「――結局、師匠って恋とか、そういうのってまったく興味ないんですか?」
「なんだい、君もそういうこと聞いてくるのかい? まったく、どいつもこいつもだよ、まったく……」
「そういうこと、だけじゃないですけど――今日は、師匠と一対一で、とことん話をしたいと思ってます」
「む、むぅ。そういうこと言われると少し照れる……」
――今日も今日とて、ライン国中央広場。屋台が立ち並ぶここで、僕らはそんな屋台を見て回りながら、話をしていた。
二人して、手にはアイス。僕はバニラで、師匠はチョコ。マーブルはなんとなく、こっ恥ずかしかった。
「――師匠って、誰かから告白されたこととかは、なかったんですよね」
「照れてるのをスルーするなよぉ! ……まぁ、そうだな。不思議とないのか、当然のようにないのか……」
スルーされたことを怒る師匠は、素直に可愛らしい。そういう部分を知る者がいれば、師匠に惚れ込んでしまってもおかしくはない。
というか――いくら告白されたことがないからと言って、好かれたことがないわけはないだろう。
だって師匠は、本当に可憐な容姿をしていて、その容姿にふさわしいくらい、愛くるしくて、人懐っこい。お人好しで、世話焼きだ。
好かれないはずがない。
ただ、それを面と向かって告げられたことがない。だから師匠は恋を知らない。それはある意味で幸運だったのか――
いや、きっと必然だろう。だって師匠は、紫電のルエ。
大陸最強の概念使いなのだから。
「……そもそも、だな。恋をするのは自然なことなのか? 人を愛して子をなして、次代へつなぐのが、人間の当たり前の在り方なのか?」
「…………」
「
「流石にそこまで行くと言い過ぎですよ、師匠」
――そんなに師匠は、恋というものが憎いだろうか。いや、流石にムリに押し付けられてヘイトが溜まっているだけだと思いたい。
もしくは――
「ん、なぁなぁ。君、あれ――」
「お、美味しそうですねぇ。ちょっとどころじゃなく、辛そうですが」
そこまで考えて、師匠に呼びかけられて、思考を切り替える。師匠が見つけたのは激辛ハンバーガーの屋台だった。いや、しかし意外だ。師匠は正直超絶甘党だと思うのだが、如何にも辛そうというパンすら赤く染まったそれに、興味を示すとは思わなかった。
「いやぁ、甘いものを食べた後に辛いものを食べて舌をリセットしつつ、甘いものにかじりつきたい気分なんだよ。はー、砂糖が食べたい」
「健康に悪いから、ほんとやめてくださいね。ともかく、すいません、激辛バーガー二つお願いします」
あいよっ。
返事が帰ってきて少し、僕らの手元には、真っ赤なパンで挟んだ如何にも辛さマシマシなバーガーがあった。香りからして、すでに辛い。
目がしみる。
「では、いただきます!」
師匠が一息にかじりついて――って流石に勢い良すぎですよ!?
