負けイベントに勝ちたい   作:暁刀魚

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5.師匠の弟子になりたい。

「――紫電のルエ! 答えてもらうぞ、彼に何をしている!」

 

「……白光百夜、強者との戦闘に心を踊らせていた」

 

 僕と師匠に挟まれて、百夜は己の得物を構え直す。

 ()()()()()。だが、戦闘はまだ終わっていない、むしろここからが本番だ、僕は百夜に決定打を持たないのだから。

 

 悔しい話だが、僕が負けイベントに対して決定打を持つようになるのはもう少し先の話だ。

 単純にレベルが足りない。レベルが上がれば、この先の負けイベントに、先程のバグ技以外の方法で挑むこともできる。

 だが、少なくとも今回と……それから、次の負けイベントは、今の状態で挑まなくてはならないだろう。そのため、問題は今回ではなく、次回なのだが。

 

 とはいえ、この師匠と百夜の結末はすでに見えている。師匠がギリギリのところまで百夜を追い詰め、百夜が撤退する。

 ここでのポイントは、この撤退はあくまで戦闘中断によるものであること。本来なら僕は戦闘不能になり動くことができないが、現在は仕様の外をついた状態にあるため、イベント中でも僕は自由に動ける状態にあるということ。

 要するに――

 

「強者……? 何を言って……!」

 

「……彼が概念使いだと知らなかったの?」

 

「……! 君が、概念使い……!?」

 

 師匠が驚き、こちらを見る。僕は手に持っていた概念の剣を持ち上げ、師匠に見せる。

 

「はい、……師匠のように名乗りを上げて、これを呼び出しました」

 

「師匠? ……いや、そうか。君も概念使いだったか。だが、見た所君の位階は低い。それを一方的にいたぶるなど、同じ概念使いだろう、何を考えている!」

 

 師匠は百夜に憤り、糾弾する。ついでに僕の呼び方も疑問に思っていたようだが、スルーしたようだ。師匠と実際に呼んだのはこれが初めてである。

 お世話になっている人ではあるけど、共有点のない師匠を、師匠と呼ぶのはおかしいからね。

 同じ概念使いになったことで、概念使いの師匠とようやく呼べるようになったのだ。少し感激である。

 

「……? 別におかしなことじゃない」

 

「不毛だろう、そんなものは! 目の前の災害を前に、それに対抗できる者同士が争うなど!」

 

「…………」

 

 師匠と百夜の言い争いは続く。二人はどこか会話が噛み合っていない、百夜は師匠の言葉に意味がわからない、と首をかしげた。

 当然だ、彼女は未来からやってきたのだから。未来では、今僕たち人類を追い詰めている大罪龍は壊滅し、人と人、概念使い同士の戦争が主流になっている。

 そこに生き残った大罪龍が黒幕として介入する形だ。

 表だって人類を害そうとする大罪龍は、3で全滅するからな。そして百夜はおそらく3直後の時系列からやってきたのだろうとファンの間では推測されている。

 

 4が終わった後の百夜は丸くなって、戦闘狂という程ではなくなっているからだ。

 

「埒が明かない。けど、貴方は強そうだ。私の糧になってもらう」

 

「それはこっちのセリフだ! 概念使い同士で争うなど! ああ、もう!」

 

 師匠と、百夜が同時に動き出す。

 

「“R・R(ライジング・レイ)”」

 

 百夜が先手を打ち。

 

「こいつ……! “T・T(サンダー・トルネード)”!」

 

 それを真っ向から受けながら、師匠は手にした紫の槍に、電光をまとわせる。サンダー・トルネード。3におけるヒロインの初期技であり、シナリオ中で性能を強化され、最後にはヒロインの最強技となる、いわば代名詞。

 師匠と3のヒロインは同じ概念、紫電を持つもの同士なのだ。概念がかぶるということは割とある。具体的に言うと5主は百夜と同じ白光の概念持ちだ。使う技は異なるけど。

 師匠が使うサンダー・トルネードはその最終形態で、言うまでもなく最初から強い。

 

「……!」

 

 それを受け、百夜が驚愕とともに、後方へ飛び退る。

 

「その技……そうか。お前あいつの……ということはここは……」

 

「何を言っているんだ!」

 

