負けイベントに勝ちたい   作:暁刀魚

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161.敗北者たちの叛逆

「――世界? なんだってそんなものがマキナの概念起源と一つに?」

 

 師匠が、僕に確かめるように問いかける。この辺りはややこしいので話してこなかったのだが、必要になった以上、かいつまんで話そう。

 

「まず、この世界は三つの概念をマキナが束ねることで成り立っている、という話はしたと思います」

 

「聞いたわね」

 

「なので当然ながら、マキナはその三つの概念と混ざり合っているんですよ。本来の概念起源では、この混ざりあった三つの概念の中にあるマキナの粒子を取り出して、形にします」

 

 つまり、世界というリソースから自分の力を引っ張り出してくるのだ。この世界に降り立つに辺り、力の大部分を削いだマキナだったが、そんなところに最後の力を隠していたわけだ。

 しかしこれが、世界のバグによっておかしな方向に歪んでしまった。

 

「ああして世界が現出している以上、おそらくは()()()()()()()のではないかと思います。主導権が入れ替わったともいいますが」

 

“つまりよォ、今はあの世界(デウス)ってやつがマーキナー……マキナだったか? そいつを操ってるってことかよ”

 

「その認識で正しい。マキナは今、あの龍の中に囚われていると思います。僕たちの眼の前から消えて、この世界から外に出られない以上、それ以外に考えられない」

 

 ――正直なところ、話をしている僕も半分以上は推測だ。こんな自体考えたこともなかった上に、情報も少ない。なにより()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 一つ言えることは――

 

 ――今、龍に起きている()()が、どうしようもなくまずいということだ。

 

「ねぇねぇ、さっきからあの世界さん、たまにザザザーってなってるの!」

 

「ノイズ」

 

 リリスと百夜が指摘するように、時折世界の姿がブレている。歪んでいる。ノイズが走っている。それはまるで、()()()()()()()()()()かのようで。

 いずれ、何かおかしな存在へ変質してしまうかのようで。

 

「……アレを放置すると、世界が自分を維持できなくなる……と僕は思う」

 

「断言できないの? アンタが?」

 

「こればっかりは、本当に何が起きているかわからないんだ。……ただ、原因ははっきりしていると思う」

 

 一つはマキナと世界の関係そのもの。

 願いを無理に叶え続ける世界と、それに囚われてしまったマキナ、これらが存在し続けるだけで、両者はともにバグを生み出し続けているのだろう。

 

「……でも、あれだけ膨大な数の可能性を繰り返して、今までそんなバグ、起きてこなかったのよ? どうして今になってこうなるのよ」

 

「きっかけがあったんだ。そして、そのきっかけも僕にはよくわかる」

 

 なにせ世界直々に、それをするなと僕は告げられたのだから。

 

 

()()()()()()()()()()()だ」

 

 

 世界は負けろと言っている。

 勝ってはいけない、という意味だったのだ。封印され、千年の時間を置くことで、なんとかバグが堰を切らないよう世界は僕に働きかけたのだろう。

 

“ってことはてめぇのせいじゃねぇかよ、敗因”

 

「そんなわけあるか! 負けを強要される理不尽にお前も陥ってみろ! 間違いなく同じ行動を取るだろ!」

 

“ケッ”

 

 師匠の言葉に、野次を飛ばした強欲が黙る。まったくもってその通りだったのだから、黙るしかないだろう。そのやり取りに少し苦笑して、それからもう一度世界(デウス)を見た。

 

「正直なところ、情報が少なすぎる。まずあいつが、どういったことをしてくるかすら、不透明なんだ。本来のマキナの概念起源と同じ動きをしてくれるなら楽なんだけどな」

 

「とりあえず、仕掛けてみる?」

 

「……向こうの出方を見る」

 

 百夜がウキウキで鎌を振り上げているが、一旦待ったをかける。

 なにせ、先程から結構話し込んでいる。これで世界がマキナと同じ動きをするならば、そろそろ――

 

“お――? ンだぁ、ありゃ”

 

「……なによ、アレ」

 

 スペックが純粋に高い大罪龍二体が同時に、何かに気がついたようだ。強欲龍は興味深そうに、フィーは驚いたように。

 ――その反応で、何となく僕も察しがついた。

 

