「――それでも、君はこれまでとは違うと、ボクは期待していたんだよ」
マーキナーの言葉は、本当に心の底からの、切なるものだった。
「君は、誰よりも早くボクのもとまでたどり着いた。なにより、関わった者を誰も死なせなかったことは驚嘆に値する。手を伸ばせる範囲なら、何でも救える存在は、あまりにも貴重だ」
――眼の前のモニターでは、僕たちの旅の映像が、延々と、止まることなく流れ続けている。師匠に救われたこと、強欲龍を討伐したこと、リリスに出会い、フィーを救って、そしてここまで戦い続けた。
「随分と殊勝なことを言うんだな」
「……ここはボクの心の中だ。誰かを見下して、嘲笑うのはもう疲れた。いや……それだけじゃない。ボクは何もしたくないんだ。だからここには、何もない」
この世界は虚無ではなかった。何も知らない無垢だから、こんなふうに何もない空間になっているわけではない。マーキナーの心象風景に、これ以上の変化はいらない。荒波は求められていないのだ。
何もないという絶望、何も許されないと言う諦観。マーキナーはあまりにも疲弊し過ぎていた。
「最初のうちは感動があった。怒りも、憎悪もあった。より苛烈に人類を追い詰めたりもした。けどね、今ボクがああして邪悪に振る舞っているのは、そうしないと言葉が出てこないからなんだよ」
今、目の前のマーキナーを見ればわかる。彼女には心がある。善意もわかれば、自分のしていることの罪だって自覚している。
ここにいるのは無邪気で無垢で、ゆえに残酷な神ではない。世界に囚われ、拒絶され、戦うことも、意思を表に出すことすらも疲弊した、ただただ孤独な少女の姿だった。
「ねぇ、敗因。意思を言葉にするって、
「……今、しているだろう。これが対話というやつだ。何より、君は僕に怒っていたはずだ。僕の行動が、君の期待に応えすぎたせいで」
振り返った少女の顔にはクマができていて、僕は思わず息を呑んだ。
ああそうだった、とまるで彼女は機能のように苦笑した。
今の彼女に、言葉というものが理解できるだろうか。自分が何を話しているのか、今の彼女にはわかるだろうか。僕はその答えを持ち合わせてはいなかった。
「偶然、封印という概念起源を知った時、これが最後の希望だとボクは思った。眠り続けることができれば、ボクはもうそれでいい。やっと眠れると思ったんだ」
その時は、そもそも封印は使う必要すらなかったから、次の可能性に期待することとなったのだけど、そこでも問題が発生した。
「
だから待った。待ち続けた。ずっとずっと長い時間。数えることすら億劫になる時間を駆け抜けて、諦めて、絶望し続けて、そして僕がやってきた。
「初めは驚いたよ。
「……なんだって?」
それは、初めて聞く情報だった。想像もしていなかった、何せ僕たちゲームのプレイヤーにとって、敗因とはプレイヤーの化身なのだから、それは間違いだったというのだろうか。
「たしかに敗因は君の化身だ。でも、正確にいえば敗因は君たちの世界から可能性に干渉を受けているだけの器だ。本当にこの世界にやってきたわけじゃない」
プレイヤーの化身として敗因がこの世界に存在することと、僕が直接この世界にやってくるのでは話が違うということか。具体的にいえば、意識の有無。化身としての敗因はゲームプレイヤーである僕たちの影響を受けているだけで、本当にこの世界に僕たちがやってきたわけではない。
しかし、僕は実際にこの世界にやってきて、行動している、ということか。
「初めは、期待なんてこれっぽっちもしていなかった。いくらなんでも敗因である君がボクの元へたどり着く可能性は皆無に等しかったし、そんな可能性、
それはまぁ、これまでの世界で敗因がここにたどり着いた例がない以上、当然のことなのだろう。
「けれど、君は傲慢龍を打倒し、ボクの元へたどり着く可能性を生み出した。あの時の感覚を、一体何と評すればいいのかなぁ、恋、とか?」
「あんですって?」
「おちつけ、相手はマーキナーだぞ!?」
そこで反応するフィーを師匠が押し留めながら、苦笑するマーキナーを僕たちは見る。その様子すら、無理をしているのがありありと見て取れて、全員揃って口をつぐんだ。
「――けど、君はボクの想像を遥かに越えてしまった。勝てないと思っていた。ボクの可能性は否定できないと、思っていたのに、君はやりきってしまったわけだから――逆に、ボクは困ってしまったけどね」
期待に応えすぎてしまったことで、僕たちはここまでたどり着いた。
それを、マーキナーは困ったという。
