『やあ、お初にお目にかかる、傲慢龍プライドレム』
“――紫電のルエ、か”
僕が腕輪を起動させれば、僕の目の前にはノイズの走った半透明な師匠が立っていた。
通信機器である、衣物の腕輪。使用すれば破壊されてしまうが、いついかなる時、どのような場所でも通信することのできるそれは、非常に便利な衣物である。
それを利用し、僕らはこうして連絡をとっているわけだ。
“なぜ生き残った? とてもではないが、そんなことは不可能だろう、お前だけでは、暴食龍にはかてないはずだ”
――まったくもって、ごもっともで、師匠一人で十数体の暴食龍を撃破できるはずがない。二体くらいなら相手取ることもできるだろうが、そもそも二体暴食龍がいるということは、最悪四十体の暴食兵が生まれるということである。
そんなもの、さすがの師匠でも相手することは不可能だ。
『なぜ、って――気付いていないのか。そうか、そうだよな。そりゃあそうだ。お前は
“もって回った言い回しがお好みか、ならば面倒だ、お前から聞く必要もない。――眼の前にいるお前の弟子とやらの首をかききってやろう、さて、どうだ?”
『逸るなよ、なに、すぐに分かる――ああ、だから……だからさぁ、泣き止んでくれよ』
――と、そこで師匠が何故か足元を見た。完全にこちらではなく、向こう側でのあれやこれやが起因しているらしい。
……なんとなく想像はつくけれど、まだ踏ん切りついてなかったのか。
『第一、最初に君がいい出したんじゃないか、この腕輪を使おうと言うのは。今更惜しまないでくれよ、もう使っちゃってるんだぞ!?』
自分でいいだしたのになぁ、と思っていると、師匠も向こうで言い始めた。
傲慢龍の訝しむような視線が、強まる。何を言っているんだ、こいつら――と。
「……やっぱり、知らなかったんだな」
“何――?”
「そりゃそうだ。
そして、僕は師匠の足元で泣き崩れているであろう
「――フィー」
――嫉妬龍エンフィーリアであった。そんな彼女が、目元を拭いながら立ち上がる、そして、
『――――あっははははは! ざまぁみろプライドレム!! アタシのことを忘れるから、こういう目に遭うのよ!!』
本来、この行程は別に必要なかった。お互いの無事を確かめたいのなら、全てが終わった後でもいい。わざわざ使い捨ての――しかもペアでもらった大事な腕輪。
だからその、あまり気落ちしないで欲しい。
――ほら、
“――嫉妬龍だと?”
そこで呆然としている傲慢龍で、溜飲を下げて欲しい。
“……いや、そうか、人の側に寝返ったか。何があったかは知らないが、しかし
『ちょっと……?』
――傲慢龍は、どこか腑に落ちたように言う。嫉妬龍など眼中にはないようだ。怒るフィーを他所に、けれど奴の言葉は的確だった。
“――嫉妬龍が傷付けば、
僕らの狙いを、傲慢龍は正確に読み取っていた。
――僕らは、快楽都市へとクロスたちを送り出す際に、暴食龍が出張る可能性は見越していた。そのうえで、師匠をクロスたちの護衛に配置しつつ、
その狙いは唯一つ。
『――そういうこと。ご無沙汰ねぇ、傲慢龍』
“――色欲龍。まさか、お前が出張るとはな”
通信越しに、色欲龍の声が響く。
――ああしかし、すごい光景だ。今この場には、四体の大罪龍が顔を合わせている。おそらくすでに撃退されたであろうが、暴食龍も加えて、五体。
なかなか見られない光景であった。
ともかく、これで傲慢龍の狙いは外れた。師匠たちが死ぬことはありえない、僕は賭けに勝ったのだ。
“――ぬぅ”
――呻くような傲慢龍の声。
完全に想定外だったのか、それとも切り捨てなければならなかった可能性に未練を抱いたか。
どちらも、決して大した違いはないだろう。ただ一つ言えることは、これが傲慢龍の致命的な隙――つまり傲慢の無敵を解除する手はずと成ることで。
しかし、
“……いや、だからどうした”
