負けイベントに勝ちたい   作:暁刀魚

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17.ちょっと考えたい。

「――反省しなさい」

 

「はい……」

 

 色欲龍の部屋、戦闘中に吹き飛んだベッドが新しいものへ交換されるのを横目に、僕は師匠に正座をさせられていた。

 何が悪かったかといえば、何もかもが悪かった。良かったことといえば、色欲龍に勝ったこと。でも、そもそも勝つ必要があったのかは少し疑問だ。

 

 そもそも戦う必要もあったっけ?

 

「第一、あれでトドメだったんだろう? だったら後は私に任せてくれれば、きっちり決めてやったさ、流石に、それくらいのことができない紫電のルエじゃないんだぞ」

 

「ああ……」

 

 言われてみれば、僕の後ろにいるのは、幾ら熱気に浮かされてダメになっていても、師匠――大陸最強の呼び名を誇る概念使いなのだ。

 いや、熱気でダメになっていたのは僕だったけれど、

 

「君が幾ら無茶をしてでも勝ちたいからって、最善手があるのに、それをしないのは君の落ち度だ。そこはキチンと理解するように」

 

「わかりました……」

 

 まったく、と腕を組んでため息をつく師匠。……とはいえ、それ以上の説教はなかった。あれ? コレで終わり?

 

「……あの、師匠? もういいんでしょうか?」

 

「ん? ああ、もうおしまいだ。次からは気をつけるように」

 

「いえあの、人としてどうかと思う行為については……」

 

「……あのね、君はあの場で冷静じゃなかったんだ。普通なら、あんな方法は選ばないだろう、それがわかっていればいいんだよ」

 

 はぁ、と思わず気のない返事をしてしまう。つまるところ、えっと……

 

「そもそも、悪いのは全部あの色欲龍じゃないか……」

 

「…………それもそうですね」

 

 言われてみればそうだ。そもそも色欲龍エクスタシアが、急に変なことをいい出したのが悪いんだ。……あれ、でも最初に戦闘しようとしたのはだれだったっけ?

 

「そういえば、最初に武器を抜いたのは師匠でしたよね?」

 

「――なんのことかな」

 

 居直った師匠は、腕組みをしたまま視線を反らし、口笛を吹き始めた。なお、師匠は器用ではないので口笛はふけない。

 

「で、その色欲龍はどこへいったのか」

 

 師匠をスルーすることにして、周囲を見渡す。今、エクスタシアはどこかへ姿を消していた。この場には僕と師匠と、ベッドを交換する悦楽教の信徒の方々のみ。

 ちなみに悦楽教は色欲龍をご神体とする宗教組織だ。

 

「――おまたせぇ」

 

 ふらりと、出入り口から色欲龍が姿を表した。

 ――ネグリジェ姿から、世界観にそぐわない和装ルックに変化している。色欲龍の基本ビジュアルだ。世界観にそぐわないのも、彼女の固有の衣服だから、で済ませられる代物だ。

 胸元をはだけ、刀を構える彼女の姿はとても決まっている。

 

 まぁ、今はただの痴女みたいな和服のお姉さんだが。

 

「ちょっと昂ぶっちゃってぇ」

 

「そういう報告はいらない!」

 

「ごめんね? で、ええっと、ルエちゃんに、敗因くん」

 

 交換の終わったベッドに、エクスタシアは腰掛ける。僕らは促されて、運び込まれたソファに腰掛ける。一緒にテーブルも運び込まれて、コーヒーを入れてもらった。

 師匠が砂糖をどばどば入れるのを横目に、

 

「さっきはごめんね? なんだかノリでそういうことになっちゃったけど、ともかくあなた達の勝ちだもの、私からは何もしないわ」

 

「えっと、ありがとうございます? ……それで、そもそもなんであんなことをしたんですか?」

 

 僕とエクスタシアは話をすすめる。

 

「明らかに、僕が特別だっていう言い方でしたが」

 

「あら、特別よ? だって――」

 

 ずず、とコーヒーを飲みながら、

 

 

「……貴方、私と血がつながっていないもの」

 

 

 ……ん?

