負けイベントに勝ちたい   作:暁刀魚

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149.そして思いを剣へとのせて。

 ――衝撃が収まった時、そこにマーキナーが立っていた。苦々しげに、顔を歪めて。

 一撃はたしかに入っていた。明らかに焦燥した様子で、マーキナーはリリスを眺めている。動けなかったのだ。憤怒の盾すら展開できず、マーキナーはまともに攻撃を受けた。

 

 何故か。あの無数の選択肢が、それほどマーキナーに衝撃を与えたというのか。

 

 答えは――否だ。

 

 みれば、わかる。

 今、僕の目の前でマーキナーは一撃を受け、大きく弱っている。

 

 ああ、しかし。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 苦しげに顔を歪めたまま、マーキナーは()()()()()()()()()。彼女は、そうだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だから()()()。あまりにも単純な行動。

 そして同時に、あまりにも大胆な選択だった。

 

「ま、きな……」

 

 リリスが見上げながら、マーキナーを見る。隣には、小さくなった百夜。彼女たちは――

 

「……チッ」

 

 舌打ち、マーキナーが剣を振り上げて、倒れたリリスを見ながら、鬱陶しそうに百夜を見た。百夜は、無表情に悔しげな様子をにじませながらも、

 

「私達の役目は終わりを告げた。戦況は、そして一秒先をゆく――“T・T(タイム・トランスポート)”」

 

 転移を実行した。

 流石に発動した瞬間にその場から消えている概念技を消失させることはできない。百夜たちが消えたのを見届けると、マーキナーは剣を振るって、僕に向き直った。

 

「ともあれ、――これで残るは君だけだ、敗因」

 

「…………」

 

 無言で、僕は剣を構える。

 ここまでくれば、もはややることは決まりきっていた。マーキナーも、驚くことはないだろう。僕は剣を向け、マーキナーがそれを迎え撃つ。

 

「ハハッ、どうした、来なよ。これで決着を突けるんだろう?」

 

 ――リリスたちが切り開いた可能性。

 勝利へ届く最後の一手。後は、僕がそれをつなげるだけだ。

 皆がつないでくれた最後のチャンス。()()()()()()()()()()()()()。しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()、おそらくマーキナーは沈む。

 

 この状況は――傲慢龍のそれと、同じだな。

 

「――少し、意外だったのは、アンタがリリスの攻撃を受けたことだ」

 

 決着は近い、僕はそこで、少しだけマーキナーに話を振った。

 

「アレだけの可能性があれば、憤怒の盾を攻略する可能性もあっただろうし、それを使わないことは十分理解できる。けど、そこから()()()()()()()()()が終わった後に行動を選んだのは、意外だった」

 

「……」

 

 マーキナーは、答えなかった。

 

「でも、いいよ。マーキナー――君は、そういう戦い方を選んだんだろう」

 

「解ったような口を聞かないでほしいな。ボクは合理的に、もっとも確実な手段を選んだだけだ」

 

「それが、自身の敗北の可能性を産むとしても?」

 

「――可能性の化身たるボクに、そんな可能性、否定できないはずがない」

 

 そうか、と返す。

 意思は揺らがないようだった。

 

 なら――

 

「だったら僕だって――負けイベントをひっくり返してきた、敗因の化身だ。アンタになんか、負けるものか!」

 

「吠えたな! 負け犬!!」

 

 かくして、僕とマーキナー。

 ――七典を携えた彼女との、最後の攻防が始まった。

 

 

 ◆

 

 

「――“R・R(リライジング・レイ)”!」

 

 白光の基本技。マーキナーが伸ばしてきた手を、無敵時間で透かし、斬りかかる。斬撃は、憤怒の盾に止められた。

 

「“D・D(デフラグ・ダッシュ)”!」

 

 距離を取る。追撃に即死が飛んでくるが、構わない。身を捩って交わし、更に反撃。

 

「“W・W(ライティング・ウォーロード)”!」

 

