負けイベントに勝ちたい   作:暁刀魚

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40.リリスは歩幅を合わせたい。(一)

 ――二日目。

 リリスとのデートだ。といっても、リリスには事前に他にも二人同行者がいることを聞かされている。やっぱりこれデートじゃないよね?

 なんとなくそんな気はしていたが、やはりリリスは僕を保護者に友人と街を歩きたいだけなんじゃないだろうか。

 

 まぁ、とはいえそれも悪くはない。

 

 しかしリリスは感覚全振りとはいえ、色々考えるタイプだから、それだけというのも少し不思議だ。何かあるのではないだろうか、と僕も少し考えてしまう。

 けれどもそもそも、別にそれは聞いちゃいけないわけではないのだから、後で折を見て聞いてみようという結論に至る。

 

 待ち合わせは、昨日と同じく広場の噴水。いつもと変わらない人通り。といっても、僕はここに少ししかまだいないわけだけど。

 ――そして、概念使いの兵士が慌ただしく街を歩き回っているのは、平時ではないだろうな、とも感じる。対憤怒龍の準備は、着々と進んでいた。

 

 そんな街の様子を眺めていたその時だった。ふと、僕の頭上に影がさす。

 

 

「おまたせなのおおおおおおおおお!」

 

 

「――っと」

 

 残念、読めているんだよ。幾ら上からとは言え、前方から降ってくるわけでな、見逃すはずもない。その豊満で小柄な矛盾した身体を受け止めつつ、数歩下がる。

 

「あっ」

 

 ――そこで足を滑らせた。

 僕とリリスは、そのまま噴水に突っ込んで――

 

「ごめんなさいなのー」

 

 ビショビショになったリリスに適当に屋台から買ってきたタオルを渡しつつ、僕も水浸しになった部分のローブをぱんぱんと叩く。

 幸い、少し噴水でローブが濡れて、リリスにも飛沫がかかった程度なので、服などは変える必要はなさそうだ。

 

 ちなみに、リリスのワンピース(白)が濡れ透けになることはなかったぞ、残念だったな! ――僕は誰に言っているんだ?

 

「予備のローブを買い足しておこうかな」

 

「お供しますなの! へっへっへなの!」

 

「調子いいな!?」

 

 それから、即座に気を取り直したリリスを見ながら、後方でオロオロしている二人の少年少女を見る。――今回のリリスの同行者。

 僕も、その二人とは面識がある。

 

「やあ、クロス、アン。ふたりとも、今日はよろしくな」

 

 ――クロスと、アン。

 二人は十二歳程度の子供だ。クロスはおとなしそうな見た目、アンは気の強い小さいフィーのような感じ。あそこまで嫉妬深くはないけれど。

 ふたりとも、来ている服がしっかりしている。周囲の街の人々はそこそこおしゃれはしているとはいえ、庶民な感じの服だ。それと比べると、一段ランクが上、少し浮いているかもしれない。

 

 まぁ、この街には兵士や概念使いの個性的な格好をした人々も結構いるから、そこまで可笑しくはないけれど、比べてみると一目瞭然な違い。

 僕とも面識があり、城に滞在しているリリスと懇意。

 

 二人は――

 

「――ありがとうございます。敗因殿。父からは、今日は僕とアンをよろしくと……」

 

「もう! 普通に遊ぶだけなのにそんなかしこまってどうするのよ! 遠慮してるの!?」

 

「あはは、そうだね」

 

 

 ――ライン公の息子と、そんな息子が大切にしている女性……少女だ。

 

 

「でも、改めて私からも、今日はよろしくおねがいします」

 

「ああ、よろしく。といっても、今日はリリスが主導だけどね」

 

「最近はずっとそうですよ」

 

 あはは、と快活に笑うアンと、そんなアンの後ろで少しこちらの様子を伺っているクロス。二人の関係性は非常にわかりやすい。クロスは年の割に――リリスという例外を考えなければ――非常にしっかりしているが、前に出ないタイプで、アンは年相応だが、クロスを引っ張り出せる胆力がある。