 

「にがっ……って、ちょっとまった、色欲龍、それはおかしくないか?」

 

「ええ、おかしいわよ? でもねぇ、私、自分と血がつながっている子は、どれだけその血が薄くても解るの。なのに、敗因くんにはそれがないのよ」

 

 いやいや、おかしい――()()()()()()。色欲龍と血がつながっていない、なのに概念化できる。それは普通に考えればおかしいが、僕の知識の中には前例が存在する。

 

 でも、そうなると、それはそれで別のところで疑問が浮かぶのだ。

 

「ええと、君。たしか色欲龍と血の繋がっていない概念使いというと……」

 

 師匠にも話している内容だ。だから師匠も疑問に思うのだろう、僕の知っている色欲龍と血のつながらない概念使い、それは――

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 5主は、色欲龍の養子という立場の主人公。あらゆる概念使いと血がつながっている色欲龍にとって、養子とはすなわち()()()()()()()()()という意味である。

 当然、そんな主人公には大きな理由があるわけだが、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()となると、今度は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なる。

 

 ――実のところ、僕は自分がこの世界に飛ばされた理由が、推察できているのだ。

 しかし、その推察は僕が5主と同種だとすると、()()()()()()()()()()()ので、さて困ってしまうわけだが。

 

「……なんだか悩んでるみたいねぇ?」

 

「まぁ、そうなんですけど」

 

「今の所、考えてもしょうがない感じかなぁ」

 

 まさか前提を説明する前に、その前提がひっくり返るとは思わなかった。

 とにかく、色欲龍が僕に襲いかかってきた理由はこれでわかった。解ったところで、今はどうしようもない理由だったが。

 ――血が繋がっていないから、色欲龍は色々と僕を知りたいとおもったんだろうけど、先程の戦闘で僕たちが勝利し、それを拒否した。

 だから、向こうもこれに関しては踏み込んでは来ない。

 

 故にここで、一度、この話はおしまいだ。

 

「ふぅん、じゃあ少し話を変えましょうか――ゴーシュ」

 

 パン、と色欲龍が合図を送って、人を呼び出す。

 ゴーシュ。概念使い、理念のゴーシュだ。

 

「はい、はい」

 

 ――初代ドメインと、外伝であるルーザーズに登場する概念使い。初代における色欲龍の側近、特徴は童貞。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「お菓子のおかわりもお持ちしましたよ」

 

 と言って、手には色々なお菓子が入った入れ物が収まっている。途端、師匠の眼が三割増しで輝いたのを、僕とエクスタシアは見逃さなかった。

 

「わるいねぇ、そこに置いといてくれるかい?」

 

「かしこまりました」

 

 なぜか師匠がゴーシュに指示をだし、指示されたとおり師匠の側にお菓子を置く。そして、置いた後自分の分を確保した後、色欲龍の側に立った。

 

「ふたりとも?」

 

 色々いいたげな色欲龍と、それから僕。いや師匠が卑しいのは置いておくとして、何さらっと自分の分のお菓子だけ確保してるんだよ!?

 

 ――理念のゴーシュは、この秩序という言葉がどこかへ飛び去ってしまった快楽都市を実質的にまとめ上げる指導者だ。

 悦楽教なんて教団を作り、そこにエクスタシアを押し込め、信仰という形で人を集めた。悦楽教の“理念”は端的に言うと、「如何にエクスタシアに相手を用意して交尾させるか」につきる。

 

 なにせエクスタシアが子供を作れば作るほど、概念使いは増えていく。概念使いが増えれば増えるほど、人類は楽になっていく、人類が大罪龍相手に対抗するためには、エクスタシアの子作りは必須事項というわけである。

 