「――ぐあああああああああ!!」
当然のように師匠は自滅した。
――そして、二人して死にかけながらなんとか激辛バーガーを完食。量は大したことないのに、満腹感がすごすぎる。
二人して買い込んだ飲み物で舌を冷やしながら、ふと、ぽつりと師匠が口を開いた。
――一瞬で、師匠の雰囲気は、いつものものから、憂いを帯びたものへと変化した。
「――私が助けた村に、将来を誓いあった二人の男女がいたんだ。年齢は、今の私より少し若いくらい」
それは、あまりにもありふれた光景だろう。当たり前で、かけがえのない、そんな関係性だったはずだ。
しかし、
「祝の花束を取りに行っている間に、村ごと魔物に消されてしまったよ」
「それは――」
「……私がもどったときには、もう花嫁しか生きてはいなかった。その花嫁も、私には助けることができない状態で――」
飲み物に視線を落としながら、師匠は続ける。――その手は、震えも、怯えもない。師匠の顔は今、能面のように無表情だった。
「――その時に言われたんだ。花婿は、本当は私に惹かれていたと。けれども、それは絶対に言い出せなかったと」
少しだけ、歪む。
けれど、またもとに戻って、
「どうしろっていうんだ? 私は恋なんて知らない。愛されることも、周りは私に遠慮する。私が大陸最強と呼ばれる概念使いだからか、それとも私に恋は似合わないと思うのか」
「師匠――」
「――花嫁からは、羨ましいけれど、仕方のないことだとも言われた。私を好きになるやつも、好きになった奴を好きなやつも、
――そこには、明確な壁が存在していた。師匠と、そうでない人と、たとえ相手が概念使いであったとしても。
「
「それは――」
「エンフィーリア――彼女への最後の口説き文句は、きっと君が人じゃないことを明かすことだったろう? 彼女が安心して恋ができるのは、君が自信を持って共に歩くと言ってくれるからだ」
口説いた……かはともかく、フィーにとって、僕を好きになる前提条件は、僕がフィーとともに居れることだ。彼女は嫉妬深く、だからこそ手に入れたものは離したくはないだろう。
死別なんてもってのほか、それに耐えられる人外は、そう多くないだろう。
人だって、
とはいえそれも、その近いうち、の間に整理をつけられたら、の話だが。
――少なくとも、その花嫁にはそんな時間も余裕もなかっただろう。
「花嫁には、貴方ならきっと、それも受け入れて生きてくれるだろうから、と言われたよ。そして、後はずっと謝罪と、感謝。そうしなければ、自分自身が受け入れられなかったんだろうけどな」
――まるで呪いだと、聞いていて思う。
この話、僕は聞いたことがなかった。師匠は3でヒロインにあれこれと過去を語るが、そんなもの氷山の一角でしかなく、こうして掘り下げればそんな話が山程出てくる。
家族も、友人も、何もかも。
師匠は失った経験がある。
恋はそうではないかもしれない。けれど、だとしても。――なぁリリス、僕は師匠から感情を引き出さなくちゃいけないと思う。けど、
「――はあ、重い話をしてしまったな。すまない、少し歩こうか」
そこで、師匠が話を切り上げた。
飲み物を飲み干して、立ち上がる。そしてこちらに振り返れば――もう師匠は、いつもの師匠の顔をしていた。
本当に、そうやって気持ちを簡単に切り替えてしまえるのは、まったく。
……どうしたものかな、と。僕も飲み物を一気にあおって、それから立ち上がりつつ、考える。
「次はどうする? 流石にだいぶ腹も溜まってきたんだが――」
「……割と、ノリノリで楽しんでくれますね、師匠」
「君といるのは嫌いじゃない、気疲れもしないし、こういう時間も悪いものじゃないだろう?」
そうなんですけど――と、肯定しながらも、思う。
師匠の顔に陰りはない、きっと、師匠の中である程度の整理がついているからだ。そして、師匠の心のなかには、そんな整理をつけた過去が山のようにある。
ああ、僕は――どこからそんな師匠の心の山に、切り込んでいけばいいんだ?
◆
結局、昼も過ぎて半ばというところで、やることが尽きた。お腹に食べ物をパンパンにつめて、僕らは自室にもどってきてしまったわけだ。
やることと言えば、最近日課になっている復活液作り。
「……これ、ほんとにうまくいくかなぁ」
「概念化はしてます。最悪失敗しても部屋が吹き飛ぶだけです……行きましょう」
「それがどうかと思うんだがー!」
現在、僕らは二人して、僕が完成させたダークマター復活液を眺めている。いや、完成させたというか、させてしまったというか。
手順は完全に師匠と同じ、その上で師匠が目の前で見ていても、何故か結果はこうなった。途中からどんどん色が乖離していく二つの復活液に、僕らは首を傾げながらも作業を続けたのだが、
――この段階に至って、僕はついにあれを投入することにした。
リリスからもらったカエルの玩具である。果たして、これを投入すれば誰でもこのダークマターを普通のモノへと変えられるのか。
彼女の天才性故なのか、これはその実験でもある。
「……行きます!」
「ええい、ままよ!」
いいながら、ぎゅっと身体が縮こまる師匠を横目に、僕はカエルの玩具を闇色の地獄へと投入し――
ぺにゃあああああああ。という断末魔がそこから響き渡った後、ちゃんとした復活液は完成した。
「いやなにその鳴き声!?」
「こんな機能あったか!?」
ないです!
