「――たとえ、君がそう願ったとしても! ボクがそれに答えるものか!!」
マーキナーの言葉は彼女の今を端的に表すものだった。僕は答えない、ようやく引き出したマーキナーの本音、全て引き出して、それに応えなくてはならないのだ。
時間はたっぷりあるわけだから、僕はじっくり彼女の言葉を聞き届ければいい。
「ボクはそんなことを望んで、この戦いを始めたわけじゃない!」
マーキナーの原動力は、まだ何もしていないのに終わりたくない、こんなところで負けたくないという気持ち。それをひっくり返すために、マーキナーは勝利を望み、世界は勝つことだけをマーキナーに求めた。
「ボクは君以外の誰にも望まれてなんかいない! ボクは世界の敵なんだ! 負け続けることを世界に求められているんだ!」
世界は負けろと言っている。マーキナーが敗北することで、世界はより良い方向に進む。たとえマーキナーが何もしなくとも、いずれは世界が人類をマーキナーの元へと誘導する。
それを彼女は、嫌というほど見せつけられたのだ。今の彼女に、もはやそれをひっくり返す気力はない。
「全てを諦めてしまったそのあとに、ボクに残ったのはかつてのボクのエミュレートだった。善性に振る舞うことはもちろんできない。そもそも、自分が何を言っているのかも、正直定かではないんだから」
そうして僕の目の前に現れたのは、僕のよく知るマーキナーだった。彼女に起きた変化以外は。
結局、全て強欲龍の言う通りだった。今のマーキナーには何もない。奪うものも、彼女の中身も。
ああそれは、つまり。
「だって誰も、正しいことを教えてなんてくれなかった! どうすればいいのか教えてくれなかった! 人は時に争うこともある!? ボクだって間違いじゃない!? じゃあどうすればいいんだよ!! 間違いじゃないボクは、いったい世界のどこにいるんだよ!!」
マーキナーは、未だに正しい自分がわからないのだ。
善も悪も、全ては意思が決めること。悪を貫くことは間違いじゃない。邪悪であることは正しくないわけではない。
しかし、それを無知で赦すことはあってはならないことだ。
彼女はそう責め立てられて、そうであることを
「なぁ、どうしてなんだ? どうしてボクは終われない? あれから何度も世界に懇願し続けた。ボクを終わらせてくれと。世界もそれを望んでいるはずだろう!」
「……」
「ボクが間違っているのなら、ボクを間違いだと言って消してしまえよ! ボクが生きたいと望んだのは、何も知らなかったからだ! そんなボクに、一体誰が正しさを教えてくれるって言うんだよ!」
――心を知った少女は、心を知ったがゆえに自分がわからなくなった。善意も、悪意も、きちんと飲み込めたとしても、それを自分に当てはめることができなくなった。
もうここに、マーキナーと呼べる個人は、存在しているのかもわからない。
「だから、希望はそれしかなかったんだ」
すがるように、冀うように、マーキナーは僕を見た。
彼女に残された最後の安らぎ、癒やし。ああでもしかし、
「――でも、ボクすら乗り越えてしまった今の君に、ボクと一緒に死んでくれとは、言えないよ」
――――それが、今の彼女の答えだったのだろう。
やがて、その場にへたり込んで、地を見て、闇を見て。
彼女は何も、言わなくなった。
「……なぁ、マーキナー。どうして世界は、君の願いを受け入れてくれないと思う?」
「わからない。ボクがこの世界の定義する生命ではないからかな?」
ずっと疑問だったことがある。
世界はマーキナーの願いに答えた。しかし、それは最初の命令を忠実に実行しているからだ――といっても、
マーキナーは言う。自分は世界の言う生命ではない。
生命とは、空間の中に身をおいて、時間と共に生命を育む。そんな存在のことを言う。マーキナーにはそれらがない。はじめから空間の外に身をおいていて、マーキナーの時間は無限。
彼女は生命を創ることはできても育む能力は備わっていない。
そんなマーキナーに、そもそも世界は答えない。
「……気の迷い、だったのかなぁ」
「それは――違うと思う」