 いい関係だ。

 

「っていうか、あの、私達リリスに何するか聞いてないんですけど、何か聞いてます?」

 

「いや、僕も聞いてないよ。まぁ、何をしてもいいように、覚悟だけはしておこうね」

 

「か、覚悟……」

 

 びくっとなって、クロスがアンの後ろにある。怖がらしてしまったけれど、リリスも大概何をしてくるかわからないからな。

 おそらく何かしらふざけようとしているのだろうけど、これで完全に真面目一色の場合も考えられる。正直、読めない。

 

「と、いうわけでリリス。そろそろ何をするのか教えてくれ。かくれんぼ? 鬼ごっこ? それともこの四人で食べ歩きか?」

 

「んーん」

 

 首を横にふるリリス、正直なところ、全く読めない。クロスたちもそんな様子で、二人して顔を見合わせている。街でできることなんて限られる。先日城の庭に突如として現れ、信奉者たちに崇められている色欲龍像を使って遊ぶのか?

 いや、どう考えても情操教育に悪いから、それなら却下だぞ。

 

 と、考えていると――

 

 

「――外に、行くの!」

 

 

 ああ、それは確かに読めない――っていうかよくライン公は許可したな? という内容だった。

 

 

 ◆

 

 

 ――外。

 この世界における外とは、村、街、国の外。城壁の外という意味だ。もともとこの世界は一つ一つの村同士が独立し、そこに集落を形成しているRPGによくある世界だが、魔物が出現し、人々を襲い始めてからこの傾向は加速した。

 “外”に出ることのないまま一生を終える人間は少なくない、自分から好き好んで危険をおかすものは異常者だ。

 だから、外に出るものは危険を顧みず目的を持って外に出る。

 

 それは、僕たちも同様だった。とはいえ、普通の目的と比べると、いささかリスクに対してリターンが薄い行動ではあったが。

 

「わぁ――」

 

 小高い丘の上で、アンが空気を胸いっぱいに吸い込みながら、広がる大地を眺める。ここはライン国から少し離れたところにある丘で、ライン国周辺を一望することのできる絶好のスポットだ。

 ゲームにもあったが、特に意味はなく、けれども周囲を望める印象的な光景は記憶に残りやすい。リリスはこれを国の概念使いから聞いたのか、僕たちをここへ案内したのだ。

 

「すごいわ! あんなに大きな国が、小さく見える! 私の両手の中に収まっちゃいそう!」

 

 と、クロスに向けてアンは輪っかを作ってライン国を収めて見せる。それをクロスは楽しそうに覗き込みながら、二人は会話を楽しんでいた。

 

「風がキモチイイな」

 

「寝っ転がるといい感じなのー!」

 

「せっかく買った服が汚れるぞ」

 

 バタバタと地面に寝ながら草原を転がるリリスに、そう呼びかけながら、僕は軽く周囲を見渡した。概念化して生み出した剣は、まだ手放してはいない。

 リリスも、魔物が現れれば即座に対応するだろう。

 

 僕たちの役割は護衛だった。

 

「それにしても、面白いことを考えるな。――外の世界をみせたい、か」

 

「うんー、外ってすごいの、おっきいの。旅ってとっても楽しいの。逃げ隠れしなきゃさらにドンなの!」

 

 世界各地を逃げ回るように旅する異邦人の出身であるリリスは、そんな過去故か旅が好きなのだろう。逃げなければ、とも言うから、異邦人としての経験はキライなのだろうが。

 

 ――護衛。当然対象はライン公の息子であるクロスと、その想い人のアン、この二人である。クロスは言うまでもなく、アンも国の重鎮の娘で、二人は生まれたときから仲がいい。周りは何も言わないが、二人が婚姻してくれれば誰も不幸にならない、幸せな未来なのだろう。