二人して困惑しながら、完成した復活液を眺める。――うん、きちんと復活液だ。最近、コレばっかりしているからか、在庫もしばらくは持ちそうなくらい溜まってきた。
ほっと息をつきながら、僕たちは椅子に腰掛ける。
「……なんかどっと疲れた」
「僕もです。はぁ、なんでこんなに疲れるのやら」
いやでも、今日は師匠に重い話をされたり、食べ歩きでお腹がいっぱいになったり、色々とこう、濃い一日だった。その集大成がこれであるわけだから、そりゃまぁ疲れもする。
「それにしても――これなら君も、復活液づくり、やっていけそうだな」
「そうですねぇ……謎の行程すぎますが、ちゃんと完成すると分かっているだけ、助かります」
ほんとに何なんだろうな、カエルの玩具。
「それに……ちゃんと約束も果たせたしな」
「約束?」
「ほら、一緒に復活液を作るっていう」
――ああ、と思い出す。
というか、そんなこともあったな、という感じだ。忘れていたわけではないけれど、意識をしていなかったというか。師匠と復活液を作ることになんら疑問は抱かないけど、そもそもその原因がスっぽ抜けていたというか――
「……よく覚えてましたね?」
「そうそう忘れんよ、何事もな」
逆に僕は必要なこと以外はすぐに忘れてしまう。ドメインシリーズの知識ならば僕は絶対の自信があるが、現実で僕が現在何を学んでいたかとか、そういえばよく覚えてないぞ。
えーっとすいへーりーべー……流石にその段階じゃあないな。
というか、師匠は色々と過去のことを覚えているわけだ。まぁ、だからこそ3で過去のことを色々話せるわけだけど、特に明言はなかったけど、基本的に記憶違いということが3でなかったから、もとからそういう設定だったんだろうな。
だからこそ、辛いことも覚えたままでいるわけで、
ああいやそういえば、復活液で思い出したけど――
「……じゃあ、初対面のときの人工呼吸も覚えてるんですね」
ぽつりと、それがこぼれた。
「んなっ――」
師匠が、固まる。
僕は完全に忘れていたが、ちょうどその頃のことを思い出して、そしたら急に浮かんできた。他にも色々あったけれど、
後はそもそも強欲龍戦とかなので、忘れようがない。
「――急になんだよ!?」
「いや、不意に思い出したもので」
「思い出さなくていい!」
ぶんぶんと、僕の頭の上を払う師匠。いやそんなことをしても忘れませんって、何見えてるんですか師匠。
ほわんほわんーとかいいませんよ。
「……ったくもー、言わなきゃよかった」
「なんというか、そうしていれば可愛げがあるんですけどね」
「私も口説くつもりか!? 言っただろ、恋には興味ないって! 聞かないからな! 口説き文句なんて聞かないからな!?」
ばばば、と勢いよくこちらから距離を取る師匠。いや警戒しすぎじゃないですか。僕を何だと思ってるんですか。
――胸に手を当てて聞いてみろという視線を感じたので、聞いてみる。
えーっと、色欲龍戦のことと、フィーのこと。……あとリリスにも大事な場面で何かいい感じに話をまとめようとした覚えがあるな。
……うん。
「大丈夫ですって、師匠」
「おいこら全然大丈夫じゃない回想してただろ、今!?」
何故わかるのか――そんなに顔に出てる?