僕は、へたり込んだマーキナーと、視線を合わせた。腰を下ろして、正面から彼女を見た。――少女の顔は、今の自分の感情を、ありありと語っていた。
「なぁ、マーキナー。どうか思い出して欲しいんだ。敗北を重ねてきた回数すら覚えている君ならば、それは不可能じゃないだろう?」
「……」
「この世界に、
だから僕は踏み込んだ。マーキナーは終わりを願っている。どうにかして、この状況から抜け出す方法をもとめている。
だけれども、マーキナーは肝心なことを、口にしていない。
それは、
「何って――人が世界を乗っ取ることが恨めしい、人に主役を明け渡すことが憎たらしい……そんなことじゃ、なかったかい?」
「
それは、違う。
「それは世界に人が生まれてからだ。もっと前に、あるだろう。
「あ――」
そうして、
ようやく彼女は思い出したのだ。
その時彼女が、何を思っていたのか。
――今の自分が、どう思っていたのか。
「さみ、しい」
ぽつり、とその言葉をつぶやいた時。
少女はきっと、
――生まれてはじめて、涙を流したのだろう。
「寂しい、一人は嫌だ。ボクを一人にしないで」
「……マーキナー」
師匠が、その様子にぽつりと彼女の名を呼んだ。そうすることしか、師匠には今、できないだろうけど。
「ボクだけ除け者にしないでよ。ボクを仲間外れに、しないでよ」
「…………」
フィーもまた、同様だ。
彼女たちは、様々な理由で一人になった存在だ。嫉妬が故に、誰かを好きになることができなかった少女。多くの失敗と、抱え込みすぎた荷物のせいで、動けなくなってしまった少女。
――一人ぼっちが集まって、世界を救うために戦った。
そして今、
「ああ、あああ! ううう、あああああああああああああああああああああああああああああ!!」
やがて、涙は大粒に、とめどなく流れ出し、止まらなくなった。
これまで抱えてきた心の堰が崩壊し、溜め込み続けてきた孤独が、一斉に彼女の中から大合唱を開始する。
「――君に、君の正しいを教えることは、僕たちにはできない」
そんな中で、僕は告げる。
「そもそも正しい自分なんてものを、確固たる確信を持って語れるやつが、世界にどれだけいるっていうんだ? 僕だって、自分が間違っているんじゃないかと思ったことはある」
――それは、そう。
世界が僕に負けろと言った時、僕の正しさが問われた時、僕は悩んだ。答えを出せたのは、僕のやり方の正しさを問わず、ただ勝てと言ってくれた白光の存在があったからだろう。
「間違っていていいんだ。ただ一つ――自分の中で正しいと思えるものがあればいい」
「自分の中で、思えるもの?」
「ああ、そうだ。そしてそれも、今見つからなくたって問題ない。いつか見つければそれでいい。そして胸を張って叫ぶんだ、その信念を」
「敗因は――」
その問いに、僕は笑みを浮かべて返した。
そんなもの、問いかけるまでもないじゃないか、と。
「
「――じゃ、じゃあ」
マーキナーは、顔を上げた。
泣きはらした上にクマに覆われたその顔はあまりにもぐしゃぐしゃで、可憐な少女の顔が台無しだったけれど、でも、
「いいの、かな。ボクも、そうやって――自分を探しても」
その問いは、赦しを求めるかのようで、僕だけではなく、その場にいる全員に、問いかけているようだった。
師匠が答える。
「――これまで、私のことを見てきたならわかるだろう。……たとえそれが親の仇だとしても、私は困っている人は放っておけない。その性分は、とことん変えられないんだ」
フィーが答える。
「――アタシにみせられた可能性の中の嫉妬龍は言ってたわ。救われたアタシが妬ましい。けど、
そして、二人は。
「なにより」
完全に、声をハモらせて。僕の隣に立ったのだ。
「
――それだけで、二人にとって、マーキナーは助けるに値する存在だと。
二人は、そう言っていた。
「そういうことだ。マーキナー、たしかにあんたは負け続けたよ、けど、その敗北にも意味はあったんだ。僕という可能性を君は掴んだ」
そして、僕は手を差し出して。
言った。
「手を掴め、未来を掴めマーキナー! そうすれば! 僕は君の前に立ちはだかる、あらゆる理不尽の敗因になろう!」
それを、マーキナーは見た。
じっと、見つめて、僕を見上げて。
