負けイベントに勝ちたい   作:暁刀魚

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164.戻ってくるモノ

 リリスと百夜は苦戦していた。

 戦闘に、ではない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()、だ。

 

 彼女たちはあらゆる世界に偏在を始めた。この世界にいられる時間はあまり長くはない。この戦闘中に、それが間に合うかもわからないだろう。

 故に、現状安定しているこの戦線で、彼女たちだけには焦りがあった。

 

「“HH・HH(ハンティングホラー・ホーリィハウンド)”!」

 

 一閃、光が周囲を埋め尽くし、気がつけば龍は殲滅されていた。一体を除いて。そこに僕が切りかかり、ケリを入れて止めてから概念技で一閃する。

 

「ふたりとも大丈夫か?」

 

「……まだまだ」

 

“やってやるの!”

 

「無茶をしないでくれって言ってるんだ!」

 

 ――二人が焦るのも無理はない。ここでいなくなってしまえば、二人は別れも言えないだろう。いずれ帰ってくるとしても、最初の別れは最初だけのものなのだ。

 

“笑顔で別れるの! リリスたちは幸福なお別れをするの!!”

 

「――ここでいなくなったら、逃げたみたい」

 

 百夜が龍を薙ぎ払い、さらに襲いかかってきた竜人ともかぎ爪と刃をぶつけ合わせる。一度打ち合い、遠距離技で串刺しにした後、薙ぎ払った。

 僕も同様に大型の龍を一刀両断し、背を合わせる。

 

「勝ってから、この世界を去る」

 

「……大丈夫、僕たちは勝てる」

 

“違うの”

 

 安心させるように言った言葉は、リリスに否定された。その半透明の瞳が僕を正面から見据えている。彼女たちは真剣だ。

 

「私達は、それを信じていないわけでは、ない」

 

「だったら――」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()の! リリスたちは、仲間なんだから!”

 

 まぁ、そりゃそうだよな、と僕はうなずく。

 ここまでやり取りはしてるけれど、あくまで確認の意味合いが強い。彼女たちは強いのだから、万が一もそうそうないだろう。

 

“……それに、リリスああいう子放っておけないの”

 

「マキナ……か」

 

“あんなふうに、誰かに置いていかれた女の子を、リリスは知っていますの”

 

「…………」

 

 それは――リリスであり、そしてある意味、百夜でもあった。

 百夜に関しては、そうしなければいけなかったのもあるが、親であるアンサーガと別の時代に飛ばされたことも大きいだろう。

 二人の少女は、置き去りにされて――リリスには母親がいたが、それも早くに亡くなって。

 

 少女は一人ぼっちだったのだ。

 

 ――リリスは器用で、快楽都市にも溶け込んで生きていくことはできた。でも、リリスの家族はこれまでも、そしてきっとこれからも一人だろう。

 そんな少女が、今は一人の少女と出会っている。

 

「……そうして、救えなかった私に、救えることを、教えてくれた人が、いる」

 

 鎌を振るいながら、敵を薙ぎ払いながら。

 一太刀の度に百夜は叫んだ。思いが心から漏れるたびに、口下手な――無口な少女から言葉は漏れる。

 

「今度は私の番。あの時、母様に生きろと言った彼女のように、私も、あの人に、生きていいのだと、言いたい」

 

 そして、閃光が瞬いた。再び放たれた百夜最強の一閃は、またも敵陣を食い破る。そこに僕は飛び込んで、剣を振るった。

 

「だったら――!」

 

 巨大に膨れ上がるそれは、最上位技の兆候。

 

 

「まだ、踏ん張らないとな! “L・L・O(ルーザーズ・リアトリス・オリジン)”!」

 

 

 少女たちの思いは本物だった。決死の一撃が粒子の一部を切り取って、一帯に不思議な空白ができる。辺りにはまだまだ無数の粒子が点在しているが――先程から、こういった空白ができる回数が増えつつあった。

 ただひたすらに数の暴力を押し付けてくるだけの龍では、我の強い大罪龍を、僕たちを止めることは出来ないのだ。

 

 だから、後一踏ん張り。

 

「さぁ、まだやるぞ――ふたりと、も――――」

 

 そう言って振り返って、僕が眼にしたのは、

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()

 

 

「――!」

 

 驚愕する。何故――? 焦りこそあれ、二人はまだこの世界にいることができたはずだ。あまりにも早すぎる。いや、やせ我慢だったのか?

