負けイベントに勝ちたい   作:暁刀魚

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157.僕という異物

「――それで」

 

 敵陣を強行突破して、それはもうすごい勢いで大立ち回りして、ほぼほぼ一人で師匠陣営を壊滅させた上で、僕は師匠の元までやってきた。

 理由は、

 

()()

 

「……なんだ」

 

 ここに()()がいるからだ。

 

「……っと失礼、この世界で師匠は僕の師匠ではないのでした。――それで師匠」

 

「…………謀ったなぁ!?」

 

 なんでこんなやり取りをしているかといえば、今僕の目の前にいるのは、この世界に飲み込まれた僕の世界の師匠が、目の前の紫電のルエの主導権を握っているからだ。

 つまり、師匠もまたこの世界の概念使いを止められなかったのである。

 

 この世界の自分の人生を追体験した上で、師匠はこの世界の紫電のルエの主導権を握ることが出来た。フィーの場合は主導権を握らずに見守るにとどめていたが、師匠は我慢できずに介入してしまったのだ。

 

 そして結果、この世界の自分の二の舞となった。

 

「それをごまかすために、この世界の自分のフリなんてしないでくださいよ」

 

「いやだって、バレたら君、私に散々なことを言うだろう?」

 

「言いますが?」

 

 ほらなー! と師匠は激昂した。

 いやだったら最後まで貫く努力をしてくださいよ。中途半端すぎるんですよ何から何まで、まぁ言いたいことはあるけれど――

 

「……そこまで言うこと無いじゃないか。私だって、したくもないことを体験させられて、大変だったんだぞ」

 

 そうやって拗ねる師匠の言い分もわかるので、口には出さないが。

 

「とにかく、行きますよ師匠。シェルたちがこの状況に気付いて、事態がややこしくなると困る」

 

 ――僕が夜に、さっさと師匠の元までやってきたのは、彼女と合流するためだ。師匠の手を借りて、行きたいところがあるのである。

 僕一人でもいけないことはないが、飛行能力のある師匠の手を借りたほうが、幾分話は早かった。

 

「――――やだ」

 

 しかし、

 

 

「いやだ! 私はここを離れないぞ!」

 

 

 ――師匠は、そんなことをいい出した。

 

「……何言ってるんですか、師匠」

 

「だってしょうがないだろ! ここにいる人達を見捨てられないんだから!」

 

「あくまで、可能性の世界での話ですよ!」

 

「だからこそだろ!!」

 

 師匠は、頑なにこの場を離れたくないと言い出す。まぁ、言いたいことは解らなくはない。この世界なら、()()()()()()()()()()()という思いはどうしても生まれる。

 

「少しでも、よくしようと思って、頑張ったんだ。……そりゃあ、ここにいる人達の中には乱暴で、私欲に塗れた人間もいるさ。でも、そうじゃない人だってたくさんいる」

 

 師匠は、僕がここに来るまでに張り倒してきた、自分の仲間である概念使いたちを見る。死屍累々の山に一瞬気圧されながら、すぐに僕の方へ向き直った。

 

「親を人間に殺された人がいた。魔物から人を守ろうとして、魔物ごと殺されかけた人もいた。人は彼らと敵対していて、私しか彼らを守れないんだ」

 

「それは、貴方を止めようと思っている人の中にだっていますよ。この世界の僕も、貴方に救われたんですから」

 

「だからこそ、私は私の手で、自分を止めるわけにはいかないんだ。――この世界の私は、自分じゃもう止まれない」

 

 そんなこと、師匠に言われなくたって解っている。

 師匠を雁字搦めにするものは、あまりにも多く、そもそも僕たちの世界ですら多い。この世界は今、師匠を中心に回っているのだから、なおさらだ。

 

「最初は自分の意思だったんだ。誰かを助けることも、頼られた誰かの助けになることも。すべてを無事に終わらせる方法だって考えた。でも、結局――私では無理だという結論に至った」

