――戦闘終了後、いじけるリリスを慰める会が急遽はじまった。
当たり前といえば当たり前だが、リリスは非常に年齢を気にする。同時に普段あんなに色々考えて動いておいて、という面もある。この辺りのあれやこれやがひじょーに面倒くさい生き物なのだ。
いやまぁ、基本的には遊んでいるだけなのだが。
「もー、いい加減機嫌なおしてよリリスー、私もあやまったでしょー」
「ぷいなの」
「ほら、持ってきたお菓子だぞ、食べないのか」
「ぱくなの」
「すごい勢いでお菓子だけもっていかれてる……」
「えへなの」
――楽しそうだなぁ。
三人でリリスを囲んで、一頻り遊ぶと、太陽はだいぶ高くまで登ってきていた。時間的にもそろそろ昼にしようというところで、僕たちもシートに座り込んだわけだ。
なお、魔物に関しては文字通り一蹴である。この辺りの魔物は、僕の位階になると養分にもならない。例のレベルアップバグ技も使えないしなぁ。
「おべんとさんはリリスが作ってきましたのー!」
「私達も手伝ったのよ!」
自慢げなリリスは、中央にでんとお弁当箱を取り出す、四人で食べても結構な量になるだろう規模だが、菜も、鮮も、肉も、バランスよく用意されたそれは、非常に手間がかかっているだろうこともわかる。
うちで、これを作れるのはリリスだけだ。
しかし、しかしである。
「……年上が手伝うのか」
――つぶやいた瞬間リリスがすごい勢いでべちゃっとなった。もはや溶けたという表現が正しいほど、ぐでっとなってその場に崩れ落ちる。
「いや、ごめんて」
「なのおおおおお。どうせリリスはおばちゃんなの、8って数字は横にすると∞なの……」
「さ、流石にそれはおばちゃんってレベルではないのでは……」
クロスくん、そこで踏み込むとリリスは更に溶けるぞ……いや、最初に溶かしたのは僕だけど。
「なのおおおおおおお」
「だからごめんて」
いや流石に弄りすぎたかな、でも、リリスはこういう所を気にするのが年相応なところもあると思う。いやでも、流石に年上に見えすぎるのは、年相応だろうか……
少し考えてると、アンがリリスに詰め寄って、溶けて崩れたリリスをガクガクする。
「あうあうあうあう」
「もう! しっかりしてよリリス! そりゃ私もお姉さんみたいって思ったり、いつも頼りっぱなしだな、って思うし、わるかったと思うけど、でも、私そんなリリスが憧れなのよ!」
「あう……なの」
真剣なトーンになると、少しリリスが形を取り戻す。丸く変な形になったリリスが、アンを見上げると、アンは笑顔で続けた。
「リリスみたいに明るくって、前向きで、皆に頼りにされる子って、憧れなんだから。私もそうなりたいって思うけど、口うるさくって、いつもクロスを怖がらせちゃうし」
「え、えと、そ、そんなことない……よ?」
「ありがと。でもさ、私達からしたらリリスって羨ましいわけよ、大人と一緒に同じことができるって、羨ましいじゃない」
「うー」
クロスも、考えていることに差異はなさそうだ。大人になりたい少年少女にとって、大人顔負けに立ち回れるリリスは憧れ以外のなにものでもないだろう。
そしてそれは、本人が望もうと望まざると、
「……リリスね、友達いないの」
だからこそ、ぽつりとつぶやく。
「ううん、いなかったの。アンやクロスは友達だけど、リリスね、昔っから同い年に見てくれる子っていなくって」
「あー……うん」
クロスがうなずいてしまった。まぁ否定してもしょうがないけれど、素直だなぁ。
「周りには、大人の人しかいなくって、たとえリリスみたいに小さくても認められてても、その子もリリスと同じだったから、その子と話をするときは、リリスは子供じゃなくて大人だったの」
――見た目もそうだが、中身もそうだ。
リリスはその容姿から、どうしても周りに年齢相応な見方をしてもらえない。そして、それに応えられるだけの素養が彼女にはあるわけで、余計に周りは彼女を一人前と認めてしまう。
相手が大人だけならば、要するに僕たちのようなパーティの中であれば、リリスはそれを気にしないだろう。
まぁ、あのパーティ世間知らずが二人ほどいて、僕もこの世界のことは知識でしか知らないから、相応にリリスにお姉さんヂカラが求められる環境だけど。
それでも、全員理知的に動いて、判断ができる環境だ。