 槍と鎌が激しくぶつかり合う、お互いにお互いのことを理解できていない状況。その中で、二人は互角にぶつかり合う。

 当たり前ながら、ふたりとも強い。どちらの通常攻撃も、一撃で僕のHPを全損させるレベルだ。ゲーム的な都合でチュートリアル中は百夜が攻撃を加減していたのがよく分かる。

 

 理論上、バグ技を使えば勝てなくはないが、どれくらい時間がかかるかわからないので、あんな綱渡り死んでもやりたくない。

 

 問題はこの後だ。

 

「やはり強い……強い……面白い!」

 

 百夜がその無感情な顔を狂気的な笑みへと変えて、鎌を掲げる。その動作は、先程僕に対してつかった、あの技だ。

 

「……師匠気をつけて! その技を喰らえば師匠でもただじゃ済まない!」

 

「いやだから師匠って……ああいい、解った。解るよ、私とてそこそこならした概念使いだ。アレを撃たせてはいけないことくらい」

 

「それを無傷でやり過ごされた。私はどうすればいい?」

 

 僕の言葉に、むっとしながら振り返りつつ、それを放とうとして……

 ――今だと、僕は走り出す。

 

「合わせます!」

 

「無茶をするなよぉ!」

 

 合わせないと()()()()のだ。師匠が今から放つ技は強力で、一気に百夜のHPを削っていくが、仕様として必ずHPが1残ることになっている。

 戦闘中断による引き分けのような扱いだ。

 だから、このイベントはここで僕が動けないと意味がない。僕が師匠に攻撃を合わせ、百夜のHPを削りきらないと、ほんとうの意味で勝ったことにはならないのだ。

 

「――“V・V(ヴァイオレット・ヴォルテックス)”!!」

 

 師匠の放つ、必殺の一撃。3では、師匠の存在全てを力に変換し、ヒロインが放った究極の概念技。その威力は強烈で、五回の多段ヒットが、全てカンストダメージというとんでもない代物だ。

 たとえ百夜でも、これを受けてはひとたまりもない。

 食いしばるけど。

 

 ――そして、食いしばった時点で戦闘は終了する。通常、それはプレイヤーの介入できない部分で行われる攻防だ。

 なんとなくこれまでの話から解っているとは思うが、この戦闘はプレイヤーにとっては負けイベントだが、最終的に敗北するのは百夜の方だ。

 

 3で師匠として強キャラっぽさを漂わせまくってきた師匠が、初めてプレイヤーの前で戦闘する。シリーズ皆勤の強キャラと、単一の作品ながらプレイヤーに強烈な印象を遺した強キャラ同士のバトルに、初見の時は思わず膝を叩いて歓喜したものだ。

 ――その時、主人公は地に伏せていたが。今は、違う。

 

 中断という形で終了するこのイベント戦闘。しかし、プレイヤーキャラが立っていれば、そこに介入することができる。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ただし、ここでもまた問題は発生する。師匠はイベントNPCであり、プレイアブルのキャラクターではない。するとゲーム内ではどういう事が起こるか、師匠の攻撃は、エネミーと同時に、()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 よって接近はできず、この時点で使用できる遠距離攻撃のB・B(ブレイク・バレット)も、師匠のV・Vのインチキみたいな当たり判定の前に、()()()()()()()。そこで、ある工夫が必要になる。

 S・Sの無敵時間を伴う前進モーションを利用して、距離を稼ぐのだ。

 当然バグ技による無敵時間増加は必須である。

 

 ――そして、師匠の概念技が、猛烈な紫の稲光が、槍からほとばしり、雷鳥のごとく広がった。

 

概念起源(アルター・ドメイン)!? こんなところで!? ……いや!」

 

 百夜が驚愕と、そして歓喜に満ちた笑みを浮かべる。

 概念起源。イベント中にのみ使用される、特別な技。通称イベント技とも呼ばれるそれは、戦闘時に使用できるあらゆる概念技と比べて、非常に強力だ。

 師匠の概念技、V・Vが全ダメージが全てカンストダメージの多段攻撃というものであるように、他の概念起源も、それを使用した時点で勝ち、もしくは使用する戦闘は特別なイベント戦闘という代物だ。

 

 これにはある特徴がある。なぜ概念起源がそれほどまでに特別なのか。使()()()()()()()()()だ。それも、一回の戦闘において、ではない。()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()のである。

