――傲慢龍プライドレム。
初代ドメインのラスボス、シリーズを象徴する敵。
大罪龍の頂点。
人類最大の敵。
傲慢にして矜持の塊、それは、今。
僕らの目の前に、姿を表していた。
「お、まえ――は」
“お初お目にかかる、ライン公。開闢のラインといったな。私はプライドレム。傲慢龍――プライドレムだ”
優雅に、かつ冷静に。
うやうやしくも慇懃無礼、現れ宙に立つ龍人は、まるでこちらを挑発するかのように紳士的な礼をした。
「何をした――」
“何を、と――私は自身の力を振るったに過ぎない。その結果、君のそよ風が薙ぎ払われてしまったのだとしたら、お悔やみ申し上げる”
「待て、ライン――」
――ラインが、挑発されている。
怒り、だけではない。困惑、憎悪、敵意、殺意。あらゆる感情がないまぜになって、ぐちゃぐちゃになって、かき回される。
“ご、傲慢龍――”
“落ち着いたか、憤怒龍。惜しかったな、あちらが一枚上手だったようだ。
“ぬ、ぅ――”
まさしく、傲慢。そんなプライドレムの物言いに、あの憤怒龍が萎縮している。当然といえば当然か、傲慢龍はまるで片手間のように、憤怒龍の憤怒をかき消してしまったのだから。
――同時に、ラインの概念起源すら。
「やってくれるじゃないか――あと一歩だったのだがなぁ」
その言葉は、在る種の虚勢と言えるかも知れない。
自身の国全てを背負った一撃を、片腕でかき消され、冷静でいられるほうがおかしい。
“ふむ、今の一撃なら、たしかに憤怒龍には致命傷だろうな。けれども、私には通用しない。理由は君が――
「お、まえ……っ!」
「落ち着け、ライン……!」
しかし、僕の言葉はラインには届かないだろう。無茶をいうな、目の前に人類の仇敵がいるんだぞ。そう解っていても、僕は留めざるを得ない。
まずいんだ、傲慢龍は、他の大罪龍とは違う。
「だとしても、人類は何れお前に勝利するだろうよ。今、俺という国がお前に届かなかろうが、次代が、何れ。――そうだ、強欲龍も破れた、憤怒龍にも勝利へ手をかけた。お前達は、何れ瓦解する!」
“…………ん? ああ、一瞬理解できなかった。おかしなことを言うな”
――おい、まて傲慢龍。
それを口にするつもりか? やめろ、まずい。
“もしや敗因、君は教えていないのか”
――――大罪龍が、人類の脅威たる最大の原因。
傲慢龍が、
“――大罪龍は、私を滅ぼさない限り復活するぞ。周期は、ざっと二十年”
――僕に敗れた強欲龍が、そのことを気にしていた。
それでも勝つと、僕は言った。
ああ、けど。
――人類には、その事実は重いよな。
僕はラインを見る。
彼は、その顔を伏せていて、そして――
「――随分と、余裕だなぁ! お前を倒さなければ、強欲龍が復活する!? 上等だろう、
意思のこもった瞳で顔を上げる。
けど、――だめだ!
「行っちゃだめだ、ライン――!」
――ラインが飛び出した。
対して、
“安心するといい、ライン公。私の目的はそちらの敗因だ。君ではない――故に”
傲慢なる龍は、そのプライド故に構えもせず、余裕の言葉でもって、
“遊んでやろう、かかってくるといい”
ラインに宣戦布告した。
「お、おおお!!」
ラインが駆けながら、周囲の鱗を破壊しつつコンボを稼いでいく。
――憤怒龍の鱗から電撃の反撃はない。戦闘態勢を憤怒龍が解いている。傲慢龍の存在故に、それはそうだ。
憤怒龍は傲慢龍に萎縮せざるを得ない。どれだけ強大な存在であろうと、
「……くっ」
僕も慌てて飛び出す。しかし、間に合わないだろう。ラインにはリリスのバフが乗っていた。それに、ある意味問題ないとも言える。
プライドレムが遊ぶといった以上、これは殺し合いではない。
傲慢龍の、一方的な暴虐だ。
そして、ラインが移動技で一気に傲慢龍へと飛びかかり、
「――“
最上位技を、叩き込む――!