――子どもたちの集まりにはそれがない。小さな子どもたちが集まって作られた環境は、無秩序で、混沌としていて、それでいて楽しさに溢れている。
そんな場で、リリスは一歩引いてしまうのだ。本人は中にはいって、同じように遊びたいにも関わらず。
今日だって、リリスは色々と考えてクロスたちを外へ誘った。デートという名目で僕の予定を確保して、それを友人のために使うのだ。
結果として、やはり年上感が否めないわけだが。
「……それって、リリスの才能じゃない? 概念使いなのもそうだけど、リリスってすっごく恵まれてるのよ。リリスみたいになりたい人がいっぱいいても、そうなれない人の方が多い。ううん、きっとそうなれるのってリリスくらいだわ」
「それは……うん、分かってるの。分かってるから、こうしてるっていうのも、ちょっとあるの」
「――だから安心するのよ。そういうすごい子が、私達と変わらないところをみせてくれるって。……我ながら後ろ向きだとは思うけどね」
クロスも、アンも、まだまだ子供だ。クロスは不器用な父との関係に悩み、アンはすでに大人なリリスを羨む。健全で、当たり前な、普通の子供だ。
――それが、リリスには羨ましいのだろう。
「んふふ、ありがとうなの」
「――アンには、感謝してるんです」
そこで、ふと。
クロスが口を開いた。
「うぇ?」
「いつも、僕のことを引っ張ってくれて、引っ込み思案な僕に、周りとの接点を作ってくれる。リリスとだって、アンがいなければ仲良くなることはできなかったでしょうし……貴方とも」
僕の方に視線を向けて、まっすぐ僕を見つめてくる。その瞳には力があった。なんというか、引き込まれてしまう――一言で言うならばカリスマとも言うべきモノ。
伊達に、初代では賢王と呼ばれ、対憤怒龍を二十年主導し続けてきただけのことはある。
――未来の才覚を、その瞳にのぞかせていた。
ああ、でもしかし。
「だから、アン」
「ひゅいっ」
――そんな瞳を大切な人に正面から向けてしまうと、向けられた相手は正気じゃいられないぞ。
「これからも、どうか僕と一緒にいて欲しい」
「――――うん」
――完全に告白だった。イベントスチルだった。小高い丘で告白する少年と、それを照れながらも受け入れる少女。遠くに見える彼らの街が、なんだか誇らしげに見える。
ああそれにしても、なんてこったい色男、この年からこんなに口が回るのは、お兄さん少し将来が心配だぞ。
「ふんっ」
「あいたっ」
――後ろから、ぽこっとパンチされた。
「今失礼なこと考えてたの! 貴方が言うななの!」
「なんで分かった……?」
ぷんすこするリリスと、それに困惑する僕。外野のそんな行動に、クロスとアンは少しだけ困惑してから、可笑しそうに笑うのだった。
◆
「――それで」
少し時間は流れて、クロスとアンは草原に身を委ねて、昼寝をしている。穏やかな顔で、二人は手を組んで、仲良く顔を合わせて眠っていた。
僕とリリスは、それを左右から囲み、なんとなく家族のようにしながら、言葉を交わす。
「どうして、師匠にムリヤリ恋がどうこうって話をしたんだ?」
「あう、それで、って聞いて何かなと思ったら全くかんけーねーところから矢が飛んできたの、いたいの」
「僕がリリスに聞きたいことって、今はそれくらいだからね」
――今日のこととか、クロスたちのこととか。
そういうことに、リリスの見栄や虚実はないだろう。そもそも、リリスは色々考えて動くタイプだが、その考えを隠すタイプでもない。
リリスが言った言葉の意味に、二つも三つも意味があることはない。
だから、リリスは素直にアンやクロスと仲良くなりたかったのだ。
結果としてアンが告白されて終わりそうだが、それでも楽しかったらいいのだ。少なくとも、今のリリスは楽しそうである。
故に、僕は未だ解決していないリリスの真意を問う。
「ししょーはねむねむなの。いろんな事がねむねむになっちゃって、もうすやすやのまま、ずっとすやすやなのもあるの」
「この間も言ってたけど、また抽象的な……」
とりあえず、フィーがあのとき気にしていたのは、自分と僕の関係を、師匠がどう思っているかのはずだ。そこから考えると、つまりねむねむっていうのは、師匠の恋心か?
