――マーキナーの違和感は、つまるところ彼女の精神性の変化に依るところが大きい。
彼女にとっての大きな変化。かつて、彼女にとってもっとも触れられたくないポイントであった塵芥の概念を名乗ることに躊躇いがないこと。
そして、僕の
どちらも僕の知る彼女にはありえないことだ。僕の知る機械仕掛けの概念は、自身の矮小な概念を嫌い、神であることを自負していた。
そして、そもそも自分が負けるなんてことは想像もしていなかったのだ。
そんな彼女に起きた変化。
もっともわかりやすいのは、今の彼女が
それを知っているから人は敗北を嫌い、敗北を遠ざけようとする。勝利を求める。僕だってそうだ、負けイベントは、
悲劇を知らないゲームマスターに、本物の悲劇が描けないように。
はっきりとさせておくべきだと思う。
マーキナーの変化に対して、僕たちが考えるべき点はなにか。
二つある。
一つは、
敗北した。思うところがあった。結果敗北を嫌い、自分を受け入れた。それは見ればわかる。しかし、見ただけでは何故彼女がそのような変化に至ったのか、僕たちはわからない。
こちらはまだ、彼女の根幹に触れていないから、僕では推し量ることができない。――ヒントは、フィーだろうか。彼女はマーキナーに同調している。
フィーならば、マーキナーの心の意図するところが、わかるかもしれない。
もう一つは、
マーキナーには、明らかに目的がある。僕たちに勝利すること、これは間違いなくそうだろう。ここまでの戦闘で、マーキナーはずっと、最善を尽くしてきたはずだ。
しかし、その上で彼女には、ある一点だけおかしな点があった。振り返ってみれば、
そして、そこに至る経緯を考えた結果――たどり着いた。
では、それが何なのか。
――結果起きた、
それは――
◆
――激突の後に、僕たちは消耗しながらも、たしかに地面に立っていた。
この世界はマーキナーの世界、現実の法則は通用せず、少し破壊したところですぐにもとの状態に戻る。故に、この場には僕と強欲龍が並び立ち、
――マーキナーが、倒れ伏していた。
一撃が入ったのだ。
あの打ち合い、どちらが押し切ってもおかしくはなかった。純粋な必殺火力のぶつけ合い故に、結果は二者択一。どちらかが立ち、どちらかが倒れる結果以外にありえない。
そして、結論はマーキナーの敗北だった。
――負けるつもりはなかった、行けると思って、あの状況に持ち込んだ。
それでも、
“――ふん”
「……つまらなそうだな」
“思ったよりも食いがいのない獲物だった”
「いや――」
僕は、そんな勝利を確信した強欲龍の言葉を否定しようとして。
「
マーキナーが、それを遮るように、叫んだ。
「――!」
“ほぉ――”
そして、立ち上がる。今にも倒れ動けなくなりそうな状態で、けれどもマーキナーはまだ力を失っていない。概念崩壊していない。
それは、何故か。
「……強欲龍は、百夜に勝ったことはなかったか」
“あるぜ”
「あるのか……いや、別に内容は興味はないが、百夜にはある能力があっただろう」
“――そぉいうことか”
一体いつ勝ったんだ? ゲームでは一度だけ戦ったけど、その時は白夜が勝ったし、復活してからだろうか。……ラファ・アークの宝玉を取りに、強欲龍は百夜とリリスのところに行ったんだったな?