 白光の遠距離攻撃。星々が煌めくようにマーキナーへと飛びかかり、拳によって払われた。これで、一つ概念技が使えなくなる。

 更に概念技。

 

「“G・G(ゴーイング・ガーデン)”!」

 

 移動技。百夜のそれに勝るとも劣らない凄まじい速度は、しかし、強欲の七典を浮かべるマーキナーに()()()()()()

 

「――くっ、“R・R(リライジング・レイ)”!」

 

 移動中に色欲の七典が見えた。移動は解除されるが、コンボの受付時間は有効だ。これはゲームのころから変わらない仕様。

 即座に振り抜いた剣は、しかし軽々と躱された。

 

 更に移動し、距離を取りながらクロウ・クラッシュの爆発で一瞬だけ視界を奪う。即座に無効化されたときには、僕は空を駆けていた。

 

「ハッ、面倒だなぁ!」

 

 叫ぶマーキナーと切り結び、また概念技が消失する。

 ――戦えている。多くのモノを犠牲にした戦い方ではあるけれど、僕はマーキナーと渡り合えていた。しかしこれは、本当に一度しか取れない戦法だ。

 マーキナーは容赦なく概念を消失させてくる上に、一度でもコンボが途切れれば、次の機会は存在しない。であれば、SBSでコンボを稼ぐのはどうか。

 不可能だ。もしそうすれば、マーキナーは容赦なくフィーたちの元へと向かう。

 

 これまでもそうだったが、SBSはその場でコンボを続けなくてはならない関係上、どうしてもコンボを稼ぐという点では使いにくい。

 第一、失敗したらそこでコンボが途切れるのだから、通常のコンボよりも更に繊細な行動が求められる。

 

 だから、僕はあくまでマーキナーに対し、()()()()()()()()()()()で、コンボを稼がなくてはならない。とはいえ、それでも、コンボは順調に稼げていた。

 後少し。最上位技まで、もうすぐコンボが届く。

 

「――させるわけないだろう」

 

 マーキナーが、そこで手を変えた。

 新たな策を打ってきたのだ。

 

 それは、

 

 僕が不可視の即死を回避したその瞬間に起きた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

「これ、は――!」

 

 つまり、何が起きるか。

 至近距離での増殖。それはすなわち――()()と何も変わらない!

 

 無敵時間の技へコンボは繋げられない。回避は今の僕のスペックでは間に合わない。弾いていたらコンボが途切れる!

 

 ならば、ならばどうする!?

 

 迷っている暇はない、悩んでいるほかはない。

 

 僕は――

 

 

「――――ッ、あああああああああ!! “◇・◇(スクエア・スクランブル)”!」

 

 

 ()()()()()()()()()

 

 概念起源が使われたことで、僕はコンボが継続した状態で、スペックを増加させた。二重概念はスペックを大幅に上げるが、概念技を使わない基礎スペックだけで言えば、()()()()使()()()()()()()だ。だから、一瞬、急激に上昇したスペックを利用して、僕は強引に炸裂を抜けた。

 そのまま、デフラグ・ダッシュで距離を詰める。

 

「――たった一つの正解を引いたな、敗因!」

 

「お、おおおおおおっ!!」

 

 コンボが完成する。

 勝利への、最後のチャンスが訪れる。マーキナーは正解だと言った。無数に可能性はあったとしても、あの炸裂を回避できる可能性は、これしかなかったのだろう。

 

 その上で、

 

「けど、ここまでだよ。ここから先、また同じように可能性の正解を引けるものか」

 

 ――マーキナーには、二枚の手札がある。憤怒の絶対防御と、色欲の概念消失。どちらも、僕の最上位技を無為に変えてしまう可能性のあるものだ。

 そして、その上でマーキナーは未来が読める。可能性を選び取れる。先程の一撃はあちらから仕掛けたが、今度はこちらから仕掛けるのだ。故に、向こうはいくらでも対処のしようがある。

 

 ――だが、だからこそ。

 

「正解があるのなら、引いてみせるさ――!」

 

 踏み込む。

 だってそうだろう。

 

 その一瞬は、これまで何度もやってきたことだ。

 一瞬で敗北が決まる? だからどうした、今までと何が違う。今、僕の目の前に倒せる敵として降りてきたマーキナーは、他の連中と何が違う!

