リリスと百夜は苦戦していた。
戦闘に、ではない。
彼女たちはあらゆる世界に偏在を始めた。この世界にいられる時間はあまり長くはない。この戦闘中に、それが間に合うかもわからないだろう。
故に、現状安定しているこの戦線で、彼女たちだけには焦りがあった。
「“
一閃、光が周囲を埋め尽くし、気がつけば龍は殲滅されていた。一体を除いて。そこに僕が切りかかり、ケリを入れて止めてから概念技で一閃する。
「ふたりとも大丈夫か?」
「……まだまだ」
“やってやるの!”
「無茶をしないでくれって言ってるんだ!」
――二人が焦るのも無理はない。ここでいなくなってしまえば、二人は別れも言えないだろう。いずれ帰ってくるとしても、最初の別れは最初だけのものなのだ。
“笑顔で別れるの! リリスたちは幸福なお別れをするの!!”
「――ここでいなくなったら、逃げたみたい」
百夜が龍を薙ぎ払い、さらに襲いかかってきた竜人ともかぎ爪と刃をぶつけ合わせる。一度打ち合い、遠距離技で串刺しにした後、薙ぎ払った。
僕も同様に大型の龍を一刀両断し、背を合わせる。
「勝ってから、この世界を去る」
「……大丈夫、僕たちは勝てる」
“違うの”
安心させるように言った言葉は、リリスに否定された。その半透明の瞳が僕を正面から見据えている。彼女たちは真剣だ。
「私達は、それを信じていないわけでは、ない」
「だったら――」
“
まぁ、そりゃそうだよな、と僕はうなずく。
ここまでやり取りはしてるけれど、あくまで確認の意味合いが強い。彼女たちは強いのだから、万が一もそうそうないだろう。
“……それに、リリスああいう子放っておけないの”
「マキナ……か」
“あんなふうに、誰かに置いていかれた女の子を、リリスは知っていますの”
「…………」
それは――リリスであり、そしてある意味、百夜でもあった。
百夜に関しては、そうしなければいけなかったのもあるが、親であるアンサーガと別の時代に飛ばされたことも大きいだろう。
二人の少女は、置き去りにされて――リリスには母親がいたが、それも早くに亡くなって。
少女は一人ぼっちだったのだ。
――リリスは器用で、快楽都市にも溶け込んで生きていくことはできた。でも、リリスの家族はこれまでも、そしてきっとこれからも一人だろう。
そんな少女が、今は一人の少女と出会っている。
「……そうして、救えなかった私に、救えることを、教えてくれた人が、いる」
鎌を振るいながら、敵を薙ぎ払いながら。
一太刀の度に百夜は叫んだ。思いが心から漏れるたびに、口下手な――無口な少女から言葉は漏れる。
「今度は私の番。あの時、母様に生きろと言った彼女のように、私も、あの人に、生きていいのだと、言いたい」
そして、閃光が瞬いた。再び放たれた百夜最強の一閃は、またも敵陣を食い破る。そこに僕は飛び込んで、剣を振るった。
「だったら――!」
巨大に膨れ上がるそれは、最上位技の兆候。
「まだ、踏ん張らないとな! “
少女たちの思いは本物だった。決死の一撃が粒子の一部を切り取って、一帯に不思議な空白ができる。辺りにはまだまだ無数の粒子が点在しているが――先程から、こういった空白ができる回数が増えつつあった。
ただひたすらに数の暴力を押し付けてくるだけの龍では、我の強い大罪龍を、僕たちを止めることは出来ないのだ。
だから、後一踏ん張り。
「さぁ、まだやるぞ――ふたりと、も――――」
そう言って振り返って、僕が眼にしたのは、
「――!」
驚愕する。何故――? 焦りこそあれ、二人はまだこの世界にいることができたはずだ。あまりにも早すぎる。いや、やせ我慢だったのか?
「――――」
少女たちの声がとどかない。この世界にいないのだから、それは当然といえば当然なのかもしれないが、だからといって、それはあまりにも残酷すぎる。
「ダメだ! まだ行ってはダメだ! お別れもできていない! 行ってきますすら聞いていない!」
手をのばす。しかし、前に踏み込みすぎた僕たちは、もはや手の届く距離にない。リリスと百夜には届かない――!
