――戦闘は、一方的に片がついた。
たとえ星衣物で強化されていようが、復活液によるゴリ押しが許されたとはいえ、当時の僕が単独で相打ちに持っていける嫉妬龍に、今の僕が敗北する理由はなく。
その後の第二形態に関しても、何ら問題なく対処することができた。
問題は第二形態の生成に嫉妬龍が巻き込まれないかどうか、だったが。僕が第一形態に完勝した時点で諦めたのか、こちらの救出を拒むことなく、彼女はそれを黙って受け入れていた。
そして、今。
完全に第二形態――嫉妬ノ坩堝を破壊し、僕は崩れていくそれを眺めていた。
「……本当に、倒しちゃった」
「まぁ、ズルはしているのもあるしね」
――この時代に、二重概念はズルとしかいいようのない代物だろう。たった一人で本気の大罪龍すら問題なく倒すことのできる戦力。
ここが可能性の世界で、現実でないという状況でなければ、もはや僕は新たな大罪龍とすら言えるだろう。
「ともかく。――嫉妬龍、ここを移動しよう」
「……これから、どうするのよ」
僕の言葉に、彼女は従順であると言えた。それは、僕の強さがあまりにも場違いで、これを夢だと思っているかのようで。
もしくは、彼女の中にあるであろうフィーが、この状況を受け入れているからか。
「だから、全部終わりにするんだよ、これまでのことを、君の後悔まで含めて水に流すのさ」
その言葉に、夢見心地な嫉妬龍は、一瞬希望を覚えたようだ。
しかし、すぐにそれをただの夢だと判じたのか、叫ぶ。
「無理よ! アタシがこれまでしてきたことは、決して許されることじゃない! アタシがされたことも! あいつらにしてきたことも!!」
「――それは、少し違うかな」
嫉妬龍はこれまで、多くのものを傷つけて、そして傷つけられてきたことだろう。だから、傷つけた相手を彼女は許せず、傷つけた相手は彼女を許せない。
そう、そのはずだ。
――それが、彼女から始まった物語であれば。
その時、
遠くから、足音が聞こえた。数は複数。
この場に現れる複数の足音など、誰のものかは考えるまでもないだろう。クロスオーバー・ドメインの主人公とその仲間たち。
僕が振り返ればそこに、――確かに彼らはいた。
フードを深く被った概念使いには、強い覚悟が伺えた。表情の読めないフードの奥に、たしかにそれは存在していたのだ。
それが、僕と視線をぶつけ合う。
「…………」
困惑が生まれた。あちらが僕の存在に困惑している。そして何より、
まったく想像もしていない事態だろう。これがゲームなら、僕は何だそりゃと困惑とともに一度コントローラーを放り投げるところだ。
ともあれ、今はこの状況に変化をもたらせるのは僕しかいない。嫉妬龍も困惑し、概念使いたちもどうすればいいかわからないこの場で、
そもそも、可能性の世界は、僕かフィー以外に可能性が操作されない限り、決められた通りに動く劇場の世界でしかない。
だから、僕は嫉妬龍の手を掴み。
「――!」
驚愕する彼女をつれて、困惑する概念使いたちの横をすり抜ける。
嫉妬龍の視線が痛い。流石にそんなことをすれば見咎められるだろうと、そう思っているのだろう。しかし、そうではない。
僕らが横をすり抜ける間、彼らは動けなかった。
目の前の状況に対する困惑が勝ったのだ。
何故なら彼らは
そして、僕はそのまま、彼らの横を通り過ぎた。ローブの概念使いが、主人公が横を通り過ぎる時、僕を見た。その視線は、困惑が強かったものの、その奥にあるのは――
彼らは、この戦いが終わったことに安堵していた。
僕はそれを確かめると、少しだけ歩く速度を上げて、彼女とともに、この場を抜け出すのだった。
◆
「ど、うして! ――どうして何も言わないのよ!?」
困惑は、嫉妬龍もまた、そうだ。
あの場において、彼女は渦中の一人であり、何よりこの状況を理解できない当事者だろう。故に、僕は語る。
「――彼らの戦いの目的が、君じゃないからだよ」
「アタシじゃ……ない?」
それは、考えてもみれば当たり前のことだ。だって、この物語が始まった時、彼らは嫉妬龍の存在をそもそもきちんと知っていたわけじゃないのだから。
嫉妬龍を倒すために、戦いを始めたわけじゃないのだから。
つまり、
「彼らの目的は、戦いを終わらせることだ」
「――あ」
そもそもからして、彼らの最初の敵は帝国だ。世界を席巻し、弱者を蹂躙する概念使いたちの国に、横暴に立ち向かうために行動を開始した。
その最中に、様々な行き違いから嫉妬龍と敵対したのがこの状況の原因で、彼らにとって嫉妬龍は止めなくてはならない障害の一つでしかない。
「たとえ、彼らにとって、君が大切な人の仇だとしても」
「…………」
「
戦いが終わってしまえば、彼らに戦う理由はない。だから、言えることは唯一つ。
「疲れているんだ。君がそうであるように、彼らもこの戦いに疲れている」
「だから……見送った?」
そうだ、と肯定する。
これが現実ならば、僕の存在を警戒し、そこに言及があるだろうが、ここはあくまで可能性の世界。必要なのは可能性の結果であり、過程に関して必要でないものは省略される。
僕を警戒してのひと悶着は、最終的にただの遠回りでしかないからな。
