負けイベントに勝ちたい   作:暁刀魚

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42.ライン公は話がしたい。(一)

「――ああ、ミルカ! 行ってしまうんだね!」

 

「そうよ、シェル! 残念、とっても残念! けれど心配しないで! 私は大丈夫!」

 

 ――町の入口、門のあたりで人だかりができていた。

 原因はこの二人。剛鉄のシェルと快水のミルカ。この二人は婚約者である、互いに互いのことを思い合い、将来を誓った相手。

 まぁ恋人同士と言い換えてもいい。

 

 そんな二人は仲睦まじく、お似合いのカップルなのだが、悪癖がある。

 

「なに、心配はしていないさ! 君にはあの紫電のルエもついている! それに、君自身も優れた概念使いだからな!」

 

「そう言ってくれて嬉しいわ! シェル、私はシェルの方が心配よ! だってあの憤怒龍と戦うのでしょう!」

 

「残念ながら、僕は魔物の群れの掃討だがね! ああ、けれど必ずや素晴らしい戦果を上げることを約束しよう!」

 

「戦果ももちろんだけれど、貴方の命もね! 必ず生きて、シェル!」

 

「それは君もさ、ミルカ!」

 

 二人は、大げさに両腕を広げてから、がっしりと抱きついた。

 それはもう熱烈に、ハグとキスの大合唱。見ていて胸焼けがするような状況に、けれども周囲は――歓声をあげていた。

 

 ――シェルとミルカは、何故かテンションが上がると行動が大げさになる。特に二人でいちゃついているときは、さながら演劇のようだ。

 そして二人はライン国を代表する概念使い、周囲の知名度も、人気も凄まじい。この演劇込みで、だ。

 

 まぁ、娯楽に乏しいライン国で、このような面白い行動をしてくれる英雄は、それは人気が出るだろう。

 

「行ってくるわ、シェルーっ!」

 

「行っておいで、ミルカーっ!」

 

 二人が大仰に言って、それから盛大に祝福されながら、ミルカは旅立っていった。ちなみにこのやり取りだけでだいたい三十分くらいかかっています。

 

「――おや。お弟子くん、君も見送りかい?」

 

「まだ微妙に芝居がかってるな……そうだよ、さっき済ませてきた」

 

「んんっ、そうだな、ルエ殿も健闘を祈りたいところだ」

 

 ――ミルカと師匠らは、主に対憤怒龍のため、ラインを離れた。目的地は快楽都市エクスタシア、なぜかと言えば、あそこは主に対大罪龍において、もっとも安全な場所だから。

 彼女たちは、クロスとアンをつれてそちらへ避難する手はずとなっているのだ。

 

 まぁ、もう一つ要因があるのだけど。

 

「それで、僕たちはこっちで対憤怒龍か」

 

「……なぁ、正気なのか?」

 

 もうすでに何度も言われたことではあるが、改めてシェルが聞いてくる。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()なのか?」

 

「そこはしょうがないだろ」

 

 ――三人。明らかに少ない数字だ。ライン国にはかなりの数の概念使いが詰めている。牡丹のアスターのように国に仕えていないものも多数おり、流石に対憤怒龍ともなれば、その力を借りて大勢で戦ったほうが賢明に思えるだろう。

 しかし、

 

「それは暴食龍辺りと正面からやりあう場合の話だ。憤怒龍は()()()()()()()()()()なんだよ。それに、本命の部隊以外は、ライン国に魔物を寄せ付けない防衛に専念してもらわないと」

 

「……それはまぁ、俺が指揮する以上、何人たりとも魔物を街へ通すことはないが」

 

 大した自信だ。そして、それを為せるほど、シェルは強い。頼りにしているぞ。

 

「それに――空中にいる相手に対する攻撃手段を持ってるのが、僕と師匠と()しかいないんだぞ、少人数にならざるを得ないんだ」

 

「あんな曲芸、できるのは君たちくらいだ!」

 