ともあれ、百夜の最後に残された能力。
ゲームにおいては、HP1など多少のゴリ押しで削りきれる。特に最終決戦、プレイヤーは出し惜しみをしないだろうから、なおさらだ。
故に、演出的な側面が強いそれだが、現実になれば、厄介極まりない能力だ。
ここまで、マーキナーの戦いの巧拙はいやというほど味わってきた。とにかく戦い方がうまい、相手を掻い潜り、裏をつくことがうまい。
鏡を相手にしているようで、どうにも嫌な感覚の拭えないそれは、しかしここに至って、最後の障壁として僕らの前に立ちはだかっていた。
「――マーキナー」
「なん、だ」
僕は、油断なく呼びかける。向こうは、こちらの様子を伺うように、剣を構えたまま睨んで、静止していた。一つのミスが命取りになる状況、あちらはうかつに動けないだろう。
だから、呼びかける。
「一つだけ、どうしても気になっていたことがあった」
――それは、これまで敵として、事情はあるだろうと判断しながらも、あくまで敵として接し続けてきたマーキナーに対する。
僕たちからの、はじめての歩み寄り、とも言える行為だった。
「どうして僕が概念起源でアンタを封印するという流れになった時、
それは、僕が直接マーキナーと相対したからこそ抱き続けていた違和感。
マーキナーは、あの時、明らかに狼狽していた。僕が封印を拒否することも、拒否した上で対抗策があることも想定していただろうに。
――いや、封印の可能性は僕が二重概念に目覚めたことで生まれたのだったか。
それにしては、マーキナーは封印に対して驚きがなさすぎた。あの時感じた、
「……だったら、何だって言うんだよ」
「おかしいだろう。これまでの戦闘で、可能性にない行動を、アンタは想定したとしても、対応できていないだろう。あの時、本当に可能性を想定せずに僕の封印を知ったのなら、君はもっと動揺したはずだ」
「封印なんてもので、ボクを縛れると思わないでほしいよねぇ。
「
――君が言うな、とマーキナーは視線で語った。そこを棚上げして、僕は続ける。
問題はそこじゃないのだ。そもそも、何故僕が封印なんて方法をぶつけるか、迷うことになったのか。その根本的な理由は――
「――強欲龍だよ」
“ああ?”
「
実を言うと、暴食龍の卵を使って僕たちは強欲龍を蘇生したが、
卵が破壊されていれば、あの場に留まる理由はないので、僕たちは撤退しフィーと合流していた。
そして四天を倒せば
これを使って僕たちは――
「卵が破壊された場合、僕たちは百夜の概念起源で
「…………」
「その場合、
僕たちが強欲龍の復活を本命に決めた理由は二つ。
「つまり、
そして、おそらく四天の中で強欲龍を復活させるなんてヘマを素でするやつは、
“……ふん”
だから、
つまり、
マーキナーが
「――アンタ、僕に封印されたかったんだな」
結論はそれだった。
突きつける、この推察が、正しいか、否か。
答えは――
“――アホが、避けろ敗因!”
「――――あ?」
それを、認識するよりも早く、
「――アハ」
それは、
閃光。
鉤爪から、焔が散っている。バーナーを点火したような、焔。ああ、なんというか――ジェット機のような構造で、鉤爪を高速で飛ばしたのか。ウリア・スペルがこれと同じような感じで高速移動したフィーに轢き殺されたからな、把握していてもおかしくはない……か?
「アハハ、アハハハハハ!! アハハハハハハハハハハ!!」
概念崩壊する。
マーキナーの叫びが、雄叫びのような笑いが、世界に響く。
苦虫を噛み潰したように強欲龍がこちらに視線を向けて、マーキナーは勝ち誇っている。
「
――封印は、あくまで副次的な目的にすぎない。勝てばそれで問題なく、敗北では何も意味がない。勝利か、封印か。
それは、それはつまり――?
答えがまとまるよりも早く、マーキナーは二発目を装填していた。
「なんと言おうと、これからこの戦いがどうなろうと」
そして、三日月のごとき笑みを浮かべたマーキナーは。
「……!」
「お前はここで終わりだ、敗因――――!!」
死の弾丸を、射出した。
――ああ。
それは。
“――――敗因”
僕は呆けるように、それを見ていた。
――これまでの人生で、想定外の経験というのは、あまりない。この世界でも、僕の想定を超えるような事態は、大きなモノではこれまでに、二回。
想定を下回ることは何度かあったが――憤怒龍が逃げ出したことなど――越えるとなると、大きくは二つになる。
マーキナーの出現と、
そして、今。
「ごう、よくりゅう――?」
なぜ、と言葉なき言葉が漏れる。
“――当然だろう、てめぇがこれを受けたら死ぬんだぞ。俺は死なねぇ、不死身だからな”
それに、マーキナーが吠えた。
「――強欲龍!!
