――別に、僕はこの無敵時間を自分の特別だと思ったことはない。
僕にしか出来ないことだから、僕が優れていると思ったことはない。だって、そんな特別ができたとして、相手は
だから、手段の一つでしかなかったのだ。故に、誰かがそれと同じ手段を取ったところで、僕はただ厄介だと思うだけに過ぎない。
――しかし。
こいつは別だ。
だから、それは。
本当にただ、理由のない怒り。
こいつだけは許しておけないと、誰かのためではなく、僕のためだけに感情を燃やす理由となった。
――状況は絶望的だ。
相手は機能そのもの、バグを帯びているとはいえ、やつが行う動作は常に一定だ。だから、ごく短い受付時間しか持たない無敵時間バグは、ヤツにとっては機械的に入力を行うだけで、その結果は常に変わらない。
故に、永続して無敵時間を継続できるというわけだ。
対してこちらは、どこまで行こうとただの人間。ミスもすれば、ブレだってある。やつが無敵時間を継続し続ける限り、僕はヤツに手が出せない。
加えてヤツは――
「――!」
攻撃方法が無限であるから、常にあらゆる方向から僕を攻撃することができる。一つ一つは対処できたとしても、全てでは対処の方法が一つしかなくなる。
こちらも無敵時間で、それを回避するしか方法はない。
そしてその方法で、僕は攻撃を回避してしまえるから、これまでヤツはその手段をとって来なかったのだ。だが、最後の手札、永劫の無敵時間を切ったことで、ようやくそれが使えるようになった。
これがやつの最後の一撃。最強のジョーカー。
僕という、ヤツが知りうる限り最強の敵を模倣して、ヤツが考えた――詰みの一手。
ああ、本当に。馬鹿らしくなるくらい、
「いいさ、付き合ってやるよ、世界」
迫りくる全方位からの攻撃と、目の前から飛んでくる世界の刃に、僕はただ言葉を向けた。言葉とともに、剣を振るった。
「アンタの何もかもが折れ果てるまで――!」
それは、言うまでもない。僕がこの攻撃を捌く手段は一つしかないのだから。
「後悔しろ! 僕に
かくして。
僕と――
――世界。
最初で最後の、果ての見えない、無敵のぶつかりあいが始まった。
◆
――ずっと、考えていた事がある。この世界にはバグがある。それは間違いない事実だ。でなければ、これほどまでにヤツがノイズにまみれているはずがない。
しかし、
いくら世界が長い時間概念化し続けて、無茶な願いを叶え続けて、どこかでおかしくなってしまう土壌があったとしても、それでも世界はその機能を維持することはできていたのだ。
何より、ヤツがこうして致命的なバグを抱えたのは、
だから、バグが起こったのは三つの要因があるということ。
どこかで僕が敗北すれば、バグは起きない。封印という形でも良い。僕が最速で勝利しなければ、せめて本来の時間まで、僕の勝利を先送りにできれば、決定的なバグにはならなかった。
しかしそれが失敗した時、世界はマキナを取り込むことを選んだ。マキナというバグの要因と、それから僕というバグの原因を同時に取り除くことを選んだ。
どっちにしても、
そうすればマキナの呪縛も開放され、バグという呪いも消えてなくなる。すべてが万事解決するはずなのだ。
それをしなかったということは、自分が生存することを念頭にヤツが動いたということは、つまり。
「――なぁ」
剣を振るう。無我夢中に、マキナの可能性の否定を打ち破ったときのように、心を空に、ただひたすらに剣を振るう。
あのときとの違いは、終わりが見えないということ。
いつ、この無茶が終わるかわからない。終わらないのかもしれないと思うほどに、相手は一度としてミスをおかさない。だから、いずれこちらのミスで、この攻防は終わりを告げる。
どれだけ僕が精度を上げようと、先に音を上げるのは僕でなければならないのだ。
その、はずだ。
――しかし。
僕の手は、止まらない。不思議なほどに、驚くほどに、僕の動きは正確だった。
何故か。
――解っていたからだ。
解ってしまったからだ。こいつの根底にあるものが、こいつが何故、こうも停止を拒むのか。それはそうだ。ヤツが生まれた時に。
――そういう思いで、
「――――アンタ、怖いのか?」
端的に、告げる。
それは恐怖。あまりにも単純で、そして何よりわかりやすい。
――マキナは恐れた。孤独を恐れた。その恐れが世界を生み出して、
世界が