 ――あんな曲芸。空中での移動技による機動だ。アレはコツがあって、うまく移動する場所へ体勢を整えたまま足場(時には自分で放り投げた小石など)に足をかけることが大事なのだが、

 

「結局、ライン国にはできるのは一人しかいなかったなぁ」

 

「……まぁ、あの人ならできるだろうとは思っていたが」

 

「そういうわけだ、まぁ本命は僕とリリス――」

 

 憤怒龍と空中大決戦を繰り広げるメンバー。一人は当然僕、もうひとりは地上から僕たちの支援が可能なリリス。そして、

 

「――ライン公にまかせておけば、心配はないさ」

 

 この国最強の概念使い。

 国の指導者にして、開国の英雄。

 

 ライン公。

 

 彼こそが、僕たちとともに、憤怒龍と戦う3人目のメンバーであった。

 

「……俺は少しうらやましいよ」

 

「どうしたんだ?」

 

「親父殿と、轡を並べて戦える君が、だよ。俺はそこそこ優秀な概念使いであると自負しているが――それでも、親父殿と俺達の間には明確な壁がある」

 

「……それは」

 

()()()()()使()()()()()()()。俺たちはどうして、概念起源を使えないのだろうな?」

 

 ライン公にしても、師匠にしても、強力な概念使いは概念起源を持つ。リリスは養殖だが、一応概念起源がある。とはいえ、それはそもそもの間違いだ。

 

「概念起源ってのは、生まれながらにしてある場合もあるが、ある時ふと身につくこともある」

 

「……この年まで身につかなかったけどな」

 

「それに――」

 

 僕は自分を指差して、

 

()()()()()()()()()()()()。今の君たちと同じだよ」

 

「……なに?」

 

 そもそも、概念起源が強さの指標ではない。強い概念使い――ゲームにおいて重要な役割を持つ概念使いは概念起源を有する場合が多いだけで、必ずしも概念起源が強さの証明ではないのだ。

 

 特に負け主はゲームにおいては概念起源を使わない。というか概念起源を持ってる主人公の方が珍しいまである。少なくとも5主は持ってないからな、確実に全主人公の中で一番強いのに。

 あと4主は少し特殊だ。後付という意味では先述のふと身につくこともある、という場合と同じなのだが。

 

「……そうか」

 

 僕の言葉に嘘はないと感じたのか、シェルはうなずいて、納得した。

 

「――親父殿は、俺たちの憧れなんだ。それに、いきなり現れて共に戦うのは、少し嫉妬を感じてしまうんだ。すまない」

 

「憧れ……か。まぁ、僕もいきなり師匠の隣に立つすごい概念使いが現れたら、同じことを思うだろうしな」

 

「存在しない例を上げるんじゃない」

 

 そうだね……とうなずきつつ、まぁ規模はともかく、同じことだ。フィーじゃないけれど、そういう嫉妬はありふれていて、僕だって感じないわけじゃない。

 

「と、そうだ。親父殿が呼んでいた。夜に二人で話がしたいのだそうだ」

 

「僕に? 分かったよ、何か持っていったほうがいいかな」

 

 ――ちょうどよかった。僕は彼のことを知りたいと思っていたのだ。直接、一対一で話をして、彼の人となりを知りたい。

 なにせ、今度の憤怒龍戦で、彼は共に戦うことになる。()()()()()()()()()()()()()()()。それは非常に大事なところだ。

 憤怒龍に対しては、その思考、感情は特に。

 

「ふむ――」

 

 少しシェルは考えて、

 

「――なにか、茶にあう菓子を持っていくといい」

 

 そう、答えたのだった。

 

 

 ◆

 

 

 ――ライン公。

 この世界でも五本の指に入る概念使い。他は師匠と、それからこの後向かう予定の場所で出てくる人物。あとは……シェルとミルカでいいんじゃないか?

