負けイベントに勝ちたい   作:暁刀魚

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45.怒りをぶつけたい。

 ――絶触(クリア)

 

 憤怒龍がおそらく()()()()である点、そして、()()()()()()()()だ。効果は、自身に対して心の底から怒りを覚えている存在の怒りと生命力を奪う。

 人であれば命、概念使いであればその概念。奪われた概念は憤怒龍の力となり、そしてそれだけチャージが進む。

 

 これは()()()()()()()()でなければならない。瞬間的に感じた怒りでは、効果は発揮しない。その事は素直に喜ぶべきだが、逆に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()点は厄介だ。

 今回の場合、ラインのそれは小さな怒りだっただろう。僕自身、彼が本当に心の底から怒りを覚えているとは思わなかった。だから憤怒龍も気がつくのが遅れ、この土壇場でそれに気がついた。しかし、だからこそ土壇場で気付かれ、窮地に陥っている。

 

 もしも、本当に大きな怒りであれば、先に奪わせることで逆にこんなギリギリの状況での窮地にはならなかっただろう。

 基本的にこの絶触があるために、憤怒龍に対して大人数で挑むことはできない。しかし、少人数ならば多少奪われたところで立て直しが効いた。

 一度奪われてしまえば、次にまた奪える程に怒りが燃えるまで、多少のクールタイムが人間にはある。少なくともゲームではそうすることで憤怒龍と人類が対峙できていた事実も在る。

 

 今回の場合、僕はもとより憤怒龍に対する怒りはない。そしてライン公も、直接憤怒龍に対して因縁があるわけではないから、冷静な彼ならば大丈夫だろうと踏んでいた。

 いや、実際のところ彼にはそこまで大きな怒りはないだろう。というか憤怒龍が自分に対して向けられている怒りをここに至るまで理解できないはずがあるか?

 

 だとしたら、原因はなにか。――簡単だ、直接憤怒龍に対して向けられた怒りではない、世界に対して向けられた怒りが、直接対峙したことで憤怒龍に向いてしまった。

 

 ――商人としての道を絶たれたこと?

 違う。それを割り切れるのがラインだろう。それに、商人としての道は、今の王としての在り方にも繋がっていたと彼は言った。だから、彼は道など絶たれていない。

 それに怒りは覚えない。

 

 ――クロスとうまく行っていないこと?

 それこそ憤怒龍にはなんの関係もないじゃないか。未来では因縁が生まれると言っても、それは未来の話、僕らはこれを変えるために戦っている。

 それは怒りと結びつかない。

 

 ああ、じゃあやっぱり。

 ――彼は一面と言っていた。それは確かに正解で、彼と親しくなった僕には、本当に顔の一つとしか思えないもので。

 けれども、()()()()()()()()()()()()()()()()()なんだ。

 

 あの紅茶は、ラインの人生の縮図といった。

 

 けれども、()()()()()()、きっとラインの縮図だろう? なにせ自分の名前を冠しているのだから。

 なぁライン、君は自分の国の人々が、

 

 

 塵芥と言われたことに、耐えられなかったんだ。

 

 

 思えば、ラインという国は、彼の人間性、裏表ある彼を象徴するかのような国だった。概念使いの国、概念使いが人を守り、人がそれに感謝する国。

 そして同時に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 あれも、まさしくラインの在るべき姿の一つじゃなかったのか。

 

 ああ、だから。まったくその怒りは――正しくて仕方がない。だからこそ、この一瞬で。僕たちの致命的な隙になるんだ。

 

 ――落下するライン、救わなくては。

 けれども、今は、彼が生んでしまった隙を、フォローしなくてはならない。

 

 その隙に、少しだけ憤る気持ちもある。なんてことをしてくれたんだと、思わなくはない。もしかしたら、今憤怒龍が僕をキチンと見れば、僕は絶触の対象になってしまうかもしれない。

 

 だとしてもなんだ。

 それがどうした。

 

 僕はこのラインという国で、何を見てきた?

 

 嫉妬に怒るフィーを見てきた。

 

 年相応に扱われないことに怒るリリスを見てきた。

 

 恋を押し付けられて怒る師匠を見てきた。

 

 ――多くの怒りを見てきたじゃないか。

 だから、これは当たり前なんだ。当たり前の怒りなんだ! 憤怒龍が好み、食らう。その一番厄介な点は、人が生きている限り、()()()()()()()()()()()()()()()()()こと。

 

 けれども、今はそれで構わない。この一瞬で、それが致命的な隙になることはない。憤怒龍は、チャージを終えるこの一瞬は、もはや絶触など使えない!

 

 だから、今だけは、

 

 この怒りが、僕の心の燃料になるんだ――!

 

 言うまでもない、僕のエンジンは最初から、ただ一つ。

 

 

 ――()()()()()()()()()()()!!