「んー! 難しいのー! えっとね、えとね! リリス思うの、ししょーって疲れちゃってるの。いろんな事がありすぎて、心がすり減っちゃってるの!」
「……まぁ、そりゃそうだろうね」
ふと、思い出す。
ゲームで、師匠の過去は孤独であることを、コレでもかとプレイヤーは見せつけられる。3の師匠は、ずっと孤独で、ようやく自分と同じ概念の持ち主に出会い、救われるのだ。
――怖い。
そして、ある時吐露する。
“――置いていかれるのが、こわい。私を、置いていかないでくれ”
と。
「……置いていく、か」
「なの?」
「ああ、いや……なんでもない」
まぁ、今は考えてもしょうがない。明日、師匠と直接話す時に、切り込んで見るしかない。――が、それでも難しいだろうな。
師匠は、自分のそういった部分にまだ整理がつけられていないわけだから。
置いていかれることが怖いと、そう自覚していない可能性すらあった。ああもう、本当にどうすればいいんだ?
「ししょーね、恋ってしたことないと思うの。他のいろんな事はしてきてても、それだけはする機会がなかったと思うから」
「――モテそうなものだけどね。優しくて、頼りになって、そして何より顔がいい」
師匠が優良物件なのは間違いない、顔がいいのもそうだが、なによりこちらに対して常に親切である。ちゃんと面と向かって付き合えば、彼女はそれに答えてくれるだろう。
「だとしても」
けれど、リリスは首を振って否定する。
「――その優しさが、
――すこし、息が詰まった。
それもそうだ。師匠は優しい、
じゃあ、その見捨てられない誰かと、隣りにいる自分。
そう考えてしまうから、師匠の隣には、人がいない。
自分が特別でないことを突きつけられているかのようで。
「……なるほど、そりゃあ恋をする機会はないな」
――いやしかし、なぜだかそのことが、猛烈に自分に突き刺さる気がするのはなぜだろう。リリスの視線が厳しい気もするのは何故だろう。
「だからこそ、恋をしてない師匠のねむねむが、ぐんぐんになるかもしれないの」
「……つまり、リリスはこういいたいわけか」
師匠は親愛を失ったことがある。家族を殺された時に。
師匠は友情を失ったことがある。彼女が救って、救った後に滅ぼされた集落は、数しれない。
けれども、師匠はまだ恋を知らない。
「――擦り切れた師匠の心のなかで、まだ擦り切れていない部分があるとすれば、それはもう恋心以外は残っていない」
だからリリスは師匠の恋に拘って、師匠にああやって聞いたわけだ。合点が言った、ムリに押し付けているように見えたけれど――本当に押し付けなければ師匠はそれに気付くことすらないわけだ。
機会すら、師匠には与えられていない。
「ししょーに面と向かって好きって言えるの、貴方だけなの。貴方はもうフィーちゃんがいるかもしれないけど、ししょーの好きと、向き合って欲しいって気持ちもあるの」
「……そうだね」
師匠が心を震わせるために、師匠が人を愛せるように。心の底から、感情を高ぶらせることができるように。
それに、
――僕も、聞きたいことができた。
「……明日は、師匠と一対一で話をしてみるよ」
「がんばって、なの」
気合を入れ直して、うなずく。
師匠は未だ、殻に閉じこもったまま、僕はそれをこじ開けたい。それがどういう形であれ、殻に閉じこもったままでは、連れて行こうにも、連れていけない。
「それにしても――」
「なの?」
「――どうして、僕にここまで話をしてくれたんだ?」
少し、気になってリリスに問いかけてみる。あう、とリリスの口から声が漏れた。
「君は僕が師匠のことを、変えてくれることを望んでいて、同時に、
師匠のことではない、クロスたちとのこと、人と歩幅をあわせられないリリスのこと。
全部が、全部。リリスが僕に知ってほしかったことのはずだ。
リリスの言葉に嘘はない。偽りはなく、含みもない。
だったら、どうしてというのは師匠だけでなく、リリスにも言える。
どうして僕に、こんな話をするのだろう、と。
リリスは少しだけ考えて、そして、
「んふふ、――なーいしょ」
驚くほど艶やかな笑みで、幸せそうにつぶやいた。
ちょっと、ドキッとしてしまうその表情に、けれど――多分、そう言って欲しいのだろう、と思いながら。
「そういうことをしてるから、年相応に見てもらえないんじゃないか?」
――僕は、盛大に見えてる地雷をぶち抜いて。
「なのーーーーーーっ!」
リリスの怒髪天が、穏やかな草原に響き渡った。