負けイベントに勝ちたい   作:暁刀魚

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五.師匠と僕と、怠惰なるまどろみの中で
49.奈落に向かいたい。


 立ち上る無能(スローシウス・ドメイン)は生物だ。

 星衣物は様々な種類があるが、中でも特別異質なのは、やはりこいつだろう。なにせ生きている、思考して、そして何かを生み出す存在だ。

 他に生物といえば……まぁ、いなくもないが、少なくとも現時点で生きているのはこいつだけだ。加えて言えば、奴こそが四作目の元凶、おおよその黒幕である。

 四作目は三作目に引き続きフリーシナリオシステムなので、彼が黒幕ではないシナリオも多数あるが。

 

 では、その“立ち上る無能”とは?

 端的に言えば、それは――

 

 

 ()()()()()()()()であった――

 

 

「――すごいわね、これ」

 

「ほえー」

 

 現在、僕たちはライン公国を離れ、旅をしていた。ライン国にはアレ以降、大きな魔物の襲撃はなく、落ち着いている。僕らも長い休暇を終え、次へと動き出すには丁度いいタイミングと言えた。

 そんな僕たちの目的地は“怠惰龍の足元”という地域である。

 

 この世界は大罪龍が現れて以後、魔物の襲撃により大きなコミュニティが作れなくなっている。魔物の襲撃を守れるのが概念使いだけで、概念使いの数が足りていないためだ。

 ライン国のように、国全体で概念使いを受け入れるにも、未だ価値観がそれを許さない。故に大きな概念使いのコミュニティは、ライン国、快楽都市、そしてこの怠惰龍の足元以外に存在しない。

 

 怠惰龍の足元。

 文字通り、怠惰龍が怠惰にふける棲家の周辺を指す。なぜこの周辺がコミュニティになるのか。単純に言えば大罪龍が襲ってこないためだ。

 基本的に、大罪龍は大罪龍同士の闘いを避ける。理由は強欲龍の場合は他の大罪龍がほしくないから、傲慢龍の場合はバランス調整。

 

 強欲龍はさておいて、傲慢龍の方は切実だ。基本的に、大罪龍の侵攻は人類に対する試練であるため、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という制約がある。

 大罪龍を襲わないのも、その周囲に人が集まることよる人類存続というバランス調整のため。マーキナーのワガママにつきあわされる傲慢龍サイドはご愁傷さまというほかない。

 

 よって、人類は自身を襲わず、ほかの大罪龍を寄せ付けない怠惰龍の側へと身を寄せた。しかし、考えて見てほしいのだが、()()()()()()()()()()()()。魔物に高い思考力はないから、大罪龍に引きつけられている、とも言える。

 簡単に言うと、怠惰龍の周囲には大罪龍はやってこないが、()()()()()()()()()()のだ。

 

 当然、ライン国や快楽都市と比べると危険性は非常に高い。

 故に当初は、どうしても行き場のなくなった人々――リリスの出身である異邦人たちのような存在が暮らす場所だった。

 

 ある時、そこで()()()()()()()()()()()ことが解るまでは。

 衣物、人類にとっての便利な道具。世界各地に転々と埋め込まれた技術ツリーを無視したオーパーツの群れ。

 基本的にそれらは一箇所に固まって見つかることはない。しかし、どういうわけか怠惰龍の足元ではその衣物が大量に見つかるのだ。

 

 とすると、どういう事が起きるか、()()()()()()()()()使()()()()()()のである。結果としてここにコミュニティは完成した。

 言うなればここは、()()()()()()()。衣物を発掘するためにダンジョンに潜る概念使いと、彼らをサポートする人々の街。

 

「――というわけで、ここが怠惰龍の足元最大の都市、“アビリンス”だ」

 

 師匠が僕たちに振り返り、ふふんと自慢気に胸を張る。残念ながらそんなものはなかった。

 ――現在、僕らはその圧倒的な人の数に圧倒されていた。ここは、ライン国よりも、快楽都市よりも、とにかく()()()()

 

 行き交う人々の姿は雑多で、老若男女問わず、様々な人々が、思い思いの格好で行き交う。そこにはライン国のような落ち着きはないが、かといって快楽都市ほど混沌としていない。

 

 一言で言うならば、()()()だった。

 

