――大罪龍という現状最大のコマが揃ったことで、僕たちはなんとか戦闘を続けることができていた。
基本的には、どこもその戦線は安定している。ただ、油断するとどこかから穴が空いて、それが多方面に侵食するため、全体の均衡は非常に不安定といえた。
どこを崩しても壊れてしまいそうなジェンガを丁寧に整備しているような状況だ。
そもそも、大罪龍同士が連携など望むべくもないので、そこを整えるのは僕たちの仕事だ。何より、僕は師匠や百夜、フィーのように、一撃で粒子の龍を撃破できる技がないので、倒すのには数発が必要になる。軽く殴れば倒れるとはいえ、テンポが悪い。
そこで、敵の殲滅は大罪龍と師匠たち。そのサポートに僕があちこちへ飛び回る、という編成になった。
怠惰龍が連れてきてくれた概念使いの援軍は、一つにまとまって怠惰龍と合同で戦ってもらっている。彼らに関しては来れたら――というか、アルケとラインの二人、つまりこの戦場でも問題なくついてこれる二人だけに声をかけたら、案外多く集まったような感じだ。
そして、彼らには他にもやってもらうことがある。
――状況の整理。正直なところ、僕たちは目の前の粒子の龍に手一杯で、そもそもあの
そこを分析してもらうことも、彼らの役割である。
さて、そんなことはさておき、問題はメインの戦力である大罪龍である。
色欲龍と傲慢龍、それから怠惰龍は――怠惰龍は彼にしては、という前置きがつくが――かなり積極的に戦ってくれている。強欲龍は言わずもがな、彼らは戦う理由がはっきりしていた。
意外だったのは暴食龍だ。彼は僕たちとそこまで繋がりはなく、乱暴な性格ゆえに協調は望みにくい。それなのに、この戦闘にはかなり積極的に関わっている。
――暴食龍の能力は対多数においては特に有効だ。
暴食兵と粒子の龍がぶつかり合って、少しの拮抗の後粒子の龍がそれに勝利する。粒子の龍は翼竜型、竜人型、大型、小型を問わず様々な体型のものが跋扈しているが、そのどれもが、基本的に暴食兵よりも高スペックだ。
とはいえ、暴食兵とて魔物としては最強クラスの存在、二体一でかかれば、ほぼほぼ互角に殴り合いを演じることができる。そしてそこに、もう一体の暴食兵が踊りかかり、それを
これにより、エネルギーを溜めた暴食龍は順次分裂、もしくは暴食兵に増殖する。
――数の暴力という点においては、圧倒的に粒子の龍が優れるが、戦局を絞れば、それを逆転することは容易だった。
そうして、暴食兵は数を増やしつつあった。
とはいえ問題はある。数を増やしすぎると今度は目立ちすぎるのだ。周囲の粒子の龍が一斉に暴食兵へと向かい始める。そこを押し止めるのが僕の役割。
「――“
一閃、迫りくる粒子の龍は、まとめて薙ぎ払われ、空白が空いた。
“ハッハー! ご機嫌だな敗因! また随分と強くなったじゃないか!”
「僕としては、これほど素直にアンタが戦ってくれるほうが意外だよ」
“オイオイ、この戦場にはあいつがいるじゃないか! ――それよりも、問題はあっちのデカブツの方じゃないかぁ?”
そういって、暴食龍が視線を向けた先。――たしかに、そこに問題のデカブツはあった。
憤怒龍だ。
――とはいえ、ヤツが素直に戦わないのは、正直なところ想定内だ。なにせあの臆病っぷりに加えて、僕たちに対して好印象があるわけでもない。
フィーいわく、最期くらいはマシだったというものの、まぁ大罪龍のなかで最も頼りにならないのはやつだろう。
“お、おおおお、なぜだ、なぜだぁ……なんだというのだぁ……そもそも、どうして世界に喧嘩を売れる……これほど躊躇いもなく!”
“オイオイそのくらいにしてくれよ憤怒龍。おめーがその図体でブツブツ言ってたら士気にかかわる”
“そんな殊勝なやつがここにどれだけいるというのだ……儂がいて、なんの足しになるという……”
巨体の隣に、大罪龍最小の龍が一体、茶々を入れるようにしながら並び立っている。なんともありがたいことに、暴食龍は憤怒龍の説得までしてくれるらしい。
「……というか、アンタにとって憤怒龍ってなんなんだ。あの性格だろう、面倒じゃないのか?」
僕と暴食龍は、互いに入れ違いに成るように交錯しながら得物を振るう。剣が龍の牙を砕き、鉤爪が龍の腹を割いた。
そして、背中合わせに降り立ち、周囲を眺めながら、暴食龍は答える。
“つってもなぁ、俺ァ俺の生の中で、あいつといなかった時間のほうが短いんだ。アレで、いねぇと静かだからよぉ”
「……そんなものか」
案外あれで、憤怒と暴食のやり取りは楽しげだ。
――こなれている。小気味いい、とも言えた。
“俺にとって、傲慢は何よりも大切な存在だが――隣にいるのは憤怒龍だけだ。他に並び立つやつもいねぇ――割と幸運なんだぜ、隣に立つやつがいる大罪龍ってのは”
「……まぁ、アンタたちしかいないしな」
――大罪龍。七つの罪はどれも強烈で、故にぶつかり合い対立する。共に並び立つ大罪など他になく。フィーと色欲龍だって、基本的には別行動だ。
そしてそれ故に、色欲龍は大きな喪失を味わうことにもなるわけで。
共に、人類の敵として傲慢の下で散ったこの二体は、ある意味特別といえば特別なのだろう。
“俺たちはお前に、
その時だった。
――僕たちの目の前の粒子の龍が、まるごと消滅した。よこから放たれた熱線で薙ぎ払われたのだ。
放ったのは――傲慢龍。
“何を遊んでいる、敗因。お前もだ、暴食。あまり私を苛立たせないでもらおう”
“傲慢龍――!”