「何が起きているんだ?」

 

「――来ますよ、戦闘準備です、師匠」

 

 剣を抜き放つ。

 

 ――――どこまで行っても、最後が()()であることに、変わりはないようだ。なんというか、因果というか、ここまで来るとしつこい、とも思うが、まぁそれは僕だけの感覚だろう。

 

 周囲が、少しずつそれに気がついて、驚愕と困惑に染まっていく。

 

「な、なのなのー!」

 

「おおー」

 

 リリスが焦ったように叫び、百夜は感心して目を見開く。

 

“ハッ、ハハハハ! こりゃあいいな!”

 

「言ってる場合か! どうすんのよ、あんなモノ!」

 

 強欲龍はたいそう満足げに、フィーはどうしたものかと天を仰いで。

 

「――あれが、最後の敵か」

 

「そうなりますね」

 

 師匠の問いかけに、僕はうなずいた。

 

 僕たちの視線の先に、()()は広がっていた。

 

 

 ()()()だ。

 

 

 ――数十、数百では足りない龍の波。すべてが粒子で構成された、機械仕掛けの概念最後の悪あがき。意思無きそれは、しかし世界(デウス)を相手にしても健在ということか。

 

 これこそが、ゲームにおいて、そしてこの世界においても、最後にたどり着く場所。

 

 幾千幾万の龍だった。

 

 これが、フィナーレ・ドメインで最後に対決する機械仕掛けの概念であり、僕たちが眼にする最後の敵の光景だ。

 

 そして、

 

 僕はそれが、()()()()()()()()()()()()()()()()ことを知っていた。

 

 この光景は、フィナーレ・ドメインのクライマックスを想起させると同時に、

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()を意識させるものでもあった。

 

 

 ◆

 

 

 ――創作において、かつてのシーンを意識させる場面、というのは象徴的なタイミングで用いられる。ドメインシリーズで最も象徴的な場面は、間違いなく傲慢龍とのラストバトルだが、次いで印象に残ったと多くのプレイヤーが挙げるのが、この機械仕掛けの概念最終形態というわけだ。

 

 数百どころでは足りない、視界すべてを覆い尽くすほどの粒子の龍。

 対するは、人類から選りすぐられた精鋭たち。

 

 この最終形態では、物語の後半で各ドメインシリーズのメインキャラが集められたように、各作品のメインキャラたちが集合し、この龍に立ち向かう。

 

 そのさまは勝利を確信できる、非常に熱い演出で、プレイヤーは最高潮の中で戦いを進める。

 

 何よりも嬉しいのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()点だ。なにせ、他の四天は各シリーズのキャラを呼び出したが、初代ドメイン担当のウリア・スペルは白光と仲間たち、そして傲慢だけで討伐できてしまったのだから。

 かつてシリーズの第一作として世に生まれでて、人気を博した最後のピースが、ここに揃う。

 

 まさしく勝ち確というやつであり、プレイヤーにとっては特に印象に残るシーンだ。

 

 しかし、後にこの勝ち確シーンが、どうしようもない絶望を想起させることになるのだ。そう、ルーザーズ・ドメインではこのシーンが、絶対的な絶望を押し付ける、負けイベントとして演出される。

 

 ――ミルカを逃がすために残った敗因とシェル。押し寄せる無数の暴食兵。

 

 かつて、勝利を疑わなかったあのシーンが、敗北しか見えない負けイベントへとすり替わる。なんともふざけた話だ。

 

 何より、この負けイベントは()()()()()()()()()()()()()()()()()()類のもの。

 

 では、僕たちの場合は?

 

 勝利か、敗北か。

 

 

 ――それは、()()()()()()()ことだった。

 

 

「――“嫉妬ト色欲(フォーリング・エクスリア・カノン)”!」

 

“強欲裂波ァ!!”