 

 

「お、おおおおおおおおおおお! リリス――――!!」

 

 叫び、手をのばす。合図だ、窮地を想定して決めていた、僕とリリスの合言葉。ああけれど、この状況を見ている君なら、すでにもう動いているよな!

 

W・W(ウィンド・ウィンド)

 

B・B(ブレイク・ブースト)

 

 即座に、速度強化とその速度強化の倍率を上げるバフが、僕に付与される。効果は一瞬。されど神速! 僕はそれまで憤怒龍が想定していた数倍の速度で、

 

「――“D・D(デフラグ・ダッシュ)”!」

 

 

 ――憤怒龍の顔面に蹴りを叩き込む!

 

 

「憤怒龍! ラァーシラウスゥウウウウ!」

 

“貴様! 敗因――――!!”

 

 チャージの状況は見越していた。だから何時でもそれを放つことのできるよう、僕は準備を整えていたのだ。

 言うまでもないそれは、これまで二度叩き込まれてきた、僕の最大にして最強の手札。

 

 

「ああぁああああ!! “L・L(ルーザーズッ・リアトリス)”ッッ!!」

 

 

 即座に放たれた一閃は、憤怒龍の放たれる寸前であった熱線ごと、奴を切り裂いた!

 

“が、あ――!!”

 

 熱線が明滅し、やがて収まる。稼げる時間は本当に少しでしかない。奴が気を取り直せば、即座にチャージが再開され、少しの間も持たずに発射されるだろう。

 不意を突かれたこの一瞬が最大のチャンス。

 

「――ライン!」

 

 叫ぶ。狙いをつけて――いる時間はない! 僕はそのまま取り出した復活液を、ほとんどそのままの勢いで下方へ向けて投げつけた。

 当たってくれればそれでよし、だが……

 

「手を伸ばせ――! ライン! アンタはそこで終わるのか!? 違うだろ、勝つためにここに来たんだろ!? 大罪龍を倒せ! 未来を開闢しろ!!」

 

 叫ぶ、ラインを助けには行けない。僕はここで憤怒龍を抑えなくてはならない、でなければ、こいつはまたすぐにチャージを完了させてしまう!

 

“が、あああああああああ!! 敗因――――ッ!! 儂を、儂に、このようなぁああああ!”

 

「やかましい、黙っていろ! “S・S(スロウ・スラッシュ)”!」

 

 迫りくる雷撃のミサイルを無敵で透かしつつ、一部を受けながらも剣を振るう。――その直後に、リリスの回復が飛んできた。

 ――リリスも、まだ諦めていない。

 

「ライン! 目を覚ませ! アンタには怒りがあったんだろ! こいつを倒したいと、抱いてはならないと解っていても、抱いてしまう怒りがあったんだろ!」

 

 切る、切って、切って、切り裂いて、攻撃を無視して、透かして、受けて、リリスのバックアップを最大まで受けながら、とにかく切る。

 だめだ、ダメだ――最上位技まで行けない。STが足りない! 攻撃が間に合わない!! 何より!

 

“あああああああああああああハイイイィィイイイインンアアアアアアアアアア!!!!”

 

 憤怒龍の、限界が近い。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!! 為政者として、男として、概念使いとして――」

 

 はやく、

 

 おきろ、

 

 ――復活液が、アンタの横をすり抜けていく。

 

 目を覚ませ!

 

 

「――それがアンタの、責任のはずだあああああああああああ!!」

 

 

 ――ラインは、

 

 

 果たして、

 

 

「――っ!」

 

 

 目を――覚ました。

 

 

「おおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 勢いよく、砕け散った瓶から飛び出した液体を受けて、概念崩壊によって喪われた武器がラインの手に戻る。巨大な斧、奴そのものというべき、威容の武器。

 

 ああ、それをアンタが手にするのなら、

 

 ――僕たちは、憤怒龍に勝てるだろう。

 

 持てる限りの力を振り絞り、憤怒龍のチャージを遅らせる。ああ、けれどそれは、同時に憤怒龍の怒りのゲージを急速に貯めることでも在る。

 だが、もはや関係ない。ここでお前は負けるのだ。

 

 ――そして、チャージを大きく減衰させたところで、奴の瞳が、怒りではなく、別の色を若干帯びる。それは――

 

“なぜだ! なぜ! お前は怒りを覚えぬ!!”

 

「――はは、少しだけ冷静になったか! 憤怒龍!」

 

 ――焦れた憤怒龍は、僕の必死な様子から、こう考えたのだろう。怒りを覚えているのではないか。そう思えても不思議ではない。

 事実、僕は先程、理不尽にもラインを概念崩壊させたこいつに怒りを覚えた。それを原動力に叫び、やつに一撃を加えた。

 

 けど、それだけだ。

 

「僕はアンタに思うところはない。アンタは敵で、倒すべき相手。怒りを覚える必要もなければ、理由もない」

 

 剣を突きつけて、続ける。

 

「――もちろん、お前の行動で僕が怒りを覚えることはあるさ、タイミングが悪ければ、アンタは僕の怒りに気付いていたかも知れないな。けど――」

 

 そこには、笑みがあった。

 理由は、確信。

 

()()()()()()()()()()()()、僕がお前に怒りを覚える理由はない。これからもう、お前に怒ることもない」

 

“何を、何を言っている――!!”