――そして、容易に失敗しうる現実がつきつけられた。
“
――そう、そもそもの話。
僕は、憤怒龍と傲慢龍、このやっかい極まりない相手に、勝利することのできる札は、何一つ所有していなかったのである――
◆
――今回、僕が対決するのは憤怒龍だ。
では、そもそもこれがどういう意図だったのか、という話をしていこう。
まず第一に、僕は現在、ルーザーズ・ドメインのストーリーを
故に、憤怒龍がライン国を襲うのは、ほぼほぼ間違いなく起きると見ていい。では、どういう条件でそれが起きるのか、強欲龍の襲撃がズレた時点で、正直なところ何が正しいのかはさっぱりだが、
なにせ、バグ技レベリングで一週間ほど潰してから山を登っても、村の襲撃イベントのど真ん中にでくわしたわけで、シェルも、ミルカもそこにいたわけで。
で、じゃあ何が考えられるか、
簡単に言うと、強欲龍襲撃のイベントでは
村の襲撃イベントは言うに及ばず、他にもクロスを伴って嫉妬龍に会いに行くイベントは、ほぼ内容はそのままだった。正直、ゲームの再現という意味ではアレがほぼ初めてだったので、少し感動してしまった。
でもって、憤怒龍襲撃イベントである。
本来の流れでは、“儀式”を行うためにライン国をクロスが離れた所を、憤怒龍が襲撃してくるという流れだった。本来、主人公の敗因もここに同行しているわけだが、ここでイベントの流れは
なので、一つ目の目的は、
――が、しかし。
ここでそれに対して否定材料が存在する。
村の襲撃イベントで、ゲームでは起こり得なかった
現れるはずがないのだ、あの場所に。
コレに対して、出せる仮説は一つだけ、
だが、だとしたらあのタイミングで襲撃してくるのはおかしい。襲撃イベントに混ざるのではなく、どこか適当な場所で暴食龍を偵察に出すのが普通のはずだ。
だから、この場合把握しているというのは、ゲームにおける流れ――つまり本来の歴史を傲慢龍が把握しているのではないか、というものだった。
――なお、ここで僕にこれを知られてしまうことを、迂闊と思うかも知れないが、おそらく傲慢龍も手探りだったのだ。だから暴食龍をあの場に配置して、
コレに対して、僕は完全に素で対応してしまったわけだから、あの場に於いては傲慢龍の狙いが完全にハマった形になる。
リリスの概念起源も切らされてしまったしね。
――で、ここで今回の憤怒龍襲撃だ。この憤怒龍襲撃は、あちらにとっても、僕たちにとっても非常に都合のいいイベントになる。
何が都合がいいかと言うと、
なにせライン公国での話が終わると、ここからしばらく傲慢龍陣営は話に絡まなく成る。次のイベントは主に怠惰龍とその星衣物にまつわる話だ。
これが結構長丁場なのである。そして、ここに傲慢龍は一切関わらない。
なので、ここで手を打って、可能ならば損害を与えたいというのが、僕らサイドと傲慢龍サイド共通の考え。そして、それに対して僕らはどのような手を打つか、傲慢龍はどのような手を打つか。
まず、僕らがやったことは、クロスを快楽都市まで連れていくこと。これはイベントを起こす必須条件であり、僕らがやらなくてはならない必須条件だ。
もし、これに傲慢龍が反応しなかった場合は、そのまま快楽都市でクロスの面倒を見てもらうことになっていた。社会勉強というやつだ。
ゴーシュが是非に、と言っていた。
そして、これに僕は師匠という最強の護衛をつけた。僕がそちらに行かなくても、師匠ならば僕がいるのと変わらない結果を出してくれるからだ。
言うなれば、僕と師匠はイコールである。僕ができることは師匠もできるし、その逆もしかり。故に、こういう二面作戦では、僕と師匠のどちらかがいれば、僕の目的は達成できる。
とはいえ、今回の場合は、師匠ではなくもうひとりの護衛の方が、結果的には重要になるのだけど。