 

 二対の熱線が、龍の波へ先じて放たれる。勢いよく叩き込まれたそれは、フィーのそれは一撃で龍を数体屠り、強欲龍の一撃は耐えられた。

 

“ケッ、概念化しなきゃ話にならねぇな”

 

「だが、二重概念や概念起源ならば、吹き飛ばすに問題はなさそうだ」

 

 ――一体一体は、大した戦力ではないことを確認する。記憶の中の粒子の龍と、耐久性はほとんど変わりはないようだ。少なくともコイツらに関して、バグの及ぶところはないらしい。

 

 とすると――

 

「でもでも、これだけの数だとどう考えても手が足りないのー!」

 

「獲物いっぱい。楽しみいっぱい。いっぱいすぎる……」

 

 ワクワクとしょんぼりを同時に表現する百夜に、リリスは大きく伸びをして、手が足りないというのを表現していた。

 

「とすると――やるしかないか」

 

「はい」

 

 師匠が、時の鍵――形見の懐中時計を握りしめ、僕を見た。それにうなずいて、僕と師匠は皆の方へと振り返る。もう時間がない、話すことは手短にすませなければならないだろう。

 

“んで、敗因――方法はあるんだろうな”

 

「あるさ。()()()()()()()使()()()()

 

 敗北者の叛逆(ルーザーズ・ドメイン)。僕たちが手に入れたシステムへの干渉権。これをもう一度使用することで、世界にアクセスするのだ。

 これは、ゲームにおいても使われた攻略法。

 

 ゲームではそれで、各時代の英雄たちに再訪を願った。一度目の時間跳躍は、様々な偶然が重なった結果、時の鍵が誤作動を起こしたことが原因だった。

 それを、今度は自分たちの意思で起こすのだ。

 

 奇跡から、希望へと。

 

 今という場所から、未来を掴むために過去へ手を伸ばしたのである。

 

 しかし。

 

“あァ? ――()()()()()()()()()()()()()()()()ってんだ。その世界ならともかく、ここに呼び出せるような概念使いはいねぇだろうがよ”

 

 ()()()()()()()()だった。

 ――本来の決着概念(フィナーレ・ドメイン)では、呼び出す相手は事欠かなかった。決着概念は人の歴史の集大成だ。人類が歩んできた歴史の中に、煌めく意思は無数にあって、それを呼び出すだけで構わなかった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

「――そんなの」

 

 僕は、故に言った。

 

 

()()()()()()()だろう」

 

 

 何一つ悪びれもせず、言い切った。

 そして、それに強欲龍が答えず。――僕は続ける。

 

「――本来の歴史における決着概念もそうだが、敗北者の叛逆は一度使用が可能になれば、次はただ念じるだけでいい。しかし、その効果があまりにも強大すぎた場合――その効果が終了した後、力を失う」

 

 ゲームでは、それで本当にいいのかと機械仕掛けの概念に問われたが――

 

 ――――今は、そんな彼女を救うために使うのだ。ゲームの時以上に、ためらう理由はどこにもない。

 そして、

 

 一つ、息を吸い。

 

 

「この光景を――僕は勝ちが決まった戦いだとは思わない」

 

 

 語りだす。

 

「けれども、負けが定められたものとも思わない」

 

 師匠と、フィーが迫りくる龍の群れを睨みつけた。

 

「僕たちには未来がない。過去だって誇れるものじゃない」

 

 リリスと百夜が再び重なって――おそらく、この世界最後になるだろう戦いに赴く。

 

「でも、だからこそ切り開きたい。可能性に賭けたいんだ」

 

 強欲龍が、僕の言葉に強欲を見いだしたのか、いつもどおりに笑みを浮かべて、概念化した。

 

「敗北が何だ。それを押し付けられようと知ったことか。僕たちは叛逆するんだ。これから――世界に対して!」

 

 

 そして、時の鍵を掲げて、僕は叫んだ。

 

「――――“敗北者の叛逆(ルーザーズ・ドメイン)”! 僕たちの元に――!」

 

 逆転の一手を、

 

 紡ぎ出すために!!

 

 

「――――僕たちを送り出した、()()()()()()()()()()()!!」

 

 

 直後、迫りくる龍の波が()()した。

 

 

 ()

 

 

 ()()()()()()()のだ。

 

 ――何に?

 

 考えるまでもない。()()()()()()()だ。

 

 ――――見れば、眼下には龍の波と同様に、()()()()()が広がっていた。

 

 かつて、僕に敗北を押し付けた暴食兵が、今。

 僕の敗北を否定するために押し寄せている。

 

 

“――――ハ、俺の前に数を誇るなんざ、阿呆のすることじゃあないか?”