――リリスははじめ、僕たちの旅に同行しても問題ない人材として紹介された。つまるところ、それはある程度の采配はあれ、
それが、マキナの世界移動による偶然から、彼女は僕の知らない人生を歩み、そして僕たちを救ってくれた。
何もかもがイレギュラーだったのだ。
百夜にしてもそうだ。百夜のアンサーガを救いたいという願いは、偶然リリスと百夜が出会ったからこそ、叶ったものなのだ。
そう、
世界には無数の因果と因縁があって、この場にはそれが存在しない相手のほうが珍しい。たまたま連れてこられたらしいイルミだって、この場では姉と再会する因果があった。
だが、
二人の因果は偶然だ。何一つ結びつくものがなく、故に巡り合った二人の少女。マキナが言っていたではないか、
それは、つまり。
だから、
「そうなったら、君たちは本当に二人だけの存在になってしまう!」
ここは寄る辺だ。
僕たちが帰りを待つ港なのだ! だから、それを失ってはいけない。離れ離れになってはいけない! ――たとえ、それが永遠の別れではないとしても。生命を失うわけではないとしても。
――生命さえ奪わなければ。僕の人を救う一つの基準だ。それと同じように、
「だから――!」
僕がここまで運命を切り開けてきたのは、それが一度の失敗も許されないことだったからだろう。それ以外のことは、意外に僕は失敗も多い。
だから、
「だから、行かないでくれ、リリス、行っちゃダメだ、百夜!!」
――――どうしようもない。
少女たちは、寂しげに、けれども悲しみを押し殺した笑みを浮かべた。これを最低限の別れとして、二人はこの世界を去るのだろう。
勝利を、見届けること敵わずに。
――きっと、これで負けてしまったら、彼女たちには永遠の後悔を押し付けることになるのだろうな、と。
少しだけ、そんなことを考えた。
――だが。
「――――バカだなぁ、バカバカ大馬鹿、全員バカだ。僕より
その、声は。
――少女が消失するよりも早く、彼女の上方から聞こえてきた。
「な――!」
見上げる。
そこに確かに、立っている。
見覚えがある。
故にヤツに、驚きが隠せない。
「なん、で――」
「なんで、って。僕は僕だって僕も
ヤツは、何かを取り出して、それを二人の元へと放り投げる。消えゆく少女はそれを手にして、直後、
「
――リリスと百夜はもとに戻り。
「母様!!」
「はぁーい、こんにちわこんにちわこんばんわ。おはようはないよ、娘。僕が来たからにはもう安心さ」
降り立つ異形の人形少女に、百夜は駆け寄った。久方ぶりの再開だ。それも、思いも寄らない形での、想像もしていない再会に、彼女が喜ぶのも無理はない。
「それにしても、本当に無茶を
「う……」
「……どういうことだ?」
アンサーガに問いかける。無茶をしてきた? 無茶をした、ではなく? ――まさか、以前からそうだったのか?
「どうって、百夜はずっと
「いや、しかし……睡眠は元の歴史でも――」
「
だから、
眠ることは好きだと、そうしたいから眠っていると、彼女はいつも言っていたから。
「嘘ではない。眠るのは、好き……無理をしていたことを、言わなかっただけ」
“…………”
「リリスは、知ってたのか」
“口にはしなかったの”
――したら、本当になってしまうから、と。
「まぁ、だから概念起源の効果は決定的なものでしかなく、同時にリリスにとっては天啓だったんだね。離れ離れになってしまうはずが、そうしなくてよかったんだから」
「……そういうことだったのか」
そして、今渡したのはそれを防ぐ衣物、ということだろうか。
「君たちがこの時代でシステムに干渉することは解ってたからね、だから僕も、そこを狙って、狙って狙い撃ち、というわけさぁ」
つまり、アンサーガは自力でここまで来たらしい。まったくもってとんでもない偉業だが、そんなこと
衣物に関しても、完全に予想外だった。
「それがあれば、効果を発揮している間、同じ世界にとどまり続けることができるよ。代わりに、効果が失われると即座に我慢していた分飛ばされてしまうけど……まぁ、そのほうが任意に移動できて便利だね?」
「母様……ありがとう」
それで、とアンサーガがこちらを見る。
「だいたいどこまで解ってる?」
「あの世界を概念崩壊させても、問題はないと思うんだが、どうだ?」
「
「……世界がそもそも、これでおわるのか、ってことか?」
「それもあるけど――」
そこで、アンサーガに龍が迫った。空白地帯はもう周囲にはなく、またも怒涛のごとく波が押し寄せる。長話はできないだろう。
だが、鬱陶しそうに見上げたアンサーガの上を、百夜が飛び上がり、切り払う。
「つづけて、母様」
“こっちはまかせるの!”
それに、アンサーガは手を振った。嬉しそうだ。
「――
「……!」
「
それは、
「
即答した。
――問題は世界をどうするか、なのだ。その後については考えがある。とびっきりの、世界をペテンにかける方法が。
「……わかった、わかったわかったわかったよ。そういうことなら、それでいい」
そして、アンサーガも人形を取り出し、構える。
ここからは、彼女も僕たちに手を貸してくれるということだろう。
浮き上がり、そして娘と並び立った。
「行こうか、百夜」
「……うん! 母様!」
“なのーーー!”
なんとも、珍しい光景だった。
三者は、それぞれに意気揚々と、
「“暗愚”アンサーガ、これより、娘たちの未来を守る!」
粒子の中へと、飛び込んでいった。