 

 叫びは、さながら雷鳴のごとく。直後、僕は無数の雷撃によって焼き尽くされる。残っていた生命力は一気に削られて、ほとんど残らない。

 けれども、それがどうした。

 僕は剣を振るい、チャージを削ることだけを最優先にする。

 

 だって、これはお膳立てだから。

 

「――もう、アンタの末路は決まってるんだよ!!」

 

 笑みを浮かべる。ああ、そうだ。

 

 すでにそれは決まっている。

 

 アンタの敗北は、ここに決定的となる。

 

「――――()()()()()()ッッ!!」

 

 

 僕の背後、空中を駆け上がってきたラインが、その大斧を構え、必殺の態勢で憤怒龍の前に現れる。

 

 

「またせたな、憤怒龍――!」

 

“貴様――! なぜ! 何故だ、怒りを奪われたはずだ! 儂に怒りを奪われ、お前は儂に怒りを覚えているはずだろう!!”

 

 ――わかっていないな、憤怒龍。アンタは憤怒の化身だろう? だったら、怒りというものが、抑えて力に変えられると、分かるはずだ。

 いや、アンタは怒りではなく憤怒。湧き出る憤りの化身。だとしたら、それはアンタには一番縁遠い感覚なのか。

 

「――憐れだなあ、お前さんは怒りを名乗っておきながら、この力の源を理解できない。俺がここにいる理由を掴めない」

 

“何を言っている――! 何をッ、言っているッ!!”

 

「心底見下しているのだよ、ウスノロ。その巨体は本当に、ただの見せかけでしかなかったようだなあ!」

 

“――き、さま”

 

 ――憤怒龍は、憤っている。ああ、けれど、奴はその憤りの意味がわからない。自分に理解できない感覚を點されて、貶されて、見下される。

 未知にして、理不尽。

 

「もし次があるのなら、それを理解してから、人の前に立ちはだかるのだな――見苦しい」

 

 言葉とともに、ラインはそれを起動させる。

 

 僕たちが勝利するための、最後の切り札。ここまで何度も最上位技を叩き込み、削ってきた憤怒龍なら、怒りを爆発させていないやつになら、

 

 これが止めの一撃となるはずだ。

 

 行け、ライン! アンタの国の、全てを載せて――!

 

 アンタの自慢の概念起源を、叩きつけてやれ!

 

 

「――――“C・C(カントリー・クロスオーバー)”ッ!!」

 

 

 直後、ラインの斧が、光を帯びる。

 

 C・C(カントリー・クロスオーバ―)

 一種の皮肉か、はたまた必然か、2つ目のドメインと同じ名を持つその効果は、とても、とても単純だ。そして、それ故に強力だ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。同時に、その大きさもまた、その感情の重さによって変化する。

 

 あまりにも、単純にして、ラインにとっては必殺に過ぎる一撃。

 

 ああ、見ているかシェル。

 ラインの国の人々、

 

 ――見えているだろう。

 

 

 お前達の王の一撃は、憤怒龍の巨体を上回っているぞ。

 

 

「お、おおおおおッ!!」

 

“開闢――! 敗因――――ッ!! 開闢――――ッッ!!”

 

 怒り、叫び、轟かせ、

 

 今まさに、憤怒(ラース)のチャージが完了しようとしていた。ああ、それが放たれれば、この国は、人々は終わりだろうな。

 

 だが、忘れていないだろうな。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「これで、終わりだ――憤怒龍!!」

 

“キ、サマラアアアアアアアアアアアアアアアアア!!”

 

 ――決着。

 

 勝利はここに確定した。

 

 ラインは斧を振り下ろし、憤怒は、やがて激突する――――

 

 

 その、

 

 

 直前に、

 

 

“――――そこまでだ”

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ああ、そいつは――

 

 僕は、そいつを、よく知っている。

 

 ゲームで何度も見てきたその顔を、忘れることなどあるものか。

 

 天使の如き六枚羽、

 麗美と言うべき立ち姿。

 

 僕はすぐさまラインを回収して、憤怒龍の背に着地する。

 

 そして、

 

 そいつの名を呼んだ。

 

 

「――よう、()()()

 

 

“――お初にお目にかかる。敗因の概念使い”

 

 

 傲慢龍プライドレム。

 

 

 ――大罪龍たちの頂点。僕が今敵対する、最大の存在が、僕たちの目の前に立っていた。


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