負けイベントに勝ちたい   作:暁刀魚

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34.星衣物・嫉妬ノ坩堝(エンフィーリア・ドメイン)

 ――とりあえず警戒していたこととして、エンフィーリアの身体に変化はなかった。

 暴走形態はむしろ、彼女から離れていくようだ。考えてみれば、他の星衣物も色欲のそれ以外は倒せば剥がれ落ちたし、怠惰に至ってはそもそも()()だからなぁ。

 つまりこれが規定路線。引き剥がされて、ゲームで追いすがったときの嫉妬龍に身体能力の低下も見られなかったし、やはりそこまで心配するようなものでもなかったようだ。

 

「――あ」

 

「目、覚めた?」

 

 エンフィーリアが目を覚ます。

 ぼんやりとした眼は、やがて正気を取り戻し、僕を見上げる。やがて、自分の状況に気がつくと、僕を跳ね飛ばす――

 

「ぅ……」

 

 ことはなく、顔を真赤にしてうつむいてしまった。

 

「あれ? 僕をどかさないの?」

 

「……で、できないわよっ。いいでしょ、別に!」

 

 そう。とうなずいて、ポリポリと頬を掻く。こっちも気恥ずかしいんだ。今は龍形態――最初に変身した状態にもどっている――だから重いといえば向こうも怒って引き剥がしてくれるかも知れないが、残念ながらまったく重くなかった。

 エンフィーリアの身体は、驚くほど軽い。

 

 今にも、折れてしまいそうなほど。

 これを、引き剥がすことは、ちょっと僕にはできないな。

 

「――それで、アレが暴走した私の力? なんか、すごいことになってるけど」

 

 エンフィーリアから剥がれ落ちた嫉妬は、それはもうなんとも言えない形へと変貌を遂げつつあった。一言で言えば、それは尾だ。長い長い、そして巨大な一本の尾。

 その先端から、ボコボコと絵の具をぐちゃぐちゃに混ぜたような形容しがたい色のなにかが溢れ、その度に尾の先端は形成されていく。

 

「最終的に、アレが蛇になるんだ」

 

「蛇……憤怒龍みたいな感じ?」

 

「近いね、その上で、もう少し原始的というか、より蛇に近いイメージだ」

 

 ――憤怒龍はいわゆる中華的な神話で見られる蛇型の龍だ。龍の玉で出てくる神様みたいな感じである。嫉妬龍の“尾”は同じく蛇型だが、こちらのほうがより蛇をしている。

 なんというか、畏怖も信仰も存在しなかった頃の、より原初に立ち返ったものというか。

 

 まぁ、実際の所、これがどういった意図でデザインされたものかは、プレイヤーには想像する他ないのだけど。

 

「なんか、怖い……」

 

「人の心の底に在るものなんて、あんなものじゃない? 別にいいものでもなんでもなくて、要はそれがどうするかが問題であって……」

 

「……人間の中に、あんたみたいな変態が混じってることもある、か」

 

 そういう意味じゃないんだけど、と思いながらも。

 

「――暴走したアレは、もはや君の力もなにも関係ない。ただただ怪物なだけの存在だ」

 

 これを破壊しなければ、地上は大変なことになる。といっても、まだここに突入して一日も経っていないわけだから、近くに師匠もいる。そこまで心配はしていないけれど、僕はこれをどうにかすると言って一人で突入したのだ、それを師匠に任せたとあっては、後で何を言われるかはわからない。

 

 ここは、僕たちでこれを処理しなければ。

 

「アレに、遠慮はいらないってことね」

 

「そうなる。……どうする?」

 

「どうする……って」

 

 僕の問いに、少しエンフィーリアは考える。両手を何度か開閉して、自分の体の動きを確かめているようだ。やがて、特におかしなところはなかったようで、うんとうなずくと、こっちを見た。

 

「アタシは、負けたのよ。戦いでも……心でも」

 

「……それは」

 

「アンタが嫉妬を捨てなくてもいい、今の私が一番いいって、そう言ったんだもの。アレに呑まれる私でもなく、嫉妬を捨てて生きることを選んだ私でもなく」

 

 髪をかきあげて、少しだけ微笑むような穏やかな笑みで、嫉妬龍は。

 