 そして、ゆくゆくは国を背負って立つことになる二人だ、外の世界を知り、経験を積んで欲しいというのも、親心か。

 

 実際、アンはこれが初めての外出である。何も知らないアンに、これはとても刺激の多い光景だろう。その様子を楽しみながら、僕らはアンとクロスの元へと歩み寄る。

 

「外って、広いの!」

 

「うん……うん! すごいわリリス! ありがとう、連れてきてくれて!」

 

 ばーっと両手を広げるリリスにアンが抱きついて、二人はキャッキャと笑い合う。そんな様子に、クロスはまだ少し緊張した様子ではあるが、微笑ましそうに微笑んだ。

 

「やっぱり外は怖い? クロス」

 

「あ、いえ、えっと……」

 

 ――クロスは、これが二度目の外出だ。一度目は、嫉妬龍の元を目指して僕たちに護衛されながら。その時の出来事は、彼にとってあまりいい思い出ではないだろう。

 魔物に襲われ、命の危機。やっとこさたどり着いても、目的は叶わず、むしろ自分の出生の秘密を知らされて――

 

 ――クロスは、ライン公の本当の息子ではない。彼が壊滅した村から拾ってきた養子だ。ただ、周りには本当の息子として通しているし、クロスも父を本当の父として、疑うことなく尊敬していた。

 それがひっくり返って、彼の人生は土台からひっくり返ってしまっただろう。

 

 だが、それすら始まりに過ぎなかった。ゲームでは、ここから父の死、そして――アンの死を経て、成長しなくてはならない。

 

「……怖かったです、けど、新鮮な経験、だったんです。何もかもが初めてで、キャンプとか、共同生活とか……ちょっと楽しかったんです」

 

「焚き火を囲んで、皆で話をするのは、楽しいよね。僕も好きだ」

 

 後はその、と頬をかいて、クロスは続ける。

 

「……その、僕も少し、気分転換がしたかったといいますか。そんな時じゃないのは、父さんが忙しく動き回ってるのもあって、分かってるんですけど」

 

「――君自身の感情は、そうも行かないか」

 

 うなずく。

 ――ゲームでもそうだが、クロスにはライン公の息子であるという自負がある。何れ父の跡を継ぎ、このライン国を導いていくのだと。

 しかし、そんな自分が概念使いではないことは劣等感で、外部から僕たちという信用のおける概念使いがやってきたことで、ようやく嫉妬龍のもとへ向かう余裕が生まれた。

 やっと、自分も父と同じ舞台に立てる。たとえ概念使いとしては父のようにはなれなくても、概念使いであるという誇りは父と何も変わらない。

 

 そう思っていた、矢先だった。

 

「……どうして父は黙っていたんでしょう。それも答えてくれないし、僕、どうしたらいいのか」

 

「もう、何度も言われていることだと思うけれど……君の父さんは不器用な人だ。その上で、ダメな人でもある。僕から強いて言うことがあるなら、君は彼に失望してもいい。君が思う以上に、人の背中っていうのは小さいもんだ」

 

「何度も……言われたこと無いことも言われましたけど……そうですよね」

 

 ――ライン公は不器用な人だ。

 彼は有能で、今のライン国の秩序を作ったのは彼で、おそらく大罪龍と争う上で、彼の国家体制はまさしく正解なのだろう。そして、それを維持するだけのカリスマもある。

 ただ、言葉少なだ。周りが上手く汲み取って、彼を補佐する必要がある。なんというか、本当に背中で語るタイプの人種だ。

 

 対してクロスは、立ち止まって、慎重に考え込むことが得意。理知的で、初代であるライン公の敷いたレールを整えて、次代につなげることにおいては、かなりの素質があるだろう。

 とにかく前に進むライン公とは正反対だが、だからこそ二代目としては理想的……ではないだろうか。

 少なくとも、ライン国をこの後も維持し、大罪龍が討伐されてから二百年は続く大国に育てたのは彼の手腕も大きい。

 

