――そして、その時はやってきた。
地上には莫大な数の魔物、その数は山間の村を防衛したときの比ではない。野を埋め尽くすほどの大群。ライン国に迫るそれに対して、防備を固めたライン国は、概念使いが無数に展開、防衛に当たっていた。
「おー、おー、元気に飛ばしてんなぁ」
ライン国国主、開闢のライン。
重装な鎧に身を包んだ彼は、先日僕たちがピクニックにやってきた小高い丘から、その激しい戦闘を眺めている。
「むむー、本当にこのまま眺めてるだけでいいのー?」
僕のパーティメンバー、今回唯一こっちに残ることとなったリリスが、溢れ出るほどの魔物の群れを見ながらこぼす。
流石に、海とすら表現できるような魔物の群れを前にすると、作戦を不安視するのもムリはないだろう。
「いや、大丈夫だよ、見てみなって」
そして僕、敗因の概念使い。
名前は省略、あまりおおっぴらに言うと恥ずかしいんだよな、このシリーズの世界に限っては。
僕が指差す先では、シェルが最前線に立ち、魔物の群れをひきつけている。その数は――これ三桁はいるんじゃないか?
――一瞬にして魔物の海に埋もれるシェル、あっ、とリリスが声を漏らすが、ラインは気にした様子もなく、それを楽しげに眺めている。
そして、
一秒ほどたった後、シェルが飲み込まれた海が、停止する。
――全てシェルが受け止めているのだ。そこに、
無数の概念技が突き刺さった。
遠距離攻撃を持つ概念使いたちが一斉にシェルの山に概念技を叩きつけ、魔物は薙ぎ払われる。薙ぎ払われた魔物はすべからく消え去り、その攻撃の激しさがわかる。
「……あれを一秒持たせられるの?」
「そうだ、シェルは俺の自慢の盾よ。この国最強の前衛騎士! しかとその目に焼き付けよ!」
リリスの驚愕に、楽しげなラインの笑い声。
戦場は苛烈に加熱していた。僕たちはそれを見下ろしながらも、時を待つ。なぜかと言えば、戦場に未だ憤怒龍が姿をみせないのだ。
もしこのまましばらくまって姿をみせないなら、僕たちは遊撃として魔物の一部を受け持って引き剥がすことになるのだが――
――僕が考えた直後、空に稲妻が迸った。
「――!!」
三人が見上げる。晴天の昼下がり、空から照りつけていたはずの太陽が、しかし姿を消していく。夜へと落ちるほどの変化ではない。
ただ、辺りが雲に覆われたかのように暗くなる。
不穏な気配のなか、やがて黒雲が広がり始めると、稲妻が再び空を駆け巡る。
間近で響く雷鳴の轟音に、顔をしかめながら、しかし、
「最後に、改めて確認だ」
「はいなの」
リリスが元気よく、手を上げて。
――直後、襲い来る魔物たちの方に、それは姿を表した。
巨大な、蛇。長い長い胴体の、中華龍。
それはまさしく、
「――憤怒龍。あいつに相対して、これだけは忘れてはならない」
奴が顕現し、僕らもまた、概念化により、自身の武器を生み出す。そして、
「――憤怒龍に、怒りを覚えてはならない」
「あいなの!」
「任せろ!」
――そして、決戦の火蓋は切って落とされた。
◆
憤怒龍ラーシラウス。
蛇を思わせる胴体の、いわゆる東洋に見られる龍の姿をしたそいつは、あまりにも巨体であった。大罪龍最大の巨体、
こいつに対するまず、何よりの問題。あまりにも巨大すぎるゆえに、下手に街に近づけると、強引にその巨体を活かしたリーチで街を壊滅させてしまう。
故に、現れたら即座に僕らは迎撃に出なければいけないのだが、ここで問題が発生する。
――憤怒龍に接近するために、魔物の群れを踏破しなくてはならないということ。
それが、まず憤怒龍と対決する上での最初の問題だった。
当然では在るが、憤怒龍の周囲に屯している魔物は強い。基本的にこの魔物によるスタンピードは大罪龍に近ければ近いほど強くなるため、無策で接近することは死を意味する。故に僕らがするべきは――
「“
「“
僕とラインは、無数に存在する魔物の群れを、
恐ろしい話だが、彼女は感覚に全てをつぎ込んだ結果、距離を無視して仲間の位置が分かるという。
視界に収められる範囲ならば、あらゆるバフを僕らに飛ばせるそうだ。
――ブースト・ブーストすら飛んでくるのは、明らかに異常である。