 

「何故です?」

 

「始めてしまったのが私だからさ。私欲だけで戦う者だけじゃなく、私を頼る者たちも、()()()()といったからやっているんだ。それをやらないと言ってしまえば――彼らは暴走するしかない」

 

 そうなれば、()()()()()()()()()()()の方なのだろう。彼らを守るためには、彼らの意思を汚さないためには、自分が船頭になり続けるしかない。

 だから――

 

「だから私は、せめて結末は概念使い同士のものに委ねることにした。人と争うのではなく、概念使い同士で、その意志の正しさを競うんだ」

 

「そのために、自分はあくまで機械のように、定められたルーチンを全うするんですか?」

 

「そうだ」

 

 ――僕は、師匠の言葉に引っかかりを覚えていた。

 師匠に対してではない、これは他人に対する既視感だ。この場にはない存在へ、どうしてもデジャヴュを覚えてしまうのである。

 ただ、まだそれがハッキリとはしなかった。

 

「……じゃあ師匠は、もし自分が負けたとしても、それで納得できるんですか」

 

「私は自分の役割を全うしているだけだからな。……ここまできたら、私個人の幸せなど、とうの昔に捨てるしかないだろう。だから、私は()()()()()()()()()()んだ」

 

「…………入れ込み過ぎですよ、師匠はこの可能性の世界を終わらせたら、僕たちとまた旅をするんです。師匠は幸せになってもいいんです」

 

()()()()()()()()()

 

 ――その言葉に、僕は静止した。

 口をつぐむ、何か、何かが師匠の言葉で想起される。幸せになれるのは僕たちだけで、()()()()()()()ではない。

 

「私が幸せになったとして、それは別の私に関係あるか? 君が私を救ったことで、君の知っている私は幸せになったのか? 君が幸せにしたのは、今ここにいる私なんだ。私以外の私じゃない!」

 

「……!」

 

 ――それは、

 同時に僕の中にも、楔のように打ち込まれた。

 

 そうだ。僕が救いたかったのは、ゲームの向こう側の師匠で、しかし僕が救ったのは、今ここにいる、僕だけの師匠だ。救われた時点で、その二つは別のものになってしまったんだ。

 

「私を救いたいのなら! 私だけを見てくれ! 他の誰かなんて心配するな! 逆も同じだ! ここにいる私を幸せにしたいなら! ()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

「――――師匠」

 

「……私は、自分で選んだんだ。この世界の私に、寄り添ってくれる人はいない。最後まで孤独に死を選ぶ。…………私だけが私の心をわかってやれる。だから、ここを離れたくないんだ」

 

 僕は、何も言えなかった。

 僕が選ぶ救いは、誰にとっても幸せな終わり方。だが、今ここにいる少女は、()()()()()()()()()()()()。だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 不幸の中で、幸福を模索するのは人の在り方の典型だ。

 

 負けイベントをひっくり返したい。

 理不尽を覆したい。

 

 そんな思いで逆境に抗うことに、一体誰が否定できる。今の師匠は誰からも否定されなければならない存在だとしても、自分だけはそれを否定しなくてもいいのだ。

 

 だから、僕は、僕に言えることは――

 

「――可能性をつかみ取りましょう、師匠」

 

「……無理だ」

 

 希望の模索。()()()()を選び取る事。

 

「これ以上なんてない、この世界に希望はない。あるのは未来だ、礎になったと自分を納得させることでしか、私は私を幸せにできない!!」

 

「そんなものが、幸せだとは言わせません。この世界には未知が多すぎる。僕にはまだ、何かがあるように思えてならないんです」

 

「君お得意の、歴史の知識ってやつか。でも、それを知るにはあまりに時間がなさすぎる。明日には決戦だ。それを()()()()()()()()()のか?」

 

 僕は、それを

 

「――それは」

 

 言葉をつまらせて、しかし。

 

 

「できます」

 

 

 ――あ、と思い至った。

 

