な拘束。
だが――効果は、発動しなかった。
「くっ……」
「ざんねえん」
歯噛みする師匠の眼の前に、煽るようにマーキナーが現れ、剣を振るう、師匠は凄まじい速度で移動し、マーキナーから距離を取った。
「なら――! “
それは、幻影を生み出す概念技。
――マーキナーに干渉しない上に、マーキナーに攻撃するわけでもない。つまり、これを使用して目くらましをするのだ。
師匠は幻影を生み出すと、即座にその場を離れようとしたのだろうが――
「見えてるんだよね、それ」
――マーキナーに首を掴まれた。
「師匠!」
「が――――!」
「ああそうだ、これは既に敗因が話したかもしれないけど、ボクには他人の可能性が見えている。これはつまり、擬似的な未来予知。行動予測だ」
そのまま、朗々と語りだす少女の顔は、実に得意げだ。
「だから、君たちがどういうふうに行動しているか、ボクは手にとるようにわかるわけ。ボクの視覚を騙そうとしたのかもしれないけど、残念ながら君たちが
――行動予測、とマーキナーは言うが、それは同時に僕たちの思考を推察する能力でもあった。
可能性を操るために、マーキナーには可能性を見る能力が必然的に備わっている。この場合で言う可能性は、僕たちが実行する可能性のある行動だ。
つまり、僕たちがこうしよう、と思ったことがマーキナーには可能性として見えている。行動予測は、記憶透視と同意義なのだ。
「敗因、君の戦いは、これまでボクの創作物を通して、ずっと見てきたよ。すごいよねぇ、君、あんな奇策をポンポン繰り出して、状況を切り抜けて、脱帽としか言えないよ」
――マーキナーが知ることのできる可能性は、今目の前にいる存在と、そして、
なお、一度討伐されたり、星衣物が破壊されたことで、マーキナー封印解除の楔という繋がりが失われた場合、この繋がりも失われる。
なので、フィーはフィーの星衣物を破壊した時点で、繋がりは断たれている。だが、断たれたところで、こうして僕たちが目の前にいる以上、可能性は把握されてしまうので意味はないが。
――とはいえ、問題はそこではない。本質的に、僕にとって一番の痛手は、マーキナーの言う通り――
「――――でも、ボクに対してその奇策は通用しないねぇ」
これまで僕が幾度となく打ってきた手。奇策とマーキナーが呼ぶそれを、実行できないという点にある。ただ、その上で可能性の否定を解除する方法は用意してあるのだ。
マーキナーが可能性を否定できない方法で。
「その上で、君が用意した秘策は、たしかにボクに対して有効だろう。ボクの否定を解除するには、資格を持つものがボクに対して攻撃を継続的に当てることが必要になる」
「だったら……」
なんだと、僕は告げようとして。
「――
可能性を否定する神は、端的に告げた。
「確かに、それは理論上可能な行為だ。君はこれまで、そういう理論上可能な、限りなく低い可能性をクリアしてきた。ボクとしても驚きしかない。でもね、だからこそ――可能性を見るボクが言ってあげよう」
それは、
「
あまりにも無慈悲な宣告だった。
「やってみなければ――」
「――ボクの可能性を疑うのかい? 世の中にはね、理論上は可能でも、
「――――」
「確かに――」
そして、マーキナーは。
僕たちが見出した最後の可能性。
希望というやつを、
「
可能性の存在しないという未来によって、粉々に叩き壊してみせたのだ。
「でも今、ボクが可能性を見た。そしてそれが完遂される未来がないことを確認した」
SBSによる無限の無敵時間。
この世界の例外とも言えるバグ。それを使えば、僕は無敵という資格を手にする。だが――
なにせ、SBSの入力時間は2F。いくらこれまで、身体に染み付かせてきたからといって、数分。それはあまりにも長い数分だ。
僕の人生の中で、一番長い数分になるだろう、数分だ。
「第一、君たちの記憶の中に、可能性の中に、
――そしてそれが、しかし、挑む前から。
マーキナーによって否定されようとしていた。
「君はできると言った。できると信じて、世界の礎となる可能性を否定したんだろ? ――その結果がこのザマか。それはなんとも」
そして、マーキナーは師匠へ向けて、
「――無責任すぎるんじゃないかなぁ!」
拳を叩きつけた。
「が、あっ」
「師匠――!」
直後、師匠のまとっていた概念技が解除される。
――見えていた未来だ。
今、師匠はスクエアを使用していない。当然、リリスの概念起源もだ。使っているのは、自身の移動速度を向上させるもの。
何故か、
色欲の七典。概念消失。
概念使いを生み出す色欲へのメタとして、概念を消失させてしまう能力。今回は師匠のバフを無効化したが、本質は触れたすべての概念技を無効化してしまうということ。しかも、
師匠がこの戦闘で、カントリー・クロスオーバー以外の使用したことのある概念起源を使わなかったのはこれが原因だ。
そして――これが、マーキナーが僕の無敵時間継続を不可能だと言う原因。
普通の概念技は無効化されてしまうのだ。
例外は、無敵時間の効果中。この間は、あらゆる攻撃を僕たち概念使いは受け付けない。なにせ、傲慢の無敵すら屠る一撃必殺の七典すら、回避できるくらいなのだから。
「もしも、世界に干渉する概念技を、ボクの不意をつく形で使えていれば、話は違ったかも知れないね。――でも、そんなものは、
だから、資格はあるが、その資格を満たせる可能性は存在しないということになる。
「さぁ、可能性は確定した。君たちにボクは倒せない」
マーキナーが高らかに勝利宣言をした。
手は打てない。打てる手は存在せず、打てたとしても可能性の段階で否定される。
もはや、僕らがマーキナーに対して、取れる選択肢は――
「これで詰みは確定した。君たちがボクに対して取れる選択肢は――――」
「――――な」
そう、ある。
マーキナーには干渉できない。あらゆる可能性が否定される。
マーキナーに幻覚は通じない。可能性が見えているが故に。
だが、一つだけ存在する。マーキナーに干渉せず、幻覚という形でもなく、
世界にたった一つだけ。
それは、