喜色満面、暴食龍は興奮しながら一斉に雄叫びを上げた。
耳に響く大合唱を、しかし傲慢龍は気にもとめていない。そして、一体を残して暴食龍は戦場に踊りかかっていった。モチベーションが高いのはいいことだ。
“それで――”
“ご、傲慢龍……”
――そして、傲慢龍が視線を向けたのは憤怒龍の方だった。
隣には、唯一残った暴食龍の一体がいる。――その影に隠れるように、憤怒龍は萎縮していた。――なんというか、あまりにも情けなさすぎる光景だった。
対して、傲慢龍は――かつて、憤怒龍を
“――何をしている、
そう言って、背を向け、熱線のチャージを開始した。
“な、あ――?”
何故、と疑問符を浮かべるのは憤怒龍だ。今の自分を、自身の敗因と成った憤怒龍を、傲慢龍は見捨てたのではないのか。
たとえ、そうでなかったとしても、そういった意図があったのではないのか。
そんな疑問が憤怒龍を支配している。
“ハハッ、バカだなぁ憤怒龍。傲慢龍が見捨てることはあっても、愛想をつかすわけがないだろう。なんてったって、あいつにとっちゃお前がどうあろうが、
“――それ、は”
些事なのだ。傲慢龍にとって、憤怒龍が何をしようと、
だから、
“
“――――”
それを聞いて、憤怒龍は沈黙し、そして――――
“あああああああああああっ!!
自身に憤怒の焔を宿した。
“――ふん、単純なやつだ”
「素直じゃないな、アンタも大概」
僕が傲慢の側で剣を振るいながら呼びかける。傲慢龍は言うまでもなく熱線の余波だけでも強力だが、流石になんの支援もなしに粒子の龍の物量に対して熱線を放とうとすれば押し切られる。
この場には、僕がいるからためらうことなく熱線の準備に入るのだ。
――そして、僕がいなくとも、代わりになるやつもいる。
“ごう! まん! りゅうううううう!!”
憤怒を送り出した暴食龍が殺到してきた。
“俺もこの戦いで活躍したら、お前に言いたいことがあるんだあああああ!!”
“――私を愛している、とかいう話か”
“知ってたのか!?”
“ふん――私は傲慢だ。全てを把握し、それを利用しなくてはならない”
――つまるところ、傲慢龍は暴食龍が自分に狂愛を向けていることを解った上で利用していたらしい。それはまた、難儀なことで。
“だったら!!”
“――とはいえ、その愛とやらは知らん。お前が私の言うことを聞くならそれで十分だ”
“……ちぇっ”
まぁ、そこで個人主義な傲慢に愛を求めるのは酷な話だった、ということだろう。暴食龍がいじけて、そしてふと何かを思いついたのか、
“じゃあよ――”
と、切り出したときだった。
“ちょいと邪魔するぜ、暴食――――!!”
――暴食龍が、勢いよく着地した強欲龍に吹き飛ばされた。
「今度はなんだよ!?」
叫びながら、僕も飛び退く。みれば――――
“ハハハハハ!! どぉだ傲慢龍! 俺ァてめぇを越えて、最強になったぜ!!”
強欲龍は二重概念を起動していた。
紛れもなく、現状この場の最大戦力、単体最強は強欲龍で間違いあるまい。僕はこの場を二体にまかせて距離を取りつつ、話は聞ける位置につく。
――まぁ、その、なんだ。これくらいはいいだろう。
傲慢と強欲が並び立って戦う状況など、ゲームではあり得なかったことなのだから。少しばかりのファン心理というやつだ。
“……バカをいうな、強欲”
対して、傲慢龍は努めて冷静に、熱線のチャージを続ける。強欲はその間、周囲の龍を吹き飛ばし、傲慢を守護しているかのようにも見えた。
いや、アレは――
“お前は私には勝てん。なぜなら私が傲慢だからだ”
“ハッ、そんな強がりも、今の俺には児戯に見えるぜ”
――コンボを溜めているのだ。
そう、熱線のチャージと同様に。
“ならば――”
“なら――”
両者は、完全に同時に準備を終えた。
“――こいつに獲物を奪われやがれ!”
“なすすべもなく、我が威光に跪け――!”
そして、構えて、
“
“
強欲にして傲慢な破壊が、粒子の波を押しつぶした。
天地がひっくり返り、光に視界が明滅する。天地開闢、神話創生。この世という現実からかけ離れた、あまりにも異様な破壊が、この世界の数割を飲み込んだのだ。
まだ補充があり、底が見えないとはいえ、僕たちが勝利に意識を向けるには十分なものだった。
が、しかし。
“――けっ、こんなんで差がわかるもんかよ”
“同感だな。これではあまりにも
為した両者は、あまりにも憮然としすぎていた。
彼らにとって、この結果は当たり前すぎたのだ。
故に――
“――とすれば、次はこれだな”
そう言って、強欲龍が
“いいだろう、望むところだ”
傲慢龍も、
“――行くぞ”
そして、二体の龍は同時に互いへ言い放ち。
戦場は、さらなる破壊に見舞われた。