「――このアタシが、好きなんでしょ?」

 

「……ああ」

 

 ――僕の身体に、手を回した。

 

「アレをどうにかしたいの?」

 

「そうだね」

 

「それには、アタシの力が必要?」

 

「もちろん」

 

「――これからも、ずっとアタシと一緒にいてくれるのよね?」

 

「うん」

 

 ――僕は、きっと人じゃない。僕が5主と同じなら、きっと僕の進む道は、とても、とても長いモノになるだろうから。

 

「なら、安心ね」

 

 嫉妬龍が人類によって壊されるなら、壊されないように守ればいい。僕の出せる結論は、そういうものだった。受け入れてくれるかは心配だったけど、嫉妬龍は笑顔でうなずいてくれた。

 

「じゃあ、やろうか」

 

「うん……でも、条件があるの」

 

 ――じっと、こちらを見つめる少女は、少しだけためらって、けれど、

 

 

「フィー……って、呼んで。じゃないと、やだ」

 

 

「――」

 

 おもわず、クラっときてしまった。

 なんて顔をするのだろう。切なさと、勇気と、それから最大限の独占欲。いじらしいにも程がある少女の言葉。

 少し、反則だよな、それは。

 

「……解ったよ、フィー」

 

「ん――」

 

 ――そして、彼女は目を閉じた。

 え、そういう流れ? 目の前に貴方の抜け殻が脱皮を果たそうとしているんですよ? そりゃ脱ぎ捨てたものだろうから、興味もないのかもしれないけど、そういう場合じゃないですよ!?

 

 ああでも、流石にこれで応えないのも男として――

 

 なんて、考えを巡らせているそのときだった。

 

 

「なのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――――ッッ!!」

 

 

 空から、

 リリスが、

 降ってきた。

 

「えっ」

 

「えっ」

 

 ――すさまじい音と、飛沫を上げて、シスター服の少女――リリスが扉の外の湖面に叩きつけられた。

 

「な、何事――!?」

 

「……リリスだ。僕の仲間、さっき言っただろ? いやでも、どうやってここに!?」

 

 ざばぁ、とすごい勢いで湖から飛び出したリリスが、シュタっと着地する。

 

「到着なのー!」

 

 それからぶるぶると身体を降って、水を吹き飛ばす。ああ、その大きいものまで揺れてしまっていますよ、はしたない。

 

「……むぅ」

 

「あ、いやごめんなさい! そういうものだから、仕方ないんだよ!」

 

 女の子を抱き寄せているにも関わらず、別の子に目移りするのは流石に失礼だよな。怒ったエンフィーリア――フィーはむすっとした顔のまま、僕から離れて立ち上がった。

 僕も、同じく立ち上がる。

 

「あー! なにかいやらしい事してるのー! えっちなのー!」

 

「人聞き悪いわね! できなかったわよ! 誰かさんのせいで!」

 

「そっちもそういうのはどうかとおもうなー!」

 

 っていうか、そういう話をしている場合じゃない。

 

「まずはリリス、どうしてここに?」

 

「おししょーが一人だと不安だからって、でも自分が離れるわけにはいかないしー、ってことでしゅびびーんしたの」

 

「……周りを調査した?」

 

「そうなの!」

 

「いまのでわかるの!?」

 

 驚くフィーを他所に、話を続ける。でもって、じゃあどこから来たか、という話だ。

 

「あそこー」

 

 そういって、リリスはダバダバと流れ落ちる滝を指差した。ええと、つまり。あの滝の源泉からここまでウォータースライダーを?

 

「探したらあったのー。ラインの人達はのんのんって言ってたけど、多分ぱかーってしたからぺかーなの!」

 

「……つまり」

 

 ゲームでもどこから流れているかわからなかったあの大滝は、実はある場所と繋がっていたのだけど、それは僕がこの遺跡への道を開くまでは閉じられていて、僕が開いたから、そこも連動して開いた……と。

 なるほど、あのショートカット出口も同じ構造だから、可笑しくはない。

 

 しかしゲーム中にそれを見つけて入れれば、とても楽になっただろうなぁ。色々と。2のラストダンジョンは嫌いだ。2は大好きだけどラストダンジョンは嫌いだ。

 そしてさっきのダンジョンアタックで更に嫌いになった。もう二度とこんなところ探索したくない。

 