 

 故に、僕は、

 

 

「“L・L(ルーザーズ・リアトリス)”!」

 

 

 躊躇いなく大剣を振り抜いた。

 

「ハッ――!」

 

 マーキナーが嘲笑とともにそれを消失させる。それまであった、あらゆる可能性。勝ち筋を全部投げ捨てて、僕は未来を放棄した。

 ()()()()()()よな!

 

()()()!」

 

「――――!」

 

 僕は、()()()()()()()()()()()()()()、更に踏み込んだ。

 

 ――直感。

 僕が選んだ選択肢は、違和感に身を任せることだった。

 

「ま、さか――!」

 

「“S・S(スロウ・スラッシュ)”!」

 

 再び剣を生み出し、切り裂く。

 スクエアの入った状態で、スペック的には言うまでもなく、申し分ない一撃は、

 

「が、あ!!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だが、まだ倒れない。それが解っているからこそ、マーキナーには焦りがあるが、戸惑いはない。

 

「やっぱり、リリスのカウンターで、相当追い詰められていたんだな」

 

 攻防に、ヒントはあった。

 マーキナーはこちらの攻撃を防ぎ、回避した。

 それまで、あえて攻撃を受けることで反撃に変えてきたマーキナーが、ここに来て避けることを選んでいた。だから、つまり、

 

 ()()()()だったんだ。

 

「――だが! それではお前の手札が足りない!」

 

 そう言って、マーキナーは僕が振り抜いた剣を掴み、砕く。

 

「――――あるさ」

 

 さぁ、これが最後だ。

 ここまで、できることはすべてした。後一発、もう一つがやつに届けばいい。方法はある。手段はある。その一つが届けばいいのなら、僕には最後のとっておきが。

 その拳の中にある。

 

 だが、

 

「ない!」

 

 憤怒の盾を、マーキナーが展開する。

 

 そう、ここまで来ても、まだ憤怒の盾は残っている。これを突破しない限り、マーキナーには届かない。だが、突破するには、僕にはもう剣すら残っていない。

 

 ああそうだ、僕にはない。

 

 ――けどな、マーキナー。

 アンタは()()()()()を僕から読み取れないだろう。だって僕は、それを考慮に入れていないのだから。

 

「――!?」

 

 マーキナーが読み取るのは、目の前にいるものの可能性。

 それはつまり、目の前にいる誰かが()()()()()()()()()しかマーキナーは読み取れない。だから、思い描いてすらいなければ、マーキナーはその可能性を読み取れない。

 

 僕は、思うことすらしなかった。

 

 

()()――――”

 

 

 だって、

 そいつが、この状況で、

 

 

「ま、さか――!」

 

 

“――――()()!!”

 

 

 強欲龍が、ここで割り込んでこないはずがないよな!!

 

 

「あああああっ! マーキナアアアアアアアア!!」

 

 

 憤怒の盾に、空間をぶち割って現れた強欲龍の熱線が、突き刺さる。

 

 僕は、その中を駆け抜けて、

 

 ただ、まっすぐに飛び込んで、

 

 

 ――――スクエアによって強化された、概念化された拳を叩き込んだ。

 

 

「ふざ、けるな……! ふざ、けるなあ!!」

 

 マーキナーの手から、七典がこぼれ落ちる。

 崩れ落ちて、消えていく。

 

 空間すら叩き割って現れた強欲龍は、常と変わらぬ強欲な笑みを貼り付けて、

 

 

“俺も混ぜろよ、こんな楽しい宴、逃してられねぇからよ”

 

 

 にらみつけるマーキナーを、不遜にも見下ろした。


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