 字面のIQがひどすぎる以外は、ゴーシュの手腕を端的に顕していると言える。この快楽都市で罪を犯した人間には、二種類の末路が待っている。一つは周囲の概念使いによって叩き潰される自浄作用。

 そしてもう一つが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 自浄作用だけでは、快楽都市エクスタシアは間違いなく回っていなかっただろう。多くのものに迷惑をかけ、しかも対処に困るような罪を犯したものに、エクスタシアによる在る種の“処刑”が行われる。

 これをされて、トラウマにならなかったものはおらず、心を入れ替えない者はいない。それだけ彼女が本気を出すとすごいのだ。子作りという言葉に感じるロマンスが、全て吹き飛びかき消えてしまうくらい。

 

 なにせあの強欲龍が色欲龍に好きにさせるぞ、と脅されると渋々要求を呑むほどに。まぁ、そういって脅したのは大罪龍のリーダー、傲慢龍なのだが。

 

「それで、話を変えるっていいましたけど、具体的には? 特にこちらには心当たりがないんですが」

 

「ええ、ちょっと、ね? ――ねぇ、ルエちゃん」

 

「うん? はんは?」

 

 もっきゅもっきゅと、口いっぱいにお菓子を詰め込んでいた師匠が、リスのような顔でエクスタシアを見る。とりあえずそれを食べてから返事しましょうね?

 

「ちょっと、一人仲間を増やすつもりはない?」

 

 もぐもぐごくん。

 

「ないな」

 

 ――師匠は即答した。なお、間の食事による沈黙はカウントしないものとする。

 

「理由は、私達には色々と話せない事情があるからだ。彼の存在しかり、彼の変態性しかり」

 

「後者はちょっとまってください師匠。僕は健全な方です」

 

「性的な意味じゃない!」

 

 むわー、と師匠は両手を振り上げて叫んだ。あ、ちがったのか……

 まぁ、エクスタシアがいる場で変態性と言われるとそっちの想像しかできないので、ここは師匠とエクスタシアが悪いということにしよう。

 

「とにかく! 仲間は慎重に選びたいんだ。そりゃまぁ、いつまでも二人旅では戦力が心もとないことは理解しているが……」

 

 基本的に、ドメインシリーズは四人PTで戦闘を行う。現実ではそんな縛りはないが、二人でこれからも戦っていくのはキツイだろう。というか、今回は師匠が四人、とまでは言わないがあと二人最上位技が使える仲間がいれば、問題なく勝てる範囲の戦いだった。

 

 そう考えると、あと二人、僕と師匠の抱える秘密を理解した上で、同じ考えのもとに行動してくれる仲間が必要になるわけだが――

 ――ルーザーズのこれから仲間になるメンツを考えると、あまりこれという候補はいなかった。それぞれ立場のある者が多いからなぁ。

 

「でしたら……一つ確認したいのですが、お二人はこれからどうなさるおつもりで?」

 

 そこで、ゴーシュが割って入ってくる。

 師匠の空気が少し変わった。色欲龍はともかく、彼は間違いなく警戒対象だ。あまり、しても意味はない警戒なのだろうが。

 

「とりあえず、これからラインへ向かうよ」

 

「今回解ったことを踏まえて、ちょっと調査したいことがあるんです」

 

 もしも僕が5主のような存在なら、()()()()()()()はずだ。そして、起動できるなら、できればアレを破壊しておきたい。

 

「ふむ……嫉妬龍に会いに行くのですかな?」

 

「フィーちゃんに?」

 

 ――そう考えたところに、ゴーシュがそんなことを言う。

 思わず、息を呑みそうになった。()()が嫉妬龍絡みだと知っている? いや、この人の場合、正直僕の事情をどこまで掴んでいるのか、皆目検討がつかない。

 悟らせはしないだろう。

 