「それで落ちてこれるって、そっちの子もアンタの仲間らしい度胸してるわね」

 

「えへへー」

 

「褒められてないぞ」

 

 なんて、話をしている場合じゃない。

 

「リリス、すまないけど僕たちを回復してくれるか?」

 

「あいあーい!」

 

 ――しかし、師匠もかなりのナイスプレーだ。この場にリリスが一人いてくれるだけで、アレとの戦闘がぐっと楽になる。先程の死闘でHPを使い切ってしまったのもそうだけど、バフがあるだけで、僕たちはさらに強くなるからな。

 正直な所、どこまで見越していたのやら。あの人も流石に、この大陸で最強を名乗る概念使いなだけはあるとおもう。

 

 コレでもう少し、日常生活も威厳にあふれていればなぁ。

 

「さて、アレをぶっ飛ばしましょう。フィー、リリス」

 

「むぅ……色々言いたいことは在るけど、彼女が助けてくれるなら、貴方も助かるのよね、……なら、いいわ」

 

「頑張るのー!」

 

 僕が向き直り、フィーはムッとしながらもそれに合わせる。最後にリリスが手を大きく振り上げて、元気いっぱいに宣言した。

 

「敵は、星衣物。名を――嫉妬ノ坩堝(エンフィーリア・ドメイン)。君の名を冠してはいるものの、君から奪われ、そしてこれから必要ないと切り捨てるものだ」

 

「――解ってる。アタシの嫉妬も、妬みも、嫉みも、全部力に変えて生きるって。決めたから。生きていいって、言ってくれる人がいるから」

 

 やがて、怪物は姿を顕した。

 さながら、ゴルゴーンとでも呼ぶべき蛇の魔性。奪われたのは、美貌か、主か。どちらでも構わない、今の僕たちにとっては、ただの敵だ。

 

 倒すべき敵。乗り越えるべき相手に過ぎない。

 

 

「あいつを――倒すぞ!」

 

 

「ええ!」

 

「なの!」

 

 

 さぁ、嫉妬龍をめぐる、――最後の戦いだ。

 

 

 ◆

 

 

“SIAAAAAAAAAAAAAAA”

 

 叫びが、木霊する。

 広い広い遺跡の最深部、その半分を覆おうかという程の巨体が、金切り声を上げて僕たちを睨む。なんともおっかない話で、とにかく圧迫感がすごい。

 そしてこの嫉妬ノ坩堝、もととなったエンフィーリアと同じく遠距離攻撃を主体としたタイプで、弾幕を展開してくるのが特徴だ。

 というか、特性上ドメインシリーズの大型は動かずにドカドカ弾幕を放り投げてくる敵がほとんどだ。具体的には憤怒龍と怠惰龍あたりもそういうタイプ。

 

「それじゃあ、話したとおりに。まずは全力であいつに一発打ち込むぞ!」

 

「了解なのー!」

 

 言いながら、勢いよくリリスがバフをばらまいていく。攻撃バフ、防御バフ、速度バフ、色とりどりにそれらは僕の身体に降り注いで、その背中を推していく。

 

「行くわよ――! “嫉妬ノ根源(フォーリングダウン・カノン)”!」

 

 開幕、嫉妬ノ坩堝に突き刺さったのはフィーの最大火力であった。当然、フィーにヘイトが集中する。

 

「気をつけて! リリスを巻き込まないようにね!」

 

 それを見送りながら、僕は嫉妬ノ坩堝に接近し、横っ腹をめった切りにする。通常攻撃でSTを軽く回復してから、コンボを最速で積み上げていく。

 

“SIAAAAAAAAAッ”

 

 直後、咆哮とともに嫉妬ノ坩堝の周囲が煌めいて、そこからレーザーが連続でばらまかれた。それは地面に突き刺さると、のたうつ蛇のように周囲を駆け回る。というか技名も蛇詣とかそんな感じだったと思う。

 やたらめったらに駆け回るそれは、僕とは反対方向、フィーの方に向いているけれど、いくつかは僕にも飛んでくる。軽く跳ねたりしながらそれを回避しつつ、コンボを重ねていく。

 

「“G・G”!」

 

「“後悔ノ重複”!」

 

 反対方向から、ちょうど同時にフィーの宣言が聞こえ、両方から衝撃が嫉妬ノ坩堝に叩きつけられ、嫉妬ノ坩堝はのたうつ。

 

“SIAAAAAAAAAAAAAA!”