結局どうあれ、僕が行動を起こした時点で、この結果に落ち着くのだ。
「――戦う理由なんて、基本的には二つしかない。復讐か、使命か。――彼らは使命で戦いを始めた。だから、その使命が果たされたなら、彼らはそれでいいんだよ」
僕がしたことは、この事態に終止符を打つことだ。現状、このタイミングならば既に帝国は崩壊していて、嫉妬龍を討伐しなければならないのも、彼女が危険だから。
最後に残った大仕事でしかないなら、それは誰が終わらせてもいい。
彼らがそうしなくてはならなかったのは、彼らには使命があって、そして嫉妬龍を止められるのが彼らしかこの時代にはいなかったからだ。
これが、僕なりの終わってしまった後への対応。結局は、状況に合わせてその場その場での最善の対応をする、という言ってしまえば場当たり的なものだが、ともかく方針はしめした。
僕がこの世界でやるべきことは、これで終了のはずだ。
後は――
「じゃあ、アンタは
ふと、声音に変化があった。
困惑から、こちらを見定めるものへ、そして何より、彼女は自分を嫉妬龍と呼んだ、まるで他人事のように。つまり――
「簡単なことだよ、
「あら、一瞬で解っちゃうのね」
――彼女は嫉妬龍ではなく、フィーだ。
既に、嫉妬龍にこの場を任せる必要はないと判断したのだろう、僕のよく知る彼女が、表に出てきたのだ。――僕と嫉妬龍の会話は、真横で聞いていたはずである。
「……羨ましいわ、アタシもまたあんなふうにアンタに声をかけてもらいたい」
「自分にまで嫉妬するのか……」
まぁ、フィーらしいっちゃらしいけど。
なんというか――何一つ様子が変わっていなかった。
「それに、
「な、何言ってるのよ! とにかく、まぁ、それも理由があるけど――ちょっとややこしいし、言いにくいことだから、先にアンタの答えを聞かせて」
「……解った」
ややこしい、というのが引っかかったけど、まぁ言いにくいというのは確かにそのとおりだ。僕もそこにずけずけと踏み込むほどデリカシーがないわけではない。
「嫉妬龍を色欲龍の元へ連れて行く」
「匿わせるってこと? それ、結局最終的に火種が残らない? 第一、アタシがエクスタシアを受け入れないわ」
だって嫉妬しちゃうから、とフィーは言う。
どこまで行っても、嫉妬龍は嫉妬龍だ。今のフィーが周りと良好に関係を築けているのは、フィーの嫉妬がちょっとしたもので収まっているからで――嫉妬する原因が、師匠の横恋慕くらいしかないからだ。
しかし、世界に絶望し、憎悪し、嫉妬するこの時代の嫉妬龍に、それを求めるのは辛いだろう。
たとえそれが色欲龍のものだとしても、救いの手は施しと変わらない。
もう、彼女にやすらぎを与えてくれる人は、残念ながら存在しないのだ。
「だから、
「どういうことよ」
その問には、端的に、僕の目的を一言で答えよう。
つまり、
「嫉妬龍の権能で、色欲龍の中に眠る影欲龍を目覚めさせ、その能力で嫉妬龍を色欲龍に取り込ませる」
「……ってことは、いずれエクスタシアは、
「そういうこと」
色欲龍が嫉妬龍を取り込むことで、
その時、生まれ方はある程度選ぶことができるだろう。
「記憶を失い、魂だけを転生させるか。記憶を引き継いだ他人を生み出すか、そのまま転生させるか」
「……どれを選ぶかは、アタシ次第、か」
でもって、色欲龍、ひいては世界次第でもある。
一度時間を置いて、誰もが納得できる形を選ぶ、それが僕の結論だった。
「君だったら、どういう選択肢を選ぶ?」
「アタシ? ……とりあえず、嫉妬龍は魂だけを転生させることを選ぶと思う。そうしなきゃ自分を許せないし、他人になっちゃうのは、エクスタシアが可愛そうだし」
そうして、答えを出したことで、この可能性の世界は役目を終えた。すべての可能性を提示しきったことで、後は可能性の海に消えるだけだ。
ゆっくりと崩れ落ちていく世界の中で、彼女は僕を見た。
――その姿が、いつもの彼女の姿へと変わる。色欲たちを取り込み、力を得た、今のフィーとしての龍人形態。
クロスオーバー・ドメインの嫉妬龍とは違う、と言いたいのだろうか。
「でも、アタシだったら――」
そして、
少し考える様子をみせてから、フィーはまっすぐこちらを見て――
僕に、口づけをした。
「――――!」
思わず、目を見開く。
完全な不意打ちだった。
そして、それは――
「――アタシは、アンタのところにたどり着くまで、待ち続ける。何があったって、
「……」
「
――それは、彼女とのはじめての口づけ。
キラキラと、華やぐようにきれいな笑みを浮かべる少女は、それはもう可憐で、視線を釘付けにされて、僕は、
「――アタシのあげられるもの、全部アンタにあげるから、アンタはアタシに、アンタの大切をちょうだい?」
かなわないな、と肩をすくめる他はない。
「……ああ、なんだって言ってくれ、フィー」
――こうして。
可能性の世界で、僕が出さなければいけなかった答えの一つ。嫉妬龍への選択は、終わりを告げた。
しかし、
――直後、フィーから語られた事実は、僕を驚愕させるには十分なもので、
そしてここでのやりとりは、