「“
――直後、迫りくる龍の群れは薙ぎ払われ、後にフィーと色欲龍が残る。色欲龍はとてもうれしそうに吠えると、それから白竜の巨体でフィーにすり寄るように身を寄せる。
“すごい、すごいわフィーちゃん! とても強くなったのね! それに私のことをこんなにも!”
「ちょ、ちょっと落ち着きなさいよ! そもそもこの力はほとんどアンタたちにもらったもんだし! 技の名前混ぜるのはそれが自然だからだっての!」
なんてやり取りをする彼女たちは微笑ましいが、ここは戦場だ。再び敵が集まれば、それも長くは続かない。
“もう、空気を読めない子たちね。わがままは嫌われるわよ”
そういいながらフィーのもとを離れ、再び雄叫びを上げながら、熱線を放つ!
“典嬢天花!”
それによって、またも屠られる粒子の龍。迫りくる敵を一撃の元に叩きのめすと、色欲龍はどんなもんだと胸を張った。
とはいえ――一匹取り逃がしているのだが。
“一丁上がりよ!”
「――前方不注意だ。“
光の二刀、その一振りが敵を両断しながら、僕は二人の前に着地した。
「あっ、よく来たわね!」
“ちょ、ちょ――!!”
剣を振り払うように軽く振るって、くるくると回転させながら弄びつつ、次の標的に狙いを定める――が、待ったをかけるのは色欲龍だ。
“ちょっと――! かっこつけないでちょうだいよ! フィーちゃんの前で! 私からまたフィーちゃんを奪うつもりね!!”
「そんな事言われてもこまるよ、戦闘はまだ続くんだ。消耗には気をつけるんだぞ」
“私とのやり取りを消耗って言ったわね――!!”
いや、実際消耗しているじゃないか、僕じゃなくて君が。
警戒しながらこちらを睨んでくるという、なんとも無駄なエネルギーの消耗の仕方をする色欲龍を、なだめたのは当然ながらフィーだった。
「ちょっと落ち着きなさいよ。今は強くなったアタシのことでしょ?」
“そ、そうだったわ……ふん、見なさいよ敗因。この子、こんなにもすごくなったのよ?”
いいながら、僕とは反対方向に突っ込んで、敵を薙ぎ払うフィー。僕のいる方は僕がいれば問題ないというのもあるが、今は並んで戦うと色欲龍がまたうるさくなりそうというのも、きっと考えの中にはあるはずだ。
「まぁ、いくらフィーの地力が低くとも、基本的に力を一つにあわせたときの強さは乗算だからな。色欲龍だけじゃなく、ルクスの力まで取り込んでるんだ、それだけ強くなるさ」
“貴方に言われなくても解ってるわよ。これは私達の絆パワーなんだから”
三者入り乱れながら、敵を次々と殲滅していく。フィーの熱線の火力は凄まじく、一撃で敵を屠っていく様は、まさしくこの場における最強が誰かを示していた。
「というか、よ。エクスタシアもそろそろアイツのこと認めてあげたらどうなのよ。いつまでもそんな調子じゃ、アタシが困るんですけど」
呆れたようなフィーの言葉。しかし、だ。
“――もうとっくに認めてるわよ! 認めてるけど、それはそれとして気に入らないものは気に入らないの!”
「……めんどくさいわね!!」
“フィーちゃんがそれを言う!?”
――まさか、面倒くささの化身、嫉妬の象徴からそんなことを言われるとは思わなかったのだろう、色欲龍は本当に驚いたようにフィーを見た。
いや、僕もそれを言ったフィーの方を、思わず一瞬見てしまった。
それどころではないので、すぐに目の前の戦況に意識を戻すのだが、言葉は聞こえてくる。
「まぁ、そりゃ嫉妬とかも色々するけど、今は充実してるんだもの、深く考えすぎるのはよくないって、これまでで散々学んだし、今は楽しく生きれれば、私には十分なんだわ」
“……そう”
「何より、アンタを一人にもしたくないし……ね」
――そういえば、フィーは本来の歴史における自分の末路を見たのだったか。そして、置いていってしまうことになる、大切な誰かの存在を、垣間見たのだ。
“…………フィーちゃんは、大丈夫よ? 決して、一人になんてならないわ”
「
何故なら、嫉妬龍だから。フィーはそう言外に様々な思いを載せてつぶやく。決して、一人ではないことを解っていたとしても、嫉妬故にそれを忘れてしまう時が来る。
――本来のフィーは、そういう宿命のもとにあったのだ。
そう、マキナに作られたから。
“そんなことない、私は絶対フィーちゃんを見捨てたりなんかしない。フィーちゃんは私の大事な親友なんだもの”
「……じゃあ、とても意地悪な質問をするけれど」
――フィーが、龍を薙ぎ払いながら、その勢いで回転し、色欲龍の方を向いた。二人は一瞬、正面から向き合う。フィーの真剣な顔に、色欲龍の面相が変わるのを感じた。