それに対して、傲慢龍は戦力の全投入という必殺の手札を切ってきた。憤怒龍をライン国に、暴食龍をクロスに。そして
もし、ライン国及び、僕を憤怒龍が単独で撃破できるなら、傲慢龍はそもそも姿をみせなかっただろう。
――これに対して、正直なところ傲慢龍の意図は推測するしかない。ただ、僕たちは傲慢龍の行動に対して、いくつかの選択肢を考えていた。
まず、そもそも憤怒龍しか襲撃してこない場合。これは傲慢龍が本来の歴史を把握していない場合に起こりうる事態で、山村襲撃の件で非常に薄い線であると見られている可能性だ。
そして、この場合は、そもそも対策など必要ない。僕とライン、及びリリスの三人で憤怒龍を討伐する。それだけだ。危ない局面はあったが、達成直前まで持ち込むことはできた。
次に、憤怒龍、暴食龍のみで襲撃してくる場合。これが起こりうる可能性のなかで、一番こちらに都合のいい可能性だ。憤怒龍を討伐することができ、暴食龍の数を減らすことができる、一方的にこちらが完勝できる未来だ。
そして、その変形パターン。具体的に言うと暴食龍がライン国を、憤怒龍がクロスを狙う場合。コレに関しても、一応僕らは勝利できるようにメンバーを配置した。
暴食龍は全ての個体を投入してくることはないだろうから、僕たちは割と安定して勝利が望める。対して、憤怒龍を相手しなくてはならない師匠たちが厳しいが、コレに関しても、対策はあった。先述の色欲龍である。
一番最悪なのが、ライン国を憤怒龍、暴食龍が襲い、クロスを傲慢龍が狙うパターン。傲慢龍は先の通り、傲慢であり続ける限り無敵だ。僕はなんとかする術もなくはないが、師匠たちにはそれがない。憤怒龍が師匠たちを狙うパターンに対しての対策も、傲慢龍には通用しない。というか、無敵を解除していない限り、たとえメンバーが師匠、フィー、ミルカ、色欲龍というメンバーであったとしても、勝ち目はない。
だが、コレに関しては、もし傲慢龍の無敵が解除されてしまった場合、傲慢龍は敗北する可能性がある。
――この場合、無敵が解除されるとしたら、僕たちが暴食、憤怒を傲慢龍がクロスたちを全滅させる前に討伐し、腕輪の衣物で通信しそれを伝えることか。
まぁ、かなり薄い線であるがゆえに、対策もかなり少ないが、一応コレに対しても僕らは念頭に置いて配置を決めた。
そして――今回のパターン。
憤怒龍がライン国、暴食龍がクロス。そして憤怒龍が討伐される直前に傲慢龍が乱入しそれを防ぐパターン。
なにせ傲慢龍にとって、自分自身は最大の鬼札である。それを切るということは、必勝が約束されていなければならず、それを最も満たしやすいのは、憤怒龍とともに僕を殺すこと、だ。
加えて言えば暴食龍は性質上囮として扱いやすく、切り捨てやすい。そんな札のために対策を打たなくてはならない時点で、向こうにとってこちらへの大きな圧になる。
その上で、自分と憤怒龍を僕に当てれば――
さて、ここまで長々と語ったけれど、そもそもの話として、僕が語っていないことが一つある。
僕は今の状況が、一番考えられるパターンだと言った。であれば、それに対する対策はしていて当然だ。だけれども、
――
もちろん、僕は一人ではこいつら二体に勝利することなどできるはずもない。負けイベントならばひっくり返すが、そもそも勝つ必要がないなら、話は別だ。
そう、僕はこの状況に勝利でケリをつけるつもりはない。他のパターンならば、多少ムリをしてでも負けイベントをひっくり返しにいっただろうが。
憤怒龍との戦いも、十分勝利できる範疇で、傲慢龍とはそもそも戦うつもりもない。
では、どうするか。
――答えは、この場に最初からあった。
では、この一言で――僕はこの戦いに幕を引くとしよう。
「――
――傲慢龍の視線が、憤怒龍へと向く。なぜ、という思考が一瞬挟まり、僕はその間に、その一言を口にした。
「
それは、ゲーム。初代ドメインにおいて、