――僕たちの旅は、相応に長い旅だった。
大陸各地を巡り、大罪龍と戦い、そこそこ多くの人間とも交流を持った。中でも、僕たちの中で強烈に印象に残っているのは、やはり快楽都市、ライン公国、そして怠惰龍の足元だろう。
特に前者二つは、一時期拠点としていたこともあり、思い入れは深い。
出会いがあった。衣物の専門店を営む血の繋がりを保たない兄妹。
次代を担う、概念使いではない統治者。
偉大な姉の元を離れ、一人快楽都市で奮闘する少女。
色欲龍とそれに仕える、自由と快楽を操る信徒。
後の時代の英雄の両親となる、概念使いの夫婦。
師匠と共に、一つの時代を築いた偉大な英傑。
誰も、彼も、僕たちと直接同じ道を歩むことはなかったけれど、間違いなく僕たちが進む道の一つであった人々だ。
人は、旅の中で時に道を同じくし、そしてまた別の道へと戻っていく。
僕たちが彼らと出会ったのは、そんな縁によるもので、僕たちは、そんな縁に救われてここまで来たのだ。かつて、今回も、そしてこれからも。
そうして、縁と縁を渡り歩いて、つなぎ進めて、たどり着いたのがここだった。
なにもない、空の世界。天上は、一人ぼっちの少女を閉じ込めるための鳥かごだった。今、僕の目の前にはそんな鳥かごの中で、世界に手を伸ばし、そして触れた先から破壊し尽くす、暴虐な少女が立っている。
マーキナーは、怒りと共に、叫んだ。
「――そんなもの! ボクに届くものか!」
剣を振るう、無心で――とは、いかない。集中に集中を重ね、僕は無我夢中で剣を振るっているものの、どこか思考は冷静だ。
声に出す余裕はない。
しかし、思いを馳せることはする。マーキナーのことを、これまでのことを。
そしてマーキナーは、可能性を読み取る。僕がそれを口にする可能性。故にマーキナーに言葉はいらない。思考だけで、マーキナーには伝わってしまうのだ。
だからこそ、マーキナーには、僕がこの剣に乗せる思い、これまで得てきたすべてが、伝わってしまう。
ああ、故に。
僕だって鈍くない。これまでのことから、マーキナーの態度から、伝わってしまう。彼女の思いが。ゲームではあり得なかったことだ。
互いに理解しようと思わなかったのではない。そもそもマーキナーに、ゲームにおいて
――どこからか、生み出された感情。
しかし、考えてもみれば、それは抱いてもおかしくない、むしろ、抱かないほうがおかしいとすら思える、ごくごく当たり前な感情だった。
なぁ、マーキナー。
アンタはそんなに――
――そんなにも、一人がいやか?
「ッああああああああああああああああああああああああああ!!!」
マーキナーが、がむしゃらに剣を振るう。届かない、どれだけ叫ぼうと、怒ろうと。その剣は、僕には届かないんだよ。
――剣を振るう。
集中が、途切れそうに成った時。
自身を大罪に挑む、挑戦者だと叫ぶシェルの姿を想起した。
――剣を振るう。
剣の動きがぶれそうに成った時。
国と世界の開闢を見届けると言い切った、ラインの勇姿を想起した。
――剣を振るう。
心のタイミングと、リアルのタイミングがズレたと思った時。
師匠の右手が、そっと正しい時間に、僕の手を押してくれた気がした。
――剣を振るう。
長い長い、虚無に満ちた旅の道半ば。
楽しげに僕を応援する、リリスと百夜の声を聞いた気がした。
――剣を振るう。
そうして終わりへと向かう度。
フィーは、常に僕の隣を歩いていた。
一つ一つが、僕の心を押す度に、
僕の背中を鼓舞する度に、
「あ、あああ! あああああ!! ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな――――!」
――マーキナー。
一人ぼっちの、世界を壊すことでしか触れることの出来なかった、神。
アンタは、どうしてそうも、変われないんだ? どうして、孤独に怒りを覚えながら、僕たちを拒絶する?