 

「――――」

 

 少女たちの声がとどかない。この世界にいないのだから、それは当然といえば当然なのかもしれないが、だからといって、それはあまりにも残酷すぎる。

 

「ダメだ! まだ行ってはダメだ! お別れもできていない! 行ってきますすら聞いていない!」

 

 手をのばす。しかし、前に踏み込みすぎた僕たちは、もはや手の届く距離にない。リリスと百夜には届かない――!

 

 ――リリスははじめ、僕たちの旅に同行しても問題ない人材として紹介された。つまるところ、それはある程度の采配はあれ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だった。

 

 それが、マキナの世界移動による偶然から、彼女は僕の知らない人生を歩み、そして僕たちを救ってくれた。

 何もかもがイレギュラーだったのだ。

 

 百夜にしてもそうだ。百夜のアンサーガを救いたいという願いは、偶然リリスと百夜が出会ったからこそ、叶ったものなのだ。

 そう、

 

 世界には無数の因果と因縁があって、この場にはそれが存在しない相手のほうが珍しい。たまたま連れてこられたらしいイルミだって、この場では姉と再会する因果があった。

 だが、()()()()()()()()()()()()()

 

 二人の因果は偶然だ。何一つ結びつくものがなく、故に巡り合った二人の少女。マキナが言っていたではないか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。

 それは、つまり。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()の末に結ばれた絆なのだ。

 

 だから、()()()()()()()()()()()()()()。どこに行っても、この二人はこの二人しかいないのだ。それが、別れもなくどこかへ消えてしまえば――

 

 

「そうなったら、君たちは本当に二人だけの存在になってしまう!」

 

 

 ここは寄る辺だ。

 僕たちが帰りを待つ港なのだ! だから、それを失ってはいけない。離れ離れになってはいけない! ――たとえ、それが永遠の別れではないとしても。生命を失うわけではないとしても。

 ()()()()()、僕にはどうしようもない事実だ。

 

 ――生命さえ奪わなければ。僕の人を救う一つの基準だ。それと同じように、()()()()()()()()()()は理不尽の度合いが低い。

 

「だから――!」

 

 僕がここまで運命を切り開けてきたのは、それが一度の失敗も許されないことだったからだろう。それ以外のことは、意外に僕は失敗も多い。

 だから、()()()()()だ。今のリリスたちを救うことは、僕には――――

 

「だから、行かないでくれ、リリス、行っちゃダメだ、百夜!!」

 

 ――――どうしようもない。

 

 少女たちは、寂しげに、けれども悲しみを押し殺した笑みを浮かべた。これを最低限の別れとして、二人はこの世界を去るのだろう。

 勝利を、見届けること敵わずに。

 

 ――きっと、これで負けてしまったら、彼女たちには永遠の後悔を押し付けることになるのだろうな、と。

 

 少しだけ、そんなことを考えた。

 

 

 ――だが。

 

 

「――――バカだなぁ、バカバカ大馬鹿、全員バカだ。僕より()()なんじゃない?」

 

 

 その、声は。

 

 

 ――少女が消失するよりも早く、彼女の上方から聞こえてきた。

 

「な――!」

 

 見上げる。

 そこに確かに、立っている。

 見覚えがある。

 故にヤツに、驚きが隠せない。

 

「なん、で――」

 

「なんで、って。僕は僕だって僕も()()()なんだよぉ? あはは、あははあぁ、それに」

 

 ヤツは、何かを取り出して、それを二人の元へと放り投げる。消えゆく少女はそれを手にして、直後、

 

 

()()()()に駆けつけない親なんて、親じゃないだろ?」

 

 

 ――リリスと百夜はもとに戻り。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「母様!!」

 

「はぁーい、こんにちわこんにちわこんばんわ。おはようはないよ、娘。僕が来たからにはもう安心さ」

 

 降り立つ異形の人形少女に、百夜は駆け寄った。久方ぶりの再開だ。それも、思いも寄らない形での、想像もしていない再会に、彼女が喜ぶのも無理はない。

 

「それにしても、本当に無茶を()()()()ものだねぇ、君は」

 

「う……」

 

「……どういうことだ?」

 

 アンサーガに問いかける。無茶をしてきた? 無茶をした、ではなく? ――まさか、以前からそうだったのか?