しかし、
“――うん、なんだ”
――――それは、傲慢龍の片腕に止められていた。
“これは、まさか、君はこれを自慢したかったのか?”
「な――」
「……ライン!」
僕がラインに追いつく。そして、
「ここはムリだ! 君は逃げろ!」
叫び、彼を空中から、突き飛ばした。
「な、おい――ッ!」
「大丈夫だ、ここは僕がなんとかする、できる。
「――――」
――確信に満ちた瞳で、ラインに告げる。
「……信じるぞ、敗因!」
それを受け入れたのか、ラインはそのまま、身を空中に躍らせる。
「そういうことならば、俺の相手はお前達だ魔物共! 俺の国に一歩たりとも踏み込めるなと思うなよ――!」
叫び、そして魔物の群れへと突っ込んでいった。
“ご、傲慢龍……”
“――憤怒龍、私を失望させたくなければ、少し黙っていてくれたまえ”
――これで、この場に残るのは、僕と傲慢龍だけだ。
互いに、正面から相対する。こいつが人類最大の敵、そして、機械仕掛けの概念が作り上げた最高傑作。僕の現状最強の敵。
“――さて、敗因。なんとかするといったが、できるのかね? この状況で”
「ハハッ、当たり前だろう」
“ましてや――”
心底こちらを見下した瞳で、
“
――その事実を告げた。
◆
「……暴食龍が?」
“そうとも、私がその様に差配した。お前も気がついているのだろう? 私がお前と同様に、未来を把握していると“
山間の村でのこと。現れるはずのない暴食龍。本来ならばあそこに現れるのは暴食兵で、そもそもあの戦いは、大きく大罪龍との戦いに変化をもたらすものではなかった。
それが突如として変貌を遂げたのは、何者かの指図あってのこと。考えられるのは二択、機械仕掛けの概念か、暴食龍の直接の上司である傲慢龍だ。
結論は、後者であったというわけだ。もちろん、僕もそれは把握している。だからこそ、どこかで手を打ってくる可能性は大いにあったわけで。
「それが、ここだったってことか」
“そうなるな。そして、故にお前は致命的なミスを犯した。なにを、などとは言わないだろうな。ここに私がいる、憤怒龍がいる。お前に勝ち目などなに一つない“
「……その傲慢なプライドをねじ曲げてでも、ここにくるだけの価値はあったと、そういうことなわけだ」
大罪龍は一体一体が強力な個体である。ともすれば、一体で世界を滅ぼすだけの力がある。特に数ですぐれる暴食龍。多数の敵と相対することに圧倒的なアドバンテージを有する憤怒龍。不死身という絶対的な機能を持つ強欲龍。それらは特に、人という弱い個を蹂躙するのに適した能力を有している。
そして、そんな能力を持っていてもなお、彼らが満場一致で最強と認める傲慢龍にも、それは言える。特に、先ほど僕があれほど強力だと言っていた憤怒龍の熱線と、ラインの概念起源を同時に消しとばしてみせたあの能力。
初見殺し極まりないあれは、間違いなく僕にとっても脅威の一つだ。
その上で、奴らが人類を滅ぼしきれない大きな理由。それこそが傲慢龍のプライドの高さである。
そも、傲慢龍が直接戦場に現れることはありえない。自分の力などなくとも、大罪龍は人類を滅ぼせると傲慢にも確信しているから。それは人類にとっては大きな油断であり、付け入る隙だ。事実、初代ではこの隙を突かれることで奴は敗れ去るわけだが、だからといってそれが今の人類に味方するわけではない。
傲慢龍は自身が傲慢であればあるほど力を増す。要するに、相手のことを見下し、侮蔑し、嘲笑すればするほど、奴の能力が向上するのだ。
