憤怒龍は、ラスボスではないのもあってか、強敵ではあるものの、特殊な敵だ。ゲーム内ではギミック戦闘というべきイベント増しましな戦闘で、パズルのような攻略を求められる。
その主な原因が、やつの唯一にして最大の攻撃技。
コレまで述べた通り、奴はコレ以外の攻撃技を持たない。巨大な手を振り下ろしたりとか、その巨体で突進したりだとかはしない。
そもそもあまりに巨大すぎるがゆえに、奴は自由に動くことができないのだ。
そして、それだけの大技故に、チャージは非常に時間がかかる。だからこそ、対憤怒龍戦ではこのチャージを如何に遅らせるかが問題なのだ。
チャージを遅らせる手段は主に二つ。一つは、憤怒龍の顔を攻撃する。
もう一つが、憤怒龍が浮き上がらせたミサイルポッドのような鱗を破壊する。この鱗、発射のゲージにもなっており、全ての鱗が光を帯びた時、その絶大なる破壊は顕現する。
そしてこれは、どちらも同時に行わなければならない。憤怒龍の体力を削るには顔を攻撃するのが大事だし、鱗の破壊はゲージを削る以外にも、重要な意味があった。
「う、おおおおおおお!!」
僕が憤怒龍の巨体を駆けながら、鱗を破壊する。
そう、
憤怒龍に攻撃手段は熱線しかない。けれど、
それを僕は憤怒龍の首のあたり……と言っていいのかわからないけれど、顔に近いあたりへ居座って、破壊しては現れる鱗を破壊しながら、鱗の迎撃を躱していた。
ここに居座らないと、ラインに対する迎撃の量がえげつない量になるのだ。とはいえ、準備が進めば進むだけ、ポッドの数が増えていく関係上、やがて処理が追いつかなくなる。
今は時折レーザーがラインの方へ飛んでいく程度だが、やがてそれも無視できない程に成るだろう。
現在、雷撃のミサイルは僕の方へほとんどが飛んできている。高速で鱗を破壊し続ける僕が、鬱陶しくて仕方がないのだろう。
――鱗は憤怒龍の身体の一部であるため、通常攻撃が通用しない。しかし、耐久力自体は大したことがなく、ちょうど僕の概念技一発でおおよそ削りきれる、そのくらいの耐久力だ。
せまりくるレーザーを跳ねて躱しつつ、時折身体に剣を叩きつけてSTを回復しつつ、景気よく僕は憤怒龍の鱗を叩き割っていた。
“――面倒な。小蝿のように動き回るのが、鬱陶しいのお。いや、儂からすれば貴様らは小蝿そのものか”
「それを潰せないお前は、とんだのろまだけどな!」
僕の挑発を気にした様子もなく、憤怒龍は鼻を鳴らして、チャージを続ける。……あちらの怒りは大したものではなさそうだ。
それを確認すると、僕は再び鱗を叩き割る作業に戻る。
――そして、同時にラインが憤怒龍へ向けて、ひたすらに攻撃を叩き込んでいるのが見えた。
「オオオォオオオオ!! “
一閃。
大ぶりの斧が、憤怒龍の顔を切り裂いた、不快そうな憤怒龍の嘆息が、こちらにも聞こえてくるようだ。
“さきほどから、ちょこまかと。それしか能がないのか? 不快であるな、小童”
「――俺を小童扱いできるほど、お前も生きてないだろう!」
叫び、振りかぶる斧。
そこへ、僕が取りこぼしたミサイルが迫る。危ない、そう思うが――いや、ラインならばこれは問題ないだろう。
「“
振り下ろされた斧、それが憤怒龍の顔を切り裂くと同時に、その斧に触れたミサイルが
――ラインの特徴はいくつか在る。一つが、一撃一撃が重い高火力の概念技であること。その一撃は通常技が僕の上位技よりも更に高い威力を誇る。
もう一つは、
そして最後の一つ。彼の概念技には
当然、通常の無敵時間も存在する。
――前線に立ち、仲間たちに迫る攻撃をかき消しながら進む王に、人々は希望を見出したのだ。
“無駄だと言っておろう――”
雷撃の数が増す。憤怒龍の周囲を飛び回りながら切りつけているラインに、それらは殺到していた。――援護は、敵わない。
僕もまた、体中を迸る電撃から逃げるため、空中に身を躍らせているところだったからだ。
「チッ――」
舌打ち、これは僕のものだったか、ラインのものだったか。いや、どちらもだろう。お互いに空中を駆けながら、迫るミサイルをすり抜けていく。
両者が、一瞬交錯した。
視線を交わす、このまま行けるか。――誰にものを言っている!
直後、僕は憤怒龍の上を取り、ラインは下に潜り込んだ。
互いに移動技から、一気に憤怒龍へと接近する。
迫るミサイルも、関係ない。
ラインは吹き飛ばし、
「“
僕はすり抜ける!