「……君はどこまでも気に入らなくて、いけすかない僕の負けイベントだと思っていた。でも、違ったんだ」
そうして、マーキナーは手を伸ばし、
「君はボクの――希望だったんだね」
「――え?」
「……ん?」
「なによ、これ」
三人が、それぞれにその様子を眺める。
――彼女たちにとって、マーキナーにとってすら、それは予想だにしない光景だった。
けれども、僕はそれが、すぐにピンときた。直感的なものだったから、偶然のようなものなのだけど、しかし。
そして、
「
無敵時間バグ。
――SBSと名付けたそれを、口にした瞬間。
僕の中で、
「――あ」
すべてがカチり、とハマった気がした。
――
どうしてそれらが、
それは、
つまり、
「あ、あああ……ああああ!? なに、なに、なんなのさ!? これ、これ、どういうこと!?」
しかし、それを形にするよりも早く。
「マーキナー!」
――師匠が叫ぶ。
今、マーキナーは僕たちの目の前で、粒子となって崩壊していた。
「……まずい、
おかしいのだ。
いくらなんでも、この世界にはじめて定められた命令だからって、
それも、
これも、
「どういうことよ――!」
「マーキナー! こっちへこい! 行ってはダメだ!」
すぅ、と息を吸う。
ようやく、全ての線がつながった。
「はい、いん! 紫電……! 嫉妬龍!」
「フィーでいいわよ! お父様……っていうのも変だから、こっちも……もうちょっと可愛い名前で――えーと、あーっと」
「――
師匠が、そうポツリと呟く。
「これなら、女の子っぽくないか?」
「――――!!」
それにマーキナー――
そう、呼ばれたことで。
彼女の中で、何が芽生えたか。
しかし、答えは口にすることすら許されず、僕たちの目の前で――
「たす、けて敗因……いや――――」
マーキナーは、消失した。
「――これは、どういうことだ!」
「アンタなら、わかるんじゃないの!?」
二人が僕を見る。
僕は、答えた。
「――
「……バグ?」
「それって、アンタの飛び道具みたいな?」
「そうです」
でもって、この場合のバグとは、もっと単純なものだ。
どうしてもっと早く、その可能性に気付かなかったのかと思うほどに。
「この世界は、
それを、途方も無い時間叶え続けてしまったがために。
世界は、やがて。
◆
気がつけば、僕たちは機械仕掛けの概念と戦ったあの場所へ戻っていた。見れば、側には師匠とフィー。それから少し離れた場所に、リリスと百夜――いつの間にか戻ってきたのか、強欲龍の姿もあった。
「戻ってきたの!」
「なにあれ」
リリスと百夜が僕たちのもとまで駆け寄って、問いかける。強欲龍は距離を置いたまま、しかし楽しげに叫んだ。
“オイオイオイなんだありゃぁ! 価値を作れと俺は言ったが、あんなごちそう想定以上だぜ!!”
「アンタ、ほんっとに変わらないわね!」
フィーが突っ込みつつ、僕らもまた、それを見る。
それは、龍だった。
「――機械仕掛けの概念の概念起源は、龍の形をしています。すべての大罪龍の祖。原典と言って差し障りないでしょう」
「それが、アレ?」
「……いや、なんか、一つの概念起源って域にとどまらない雰囲気してるんだけど」
フィーが半信半疑なのも無理はない。
それはそうだろう、なにせ、そいつは
僕たちの目の前に広がっているのは、龍のその巨大すぎる姿だった。
年老いたような印象を抱く、シワとヒゲだらけの、一見すれば威厳のある龍が、しかし。
「あれは、概念起源であり、一つの概念でもあります。いや、三つが重なっているから、一つというのもおかしいか……でも、一言で表すこともできます」
それは――端的に。
……いや、機械仕掛けの概念の概念起源から名をとって、そして何より、こいつこそが、ほんとうの意味で、
「
僕は、彼にそう名をつけた。
そう、彼こそが、この世界の神。機械仕掛けに運行し、そしてバグによってその道を外れた
……マキナ。君は僕になんと言おうとしたんだい?
わからない。だけど、君の可能性はここまできたぞ。
故に僕は躊躇うことなく君を救おう。
だから、
「あれが――僕たちが、最後に倒すべき敵です」
迷うことなく、僕は