そして、それらの傲慢が頂点に達した時、奴は世界に姿を表す。そうしているときの傲慢龍は、まさしく無敵だ。
端的に言おう、傲慢龍は自身の策に敵が嵌り、そしてそれに対して自身が勝利したと確信している間、あらゆる攻撃に対して無敵になる。そう、先ほどラインと憤怒龍の必殺の一撃を打ち消したのも、傲慢龍が勝利を確信し、傲慢の極みにいるからこそ。
傲慢の化身となったプライドレムを止めることは不可能である。
逆に言えば、勝利を確信していないプライドレムは姿をあらわさない。そして、プライドレムが滅びない限り、大罪龍は滅ぼされても二十年経てば復活する。
そして、勝利を確信して現れたプライドレムを撃破しようにも、その瞬間の奴は無敵だ。
故に、人類はプライドレムに勝利できない。
人類は奴が傲慢であるが故に滅びを防げているのではない。人類は初めからプライドレムに泳がされているのだ。
故に、勝てない。
「――それで、僕を倒すためだけに、アンタはここに来たわけだ」
“冷静だな――気に食わん。まさか、暴食龍の群れを相手に、色欲龍の元までたどり着けると本気で思っているのか?”
「そうだな、幾ら師匠といえども、一人じゃあ暴食龍相手に、クロスたちを守りながら逃げ切るのはムリだろうね」
――確かに、いかにも状況は絶望的じゃないか。
ああ、けどしかし――すでによくわかりきっている。当たり前の事実。
――僕は敗因、勝利できない因果をひっくり返し、勝利すべきものの敗因となる概念使い。こんな状況、
「――アンタがここに現れた理由。勝利のため、傲慢であるがため、だが同時に――確認したいことがあるんじゃないか?」
“――気に入らん、が、正解だ。私はお前に対して、確認したいことがある”
「僕もだよ、――いや、すでにほとんど半ば確信しているが、敢えて聞こう」
僕は、傲慢龍は、同時にそれを口にする。
“――お前は”
「アンタは――」
「答えてやるさ、
“――――”
「アンタは勝利を確信してここまでやってきたみたいだけどな、
まくしたてるように、笑みを浮かべながら僕は言う。
挑発だ。僕を止めていい、咎めていいぞ。ただし、
僕の挑発に乗った時点で、傲慢龍はプライドを傷つけられている。傲慢の化身たる条件を満たさなく成る。
それを傷つけてでも、僕を殺してみるか? ――万が一にでも、負ける可能性があるかもしれないのに?
だから僕は、話を続ける。
「――
“……ふむ”
「アンタの創造主、お父様、父上、“神”。何でもいいけど、そいつから知識を与えられてる。違うか? ――といっても、違うわけないよな。未来を知ってるやつなんて、この世界に僕を除けばそいつだけだ」
否定はない。
当たり前だ、僕はすでに解っている事実から、当然の帰結を結びつけているに過ぎない。他に正解などないことは、僕の知識が何よりも知っている。
この世界にそれができるのは神だけで、
「そして、神が直接僕たちに干渉することはない。神がやったことは、
何故か、
「
傲慢龍は、ため息と共に、そう答えた。
それは神に対してか、僕に対してか。まぁ、どちらでもいいだろう。傲慢龍は続けた。
“私が知っているのは、これからお前が辿る
――つまるところ、ルーザーズの内容
「さて――それじゃ、そろそろ答え合わせといこうか」
“……”
息を吐く傲慢龍。
彼はもう、全て把握しているのだろう。
僕は手を掲げ、そして、
「――調子はどうですか、師匠」
『良好だよ、こちらは無事にクロスたちを快楽都市まで送り届けた、暴食龍には、勝利している』
それは、