「そう考えれば、アンタの行動は全部つながる。マキナの願いを歪んだ形で叶え続けたのも、バグを自分の停止以外で先送りにしようとしたのも」
そうしなければ、終わってしまうから。
そうしなければ、自分がどうなるかわからなくなってしまうから。
「
――世界に意思はない。ただ計算し、行動する。だが、そこには土台がなくてはならない。行動を決定できないのだ。
その土台こそが、恐怖。
マキナという意思ある概念が、世界に対して埋め込んだ、概念ではない唯一の存在。
恐怖がなければ、この世界は生まれることすらできなかったのだ。
「だとしたら、それには少しだけ同情するよ。意思もなく、恐怖という衝動にかられただけの行動しか取れないアンタは、誰よりも救われない存在だ」
――剣を振るいながら、ただ意識を研ぎ澄ませながら。
どこか、冷静なもう一つの自分は、世界の根底を、そう評した。不思議と、ただただ流れていく剣戟の時間。終わることのない、剣と剣のぶつかることのないぶつかりあい。
――まるで、絶対に交差しない平行線の上で、鏡合わせに、剣を振るっているかのようだった。
そして、気がつけば一分。マキナ相手に、全てを賭して注いだ一分を、僕は越えていた。限界は近いだろう。このトランス状態のような感覚は、本当に自分の中の精神を、なにかに捧げて成し遂げているような状態だ。
どこかできっと限界がくる。
世界もそれを待っているはずだ。
だから、限界を待てば世界は勝利する。
しかし僕は見た。
――ノイズまみれの、傲慢を模したその瞳に、
世界の中に、僕に対する恐怖が宿るのを、見た。
ああ、と思う。
これは、必然だったのだ。
この世界に僕が選ばれたその時から。
――多くの負けイベントを、理不尽を踏みにじってきたその時から。
――マキナと出会い、その瞳を覗き込んだあの時から。
こうなることは、決まっていた。
「アンタの敗因は」
――僕は、即座に切り替える。
概念技を、別のものへ。迫りくる不可視の一撃と、目の前で振るわれる僕の斬撃。それらをまとめて吹き飛ばし、この戦いに決着をつけるために。
「
――僕を? 否、僕だけではない。
「アンタは恐れた。自身の消滅を。創造主が、気まぐれに自分を停止させてしまうという恐怖を――だから生み出したんだ」
一撃が、迫っていた。
世界の一撃が、僕に向けて振るわれる――
「
――
「――それが、
これが、終わりだ。
「世界――――――!!」
最上位技。巨大な大剣が、迫りくる不可視の一撃もろとも――
「“
世界を、吹き飛ばす。
――――はずだった。
「――!」
手応えがない。
不可視の攻撃を吹き飛ばし、けれどもその中に世界の手応えがない。つまるところ――
――方法はすぐに理解できた。奴は空間を操れる。自分の居場所を入れ替えたのだ。ここに至って、奴は最後の保険を残していた。
では、どこへ?
――すぐに分かった。
世界は、マキナの前にいた。
そして、
「――――――――」
そして、その側に穴が空いている。そこからは、外の景色を望むことが出来た。
つまり、それは、
それはこういうことか?
あいつは、
マキナを、
――人質にしているんだ。
マキナをその穴から外に出す代わりに、僕に椅子へ座れと言っている。
そうすれば、
「――は」
この距離。
――あちらが止めを刺すよりも早く、助け出すことは絶対に叶わない。なにより、奴は空間を入れ替える。直接的にそれで僕を止めることは出来ないが、
だから、絶対に間に合わない。
動いたところで、マキナが先に殺される。
「――はは」
おもわず。
「はははははははは!」
――笑っていた。
「そうか! そうかそうか!」
――――ヤツは間違いなく言っていた。
声はない、感情もない、意思もない。
だが、だとしても、確信している。僕なら絶対に彼女を見捨てたりはしないと。
だから、つまり。
「――――ふざけるなよ、クソ野郎がぁああああああああああああ!!」
叫び、
そして、
そうだよな、アンタは絶対に知るはずもないよな。僕がどうして、
ここから僕が、
そうだ。もう一つだけ、取れば
「
一歩、踏み込む。
大きく息を吸い込んで、ヤツの転移を打ち破る、もっとも簡単な手段を叫ぶのだ。
「――――“
僕は、
「――アンタの敗因は、僕を、敵に回したことだ」
ノイズに塗れ、
恐怖に溺れ、
僕を敵に回した、愚かな世界を、
僕はその足で踏みつけて、
世界は最後まで言葉もなく、概念崩壊し。
――ここに、すべての戦いは、決着した。