負けイベントに勝ちたい   作:暁刀魚

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150.二人の強欲

 ――マーキナーにとって、自身の概念の名を呼ぶことは絶対のタブーだった。

 当然と言えば当然か、マーキナーにとってその名は屈辱以外の何ものでもないのだ。ゲームでは、その概念の名を呼ぼうとして自滅した奴がいた。愚かにも命乞いをするために、そいつの名は四天、ウリア・スペル。

 

 傲慢龍に誘導されたのだ。当然である、傲慢のやつもマーキナーの概念を把握しているのだから。

 その上で自分のオリジナルを主張する愚かな存在に、最も無様な最後を与えるために、傲慢にも話を誘導したわけだ。性格が悪いとは思うが、そもそも傲慢なんだから性格が悪いのは当然だし、プレイヤーとしても最高にスカッとしたのだが。

 

 ともあれ、マーキナーにとって、それはあまりにも重大な秘密だと言うことだ。

 

 自分の手足すら、明かそうとしたらそれよりも早く滅ぼし尽くすほどに。

 

 そう考えれば、今回ウリア・スペルにチャンスを与えたのは意外と言えば意外な話だ。自分にとっての一番のウィークポイントを晒しかけたようなやつを現場に送り出して、しかもそいつはまた似たようなミスを繰り返した。

 だったらウリア・スペルの器を使って降臨すればよかったのではないか。それをせずにミカ・アヴァリ……僕が一番相手にしたくない四天を器にしたのはどう言う理由だ?

 

 ガヴ・ヴィディアはわかる。あいつは今回とんでもない失態を見せたが、特性も概念も、僕たちを最も苦しめたと言って良い四天だ。そしてラファ・アークも、奴の言葉を信じれば最高の四天、完成品だ。

 その実力は、あまり他と隔絶したものがある印象はなかったが。

 

 ならば、その上でなぜ残る二択でウリア・スペルを選ばなかったのか。

 

 意味がないわけではないと思う。だが考えても仕方がないことだ。答えは出ないし、興味もない。

 

 重要なことは()()()()()()()()()()()()()()だ。

 仲間たちにとっても、それはあまりにも意外な答えだろう。考えてもみなかったものだろう。

 

 可能性を操るマーキナー、最も膨大な未来の選択肢を有する彼女の手元にあるのは何か。強大すぎる力を有する少女が、果たして何から始まった?

 そう考えれば、少し答えが見えてくる。

 

 彼女に力があるのは、可能性の数があまりにも多いから。

 

 とすれば、彼女はそもそもなんだ?

 そう、彼女の力は数。つまり、始まりのマーキナーは――

 

 

 あまりにも()()()存在だったんだ。

 

 

 その上で、その小ささを許容できない彼女の概念は、すなわち――

 

 

 ◆

 

 

 七典は概念崩壊した。

 マーキナーが纏っていた気配が変化している。七つ、確かに存在していた威圧が剥がれ落ち、代わりに別のものが中から姿を見せようとしていた。七つの威圧は、無秩序な爆風のように撒き散らされ、子供の癇癪のように僕たちに当たり散らされる。

 

 そして、それが終わってしまえば、後に残るのは一つの存在感だけだ。

 

 けれど、すぐにわかる。こんな子供のわがままじみた暴圧が、()()()()でしかなかったことを。後に残ったのは、威圧だとか、暴風だとか、そう言うものとは隔絶したものだった。

 

「やってくれた。やってくれたねえ!」

 

 マーキナーは今、本来の力を取り戻そうとしていた。そこにあるのは、力だ。力を誇示するのに、雰囲気なんてものを纏わせるのは二流のすることだと、そう言いたげな彼女の力は、

 群れ、群れ、群れ。

 無限にも思える力の群れだ。彼女は光を帯びていた。粒子、概念起源を発動させようとして自壊した時のような力の粒子が、形となってあたりに溢れているのだ。

 

「だが、理解するんだね! ここで七典が破壊されたことで、何が変わるかってことを!」

 

 やがて、その粒子が集まっていく。漏れていた力が収束し、マーキナーは完全な形へと変わるのだ。

 

「十分理解しているさ。アンタの戦い方も、ここからの展開も!」

 

「だったらわかっているだろう、ここからお前は、ボクに敗北するってことが!」

 

 マーキナーは、手にした剣を二つに割いた。七典形態から、概念形態へと移行したのだ。

 

“ハッ、そりゃあこいつは、こいつだけでテメェに勝とうなんざ思ってねぇだろうさ。なぁオイ、もしんなことしたらよお、()()()()()()()()()()()からなあ!”

 

「言ってろよ、強欲」

 

 対してこちらは僕と強欲龍。二人きりだ。師匠たちの復帰にはまだしばらくかかるだろう。戦闘が切り替わったとはいえ、概念崩壊の痛みを長く受けた後なのだから。

 すぐにでも参戦したいかもしれないが、フィーが止めてくれるはずだ。

 

 故に、戦力としては若干心許ないが、精神的にはしかし、()()()()()()()()()()()今の僕は安定していた。師匠たちは頼りになる仲間だが、同時に守らなくてはならない大切な隣人だ。

 強欲龍はそうではない。こいつにも死んでもらっては困るが、だからといって心配したりなどしない。必要もないし、向こうだってそうだろう。これもまたありがたいことだ。

 

 無茶をしても心配をかけなくて済む。

 

 何より――

 

“テメェも、大概強欲だよなぁ、敗因”

 

「……アンタに言われるとはな、強欲龍」

 

 それは、思っても見ないことだった。強欲龍は誰よりも強欲で、故にそれを譲らないだろう。誰からも奪うために、誰よりも強欲でなければならないかの龍は、しかしそれ故に他者が全て獲物であるはずなのだ。