 そう、百夜の驚愕は、この戦闘に概念起源を持ち出したこと。百夜の歓喜は、自分がそれを引き出させたこと。

 もうおわかりだろう――

 

 

 概念起源を、師匠は僕を守るため、そして百夜を打ち倒すために使ったのだ。

 

 

 ――僕は、負けイベントに勝つことで運命に抗いたい。

 ゲームの中では、勝ってもイベントは変わらない、最初からそう決まっているのだから当然で、バグで無理やり割り込んでいるだけなのだから。

 

 でも、現実では違う。ここで僕が、僕たちが百夜に勝てば、何かが変わる―ーかもしれない。変わらないかもしれない。

 

 けどだからって、ここで前に出ないのは違うだろう!

 

「師匠――――!」

 

 踏み出せ、踏み越えろ! 先に進め! 僕はここで止まれない。負けて立ち止まることは許されない。負けイベントに勝ちたい。全ての負けイベントに勝ちたい。

 

 ――僕は勝った。だが、僕と師匠は、まだ勝ってない!

 

 師匠は死ぬ――僕を守るために死ぬ。

 

 それを乗り越えるために負けイベントに挑む。

 

 だからこそ、こんなところで、踏みとどまってはいられない!

 

 先程と違い、今度は師匠の最後の当たり判定をすり抜けるために、僕はそれを使う。その使用回数は、今度はたったの一回でいいのだ。

 一回だ。何も難しいことはない。

 いや、一回でも十分難しい、失敗する確率は十分にある。

 

 ――でも、さっき僕は体で、そして魂で理解した。

 一回程度で足踏みしていたら、絶対にどこかで立ち往生する。

 

 だから、止まらない。

 

「――“S・S(スロウ・スラッシュ)”」

 

 師匠の雷鳥が、百夜を連続で薙ぐ。ほとばしる閃光はさながら花火のようで、美しく、そして華々しい。何度、このエフェクトに心を奪われたことか。

 だが、今は無心。気にもとめず、前に進む。

 

「ちょ、君、何を――!」

 

「――また!」

 

 最後の一撃を放つべく、槍を振り下ろした師匠。こちらに視線を向け、にらみつけるように不可解そうな眼を向ける。

 

「――――“B・B”!」

 

 斬撃を放つ踏み込みと同時に、コンボを移行。ここから、更にもう一度コンボ、猶予は変わらず2F(フレーム)。短い? 否、――十分だ!

 

「“S・S”ゥゥ!!」

 

 コンボが、つながる。

 師匠の稲光のなかに、もろに突っ込んで。僕は構わず、まだ、進む。

 

「届けよォ! “B・B”!!」

 

「――――!!」

 

 それに強く反応したのは、百夜だ。

 僕がそれをしたことの意味を理解したのだろう。百夜は師匠のV・Vを食いしばった後、撤退する。食いしばりは百夜の概念技によるもので、H・Hと並ぶ彼女の代名詞とも呼べるものだ。

 

 だが、僕はそれをよく知っている。

 ドメインシリーズ皆勤賞。百夜、君の食いしばりからのH・Hに僕は何度泣かされてきたことか。

 

 ――けど、今回は僕の勝ちだ。

 

 剣を突き出すように構え、銃弾を放つ。計算は完璧、師匠の稲光が収まっていく。先程の七連続コンボに比べれば、驚くほどあっさりと、その一撃は――

 

 

 ――――百夜を貫き、彼女を撃破した。

 

 

 ◆

 

 

 僕の目の前で、百夜がまとっていた光――概念が剥がれて消えていく。概念崩壊。戦闘不能を言い換えた言葉で、概念使いは概念武器による攻撃をある程度受けても傷つかないが、概念崩壊を起こすとその反動を受けたかのように、動けなくなる。

 とはいえ、そこは百夜。戦闘不能になろうと、構わず飛び退り僕たちから距離を取る。

 

 ――消えるのではなく、距離をとった。

 そもそも、本来の通りここで戦闘が終われば、百夜は姿を消す。原因は時間移動。意図せぬそれが起こる前、百夜は師匠のVVの後、食いしばりからの反撃を狙っていた。

 それが時間移動によって阻まれることで、戦闘は終了する。

 