「あの小娘本当にどうなってるんだ!」
「――間違いなく、師匠と肩を並べる天才だよ、環境が違ったから、まだ芽が出てなかったけど」
会話をしながら、時折やってくる飛行型魔物でSTを補充して先に進む僕らも、大概曲芸をしてると思うが、流石にリリスのそれほどではないだろう。
もちろん、僕らの姿を確認するのに、遠見の衣物とでも言うべき代物を使ってこちらの様子を観察してもらってはいるが、それだけだ。
というか、やたら成長の早いフィーといい、才能豊かなパーティであるな、と思う。僕自身、思った以上に自分が概念戦闘に慣れているな、と思う部分はある。それが僕由来の才能なのかはさておくとして。
「少し、空中戦になれておかなくて大丈夫か、ライン」
「なに、なるようになるさ。というより、憤怒龍にたどり着く前に、少しやりあわなきゃならんようだぞ」
「ん……ああ、確かに。そうだね、あいつをなんとかしよう」
僕らは順調に先へ進んでいた。しかし、憤怒龍にたどり着く少し手前、あと一歩というところに、強欲龍ほどのサイズはあろうかという大鷲が群れていた。
そこそこ大型の魔物だ。おそらく、空中でやりあう僕らと憤怒龍の間に割って入ってくることができるだろう。それは避けたい。
先んじて、僕が飛び出した。足元の魔物を蹴って飛び上がると、
「“
遠距離から、数匹の大鷲に切り込む。こちらに気付いたやつらが突っ込んでくるのを見ながら――コンボを繋ぎつつ、
「“
中距離の射程で大鷲を撹乱。そこから一気にDDで接近すると――
「“
一息で切り込んだ。
大鷲たちが驚愕か、痛みか、叫び散らばる。僕はそのうち一体に足をかけると、
「“D・D”!」
それを吹き飛ばしつつ、別の一体に斬りかかる。
吹き飛ばされた一体が、
「はは、感謝する!」
そして、ラインは手にしていた概念武器――巨大な大斧を振りかぶる!
「“
――一閃。
一撃だった。直前にリリスがブースト・ブーストを入れているのが見えたから、かなり火力が高いのだろうが、それでも一撃!? 異常とも言える火力だ。
もちろん、それ故の弱点というものも彼には存在するのだが。
ともかく、今は僕だ。
切りかかり、そして、
「“
上位技――!
こちらにもリリスがバフを飛ばしてきた。一気に跳ね上がった火力を大鷲にぶつけると――一刀両断、またたく間に大鷲は消え失せた。
とはいえ、こちらは上位技で、あの大鷲はそこそこ削っていたのだが。
「このまま行く!」
――切り替えて、僕は近くの大鷲にPPをぶつけ、更にGGで切り裂く。
遠くでは、ラインが激しくその斧を振り回していた。一撃一撃が、大鷲を切り裂く。リリスのブーストなしでは無傷の大鷲は削りきれないはずだが、そこはうまく通常攻撃を絡めているようだ。STの節約にもなる、巧い。
僕はといえば、ここは一気にコンボを稼ぐことを優先する。なぜなら直上には憤怒龍の姿が在るからだ。つまり、ここでコンボを稼ぎ――最上位技を叩き込む。
しばらくすると、ラインも同じようにコンボを稼ぎ始めた。すでに大鷲の数は少なく、後少しすれば殲滅が完了する。そのタイミングに合わせて――一気に空へと駆け上がる。
「――おおおォおォオおおおおオオオオオオオ!!」
ラインの雄叫びがこだまして、直後。大鷲を全て切り飛ばした僕たちは、
天へと向った。
「――本番だ。死ぬなよライン!」
「こちらのセリフだ――!」
憤怒龍は未だこちらに気が付かない、その視線はどちらへ向いているのか、少なくとも僕たちではないだろう。ならば、
「――“
「――“
――こちらを向け、でくのぼう!!
駆け抜けるような一閃が、僕とラインから放たれる。ラインのそれは、僕の最上位技使用時の剣の数倍はあるかという輝ける大斧!
――行け、と気合を込めて振るったそれが、憤怒龍の土手っ腹に突き刺さった。
“――――ぬぅ”
声が、聞こえる。
響くような声、大罪龍の独特なエフェクトがかかったそれ、重厚なそれは、けれども随分と間抜けな声だ。僕らはそのまま憤怒龍の身体に足をかけると、移動技で駆ける。
位置的に、ここから少し進めば、やつの顔の前にでる!