 

“ほかにお前を何と呼べばいい。俺にここまで食らいつき、俺が誰よりも奪いたい相手。最高の獲物は、俺すらも俺から奪おうとする強欲だ。それと、()()()()()()()を前に共に立てる”

 

 マーキナーすら、獲物と言い切る強欲に。

 僕は共に立つと言われたのだ。

 

「……それは」

 

 つまり、

 

“お前と剣を交えるたび、お前を奪いたいと思うようになる。だが同時に、俺はこうも思うわけだ。()()()()()()()()()。一度くらいなら、そんな強欲も悪かねぇ”

 

「……それがボク、と言うわけかい」

 

 マーキナーが吐き捨てるように言う。この場にいるのは僕たち三人だけ。

 だからマーキナーは、僕と強欲龍の前に並べられた食材だ。それを狩り尽くすと、強欲龍は舌なめずりした。

 

“ここに、お前と狩るのに最高の敵がいる。テメェが欲してたまらねぇ奴がいる!”

 

 そしてマーキナーへと概念の斧を掲げ、そして僕へ視線を向けた。

 

 

“あれを奪うぞ、敗因!”

 

 

「――ああ!」

 

 そして

 

「ふん、僕の創造物が、一丁前な口を利くんじゃないよ」

 

“……それで、あれが、てめぇらの言う()ってやつかよ。こりゃまた、とんだ大道芸だなあオイ”

 

「……今更すぎないか?」

 

 マーキナーがそう呟いたことで、ようやく強欲龍は意識を向けたようだ。さっきからずっとフードの奥のあどけない顔を晒していると言うのに、強欲龍は本当にマーキナーのパーソナリティに興味がないようだ。

 まぁ当然と言えば当然かもしれないが。しかし、それをマーキナーはどう思うのだ?

 

「……強欲龍、どうやってここに来た?」

 

 意外にも、マーキナーは冷静に問いかけた。激昂して文句の一つも言うかと思ったが、しかし全くそんな様子は見せない。本来のマーキナーなら、自分に意識が向いていないことは、許せることではないと思うのだが。

 

“答える理由がないだろうがよ。そもそも、すでにわかってるような顔だぜてめぇ”

 

「……そうだね」

 

 どうしてそこまで、マーキナーは冷静なのだ? こちらを見下してはいる。強欲龍にも、逆らうことへの怒りはある。しかし、それだけだ。それ以上のことをマーキナーは追求しない。

 まるで、本当に冷静に、強欲龍をフラットに見ているようじゃないか?

 

 いやそもそも、そういえば、僕に対して怒りを直接向けるようになったのは――()()()()()()()()()()()()()()()じゃなかったか?

 それはつまりどう言うことだ?

 

 答えは――

 

“テメェはよお、なんだって、創造主を名乗る?”

 

「……何故、だって? ボクに作られた君がそれを問うのかい」

 

“ちげぇだろ、テメェは俺を作ったから創造主を名乗るんじゃねぇ、それを()()()から名乗るんだろうが”

 

 その言葉は、マーキナーの本質を突いていた。だから、わかっているのだろう、強欲龍は。マーキナーがどんな存在であるのか。

 

「強欲龍?」

 

“この世界の根源は概念だろう。傲慢のやつがよくそう言っていた。だからわかる。本来ならてめえに俺たちを作る力はないはずだ。だからてめぇはそういうこと何だろう”

 

「強欲龍!?」

 

 マーキナーの本質がわかっているなら、君はそれ以上踏み込まないはずだ。踏み込んではいけないとわかっている筈だ。なのに何故、そこで踏み込む。マーキナーを暴く!

 

“少し黙ってろ敗因。いいか、つまりてめぇは、()()()()()()()()()()()()

 

 ああ、いや。

 ()()()

 

「…………」

 

 マーキナーは答えない。強欲龍の言葉を待っているようだった。

 

“テメェは――”

 

 それは、マーキナー最大の秘密。絶対に触れてはいけない禁忌中の禁忌。創造主でなければならないマーキナーが、神であり、最上位者であり、絶対を具現しようとする彼女にとって、その事実は、

 

 絶対に、耐えられない事実だった。

 

 

()()()()()()()()()()()なんだ。だからテメェはつまり――()()()()()()()()()()()存在だってことだろう”

 

 

「――――()()()

 

 

 事実の、はずだった。

 

「では、改めて名乗らせてもらおうかな」

 

 そうだ、マーキナーは一体いつ、出会ってからこれまで、その名を口にすることを躊躇った? 躊躇うことすら嫌なのだとおもいもした。だが、こうして肯定された以上、それはあくまでこちらが触れなかったから、そうしているだけなんだ。つまり、マーキナーは、

 

「ボクは、機械仕掛けの概念。この世界の最小にして、君たちを構成する物。故に可能性になりうるもの。可能性その物であり――可能性となる全ての粒子を束ねる者」

 

 とっくの昔に、変革し尽くしていたんだ。

 

 

()()のマーキナー」

 

 

 かつてそれを、矮小だと傲慢は見下した。

 なによりも小さき者だと、塵のような卑小さだと言った。

 

 だが、それに激昂する神はいない。尊大なだけの少女は、もういない。

 

“なら、名乗らせてもらうぜ。俺は勝利のグリードリヒ! 俺の奪うものの中に敗北はいらねぇ! テメェが負けろ!”

 

「……もはや名乗るまでもないが、敗因白光! お前の敗因になり、世界に日の出をもたらすものだ!」

 

 ことここに至って、躊躇いは無用。

 名乗ったのだ、マーキナーが臆することなく。

 

 だったら、これ以上の問答は彼女に失礼。

 

 機械仕掛けの概念二戦目。

 ()()()()()()()()戦が、火蓋を切った。


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