 まぁ、それほどの人物だ。

 ゲームでは、言うまでもなくプレイアブルのキャラクターではない。師匠と違ってスポット参戦もなく、直接その強さを見ることはない。

 

 ゲームでの活躍は、主にクロスとの確執と、彼をかばって憤怒龍と対峙し、果てるシーン。主に彼の役割はクロスの成長のための礎だ。

 如何にも、といった様子の居丈高、無精髭すら似合うナイスミドルで、声がいい。

 王、とは言うもののフランクで、そもそもこの国自体彼が拓いた一代目であるため、周囲の部下は共に戦う仲間という印象が強い。

 

 初代で登場する成長したクロスと比べると、一国の王というよりは軍をまとめる将軍といったような感じだ。クロスは如何にもな賢王といった風情だが。

 

 さて、そんなライン公であるが――

 

「――いや、よく来てくれた」

 

 夜、僕を部屋に招いたかと思うと、手ずからにお茶を入れてくれた。

 

「これは?」

 

「このライン国が、今の形になる前、この茶葉の原産国として、国は栄えていたのだ」

 

 揺らめく灯りに照らされたそれは、赤々とした透き通るような茶だった。如何にも、といった様子な芳しい香りに、僕は思わず息を呑む。

 

「俺は、若い頃はこいつを世界中に広めたくてなぁ。似合わんと思うかもしれんが、商人を目指していたのだ。俺の家は、代々この茶葉の生産を管理する家系だった」

 

「お好きなんですね」

 

「あぁ――この香りがたまらんだろう? しかし、情勢がそれを許してくれなんだ。俺は概念使いとして、優れた力を持っていた。周りは俺に国を背負って立つことを望み――結果、この国ができた」

 

 周囲の期待、自身の夢との乖離。そういったものを抱えながらも、それをバッサリ切り捨てて、ライン公はいい切った。

 人類最大の反撃の狼煙。ライン国。

 

 そのイメージに違わぬ美丈夫は、しかし。どこかズレているようにも思えた。

 

「しかしな、どうしてか俺は酒が強いように思われている。そんなことはない、弱くもないが、瓶一つも開ける頃には目を回して倒れているぞ、俺は」

 

 彼には、この優雅な紅茶よりも、豪快な酒の方が似合うだろう。そう思っていたのが顔に出たか、ライン公は苦笑しながら続けた。

 

「とはいえ、商人の夢を抱いたことが、結果的に国の運営――財政だとかそういうところに活かせるのだから、人生とはわからんもんだ」

 

「いうなれば――」

 

 紅茶を受け取り、その香りを楽しんでから。

 

「これが、貴方の人生の縮図というわけですね」

 

「……ハッ」

 

 一口、口をつける。

 

「ハハハハハハ! そうだな! そのとおりだ! くく、久しぶりに洒落た世辞を聞いたものだ!」

 

「世辞じゃないですよ。それに、貴方の話を聞けば、自然と分かることです」

 

「そう言ってくれると助かる。ああ、それにしても――」

 

 ――ライン公も一口楽しんで、

 

「美味いなぁ、これは」

 

「これは、誰が?」

 

「クロスとアンだよ。俺が言って二人に作らせている。まぁ、社会勉強とかなんとか言ってな……それをこうして私的に振る舞うのが俺の個人的な楽しみなわけだから、まぁわがままを言っている気はするが」

 

 ――狙いは分かる。全ての戦いが終わったとき、大罪龍の脅威が地から消え、その後、この国の軸になるものが欲しいのだろう。

 そしてそれが、()()使()()()()()()()()()()()()()()()

 

「それで、僕にお話って?」

 

「ああ、そのことだが――」

 

 国一つを背負う、王の鋭い瞳が、僕を射抜いた。

 

 

「――俺の国を憤怒龍が襲う。傲慢龍が嫉妬龍にそう漏らした。()()()()()()?」

 

 

 その瞳は、暗がり故に、王が手にした紅茶の湯気もあわさって、表情が読めない。ただ、こちらを見定めていることはよく分かる。

 とはいえ、

 