 しかし今回は百夜が概念崩壊したことで、時間移動が起きる要因はなくなり、彼女は飛び退いて距離をとった、というわけだ。

 

 それが意味するところは大きいが、今は目の前のことである。

 

「――――負けた」

 

「か、勝ったのか……?」

 

「勝ちましたよ、師匠」

 

 眼を白黒させる師匠をよそに、僕と百夜は納得したように頷く。この戦闘で一番ダメージを与えたのは師匠なのに、何故か師匠が状況を一番理解していないわけだ。

 まぁ、致し方ないところはある。

 

「お前達……面白い。負けるつもりはなかった、むしろここからが、面白いところだった。のに――その一瞬、油断があった。私の落ち度」

 

「……僕は、ここで負けていられないんだ」

 

「…………お前、何に勝つつもり?」

 

 百夜の瞳が、僕を鋭く見る。何故だろう、その瞳はおかしな物を見る眼をしている。彼女は戦闘狂だ、僕の考えを解ってくれるものだと思っていたのに。

 不思議だ。でも、僕の答えに迷いはない。

 

 

「もちろん、全部」

 

 

 強く、決意を持ってそれを宣った。

 

「……面白い」

 

 百夜はうなずいて、もう一度飛び退った。軽々とした身のこなしで、木の上に乗ると、こちらを見下ろしてくる。

 

「な……概念破壊したはずなのに、なんだあの身のこなし」

 

「私は特別製。むしろ私は、こんな所で構わず概念起源を切ってくる、お前の方が何だといいたい」

 

 師匠が、いかにもリアクション役っぽい反応を見せるが、ぶっちゃけ僕も、人生で限られた数しか使えない切り札を、ポンポン投げてくる師匠の方がおかしいと思うんだけど。

 

「ただ、一番おかしいのはそっち。何あれ」

 

「……そうだよ! というか君! さっきのは一体……!」

 

 ガバっと、師匠がこっちを向く。

 

「いやさっきのは、説明が難しくて……」

 

「……まあいい、どちらにせよ面白い。勝ったのはお前達だけど、勝てたのはお前がいたからだ」

 

「それは、どうも」

 

 そのまま、百夜はどこへともなく消えるだろう。師匠がわざわざそれを追うことはしない。攻撃されたから、反撃していただけなのだ。こちらは。

 今の時代で、概念使い同士が争う理由はない。

 

「百夜といったな。君が何者かは知らないが。概念使い同士の戦闘など不毛だ。もうこんなことはやめるべきだ」

 

「それは、私には関係ない」

 

「何……?」

 

 訝しむ師匠をよそに、百夜はもう一度こちらをみてから、

 

「じゃあね。ローブと剣の概念使い。その波乱なる運命に、幸多からんことを」

 

 ――そういって、百夜はこの場から立ち去っていった。

 

「…………ああああああ、勝ったああああああああ」

 

 百夜が見えなくなって、僕は大きく息を吐きながらその場にへたりこむ。相手は百夜、ドメインシリーズの大看板。そうでなくとも強敵で、針の穴を通さないと勝てない相手。

 つかれた、とてもつかれた。

 

「色々と言いたいことはあるが……言わなくちゃいけないこともあるが! とりあえずだね」

 

 へたり込んだ僕に手を貸しながら、師匠が言う。見上げる師匠の顔が、すぐに見下ろす形になった。師匠は小さくて可愛らしい。

 

「……なんで師匠なんだ?」

 

「師匠は師匠だからです」

 

「あ、うん……そっか」

 

 納得された。

 

「――こっちからも、聞いていいですか?」

 

 どうしても、師匠に聞いてみたかった事がある。

 ゲーム内だと、その情報を僕……負け主が知らなかったため、聞けなかったことだ。故に、ゲーム内でも真意は語られなかった。

 推測することはできる。でも、直接師匠から、何故のアンサーが語られたことはない。

 

 これを聞けるのは、ゲームが現実になった、僕だけの特権なのだ。

 

「どうして、概念起源をここで使ってくれたんですか?」

 

「ああ、あれか? ……解ってるんだな、概念起源のこと」

 

「まぁ、大体は」

 

 むぅ、と唇を尖らせながら言う師匠。可愛らしいけども、ちょっと怖い。

 