「
それは、つまり。
「
――クロスオーバー・ドメインで色欲龍が嫉妬龍を救えなかった、おそらく最も直接的な要因だ。嫉妬龍が帝国に囚われると同時期、
概念使い達が全滅したわけではない、ほとんど全ては逃げ延びて、各地で散り散りになっていたが、それでも。
“…………それ、は”
「アタシは、それは仕方のないことだと思うわ。アンタにとって、大事なものは家族。近しい存在だもの。アタシも親友って言ってくれて、大事にしてくれるのはわかるけど――」
沈黙する色欲龍に、フィーは申し訳無さそうに笑みを浮かべて。
「
そして、また背を向けた。
熱線のチャージに入る。嫉妬ト色欲は
とはいえ、あまりにも威力が高すぎたり、物量がありすぎると、そのギミックも意味を成さないのだが――
“……確かに、そうね。もしそうなったら、私は目の前のことを優先しちゃうかもしれないわ”
現にそうだったと、僕とフィーは知っている。しかし、色欲龍は続けるのだ。
――フィーの熱線を邪魔する粒子の龍を薙ぎ払いながら。それは、奇しくも僕と同じ行動だった。僕もまた、粒子の龍を切り払いながら、色欲龍を見る。
――視線が合った。
“でも、学んだのよ。
それは、すなわち僕のやり方だ。
僕の場合は全員の納得いく形を目指す、というのが正しいが、結果として全員を幸せにする総取りという目的に行き着くことが多い。
色欲龍とルクスの件はまさにそうだろう。
“それが茨の道だってことは解ってる。でも、この世で一番いけ好かないやつに、それをやってのけられたら”
僕を見ながら、言い放つ言葉に苦笑する。本当に、彼女には嫌われてしまったものだ。最初は、僕も彼女には他の男性と同じように見られていたというのに。
ただ――
“
――それはそれとして、僕のことを認めていないわけではないのだと、その一言で十分に解った。
「……ふふ、よかったわ」
“何がよ、そいつのこと? 言っておくけど、まだ私はあなた達のことを……”
また色欲龍が発症しそうになる。姑じゃないのだから、と思いつつ。実際は娘になれとフィーがいい、それを色欲龍が承諾したわけだから、ええと……娘の反抗期?
「そうじゃないわよ。……今、私が救おうとしてるのは、私からすべてを奪うために、私の力を削いだ張本人だからよ」
“……ああ、そっち”
なるほど、と色欲龍はうなずく、どうやらそこに意識は向けていなかったようだ。とはいえ、意識を向けてもあまり興味があるようには見えないが。
“お父様……マキナ、だっけ? その子のことは、私もまぁ色々思うところはあるけれど――”
いいながら、粒子の龍を切り裂く。
先程から、ずっと処理を続けているが、どうやら大きな一群にあたってしまったようで、敵の増援に切れ目が見えない。
まだ、視界には凄まじいまでの龍の群れが存在していた。
“今はそれどころじゃないでしょう。結果的にとはいえ、私の大切な人が、人達がどうにかなってしまうかもしれないのよ、あれは――
――結局の所、いつだって色欲龍の大切は、そうだ。
自分の子供達。愛おしい大切な彼らの存在が、彼女の立ち位置を決定づける理由であった。
「知っているか? マキナは愛されることに憧れて、少女の姿を選んだんだ。母に愛されることを願って、アンタを作ったんだ、色欲龍」
“――――”
「そんな願いを聞いて、どう思う? たとえ、許されないことを彼女がしてきたのだとしても――」
はぁ、と大きなため息。
それを聞いて、しかし色欲龍の瞳の気配が変わった。
これまでが、手を抜いていたわけではない。だが、
“――それを聞いたら、本気にならないわけにはいかないじゃない”
色欲龍の中で、集中の理由が一つ増えたのだ。
“――敗因。フィーちゃんのために道をつくるわ”
「解っているとも」
そして、僕に声をかけて、僕と色欲龍は――
“――典嬢天花!”
「“
迫りくる膨大な数の龍に、風穴を開ける。
そして――
「その意気やよし! さぁ、準備は整ったわ!」
フィーの熱線が、その準備を終える。
「埒を明けるわ! “
直後。あれだけ蠢いていた龍が、一気に消し飛んだ。
――ここにも、また空白が生まれた。
「……ッシ! 順調ね!」
「――そうだな、後少しだ」
ガッツポーズをするフィーに答えて、僕は戦況を見た。
今、あちこちで敵の数が少なくなりつつある。
まもなく、だ。
――そう、まもなく。粒子の龍との戦いに決着がつく。
終わりは、もうカウントダウンを、はじめていたのだ。