「……とにかく、すぐに忘れなさい、わーすーれーなーさーいー! いいね!」
「…………いや、師匠」
そこで、ふと、
僕は、
――考えてしまった。
「師匠って、目の前で困っている人は、見捨てられないですよね」
「…………何だよ、急に?」
「いえ、いいですから」
「――助けるよ、放っておけるか。君だってそうだろう」
――そりゃ、僕だって助けるけれど、手段は選ぶ。ああでも、
「だったら」
……多分、同じことを、していたのかもしれない。
「川で溺れていたのは、僕じゃなくたって、助けますよね」
――人工呼吸も。
師匠は、きっとそうするだろう。初対面の僕に対して、ああしたのだから、僕じゃなくてもそうするし、あのとき初めてがどうの、というようなことが聞こえた気もしたけれど、それはおそらく
師匠は、そういう人だ。
「……なんだよ?」
何がいいたいのか、師匠は訝しむように視線を鋭くする。
「師匠は、アリンダさんじゃなくても、あの街の人なら誰だって目の前で殺されかけたら、助ける」
「……それがどうしたんだ」
自分のことを迫害していた相手でも、師匠は助ける。
だから、
「――山奥の村で暴食龍と戦ったときも」
「……」
「クロスのことをライン公に頼まれたときも」
「――」
「――師匠は、
流石に、限度はあるだろうけど。師匠は――
「――師匠は、本当にそうするしかなければ、命すら差し出せてしまうんじゃないですか?」
その言葉に、師匠は、
――何も、返さなかった。
いや、長い――長い沈黙の後、ぽつり、と口を開く。
「……そうだな」
観念したように、
「そうすると、私は……つまり、なんだ」
自嘲した笑みを浮かべて、つぶやいた。
「……いつ、死んでもいいと、思ってるってことか?」
「かも……しれないですね」
否定は、残念ながらできなかった。
「はは、そりゃあ恋とか、全然興味ないよなぁ」
そうやって笑う師匠の顔は寂しげて、けれど、どこかストンと腑に落ちたような顔をしていた。――ああ、なんて顔をするんですか、師匠。
死んでもいい、とか。
負けてもいい、とか。
――理不尽じゃないか、そんなの。なんで、師匠がこんな顔をしなくちゃいけない? 師匠が一体何をした?
何もしていないじゃないか。
師匠はただの女の子で、才能があって、誰かを助けることのできる力を持っていただけだ。
ああ、でも。
僕は師匠に何も言えない。
――僕自身には、師匠と同じ経験がないからだ。あんな過去がゴロゴロでてくる相手に、上から目線で説教できるやつなんて、いるわけないだろ。
でも、でも、
「……師匠。これだけは聞かせてください」
「なんだい?」
――僕は、聞かずにはいられない。
これまで行動してきた中で、ブレることのなかった師匠の考え。根底、意思。
けれど、
僕は、聞かずにはいられない。
祈りを込めて、すがりつくように。
「だったら、僕が世界を変えようとしていることに付き合うのも、
――それは。
「――違う」
即答だった。
「違う! それは違う!!」
師匠が叫ぶ。今日イチの大声で。
真っ向から、ぶった切るように。
「それは
叫び、そして。
呼吸を落ち着けて、僕へ師匠は、
「――君以外に、そもそもそんなことを言い出すやつはいないだろう」
そう、告げた。
はぁ、と大きく息を吐く。
「……良かったです」
「……何故だろうな、お互いに、そこだけは譲れない一線なのか」
「なんで……でしょうね」
お互いに苦笑しながら、
「コーヒー入れてきますね」
「あ、ああ……ありがとう」
――きっと、僕は師匠がどう考えて、行動しようとそれを嫌とは思わないだろう。ありえない想像だが、もしも師匠が誰か別の人を好きになっても、祝福するだろう、それが本気なら。
実際師匠も、フィーが僕に惚れ込んだことをそう咎めはしなかった。
それが師匠で、僕も似たようなものだ。
だから、けれど、だけど。
――二人で
それが、なぜかはまだキチンと言葉にはできないが。
――今は、それでいいのだと。
僕らは言葉もなく、納得するのだった。