 

 叫び、うねる身体から、回転するように光の刃が飛びだし、僕らを切り刻もうと迫る。それを飛び上がって回避すると、向こう側に距離を取りながら駆け回るフィーの姿が見えた。

 時折、思い出したように怨嗟ノ弾丸を叩き込んでいる。というか、弾幕が激しすぎて、塊根ノ展開や後悔ノ重複を放つ暇がないんだな。

 

 流石に危ういか、とペースを上げる。

 

「“P・P(ペイン・プロテクション)”! “M・M(マウント・マギクス)”!」

 

「まだなの!?」

 

「今なのー! “B・B(ブレイク・ブースト)”!」

 

 慌てたフィーの様子から、もう限界のようだ。ここでスイッチを切り替えないと、彼女が持たない。故に――

 

「“L・L(ルーザーズ・リアトリス)”!」

 

 最上位技! 振り上げた刃が巨大化し、嫉妬ノ坩堝を両断する――!

 

 その直前。

 

「ああもう、どうにでもなれ!」

 

 反対側から、閃光!

 

「“嫉妬ノ根源”!!」

 

 それはほぼ同時に突き刺さり、嫉妬ノ坩堝をえぐる。派手な閃光は、暗がりを照らし、坩堝の顔を映し出す。

 

 ――なんとも、物哀しい顔をしているな。

 

 厳しい蛇の顔が、なぜだか今にも泣き出しそうにみえた。

 しかしそれに感じ入る間もない。僕とフィーの頭上に、閃光が瞬いた。

 

「ちょ、嘘だろ!?」

 

 ――想定外。僕は慌ててDDで距離を取る。その真横を、()()()()()()()()()()()()()()

 別の技ではない、寸分違わず嫉妬ノ根源だ。

 

 そして、蛇は僕へと視線を向けた。

 

「きっちりヘイトはこっちに向いたけど……っていうかフィーは大丈夫か!?」

 

「ちょっと当たってたの! “C・C”!」

 

 中央から僕とフィーを同時に観察できるリリスが叫び、フィーに回復を飛ばす。こちらはなんとか回避できたものの、フィーは攻撃を食らってしまったようだ。

 

「だい、じょうぶ……!」

 

 そして反対側から声、苦しい様子はないが、焦りが混じっている。相応に危険な状態だったようだ。

 

「ごめん、思ったより削れてたみたいだ!」

 

「しょうがないわよ! 私、どれだけあいつ攻撃したか覚えてないもの!」

 

「――ふたりとも、早くしないと蛇さんにゅろろなの!」

 

 僕たちの会話を、リリスは遮って促す。ヘイトは僕に向いている、大丈夫、そこまで心配はいらないよ。けれども――

 

「早速使ってきたな……“反骨”」

 

 “反骨”。それこそ、嫉妬ノ坩堝における最大の脅威。ラスボスとして多くのプレイヤーを苦しめたそれは、即ち()()()()()()()()

 大技を叩き込むと、即座にそれを模倣してぶつけてくるのだ。ダメージが九割減するというデメリットがあるそうなのだが、こいつがカウンターを入れてくる攻撃は、だいたいどれも即死級の火力だ、あまり意味はない。

 

 ある程度嫉妬ノ坩堝を削ると解禁されるわけだが、僕の最上位技に合わせて嫉妬ノ根源をぶっ放してもらいつつ、僕が後から切ることで、反撃を僕の最上位技にしようとしたのだが、その前の削りがだいぶ順調過ぎたようだ。

 

「こっからは僕が大技を叩き込んだら、そこに合わせて嫉妬ノ根源を頼む!」

 

「ブーストはどっちにするの!?」

 

「フィー!」

 

「あいあい!」

 

「こっちも了解よ!」

 

 蛇が睨む。僕の周囲を取り囲むように迫るレーザー。

 さて、いよいよここからが本番――面白くなってきたな!

 

 気合を一つ入れ直し、僕は迫る弾幕へと、飛びかかっていくのだった。

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