「そこら辺も、話聞かせてもらうからな。で、ここでなんでアレを使ったか、か」

 

 うーむ、と腕組をして、考え込む師匠。

 ――推測は、ある。師匠は負け主には、この時の思いは語らなかったけれど、3での弟子であるヒロインの子には、なんとなく、この時の状況を思わせる言葉を語っていた。

 3の時点では、外伝までの構想はある程度固まっていて、布石としてイベントが用意されていたから。ファンの間の考察では、放っておけなかったから。

 

 師匠は、何でも抱え込んでしまう人だ。

 自分のことを迫害する街の人のことだって、請われれば助けてしまうお人好し。僕のような得体のしれないローブを、助けて同じ家に住まわせてしまうくらいだ。

 だから、きっと今回もそれは同じで、放っておけなかったからだと。そういう考察がされていた。

 

 でも、僕は少しだけ違うと思う。

 これは僕個人の解釈で、どちらかと言えば少数派な考え方だけど。師匠は、別に僕が放っておけなかったからじゃない。

 ただ――

 

「なんていうか、ためらったり、後悔したくないんだよな。それで君が死んじゃったら、私は嫌だよ」

 

 ――それを、師匠がしたいと思ったから、そうしたんだ。

 

「僕は――」

 

 少しだけ、嬉しかった。

 師匠の考えてることが、僕の思ったとおりだったこと。

 なんだかそれは――百夜に勝利したことくらい嬉しくて。

 

 それとはまた、違う嬉しさがあった。

 

「――師匠と同じですよ。僕も、そうしたかったから、百夜と戦ったんです。それで、師匠にムリをさせちゃって、申し訳ないとは、思いますけど」

 

「ああ、ああ」

 

 手を降って、構わないと言いたげに師匠は言う。

 

「概念起源は、あれ十回使えるんだ。といっても、もうこれで六回目だけど」

 

「……結構多いですね」

 

 それは初めて聞いた。

 解析でも、イベント技である概念起源の使用回数はわからなかった。最初から設定されていないのだ。データ的に処理される技ではなく、あくまで演出用の、イベントのための技。それが自然なのだろうけど。

 ああでも、

 

 ――それも、僕がここにいるから、知れたことだ。

 

「……師匠」

 

「なんだい? いや師匠って呼ばれてなんだいって答えるのも変だけど、だからなんで師匠なんだい、私が、君の」

 

「――僕、ずっと憧れてたんですよ。前に進むためにためらいたくない、後悔したくない。だから助けられる人のことはとことん助けて、そうでないなら、無茶をしてでも助けて」

 

 ゲームでの師匠のこと。

 僕はドメインシリーズで、師匠が一番の推しだ。百夜のようなシリーズ皆勤の人気キャラではない、3にだけ出演し、外伝で初めて、隣に立つことのできたキャラ。

 

 今はキャラではない、一人の人間。

 

 

「師匠のことが、憧れだったんです」

 

 

「…………」

 

 だから、僕は師匠の弟子になりたい。

 概念使いとしても、ドメインシリーズの世界に生きる先輩としても。

 

 不自然なことを言っているだろう。師匠と僕のつながりなんて、数日程度のものしかない。師匠のことを知れる機会なんて、あの街での騒動くらいだろう。

 でも、僕は本気だ。

 

 本気で師匠の弟子になりたい。それは、僕が負けイベントに勝ちたいことと同じくらい、心の底から願っていることだ。

 

 ――訝しむだろうか、怪しむだろうか。

 おかしなことを言っている自覚はある。でも、もう師匠と呼んでしまったから、後の祭りだ。恐る恐る、といった様子で師匠を見る。

 

 師匠は――

 

「…………」

 

 

 ――どこか、納得した様子で僕を見ていた。

 

 

 そして、僕の態度をみて、嘆息。

 

「解ったよ、好きに呼ぶといい。ただし」

 

「……はい!」

 

「師匠と呼ぶからには、君は私の弟子だ。私の知ってること、私のしてもらいたいことは、きっちりやってもらうからな」

 

「はい! 師匠!」

 

 ――僕は、師匠の弟子になりたい。

 

 負けイベントを乗り越えて。

 その後に、

 

 

 僕は師匠の、弟子になった。


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