「……どうして、父は僕を養子にしたんでしょう。シェルさんたちもそうですが、父さんにとって、多くの概念使いは息子のようなものです。その中から、どうして概念使いじゃない僕を――」

 

「いや、それは単純に君が跡継ぎとして最適だからだよ」

 

 だから、クロスの疑問にも、僕は即答する。

 

「そんなものでしょうか」

 

「ああ、ライン公はそういうところは間違えない。胸を張っていい」

 

 と、言うと、少しだけクロスの顔はほころんだ。

 ふむ……

 

「クロス、君は確かに養子のことを黙っていたライン公を疑ってしまうかも知れない。それを父はうまく答えられないかも知れない。……そんな場に他人を巻き込みたくないかもしれない」

 

 ――クロスとライン公のやり取りが上手く行かないのは、二人が周囲に遠慮して、周囲が二人に遠慮してしまうことも大きい。

 お互いに理由があって、けれどもそれをうまく伝えられないなら、周囲に人を置いたほうがいいと思うが、こんな重い問題に周囲を巻き込みたくない。

 ――面倒でややこしいのだ。

 

「だから、少しでも周りを巻き込みやすい話題を選んだほうがいいかもしれないな」

 

「と、いうと……」

 

「議論だよ。周りにとっても、その話題を議論することが有益だと思うような議論を提案するんだ」

 

 例えば、クロスはライン公が何故自分を養子にとったのか、その真意が知りたい。そして、ライン公にはそれに深い考えがあるが、息子を傷つけてしまわないか、これ以上二人の仲に溝を産まないか、と懸念している。

 

 だが、養子にする、後継にするということは、少なくともクロスのことをライン公は認められていて、認めるだけの理由がある。

 その理由を聞けばいい。感情的に、ではなく、論理的に。

 

「……なるほど。ちょっと、考えてみます」

 

 クロスも、まだ子供であるが非常に利発でしっかりした子だ。だから、こういう話を素直に受け取ってくれる。

 

「――もー、男の子二人で何してるの! 早くこっちくるのー!」

 

 そこで、リリスが声をかけてくる。

 見れば、アンがシートを引いて、二人はお茶の準備をしていた。ちょっと長話が過ぎたかな。

 

「ああ、分かって――」

 

 そういって、二人の元へ急ごうとして。

 

 僕の耳は、その音を捉えた。

 

「――いや」

 

「……どうしたんですか?」

 

 ふと、振り返った僕を訝しむように、クロスがこちらを見上げる。それに、僕は促して、

 

「リリスのところへ行ってくれ」

 

 ――宣言する。

 

 

「魔物だ。多分、数匹、無粋だな」

 

 

 その声に、リリスが立ち上がる。クロスは、慌てて彼女の元へ急ぎ、アンと身を寄せ合って、リリスの背に隠れた。

 

「――大丈夫なの?」

 

「この辺りの魔物に遅れを取るわけ無いだろ、でも手早く片付けたいから、支援を頼む」

 

「目一杯かけるの!」

 

 ――音はどんどん近づいてきて、クロスたちも聞き取れたようだ。怯える彼らを他所に、ありったけのバフをもらった僕は、背を向けて。

 

「それじゃあ行ってくる、絶対にリリスの側を離れちゃダメだぞ」

 

「わ、わかってるわ! お願いします!」

 

 ――アンの元気な声を受けて、駆け出した。

 

「――大丈夫かな、敗因さん」

 

「大丈夫よ、それに、リリスだっているんだし」

 

 後ろから声が聞こえてくる。

 

「任せて! 二人のことは、何があってもリリスが守るの! 任せて、そんなに怯えなくてもいいんだよ」

 

 ――優しげな声、ああ、けれどしかし。

 

 

「……ありがと。ふふ、リリスってなんか、お姉さんみたいね」

 

 

「ゔぇ!?」

 

 リリスは八歳だ。

 そして、そういう扱いをされると、少し傷つく。


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