――戦況は終局へと向かいつつあった。
大罪龍たちはその力をいかんなく発揮して、粒子の龍を蹂躙し尽くしている。優勢の何より大きい要因は、粒子の龍のスペックが僕の知るものと変化がないということだろう。
対して大罪龍は、概念使いと比べても破格のスペックを有する。暴食龍は二重概念でない状態の僕でも単体なら突破できるが、この戦場では彼の獲物はまさしく無限。
フィーも変わらず強化された状態であるため、まさしく一騎当千。
そんな彼らの実力は、極まった概念使い数人でも、直接対決では勝率が五分を越えないのだ。二重概念まで到達して初めて、単騎でやりあえる差になるわけだ。
だから、この決着は必然だった。
――しかし、それでも。
僕はこの勝利に興奮していた。
“――敗因”
「……傲慢龍か」
戦況を俯瞰していた僕に、傲慢龍が声をかけてきた。この戦闘中、幾度か言葉は交わしたが、しかし意思をぶつけたことはなかった。
お互いに、目の前の敵に一撃を加えることに終始していた。
“お前はこの世界をどう思う?”
「急にどうしたんだ。まさか、その返答次第で敵に回ったりとか、しないよな?」
――
なにせ、これは僕の戦いで、彼にとって、僕とは絶対相容れない敵なのだから。
強欲龍はまだ話し合いの余地がある。いくらやつが僕から何かを奪おうとしても、やつが動く理由は
それは僕が倒したい相手であり、世界であり、最強であった。
今もヤツが共に戦ってくれるのは、僕との決着という欲望が、この戦いの後にあるからだ。それを満たすその時まで、僕が死んでは困るからだ。
しかし、傲慢龍にはそれがない。
今、こうして僕たちが
“――まぁ、平時の私であれば、そのような情けは無用と切って捨てるだろうな”
「だったら……」
“だが、相手は世界だ”
そう言って、傲慢龍は遠く、未だこちらを見下ろすだけの龍を見上げた。そして睨み、鋭い視線で言い放つ。
“私は、自分の存在に不満はない。人間という種に絶望はない。お前に負けた今でも、私は私だと自負している”
――常に傲慢で、他者を見下し、故に対等な強者を求める傲慢龍は、今も変わらず、その高いプライドのまま、強者として君臨するために力を振るう。
それは、相手が機械仕掛けの概念であれ、僕であれ、もしくは元の歴史における彼と敵対した人物であれ。
傲慢龍は、常に勝利を掲げてきた。
それが、絶対強者である自分の証明になるからだ。
“――だが、この世界は気に入らない。何故世界は人を作った? 神に、父に見せつけるかのように”
「……それが気に入らないのか?」
“まさか。私は父のことなど気にもとめないし、何より父は私の敵だ。しかし――”
その瞳は、少女であったマキナのことを、彼なりに思い出しているように見える。――ゲームにおいて、マキナのフードの中身を唯一覗き込んだ彼は、笑みを浮かべていた。
その真意は、一体どこにあったのだろう。
“――
「……」
“父が、己を偽っていることは知っている。父、と呼ぶべきではないことも”
「そうだったのか?」
少し意外だ。あの表情は、まさか自分の想像が当たっていたからだったのか?
“だが、そもそもヤツにとって重要なのはそこではないのだ。ヤツが自分を偽ったのも、結局恐怖が自尊心に勝ったからだろう”
「……自分が受け入れられる、自信がなかったから?」
“そうだ。そして、それが事実であることを理解した時――私はヤツを
……そうか、傲慢龍の笑みは、決して慈悲や情けなどではなく――
“理解とは、生命の証だ。人は己の理解できるものだけを同族と認め、そうでないものを敵として排除する。大罪龍は共に歩むことが可能だが、魔物は永遠に排除の対象だ”
――魔物には、意思がないから。
色欲龍や、怠惰龍のようにはなれないのだ。逆に――
“――言い換えれば、
「……つまり」
僕は、ようやく傲慢龍の言葉を理解した。何がいいたいのか、なんのためにこの話をしているのか――答えは、とても単純なことだった。
“世界にはそれがない。意思のない世界は、生命の域から外れている”
ああ、つまり。
“世界とは、この世でもっとも得体のしれない存在だ。やつが何を考えているか、お前にもわからないだろう”
「そうだな……でも」
でも――
「――僕は、感謝もしている。だって、この世界に僕を呼び寄せたのは、結果として世界なのだから」
すべての原因がマキナなのだとすれば、すべての理由は世界に起因する。願ったのが誰であれ、実行したのは世界なのだ。
故に、そこは感謝もある。
「だからこそ、今の世界は間違っている。いや、間違いを押し付けている。――僕は、それが見ていられない」