 

 

 そして、僕たちの側に、その親玉は、

 

 ――()()()()()()()()()は立っていた。

 

 

 更に、

 

 

“何だあれはあああああああああああああああ!!”

 

 

 恐怖と共に、それは叫んだ。

 恐怖を塗りつぶす程の、怒りでもって。

 

 ――気がつけば、粒子の龍が一画、まるごと消し飛んでいた。

 

 憤怒(ラース)

 

 

 大罪龍最大最強の熱線が、道を切り開いた。

 

 

 ――上空に、()()()()()()()()()の姿はあった。

 

 

“ハメツ”

 

 

 同時にまたも熱線が放たれる。

 

 それは、他の二体とは異なって、生ある龍の一撃だった。

 同時に声が聞こえてくる。

 

「おー、おーありゃあすげぇなぁ、あんなのに俺たちが何の役に立つんだ?」

 

「ハッ、役に立つ、立たないじゃねぇだろ。アレをどうにかしなけりゃアタシたちはおしまいなんだろ? ならやるしかないよ」

 

 ――開闢のライン。

 

 ――灰燼のアルケ。

 

「ああ、なんてことだ! アレがすべて龍なのか! 恐ろしい! 恐ろしいが! 負けられないな!」

 

「ええ! ええそうね! 私達が未来の礎に、希望に成るのよ!」

 

 ――剛鉄のシェル。

 

 ――快水のミルカ。

 

「い、いやいやいや、なんで快楽都市代表がアタシだけなんすか!? ゴーシュの旦那ー! 何考えてるっすかー!!」

 

 ――幻惑のイルミ。

 

 それらが、()()()()()()()()()の背に乗って、現れた。

 

“――ああ、面倒だ。なにせ、やらなければならないと解っていることだ。こればかりは、面倒だがやらなければならん”

 

 

 そして、

 

 

「――フィーちゃん!!」

 

 懐かしい、声が聞こえた。

 

「……いや、なんでアンタまでいるのよ」

 

「私も今は死んでるカウントだから……あ、これが終わったらいつ産んでもいいわよ!?」

 

「終わったらね……ああ! 恥ずかしいこと言わせるんじゃないわよ――()()()()()()!」

 

 彼女は、現れて真っ先にフィーに抱きついて、それから僕に舌を出した。

 まったくもって、彼女らしいと苦笑する。

 

 そうしてから、少しの間フィーを堪能した後、彼女は白竜の姿へと変化する。

 

 この場において、大きさは力であると理解しているからだろう。

 どちらにせよ、わかりきっていることがある。

 

 

 ――()()()()()()()()()が、帰ってきた。

 

 

 そして――――

 

 

 ――――――――そして。

 

 

“――ありえないことだと思っていた”

 

 

 その声は、した。

 

 

「――ああ、僕もだ。アンタは呼びかけに答えないだろうと思っていた」

 

“そうではない。――確かにお前と共闘などありえない、だが、この場合はそうではない”

 

 ――――今、

 

 この場で、それを聞けたことが、

 

 どれだけ僕の背を押してくれるか、アンタはわからないだろうな。

 

 

“あれほど待ち望んだ時が、目の前にある。――世界を相手にすればいいのだな”

 

 

 だが、言葉にはしない。

 そいつは僕の答えを待っている。

 

 僕はそいつに答えを返す瞬間を待っている。

 

 ――二つは同時に交差して。

 

 

“――なぁ、敗因”

 

「ああ――やるぞ、()()()

 

 

 ――()()()()()()()()()と、僕は、

 僕たちは、再び相対した。

 

 

 かくしてここに、

 

 

 すべての準備は整った。

 

 

 ――世界(デウス)

 

 

 アンタがどれだけバグにまみれていようと、

 

 マキナを食い物にしていようと関係ない。

 

 

 僕たちはお前を倒す。

 

 

 ――全身全霊、全てをとして。

 

 世界という勝者に勝利する。

 

 

 さぁ、ここに、()()()()()()()()は始まった!




残り20話となります。最後までお付き合いいただければ幸いです。

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