“――ぬぅ”
その後、その巨体に着地。即座に周囲の鱗の破壊に移る。
――ここまでは、比較的順調だ。最初の最上位技もあり、憤怒龍へはダメージがだいぶ通っている。やつの憤りにも似た嘆息は、その苛立ちを表しているといえるだろう。
逆に言えば、それだけ危険も近いということだ。
奴は憤怒龍。――憤怒の意味は、その強烈な熱線だけではない。
“やはり、有象無象というのは、焼き払うに限る”
そういって、憤怒龍の雰囲気が変化する。
パターンが変わるのだ。僕たちが破壊した破片が、雷撃へと変質する。やがてそれは、鳥のような姿を取った。
「……
「気をつけて、アレに攻撃は通用しない! いや、ライン、貴方のその斧は例外か!」
――あの雷の鳥は、攻撃技の変形だ。ある程度ダメージを与えた後のパターン変化。迎撃にこの雷鳥が追加される。ある程度僕たちを追いかけてきて、自身の突撃や、口と思われる場所から放たれる雷撃を見舞う。
火力自体は大したことはないが、これは鱗を破壊する度に、それが変質して発生する。
つまりこちらが攻撃を加えれば加えるほど、数が増える!
「――解っている。お前の方こそ、気をつけるのだぞ!」
いいながら、ラインが再び憤怒龍へと向かう。僕もまた、駆け出す。一度ラインからは距離を取り、とにかく鱗の破壊を優先する。
ここまで、僕らは冷静にことを運んでいると言えた。
僕もラインも、自身の行動に疑いはなく、何よりどちらも倒れていない。ちゃんと、憤怒龍の特性を理解しているが故だろう。
お互いにそれを確認しあって、また飛び出した。
「“
当然、その度に雷の怪鳥が生まれ落ちては、僕を狙い襲ってくる。ここで僕は、手をかざして振るう。――それで、何が起こるということはない、が。
――僕に対して、リリスが防御バフを載せてくれた。
これまで、リリスはラインに集中して攻撃バフを載せていた。そういう作戦になっていたからだ。僕とリリスとの間で言葉のやり取りはできない。
だが、リリスは先程も述べたが遠見の衣物という衣物を有している。ルゥの店から買い上げた一品で、対大型魔物との戦闘には非常に便利だ。
まぁ、使いこなせるのはリリスくらいなものだが。同じバッファー兼回復役のミルカはドン引きしていた。
この衣物を通して、僕たちを支援するリリスは、同時に僕たちの様子を観察する立場に在る。だから、僕の方から合図を送れば、リリスはすでに決めてあった作戦に応じて、行動を変えるのだ。
今回は、僕が攻撃を引きつけることを前提とした作戦。つまり――
正確には、バフと回復を当てにして回避を捨てる作戦。といった程度だが、無茶だと叫ぶリリスに、君ならできると言って、納得させた。
そして――
「おおお!!」
雷撃の閃光を無視して、突っ切る。
僕のHPは、雷鳥が生まれてから一割程度しか減っていない。攻撃は殆どスルーして、完全なゴリ押しであるというのに、殆ど僕のHPは減っていないわけだから、リリスの防御と回復の腕は素晴らしいものがある。
感覚的に、僕の体力を完全に把握しているのだろう。聞いたら変な答えが帰ってくるだろうな、と思いながらも、僕はとにかくやたらめったら鱗を破壊し続けた。
その間に、コンボをきっちり稼ぎながら。
“ああ、ああ、やってくれおるのう、小蝿ども”
「お怒りか? 怒りに身を任せれば、いいよな、自分の敗北に目を向けなくていいから」
“貴様――”
――憤怒龍の声に怒りがまじり始めた。
怒り、いらだち、焦り。あちらは抑えつけていたそれらが、漏れ出し始めているのだ。とはいえ、まだ激昂へ至るには程遠い。
手をかざす、リリスへの合図。意味は――
「――こいつを食らっとけ!」
僕の剣が巨大化し、同時に、
――憤怒龍の目前には、巨大な斧が出現したはずだ。
――リリスへの合図の意味、最大火力を叩き込む、支援を最大限に!
「“
「“
二人のそれが、憤怒龍へと突き刺さった――!
“ぬ、ぅうう――――!”