「お気づきでしたか」

 

 別に動揺することでもない。僕は紅茶のカップを置いて、

 

「そりゃあもちろん、気付かれるかもとは思いましたが、まぁ、乗ってくるだろうな、とも」

 

「……ここに来るまで、俺のプライベートも知らなくてか?」

 

 ――イメージされるライン公は、豪快で、誰もが憧れる覇道の英雄だ。過去よりも、未来よりも、何よりもより良き今のために戦う傑物。

 そして何より、根っからの()()()()()()だ。概念使いとして、()()()()()()()()()()()

 

「プライベートの貴方は慎重で、そろばんを弾いている方が好きだとしても、為政者としての貴方は違うでしょう」

 

「まぁ、そうだな」

 

「――それに、たとえ僕が嘘をついていても、師匠が隣にいる時点で、貴方は乗ってくると思ってました」

 

 周囲からの認識にどう答えるか。

 ()()()()()()()()()()()は、僕の大胆な嘘に、たとえそれが嘘だと分かっていても乗るだろう。加えて、僕の隣には師匠と、嫉妬龍エンフィーリアがいる。

 たとえどれだけ荒唐無稽だとしても、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。この二つの事実があるだけで、その荒唐無稽もあながち冗談に聞こえなくなる。

 

「ハ、ハハハ! お前はどうかしているな!」

 

「それに全力で乗っかる貴方も貴方ですよ」

 

「バカを言え! こんな面白そうな話、乗らない方が嘘だろ!」

 

「……案外、豪快な為政者としての貴方も、嘘じゃないですよね?」

 

 そこで、面白そうだからと嘘に乗っかるこの人は、やっぱりイメージどおりのライン公だった。というか、ゲームでもだいたいこんな感じだった。

 深く切り込んでみないと、わからないものだなぁ。

 

「まぁ、そりゃあ人は多面性の生き物だ。そういう俺がいるのは当然だろう。――力なき者を守りたい。それも俺の考えの一つだ」

 

 ただ――とライン公は続ける。

 

「――少し、周りからそちらの方を求められてしまうだけだな」

 

 僕は紅茶を飲みつつ。

 

「……どうして、この話を僕に?」

 

「憤怒龍の話を聞いたときから、君とルエ殿のどちらかには話をしたいと思っていた。どちらも、俺とは無関係に強く、人類を背負えるだけの人材だからな」

 

「それで今回、こちらに残った僕に話を、ですか」

 

 そういうことだと、ライン公はうなずく。ただ、それだけではないだろう。きっと彼は、僕の知識を知りたいのだ。

 嫉妬龍が情報の出どころでないのなら、出どころは僕か師匠。何故未来が分かるのか、師匠と違いあまり人に知られることなく、急に湧いて出た僕が原因であると、ライン公が気付くのは当然だ。

 

「――憤怒龍は、来るか?」

 

「おそらくは。――未来は、概ね予定通りに進んでいますので」

 

 フィー以外は、基本的にゲームの進行通りに、話が進んでいる。師匠を救っても、村を防衛しきっても。

 ならば、憤怒龍の襲来も同じだろう。

 

「なぁ未来を知る異人。君に問いたい」

 

 そして、おそらくコレが本題だ。

 

 

「――俺の国は、あとどれくらい持つ?」

 

 

 どうしても、彼は聞かなくてはならないだろう。

 為政者ならば、

 

 人ならば、

 

 未来という情報は、あまりにも重く、喉から手が出るほど欲しい、情報だった。




あらすじにもある通りなろうにも投稿しています。
三章の時、がんばって感想返そうとしてエタったため確実とは言えませんが、なろうの方は感想が少ないことが予想されるため、質問等ありましたらなろうの方に感想いただけるとお返事していきたいと思います。
URL↓
https://ncode.syosetu.com/n5147gj/

なお、衣物についてはそのうち本編で説明します。

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