「――またせたな、憤怒龍」
僕とラインが、
“貴様――敗因か”
――憤怒龍の目と鼻の先にでる。
「そういうことだ。よくもまぁ、のこのこと現れたな、俺の国に何をしようというのだ?」
“――貴様は、何だ? 俺の国……? そうか、貴様があの国の主か。ライン、といったか?”
「覚えてくれていて、誠に光栄だな。しかし、すぐにそれも意味はなくなる」
その顔立ちは、まさしく老練というべきものだった。憤怒龍はその名前に似つかわしくないほど穏やかな瞳で、こちらを見ている。
それが、ラインの言葉に少しだけおかしそうな笑みを浮かべたように見えた。
“ああ、儂にこれからほろぼされるのだから、当然だのう”
「――お前が今から死に果てるからだろうが!!」
叫び、ラインが憤怒龍へと斬りかかる。僕はそのまま自由落下に任せ、降下していった。単純にSTが足りないのだ、憤怒龍を攻撃して補充してもいいが、それはラインに任せる。
“くく、面白い曲芸だの。まぁ、そのままずり落ちていった阿呆もいるようだが”
「失敬だな!」
まぁ、阿呆にしか見えない絵面ではあるが、知ったことか。
“しかし、よもやお前達だけか? 儂に挑もうという愚か者は。ただ蹂躙されるだけでは飽き足らず、奇行に走ったのならば、儂は盛大に笑ってやろうかのう”
「――よく分かってるだろ、お前相手には、これが十分な数字なんだよ」
“ふむ――しかし、それにしても舐められた数字ではある。紫電のルエがおらんではないか。よもや、出し惜しんでいるのか? 大罪龍に?”
ハッ、とそれを笑い飛ばす。ここに確かに師匠はいない。けれど、それは狙いあっての事だ。向こうはそれに気付いているだろうか。向こうが手を打ってくるなら、まぁ気付いているだろう。それでも構わない、ここまでくれば、後はなるようにしかならないからな。
「――さて」
魔物を踏みつけて、剣を突き刺しつつ、上を見上げる。襲いかかってくる牙を躱して、別の魔物へ飛び移りながら、空の状況を確認した。
憤怒龍はまだ
なにか会話でもあるのか、一瞬の停滞か。ともあれ、すぐにそこへ戻ろう。僕は一通りSTを溜め終わると、切り裂いた魔物のパーツをいくつか掴むと、
「“D・D”!」
空へと舞った。
魔物のパーツを足場に加速して、やがて憤怒龍の上を取る。
そのまま、胴体に着地。憤怒龍との戦闘では、ここが大事な足場になる。あちらは大きすぎて派手な動きを取れないために、こうなってしまうのだ。
代わりに――
剣を突き刺す。
手応えは、ない。STは帰ってくるが――憤怒龍には通常攻撃が効かない。概念技をぶつけないと傷つかないのだ。ゲーム的な仕様によるところが多いが、これも一種の機能というやつである。
“呵呵ッ、よかろう、よかろう。お前達は栄誉の死を選んだ。それが如何に蛮勇とて、後世の塵芥共はお前達を責めまい”
――ふと、憤怒龍の身体が、光を帯びる。光、青白い光。いや、違うそれは――雷光だ。
“否、そも後世にお前たちなどという塵は残るまい。儂が押しなべて平らげて、更地にしてしまうのだからのぉ”
同時に、憤怒龍の身体の一部が逆立つ。鱗が、さながらミサイルポッドのように。そしてこの鱗もまた、稲光をともなって光っている。
「――ライン!」
僕が叫ぶ、憤怒龍が攻撃態勢に入った。ラインも把握しているだろうが、ともかく何かと言えば、これが憤怒龍との戦闘開始の合図だ。
僕が立っていた憤怒龍の身体に電撃がほとばしる。僕は慌ててそれを回避しつつ、憤怒龍を見た。ここからでは、その顔は覗けないが、
おそらく奴は、熱線の発射体制に入っているはずだ。
――憤怒龍ラーシラウス。
その性格はその特性に反して、慎重で、穏やかだ。こちらの言葉も冷静に聞き流し、逆にこちらをあざ笑う。憤怒、というのはあまりにも似つかわしくない。
そんな奴の攻撃手段は、
名を、
その一撃は、ライン国を三度滅ぼしてもなお余りある、全大罪龍における最大の一撃。――これが放たれれば、この戦いはそこで決着する。
僕らとラーシラウスの戦いは、この妨害にこそあるのだと言えた。