衝撃。
振り抜かれた刃は、憤怒龍が纏う黒い雲を切り裂いて、戦場にもそれが見える程だろう。僕らは、そのまま憤怒龍の巨体に着地する。
――これで決まるとも思えないが、それでも、だいぶ効いてきているはずだ。
「……」
――一瞬、鱗の展開も、チャージも、迎撃も、全てが停止していた。僕がゴクリと唾を呑むあいだ。その一瞬だけ。
そして、
“――やってくれる、やってくれる、やってくれるのう”
憤怒龍は再起動した。
直後、再開されるチャージ、僕は即座に浮かび上がった鱗に切りかかった。
――鱗に雷撃が付与されていた。
触れればHPが削られる。憤怒龍の次なるパターンだ。気にせず切り裂いても、ダメージはさほどではないが、蓄積するのが厄介な点だ。
“貴様らはつまらん、小蝿でありながら、我に焼き尽くされることを拒む、そのような暴挙、我らは許していない”
怒りをにじませながらも、言葉を紡ぐ憤怒龍。段々と、その言葉から余裕が喪われつつある。追い詰めているという証拠でもあり、僕たちのタイムリミットの短さでもある。
「――それがどうした。生きるのは俺たちの選んだ選択だ。それを邪魔するのがお前らだろう。邪魔をするだけのモノが、ぐだぐだと言うではない!」
ラインが叫ぶ。
チャージが加速しつつあった。迎撃も、――間に合うか? いや、間に合わせる。
僕は、ひたすらに駆け抜けながら鱗を破壊する。迫りくる雷撃を躱し、受けて、回復されて、また突き進む! 前方から飛んできたミサイルを横に飛んで避け、そのまま空中に身を投げだすと、僕はそこから別の足場――憤怒龍の巨体――へと着地し、駆け抜け始める。
三次元に飛び回り、ミサイルは全てやり過ごし、雷鳥は無視できるものは無視し、可能な限り叩き割るのは遠距離で。
破壊する、破壊する、破壊する。
“ぬ、おおおおおおォォォオオオ!”
急げ、急げと駆け抜ける。もはや時間がない、憤怒龍は怒りつつある。
「お前達は俺たちからどれだけ奪ってきた。奪うものにはその記憶すらないか! ないだろうなぁ! お前には俺たちのことなど意識にもなかろう!」
“――小蝿が”
「それでいい、だが、それ故にお前はその小蝿に敗れる。お前はそれを理解しないまま死んでいく。ハハハハハハハ! 俺はそれが楽しみで仕方がない!」
“――小蝿が!”
――憤怒龍が叫んだ。
ラインのそれは、挑発ではない。――奮起だろう。
――見れば、憤怒龍はその全身が発光していた。発射の時が近いのだ。
――まずい。
ここまでうまくやってはいたが、ジリジリと稼がれていたチャージ。それが、いよいよ形になろうとしている。
いや、想定内ではある。
そもそも、大人数で挑めない以上、チャージに対して妨害が間に合わないだろうことはわかりきっていたのだ。それでも、勝機は十分にあると踏んでいたし、そのために僕たちは行動してきていた。
――妨害が間に合わないのに、勝機。
理由はいくつかあった。まず一つ、
故に、一度完了したところで、そこに妨害が入れば奴は発射できない。
だからこそ、僕たちの戦闘はここまでは前哨戦に過ぎない。僕が妨害を入れながらも、ラインが削り、そしてチャージが完了した隙を狙って、一気に削り切る。
これが今回の基本的な作戦だ。
しかし、ここまでの流れで、おそらく気付いているだろうが、
一見、冷静かつ老練な奴の性格。憤怒の名に反したそれは、けれど
そう、一度憤怒したラーシラウスに、手を出せるものはいない。
この戦い、ラーシラウスを憤怒させてはならない。大勢で挑んでは、
あくまで少人数で、向こうに油断と言う名の余裕をもたせ戦う、それが大前提。
「どうした! どうした! 怒るだけがお前の脳みそか!? 俺はまだ健在だ! 倒せていないではないか! ラーシラウスッッ!」
憤怒したラーシラウスは、それこそ手がつけられなくなる。――チャージの速度が数十倍になるのだから。少なくとも、チャージ完了寸前で怒りが爆発すれば、一瞬でチャージが完了し、憤怒は放たれることになるだろう。
“貴様――――!!”
そして、チャージを完了直前で妨害されれば、怒りのゲージは凄まじい勢いで貯まる。
故に、ここからは短期決戦。一撃一撃が勝敗を決めるものでなければならない。
まぁこちらには切り札もある。だから――
“――む?”
そこで、ふと。
“――ライン、といったか”
――ラーシラウスの言葉に、笑みが宿った。
……ライン?
視線を向ける、顔には焦り、僕と同じだ。そして覇気、僕と同じだ。――同じように、ラーシラウス討伐に全力を尽くしているように見える。
ああ、しかし。
“――貴様、怒っているな?”
――まずいと、思ったときには遅かった。
ああ、あんなに怒りは覚えるなと言ったのに――無意識の中で抱えていては意味がないではないか! ……言葉を交わすだけでは見抜けなかった、僕の落ち度だ!
「何――?」
ラインの様子は、困惑。自分の中の怒りを自覚していないのだろう。ああ、まずい、まずい、まずい。憤怒龍がそう断言するということは、自覚していなくとも、怒りが根底にあるということだ。
そして、怒りが根底にあるということは。
“ああ、いいな。その怒り――儂が食ろうてやろう”
憤怒龍は、それを使ってくる。
――憤怒龍ラーシラウスは、攻撃技を憤怒しか持たないといった。しかし、実際には迎撃手段がいくつか存在し、そして、
それは、
“
これこそが、
――自身に対して、怒りを覚えているものに対して、その怒りという感情ごと、命を奪う。概念使いでなければ即死し、概念使いであれば、
――言葉もなく、ラインは宙へとその身を投げ出して。
しかも、それだけでは終わらない。
“――これで、貯まったぞ”