 そうだ、できる。今の僕は二重概念の敗因白光。この場にいるすべての概念使いを斬り伏せて、()()()()()()()()()ことは難しいことではない。

 

 思わず、先に言葉が飛び出していた。僕も師匠も、その言葉に呆けて驚いている。あまりにも、単純なことだった。

 

 僕は異物だ。正真正銘のイレギュラー、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。この世界の敗因は、あくまで敗因でしか無いが、僕は敗因白光なのだから。

 

「師匠」

 

「――なんだ」

 

 僕は手を差し出した。

 

 

「僕と二人で、この場から逃げ出しましょう」

 

 

「――――」

 

 一瞬、師匠は呆けて、そして怒り混じりで言葉を募らせる。

 

「無理だ! それで全てがひっくり返るものか! 投げ出してしまったら、彼らはどうなる!?」

 

()()()()()()()()()()んです、()()()()()()()()()()んです、だから、つまり――彼らには目的ができます」

 

 ――つまり、師匠は自分でやめたと放り投げたのではなく、僕のせいで放り投げなくてはならなくなったのだ。そうなれば、ここにいる、師匠を慕う人々も、自然とやるべきことは決まってくる。

 

()()()()()()()という目的があれば、彼らはそれに乗るはずです。そういう人を集めて、貴方は旗頭に成ったんでしょう!」

 

「――!!」

 

 この場に、敗因白光というありえない可能性が生まれたことで、それは可能になった。大陸最強を降し、連れ去ることのできる戦力を前に、彼らはそれに注力しないことはできない。

 

「それでは――! それでは君が世界を敵に回すことになる!」

 

「二十年、二十年もすれば、この世界は新たな変化を迎えます。それまで、僕は耐えればいいんです」

 

 その頃には、初代ドメインの主人公が成長し、旅を始めることになるだろう。彼は間違いなく変革を齎す、世界がそれを証明している。

 祝福しているのだ。

 

「二十年も世界の敵に成るなんて無茶だ!!」

 

「――できます。師匠は僕を誰だと思ってるんですか」

 

 そういって、僕は師匠の身体を抱きしめた。そのまま、足に力を込める。

 

「僕は、敗因にして、白光。あらゆる負けを覆し」

 

 師匠は、僕を見上げた。

 

「――そして、日の出を迎えさせてきた異物(イレギュラー)なんですよ」

 

 僕は師匠を見下ろして。

 

 

「それを僕は、僕の旅の中で、師匠にみせてきたはずです」

 

 

 そのまま、この場を飛び去った。

 

 

 ◆

 

 

 僕と師匠の間に言葉はない。今は、師匠の紫電で翼を生み出し、空を駆けている。あの場を飛び出してから、師匠は僕の言葉を否定しなくなった。

 観念した、とも言えるだろう。

 

「――ここに来る前に、嫉妬龍を止めてきました」

 

「……ああ」

 

「彼女は、不幸にも悲劇の渦中に放り込まれて、自分で自分を許せなくなっていた。世界に絶望していたんです」

 

 自分を許せないからこそ、自分を世界の敵にした。たとえ許せなかったとしても、彼女は嫉妬龍なのだから。嫉妬という信念を、崩すことはできないのだから。

 僕は、そんな彼女にすべてを終わらせることで救いをみせた。

 

 そして――この世界に飛ばされた。

 

「師匠は、自分の選択で止められなくなりました」

 

「……そうだね」

 

「そしてその上で、()()()()()()()です。それが、善意であれ、悪意であれ」

 

 悪意はない、と師匠は膨れる。だが、この場合は悪意というのは師匠のことではない。僕が言っているのは――

 

「これは、ある一つの存在にも同じことが言えます」

 

「……それは?」

 

 僕は答えなかった。

 答える暇が、なかったからだ。

 

 

「――つきましたね、傲慢龍の神殿……になるはずの場所です」

 

 