 ちなみに色欲龍のいうフィーちゃんというのは嫉妬龍の愛称だ。

 嫉妬龍エンフィーリア。それが嫉妬龍の本名である。

 

「ああ、そうだが?」

 

 師匠は、一切臆さないことを選んだようだ。そういうことならば、と僕も合わせる。返事はせずにコーヒーを飲んで、一息。

 

「でしたら、ご安心ください。私達が紹介したい概念使いは、お二人のお眼鏡に必ずや叶うでしょう」

 

「……だろうなぁ」

 

 ちょっと観念したように師匠がつぶやく。まぁ、そこは僕もなんとなく解っていたことだ、ゴーシュがこちらに提案するということは、必ずコチラにとって有益な提案なのだから。

 

「んふふ、そういうことだから、受けてくれると嬉しいわ」

 

「我々悦楽教の理念は、すべての人々が等しく幸福に、ですからな」

 

 ――それは貴方の理念だろう、といいたくなるのを抑えて、嘆息する。

 “理念”のゴーシュ。概念使いでもあり、快楽都市を統べる執政者でもある。そんな彼の“理念”こそ、まさしく「すべての人々が等しく幸福に」なのだ。

 

 どういうことか。単純だ。彼が話を持ちかけてくるということは、必ずこちらに得があるということだ。彼は世界のあらゆる人間が、等しく得をするような、そんな行動を理念としている。

 要するに、徹頭徹尾彼はバランサーだ。自分たちが提案することで、提案された側は得をして、そして提案する自分たちも得をする。

 

 一挙両得とはまさしくこのこと。そうなるように八面六臂に飛び回り、様々な利害を調整して回るのが彼のやり方だ。

 

 そしてその実績と、信用があるからこそ、僕たちは彼の提案を断れない。エクスタシアが人類に味方をするのも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()にほかならない。

 

 故にエクスタシアは彼のことを最大限信用する。

 しかし彼は童貞である。故にエクスタシアは彼のことを誰よりも信頼していない。

 

 それこそが理念のゴーシュ。ある意味、この快楽都市の本当の主の在り方というわけだ。

 

「とはいえ、そうそう私達の目的にそんなぴったり合致するような人材――」

 

「それじゃあ、入ってきて、リリス」

 

 師匠がそこで何故かフラグを建て始めた。遮るように呼びかけるエクスタシアに、自然と僕は入口の方へ視線が向いた。

 ――というより、リリスという言葉に覚えがある。

 

 でも、“リリス”はルーザーズには出ないような……? ああいや、彼女の年齢を考えると――

 

 

「はーい、失礼しますのー」

 

 

 そういって入ってきたのは、シスターだった。

 ウィンプルからカラスの濡羽色な黒髪が覗き、おっとりとした顔立ちで、ちんまい師匠よりさらにちんまい少女。修道服には深いスリットが入り、なんというか淫靡さを醸し出す。

 

 

 そして胸はちょうどよかった。

 

 

 間違いなく大きい。だが、エクスタシアのように大きすぎない。唐突だが、僕の好きなアルファベットはFだ。そんな感じ。

 大きいか小さいかで言えば、僕だって当然大きいほうが好きだ。そのうえで、大きすぎない大きさが一番しっくりくる。つまり彼女は最適解。

 

 ――見たことの在る顔だった。ゲームの中で、僕は彼女を知っている。

 

「“美貌”のリリスといいますの。えっと、よろしくおねがいしますの?」

 

「あー、紫電のルエだ。それでこっちが――」

 

「――師匠」

 

 僕は、力強くいい切った。

 

 

「彼女を仲間にすべきです」

 

 

 ――確信に満ちたその言葉に、

 

「どこを見て言っているんだ君はぁ!」

 

 師匠の叫びと、師匠が頬張っていたお菓子が、同時に僕の頭に飛んでくるのだった。

 

 スコーン、ってね?




最後のオチはお菓子のスコーンとスコーンというオノマトペをかけた高度な……

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