そう、
強欲龍は、
“ぐ、おお、この、程度――!”
強欲龍自身の言う通り、
「な、ぜ――」
“――敗因! 俺ぁようやくわかったぜ。
そうだ。
強欲龍はマーキナーに何の興味もなかった。マーキナーの、認識阻害すら破るほどに、マーキナーのことを意識すらしていなかったのだ。
“
“最初から最強だった存在に何の意味がある。俺にとって強さとは、他人から奪うものだ!”
「……それは」
“だからよぉ、敗因!”
強欲龍は、一歩おされる。それでもなお、力強く足を踏みしめ、――その背にある空間が、割れる。
強欲龍が、この場所に乱入してきた時と同じだ。強すぎる力は、この空間すらも破壊する。概念の世界、あるのは現実的な法則ではない。
そして、強欲龍は、
僕を見た。
“てめぇがそいつに、価値を作れ!
――直後、彼は破れた空間の中へと消えていった。
「――――」
それを、一瞬だけ呆けて見やる。
こんな状況、考えてもみなかった。強欲龍にかばわれて、背中を押されるなんてこと。ありえないことだと、今でも思う。
ああ、それでも、
力を込める。
立ち上がる。
既に復活液は叩きつけてある。
後は心に、火を灯すだけだ。
「――――マーキナアアアアアアアアアアア!」
叫び、僕は修復されていく空間を突っ切って、マーキナーへ向けて飛び出した。感覚が、僕へと危機を告げる。即座に身を屈め、そこを鉤爪が通り過ぎた。
弾幕は、すでに元通りに展開されている。
この状況を掻い潜り、如何にマーキナーへと切り込むか。方法はある、一つ。
「――ッ!」
逆に言えば、一つしかない。しかし、マーキナーはそれに対して、
さぁ、どうする。
「
マーキナーは、鉤爪を装填した。
僕は、それを――
「やって、やるさ!」
射出された鉤爪を、上から
鉤爪を止める力は僕にはない。飛び上がり、ただ叩いただけ。そして、
「これで、終わりだ――!」
剣に力を込めて、僕は射出される。決着、その二文字が脳裏によぎった。
「そうだね、
直後。
「“
マーキナーが最上位技を起動する。
「――そんなもの!」
僕は剣を構えた。今更最上位技をぶっ放したところで、僕にそれが当たるものか。距離も遠い、やたらに放ってケリをつけられるほど、僕たちはレベルの低い争いをしていないだろう!
「あっはははは! 甘いって言ってるんだよ――!」
――直後、マーキナー自身が
「――――!!」
急激に距離が詰まる。僕たちの間にあった、余裕という名の間が消えていく。マーキナーは、その勢いのまま、僕はこの勢いのまま、
しまった、と思った。
いや、思うはずだった。
最後の決着に、
その一撃に、
「――――進め!」
声が、した。
「アンタには、アタシたちが着いている!!」
そして。
「――!」
「“
「“
フィーが、
師匠が、
「お、まえらあああああ!」
マーキナーの剣を、地に叩きつける。
「いっくのおおおおおおお!!」
リリスの声。直後僕の身体に力が宿る。ああそれは、この場では何よりもありがたい
「マーキナー! これで最後だ!」
「
剣を構え、僕はマーキナーの間近に迫っていた。
「――そんなに僕と共にいたいなら、僕は一緒にいてやるさ。だから」
その、顔をみた。
激しい戦闘の中で、正面から彼女を覗き込んだことはなかった。
「君の心を、聞かせてくれよ。――――“
至近で覗き込んだ彼女の瞳は、
今にも、泣き出しそうで。
僕が振るった剣を、彼女はなすすべなく、受け入れた。
◆
すべてが終わった、
その、直後。
「――師匠、フィー」
僕は、側でこちらを見ている2人に振り返り。
「ごめんなさい。巻き込むことになります」
そう呼びかけて、2人の答えを待つより早く。