 それよりも早く、目的地についたから。

 ついでに言えば。

 

 

「――待ってたわよ、随分イチャイチャしてたみたいじゃない?」

 

 

 フィーが、その場にいたからだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に、彼女は腰掛けていた。ニコニコと、怒り混じりの笑みを浮かべて。抱き合うこちらを、今にも焼き殺しそうな顔で見ていた。

 

「言い訳は?」

 

「すいません」

 

 さすがに、アレをされてから、即座に師匠の方に色々言うのは、僕が悪いので受け入れる。目の前に立つよう誘導され、ニコニコしながら今にも爆発するのではないかという風船を眺める気分で、沙汰を待つ。

 

 ――直後、全力でフィーにタックルされ、抱きつかれ、僕は階段を転げ落ちた。

 

「んーーーーーーー! んーーーーーーーーーー!!」

 

 そのまましばらく抱きつかれて、顔を擦り付けられる。師匠が羨ましそうに見ていたが、僕はつとめてフィーだけの方を見た。

 そんなことをしばらくしてから、

 

「――アンタも、気がついたみたいね」

 

 フィーは少し恥ずかしくなったのか、僕から離れて立ち上がり、髪をかきあげながらすまし顔で言った。

 

「……うん。この可能性の世界は、()()のことを表していたんだね」

 

 僕らは、階段を上がりながら、言葉を交わす。

 

 やはりフィーは、気がついていたんだ。()()()()()()()()のか。どうして彼女がそうなったのか。

 

「どういうことだ?」

 

 師匠は先程までの光景を完全にスルーするように決めたようで、こちらの会話になんでもなかったかのように割って入ってくる。

 多分一番スルーする要因になっているのは、自分が僕に抱きしめられていたのが恥ずかしいからだな。

 

 

「――私達の前に現れたお父様――機械仕掛けの概念は明らかにおかしかった」

 

 

 始まりはそこだった。

 いきなり僕の目の前に現れ、封印の危機を迎えた。しかし、それは彼女の狙い通りだった。彼女は封印されたかったのだ。

 

「逆に言えば、これは彼女が既に僕が封印の概念起源を使えることを知っていたってことになる。どこで? 僕と白光の二重概念なんて、ゲームでは絶対にありえなかったのに」

 

 だから、()()()()()()()があればよかったんだ。

 でも、僕たちの知識ではそれを知るタイミングがないから、僕はそれにたどり着けなかった。フィーがそれに思い至ったのは――

 

「――この世界には、アンタの知らない情報がいくつか存在している」

 

 それを、最も身近に感じたからだろう。

 暴食龍の狂愛、ゲームではなかった要素だ。しかし、ゲームでは語られなくとも、ありえなくはない塩梅のものだった。

 

 加えて、マーキナーの心情を察することのできる立場にあったフィーは、この場において限りなくマーキナーに近い存在だったと言えるだろう。

 

「それは()()だったのよ。この世界が、既にアンタの知ってる世界とは、幾分か違う世界になっている証明」

 

 そして何より、この世界。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()。ああそうだ、

 

 それではっきりした。

 

 

「――――マーキナーは、既に何度か敗北を経験している」

 

 

 ゲームの世界と、僕の世界は地続きではない。

 ()()()()()()()()()()んだ。それは――彼女にとって、変化を促すには十分だっただろう。

 

 そして、僕たちは階段を登りきり、――そこで変化を感じた。

 

 ここは、()()()()()()()()ではない。かといって、マーキナーの世界そのものでもない。

 

「……心象風景、か?」

 

 師匠が先程までの会話を聞いた上で、答えを出す。

 

 

 ――そこは、闇だった。なにもない、狭い狭い闇の中。

 

 

 モニターのように広がった、四角い窓の中にだけ、光が灯っていて。

 

 

「……やぁ、またせたかな、マーキナー」

 

 

 そこに、機械仕掛けの概念は――マーキナーは、ぽつんと一人で座っていた。


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