“……そうか”
そうして、傲慢龍は飛び上がる。
上空から、熱線の構えに入るのだ。
“長く、考え続けてきた。私の傲慢が行き着く先は、果たしてなんであろうか、と”
独白する。
――それは、まるで遺言のようだった。僕に、自分の意志を刻みつけるための、最後の言葉。ああそうだ、もうすぐ決着がつく。
“人類の殲滅。父が私に課した勝利条件だ。それに則り、己の勝利を追求するか”
僕たちの目の前から、もはや粒子の波は消えていた。あと少し、いくつか点在する群へと向けて、攻撃が殺到し、決着がつくだろう。
おそらくこれが――僕にとっても、傲慢龍にとっても、最後の一撃になる。
“人らしく生きる事に触れ、それに多少は感化されるのか”
故に、僕は傲慢龍に合わせることにした。
“
無限に連なる可能性の中には、人類の守護者と成る傲慢龍もいたのだろうか。しかし、基本はそうではないはずだ。多くの場合、マキナがそうであるように、
ああ、それが今――根底からひっくり返ろうというのだ。
“だが、故に――
「――――ああ」
“ならば――”
傲慢龍は、不遜にも神へ向けて手をかざし、
“ケリをつけるぞ”
そう、言い放った。
そして、
――すべての者が見た。
光を伴って、傲慢龍は
世界がどれだけ否定しようと、
僕も剣を構える。
今、この時。
同じ方向を絶対に向くことのなかった僕らが、同じ道の上に立った。前に進む意思を持って、隣に立った。
その先にあるものが、勝利であることを確信し。
“――
「――“
直後、閃光が瞬いて。
気がつけば、僕たちの前に粒子の龍は存在していなかった。
◆
――決着。
アレほどまでにこの場を覆っていた龍が消え失せて、あとに残ったのは僕たちと、未だ動かぬ世界本体。ここまでは、順調すぎるほどに順調で、疑いようもないほどに、僕たちは勝利に満ちていた。
しかし、だからこそ、
理不尽なまでの、敗因が。
だからこそ、師匠はもしもに備えてリリスの概念起源を起動していたし、僕たちは何があっても、問題ないように構えていた。
なのに、
いや、
それを認識した時。僕らはそれを理解できなかった。
“0101110110101010111011010101111”
それが、言葉だと。
理解することはできなかった。
――直後、僕たちは一斉に薙ぎ払われていた。
地面に叩きつけられていると、理解できたのはそれから
――時間を吹き飛ばすほどの一撃であると、理解するのにはさらに時間がかかった。
「みん、な――」
大丈夫か、と声をかけようとして。
しかし、それがかなわないことが解った。
僕は、数秒だった。
――しかし、それ以外の誰もが今も動けないでいた。
概念使いはすべからく概念崩壊し、大罪龍たちは――フィーと怠惰龍を除き、その姿が薄れつつある。敗北者の叛逆によって呼び出されたという事態が、かき消されたかのように。
アンサーガもまた、同様に消えかけていた。
「何が、起こったんだ――?」
立ち上がり、ふらふらと歩く。行く先は――一つ。怠惰龍の足元だった。そこに、この状況を分析している仲間たちがいて――そして、
「……無事、か?」
「…………わからん。なにが、どうなっているんだ? 身体が動かん。概念崩壊しているのに、痛みはない」
ラインがなんとか、僕に応える。しかし、他のものはそれすらおぼつかないようだ。なんとか寄ってきたアンサーガが、代わりに応える。
「無様、無様、無様だね。ああでも、起きたことはとても、とてもとても単純なことさ――」
そういいながら復活液を取り出すと、自分に叩きつけ、それから起き上がり、深呼吸をしてから続ける。――どうやら、他の皆も、概念使いに関しては復活液で問題はなさそうだ。
「――世界は三つの概念で出来ている。時間、空間、そして生命。これが何を意味するかわかるかい?」
「何って――」
三つの概念が可能性によって束ねられ、そして今、それが解かれた。とすれば、今の世界は、単なる三つの概念でしかないのではないか。
……いや、それってつまり。
「
まるで、バフが重複しているかのように。――この世界ではバフが重複する。それもまた、世界のバグの一つなのではないか? 本来であればそれはルーザーズ・ドメインだけの仕様。
決してバグではない。だが、
だとしたら――概念が重なるということは、すなわち。
「
それが、神たる
「さて、ようやく世界の手札が見えたわけだけどねぇ――概念を重ねるということは、すなわち乗算だ。ただでさえ厄介な概念が、三つも重なれば――」
決定的に、アンサーガは絶望を告げる。
「この
同時にそれは、世界との真なる決戦の、合図でもあった。