「あああああッ――――!」
叫び、剣を奔らせる。迫る刃は、しかしマーキナーには届かなかった。
可能性が否定されたのではない、
返しの刃が飛んでくる。身を捻って交わし、更に踏み込む。
その上から、フィーが戦場を見下ろしていた。
「“
放たれる散弾。僕が到達するよりも早く、マーキナーを襲ったそれは、しかし出現した鏡のような器に阻まれた。
七典には、
効果は――あらゆる攻撃の防御。色欲のそれとかぶるようにも思えるが、こちらは概念技以外にも有効だ。事実、フィーの攻撃は防ぎ、一切通さない。
ラーシラウスの
とはいえ、永続的に出現させていられるわけではなく、攻撃を防ぐとそのまま消えてしまうのだが。
――そこに、
「喰らえ」
百夜が、僕と同タイミングで接近する。二人がかりの剣閃は、しかし一閃のもとに弾かれた。
ニィ、と笑みを浮かべて、マーキナーが僕たちを同時に吹き飛ばす。スペックに差がありすぎるのだ、まともな打ち合いはかなわない。
それこそ、傲慢龍戦が近いだろう。直に打ち合っては、まともに戦えない。
しかし、やっかいなことは――
「――“
師匠が概念技を起動する。
迫りくる無限の漣、怒涛と呼ぶべき大津波の先に、しかしマーキナーは拳を添えるだけでいい。
浮かび上がる七典は“色欲”。
言うまでもない、
――かき消される。
「……やっぱりか!」
「考えなし、って言ってあげるよ」
やはりこうなった。
今ので、この概念技はこの戦闘中は使用できなくなった。マーキナー――七典形態とファンの間では俗に呼ばれるその形態では、こういったことは日常茶飯事だ。
うかつに概念技を使ってしまえば、それをマーキナーは即座に使用不能にしてくる。
故に師匠――ゲームでは色欲龍――の時の鍵による膨大な概念起源は、マーキナーに対して非常に有効な手段だ。考えなし、とはいうものの、マーキナーとの戦い方を掴む上で、これは有用だ。
だから、次は当然、有効打を与えるために動く。
そしてもう一つ、マーキナーに対して有効な手札は存在する。
「こっちも忘れるんじゃないわよ!」
フィーだ。
ゲームにおいては傲慢龍が担当していた枠。フィーの技は概念技ではないから、七典では無効化されない。今も、やたらめったらに遠距離から攻撃を加えて、マーキナーを牽制している。
「――敗因」
「解っている、僕たちも加わるぞ」
その弾幕を駆け抜けて、僕と百夜が斬りかかる。リリスを伴って迫る僕たちへ、マーキナーは一撃必殺の七典で迎え撃つ。
剣と剣がぶつかりあい、鎌が大ぶりで振り下ろされ、不可視の即死が見舞われる。飛び退き、弾幕の援護を受け、更に打ち合う。
そこに、
「今度は、どうだ! “
花びらが、上空に生み出される。ゆっくりと咲き誇り、マーキナーに狙いを定めるそれは、しかし僕たちが間に割って入ることで、消失を免れた。
しかし、
「甘いって言ってるだろ!!」
マーキナーは、直後剣に力を込めた。浮き上がる七典は――強欲。
「これは――!」
「まずい……」
僕たちが、慌てて飛び退く、否、
その効果は、存在しない。特別な効果は一切持たない代わりに、その分のリソースを、自身の能力向上に当てることができる。
まぁ、言ってしまえば身体強化だ。
そして、拳が概念起源にふれる。――消失する花弁の火砲。しかし、それによって視界が覆われていた結果、マーキナーはそれを視認できなかったはずだ。
通常ならば、それを止めることも、防ぐことも出来ないだろう。
「“
しかし、
「あはは、見えてるんだよ!」
浮かびあがる七典。文字は憤怒。
――再使用が間に合ってしまった。あと一歩、フィーの一撃が消し飛ばされる。そこに、
「――君たちが本命だってこともねぇ!」
僕と百夜が殺到している!