「特に驚いたなぁ、白光百夜と美貌のリリスの二重概念って、それもまたはじめて聞いたよ――あんな概念起源があったんだね、世界は広いや」
「それは――」
僕は、それにどう答えたものか、少し戸惑った。ああ、今にしてみれば、あの一手はそりゃあマーキナーの手を止めるには十分だろう。
自分があれほど焦がれて止まなかった無限の可能性に、そうそうに手を届かせてしまったのだから。
「――マーキナー、アンタはすごいよ」
だから、僕はそう答えた。
「……どうして?」
「それを見た上で、
「それも、
そうやって、マーキナーはまた、視線を僕たちから外した。
――話はこれで終わり、ということだろう。
マーキナーに何があったのか、マーキナーが何をしたかったのか。それを知るというここに来た上での目的を、僕たちはすべて果たした。
だから、つまりマーキナーはこう言いたいのだ。
なにせ、最後のマーキナーは――
「――ねぇ、どうすんのよ」
少し考えていたところを、フィーに呼びかけられる。師匠とフィーは、二人とも僕の方を見ていた。こういう時、最終的に意思決定をするのは僕の仕事だ。
だが、この場合はどちらかというと――二人は僕に何かを期待しているように思えた。
「二人は、どうしたいですか?」
なので、僕の方から問いかける。
「マーキナーは、この世界の邪悪そのものです。あらゆる災禍を生み出し、人々を傷つけてきた元凶です」
そこは、絶対に忘れてはならないことだ。特に二人は、決して関係が遠すぎるということはない。
「……私にとって、仇の生みの親でもある」
師匠は、胸の懐中時計を握りしめ、視線を鋭くして、ぽつりとつぶやいた。
「アタシなんて、最初から破滅するために生み出されたのよ」
フィーは髪をかきあげて、やれやれと呆れ混じりにそういった。
「だったら、――どうしたいんですか?」
そして、二人は、
「
ぴったり、まったく同じタイミングで、声を重ねた。
苦笑する。そりゃそうだ、師匠は困っている眼の前の誰かを見捨てられない。フィーに至っては、既にマーキナーに共感してしまっている。
「――それは、許されないんじゃないかなぁ」
そんな二人の言葉に、マーキナーが待ったを駆けた。
「誰がよ、アンタが世界の敵だなんて、そもそもこの世界の人間は誰も知らないのよ?」
「
「……なんだそれは、世界のほうがよっぽど機械的じゃないか」
かもしれないね、と笑うマーキナーは、その上で僕たちの言葉は、ハッキリ強く否定していた。――これまで、世界に否定され続けてきたからこそ、マーキナーはそこだけは譲れないのだろう。
譲ってしまえば、世界に殺され続ける自分を保てなくなるから。
でも、なぁマーキナー。君はここに来るまでの、僕の行動を見てきただろう? 僕はこれまでどうしてきた?
「それは――」
僕は、そっとマーキナーの側に立つ。
「
「そんな事――!」
「だって君は、この世界に災禍を齎すことでしか、外の世界にでることができないだろう?」
「……」
「――ここに閉じこもろうと、思ったことはないのかい?」
「
――だったら、
「だったらなおのこと、君は救われないとダメなんだ」
「そんなこと――!!」
「だって君が救われない限り、
――――その時。
師匠と、フィーがハッとするのが解った。
マーキナーが、呆けた顔でこちらを見ている。
「ああ、君は確かに邪悪な性根で、その罰として無限の苦行を強いられているかもしれない」
だから僕は力強く告げるのだ。君は確かに
フィーに対してもそうだった。
師匠だってそうだ。
僕は、
「だが、救われなければ、その苦行に
それに――
「――君は、それだけじゃないだろう?」
「何がかな?」
「君が僕に怒りを覚える理由は、僕が封印を使わなかったからじゃない」
そもそも、マーキナーは僕が封印を踏み越えたことに動揺していたけれど、僕に対して辛辣な言葉をなげるようになったのは、
――彼女の心を、知ろうとしたからだ。
その上で、ここまでくればもはやわかりきっている、マーキナーの心を口にする。
「君は、僕の言葉を受け入れたくなかったんだ。同じ思いで、同じ信条で戦って、それでも勝てなかった自分と、勝ってしまった僕」
「やめろ――」
「つまり君は――」
「やめろ!!」
「
「やめてよ! ボクは、君のようにはなれなかったんだ!」
立ち上がり、マーキナーは叫んでいた。
「ああ、ようやく。ようやく君の本音が聞けたな、マーキナー」
さぁ、くすぶっている時間はもう終わりだ。
マーキナー、君は救われる時が来た。
心の中に積もり積もった思いのすべてを、僕にぶつける時が来た。
ここからは、いつもどおりに、