「――ふざけるなって、言ってるだろ!!」
言えないのなら、無理には聞かない。
でも、だとしても。
僕はアンタのすべてを打ち破る。そうしなければ、未来へ歩むことが許されないから。僕はアンタに挑むのだ。
「そんな言葉、聞くものか! 誰が応えてなどやるものか! ボクはボクだ! 今更否定などされてもなぁ! それで何かが変わるとでも思ってるのかよ!!」
――それは、これからわかることだ。
あと、一回。
「――――!」
正確に、精神の中で数え続けた僕の計算は、残る時間の猶予を告げた。あと一回。それで全てが終わりを告げる。無限にも思えた旅の果て。
終わりは、しかしあまりにもあっさりと、訪れたのだ。
「敗因……!」
――マーキナー、
何故、勝利にこだわる? ――と。
だから――
「――――“
――すべてが終わったら、
その心の内を、聞かせてくれ。
◆
時の鍵が準備を整えた時、僕とマーキナーは、自然と元いた場所に戻っていた。師匠が概念起源を解除したのか、役目を終えた概念起源が、自ずと効果を終了させたのか。
まぁ、どちらでも構わない。
ただ、確かなことが、一つある。
マーキナーの体には、たしかに
「あ、ああ――あああ――――」
彼女の口から、言葉にならない言葉が漏れる。声にならない音があふれる。終わったのだ、彼女の中にある否定という絶対性が。
可能性は、彼女の味方をやめた。
「さぁ、最後の仕上げだ」
僕は、仲間たちに呼びかける。
時の鍵によるシステムへの干渉。それは一つの術式として、目の前に展開されている。後は、僕たちがその引き金を引くだけだ。
マーキナーは、動かない。術式の干渉を受け、動けなくなっている。
「機械仕掛けの概念よ、その傍若無人、ここで潰えさせるときが来た」
「お父様、貴方は私達の可能性を透視できても、私達にはそれができない。教えてもらうわよ、でないと、貴方のことは何もわからないんだから」
「なのなのなの!!」
それぞれが、マーキナーへと思いを載せて。
この、長い長い旅の終わり。
僕たちの、決着術式を描き出そう。
「――起動せよ。可能性という傲慢に歪められ、正しい落着を失った、因果と呼ばれる概念よ! 今ここに、その正しい姿を照らし出せ!」
それは、詔。祈りとも呼べる、時の鍵へと乗せる言葉。
「世界は、僕たちに負けろと言った」
かつて、ゲームの中で、世界はマーキナーに負けろと言った。
しかし今、世界は僕たちにすら負けを押し付けた。
だから、
「僕たちは、世界に拒否を突きつけた! ――――決着をつけよう!!」
さぁ、謳え!
世界がどれだけ否定しようとも、邪悪にして、独りよがりになってしまった神を名乗る孤独な少女に!
起動せよ、その概念を!
叫べ、その名を――――!
「――――
直後。
マーキナーの世界が、
色を変えた。
「あああ、ああああ!!」
マーキナーを纏う概念が。
「“あああああああああああああああああああああああああああああああああ”!!!」
音を立てて、崩れていく。
白光は、最後の主人公は言った。
僕たちのやり方で勝て。
――ここまで来たぞ、
どうだ? どう思う? でも、言葉は求めない。
何故なら、
「敗因―――――――――――――――ッッッッッッッ!!」
「……マーキナー!」
「言ったな! 負けイベントに勝つと! ああ、認めるさ! 認めてやる、君たちは負けイベントに勝利した。絶対にありえない、あるはずのない可能性を生み出した!!」
その姿が、
光を帯びる。
スクエアのそれを思わせる青白い光。
可能性は潰えた。
マーキナーとの戦いの舞台は整った。
だが、それがマーキナーに対する勝利と同義にはならない。
「――だが、
「……」
「
――その言葉は、これまでの見栄にも思える、彼女の言葉とは一線を画していた。何故なら、僕は知っているからだ。あれは強がりでもなんでも無い。
「さぁ、始めようじゃないか! どうした!? ボクから言葉を、引きずり出すんだろう!? ボクという横暴を終わりにするんだろう!! だったら、かかってこいよ!!」
マーキナーは僕たちを指差して、光が軌跡となってその尾を引いて、マーキナーは嗜虐に満ちた笑みを浮かべた。
――動けない。
僕たちは、挑戦者である。
この瞬間、マーキナーの言葉でそれが定義され、今のマーキナーは完成した。こちらから踏み込めば、一瞬で切り伏せられることになるだろう。
故に、言葉を待った。
「
故に、
「――そんな君達を、可能性は味方してくれるかな?」
マーキナーには、勢いがあった。
言葉ではない、行動でもない、ただ、説明しようのない、確かな勢いが。
僕たちが彼女を攻略したことで、しかし、彼女は一つの結論を得たのだ。
そう、
「さぁ、
それは、宣戦布告だった。
僕たちの宣戦布告が、敗者達の叛逆だとするのなら、それこそがマーキナーの宣戦布告。
今、この瞬間僕たちは、マーキナーと対等に並び立つ敵となった。
「だとしても、やることは変わらないだろう」
「――ハッ」
「僕たちは勝つよ、マーキナー」
「――――ほざいたな、敗因!!」
かくしてここに、長い長い
最後の戦いが、始まった。