「――“
故に、僕たちは即座に、
「“
白光の初期概念技、リライジング・レイ。効果も、モーションも、ほぼ百夜と同一だが、こちらの特徴はコンボがつながるということだ。
とはいえ、この場でコンボまで持っていくことは難しいと言わざるを得ないが――
「ふん」
マーキナーは、その攻撃をまともに受けた。剣を振るって、不可視の刃を生み出した後、同時に振るった刃を受けたのだ。
一瞬、訝しむが百夜が理解して、それにより僕も理解した。
二重概念の概念技でなければ、その一撃は大したものではない。
故に受けて――
「戻ってこい」
反撃だ。
七典は、“暴食”。
増殖し、永続して追尾する。つまり、一撃必殺で刃を放った直後、それを暴食の分裂砲撃に変えるのだ。ほぼほぼ背中で分裂した刃。
目の前にマーキナーがいるという状況。
何よりマーキナー相手に
「――ここまで戦いにくい相手ははじめてだ!」
「厄介」
取れる手段は、いくつかあった。
その中で、僕たちは一番確率が影響しない手段を選んだ。
飛び退きながら、剣を振るう。迫ってくる刃は合わせて八つ。
「ああもう、何だってこう、ずっと上手を取られてるのよ! イライラするわね!」
「言っている場合か!」
師匠とフィーが、それぞれ遠距離からマーキナーと僕たちを叩く。迫る刃は、正確に四人の攻撃で吹き飛ばされた。
「策を弄する戦い方は苦手かな? まるで鏡を相手にしているように思えるかもね」
そして、マーキナーが迫っている。
――剣戟、しかし劣勢だ。
ここまで僕たちは一度としてマーキナーに有効打は入れられていない。先程のように、あえて攻撃を受けることはあるが、それが致命打になることはない。
スペックが足りていないのだ。
加えて、相手の戦い方まで厄介だ。これまでの敵は、自身の強さが根底にある戦い方をしていた。しかし、マーキナーはそうではない。
言い方を変えれば、大罪龍などは自分の強さを相手に押し付ける戦い方。
対してマーキナーは、相手の弱さを突く戦い方だ。
その違いは大きい。
そして何より、
厄介、というほかない。
そして――
「――あはァ。残念だったね、
「……ッ! 皆、来るぞ!」
戦場の遠く、僕たちから離れた場所で、光が生まれた。それは、兆候だ。同時に、マーキナーの手に収まる七典も文字を変える。
怠惰。
それまで使われてこなかった、残る二つの七典のうち、一つ。
――
怠惰に塗れてしまうなら、怠惰だろうと問題ない攻撃をすればいい。自動的に発動し、狙いを定める必要もなく、火力を注ぎ込む必要もない。
あまりにも、脳筋極まりない解放だった。
「吹き飛びなよ!」
「――断る!」
対して、答えたのは師匠だ。
「――“
解決策は、範囲外への転移。大きく距離を取るこの技なら、いかな全画面攻撃といえど、僕たちには届かない。故に、回避としては完璧だ。
しかし、
つまりマーキナーは、転移先を事前に察知しているのだ。
「――どこへ行くのかなぁ」
転移した僕たちに、マーキナーは追随していた。否、待ち構えていた。強欲の七典がその手で輝く。
来たか、と剣を向ける。今、この状況ははっきり言って窮地だ。しかし、変えるしか無い。窮地を好機に、でなければマーキナーは覆せない。
「あああっ!」
一閃、弾かれる。
百夜が続けて躍りかかる。必要なのは手数、可能性の数と言い換えてもいい。
二人がかりで剣を振るって、マーキナーの行く手を遮る。この場において最も避けるべきことは、師匠が概念崩壊することだ。
手数に最も優れる師匠が、脱落することは絶対に避けなくてはならない。
故に、僕らがマーキナーの行動を制限するのだ。
そしてその上で――
「“
「“
師匠とフィーが、最大火力を叩き込む!
熱線と、焔の流星と呼ぶべき一撃が、一直線に、凄まじい勢いでマーキナーへと迫り――
「――――カウンターか」
マーキナーは、僕たちの狙いを看過した。
百夜が、苦々しげにマーキナーを見る。
「――ッ! ダメだ!!」
マーキナーは剣を構える。
ダメだ、避けられない。こちらの狙いを、数ある可能性の中から、本命を察知された以上、マーキナーは手を打ってくる。
――否。
「まず、一人」
七典は、“暴食”。
不可視の刃は、生み出されていないはずだ。増殖できる一撃が無いはずだ。
なのに、
理解できてしまった。
――これは、向こうのチェックメイトだ。
「な、ぁ――――?」
「ルエ!!」
フィーが叫び、マーキナーと師匠の前に立つ。即死とはいえ、この場合の即死は憤怒龍の絶食と変わらない、概念崩壊を意味する。
故に、フィーに支えられながら、師匠はマーキナーを睨んだ。
「な、ぜ――」
痛みに堪えながら、不可思議、と。
「これは、敗因の知識の中にもないかもしれないね」
何故ならやってこなかったから、とマーキナーは笑う。
「傲慢の七典って、ある程度まで飛ぶと消えちゃうんだけど、
好きな時に、好きなように。
マーキナーは即死を振りかざす。もはやこの場に、安全と呼べる場所はなくなって、師匠という安全弁もなくなった。
――今、マーキナーの手に宿っている七典の文字は、嫉妬。
そう、最後のやつの能力は――復活不可。
一度概念崩壊すれば、七典を破壊するまで復帰はかなわない。
こうしてここに、一人目の脱落者が生まれた。
状況は何一つ変わることなく。
僕たちは、敗北へ向かって足を進めた。
――
戦場に関わりながら、けれども直接手を出すことのない、半透明になったリリスの瞳が、どこか決意に染まったことを、僕たちは知る由もなかった。