 

「どうって、百夜はずっと()()()()()()()だろう。そうしている間は、概念による時間移動が発生しないからね」

 

「いや、しかし……睡眠は元の歴史でも――」

 

()()()()()()()()()()()()だろう。あの一秒転移、この世界でも便利に使い倒したんだろう?」

 

 だから、()()()()()に眠くなる現象と、常日頃から眠り続ける現象は別ということだ。それは――考えてもみなかった。

 眠ることは好きだと、そうしたいから眠っていると、彼女はいつも言っていたから。

 

「嘘ではない。眠るのは、好き……無理をしていたことを、言わなかっただけ」

 

“…………”

 

「リリスは、知ってたのか」

 

“口にはしなかったの”

 

 ――したら、本当になってしまうから、と。

 

「まぁ、だから概念起源の効果は決定的なものでしかなく、同時にリリスにとっては天啓だったんだね。離れ離れになってしまうはずが、そうしなくてよかったんだから」

 

「……そういうことだったのか」

 

 そして、今渡したのはそれを防ぐ衣物、ということだろうか。

 

「君たちがこの時代でシステムに干渉することは解ってたからね、だから僕も、そこを狙って、狙って狙い撃ち、というわけさぁ」

 

 つまり、アンサーガは自力でここまで来たらしい。まったくもってとんでもない偉業だが、そんなこと()()()()()()()()()()()以上、彼女にはできて当然のことなのだろう。

 衣物に関しても、完全に予想外だった。

 

「それがあれば、効果を発揮している間、同じ世界にとどまり続けることができるよ。代わりに、効果が失われると即座に我慢していた分飛ばされてしまうけど……まぁ、そのほうが任意に移動できて便利だね?」

 

「母様……ありがとう」

 

 それで、とアンサーガがこちらを見る。

 

「だいたいどこまで解ってる?」

 

「あの世界を概念崩壊させても、問題はないと思うんだが、どうだ?」

 

()()()()、そこら辺は非常にシンプルでいい。僕からするとお祖母様……になるのか? 彼女を救うなら、世界を概念崩壊させればいい。ただ、問題はその後だ」

 

「……世界がそもそも、これでおわるのか、ってことか?」

 

「それもあるけど――」

 

 そこで、アンサーガに龍が迫った。空白地帯はもう周囲にはなく、またも怒涛のごとく波が押し寄せる。長話はできないだろう。

 だが、鬱陶しそうに見上げたアンサーガの上を、百夜が飛び上がり、切り払う。

 

「つづけて、母様」

 

“こっちはまかせるの!”

 

 それに、アンサーガは手を振った。嬉しそうだ。

 

「――()()()さ。なぁ君、お祖母様を救う、とは言うけれど――()()()()は?」

 

「……!」

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。()()()()()()()()()()()()()()()()は何も解決しない」

 

 

 それは、

 

()()()()()()()()

 

 即答した。

 ――問題は世界をどうするか、なのだ。その後については考えがある。とびっきりの、世界をペテンにかける方法が。

 

「……わかった、わかったわかったわかったよ。そういうことなら、それでいい」

 

 そして、アンサーガも人形を取り出し、構える。

 ここからは、彼女も僕たちに手を貸してくれるということだろう。

 

 浮き上がり、そして娘と並び立った。

 

「行こうか、百夜」

 

「……うん! 母様!」

 

“なのーーー!”

 

 なんとも、珍しい光景だった。

 三者は、それぞれに意気揚々と、

 

 

「“暗愚”アンサーガ、これより、娘たちの未来を守る!」

 

 

 粒子の中へと、飛び込んでいった。


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