「快楽都市もにゃー! って感じだけど、ここはもうしにゃーー! って感じなの、しかも皆そうなの! 快楽都市にはふにゃー……って人もいるの!」

 

「えーと、うん。そうだな、快楽都市も賑やかさなら負けてないけど、あそこは一人ひとりが同じ方向を向いていないからな」

 

 ――端的に言って、この街、アビリンスは非常に活気に満ちている。活気で言えば快楽都市も負けてはいないが、両者にはある大きな違いが在る。

 アビリンスには衣物を求めて人々が集まる。つまりここにいる人々には共通の目的があるが、快楽都市にはそれがない。

 

 要するに、この華やかさの原因はまとまりがあるか、だ。誰もが衣物というお宝を夢見て、それを妨げようというものがいない。

 これが快楽都市なら、他にも様々な目的が入り混じって、方向性がおかしなところに向かってしまうだろう。

 

「ライン国と比べると、ちょっとにぎやか過ぎるけど、ライン国は生きるために必死で、大罪龍の脅威がある。ここはそれがないよね」

 

「そういうこと。この怠惰龍の足元は簡単に言えば、今世界で唯一()()()()()都市なんだよ」

 

 端的に言って、現在世界は大罪龍という外敵にさらされ、滅亡の危機に瀕している。それは対大罪龍の最前線、ライン国でも変わらない。言ってしまえば今、世界はマイナスの中に在り、それをゼロに戻そうと必死なのだ。

 そんな中で、この怠惰龍の足元だけは、プラスを得ることのできる場所だ。大罪龍というマイナスがないのだから、当然である。

 

「あのスローシウスが、まさか世界に対して現行で、唯一“益”をもたらしてるって、変な話だわ」

 

「そりゃエンフィーリアにしてみればそうかもしれないがな……というか、それを言ったら色欲龍も君もそうだろう」

 

「私達は、自分っていうマイナスをゼロにしてるだけよ」

 

「むー、そんなこといわないのー」

 

 ばっと、リリスがフィーに飛びついて、背中にのしかかる。

 

「なにすんのよ!?」

 

「えへへー」

 

 ――そんな様子を、僕と師匠が笑いながら、先を進む。

 なお、フィーはまんざらでもない様子だった。リリスって素直で、嫉妬するのも馬鹿らしい相手だからね、フィーも素直に対応できるのだろう。それでも言葉はツンデレまっしぐらだが。

 

「それで、僕らはこれからどこへ向かうんですか?」

 

「私の知り合いのところにな。っていうか、君は知ってるだろう。“灰燼”のところだよ」

 

「……まぁ、そりゃそうですよね。でも会えるんです?」

 

 僕が問いかけると、師匠は顔パスだよ、と答える。――さすがアビリンス立役者の一人。

 

「かひひん?」

 

「リリスー、あんまりフィーをもちもちしてやるなよー」

 

「えへなの」

 

 頬をもにもにされながら問いかけるフィー(嬉しそう)に僕が答える。

 ――灰燼。

 端的に言って、この街最強の概念使いである。

 

 現在、この世界において名のしれた概念使いは三人いる。ライン国王、ライン。紫電のルエ、そして3人目。

 

 灰燼のアルケ。ゲーム本編においては、今回の怠惰龍編のキーパーソンとなるキャラである。

 さて、ゲームにおいてはクロスが覚醒し、概念起源で憤怒龍を封じた後、手隙になった負け主パーティは、覚醒したクロスに、憤怒龍を封じた今のタイミングでの、暴食、及び強欲討伐の手段を模索するよう言われる。

 強欲の討伐を大きな目標と考えていた負け主はこれを承諾、これらを討伐する手段を求め、シェル、ミルカ。それから相変わらず存在の気配がしない仲間の三人を伴って、この怠惰龍の足元、及びアビリンスにやってくる。

 そこで出会うのが灰燼のアルケだ。

 

 で、ここでポイント。ゲームにおいてはここで掘り下げられるのが、僕が今まで一切触れてこなかった――面識がないのだから触れる理由もないので――ゲームにおける仲間である。

 端的に言うと、アルケはその姉なのだ。この二人の関係は結構拗れており、負け主はその中で色々と奮闘することになるのだが、

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 またかと思うかも知れないが、またである。なぜってこのゲームはルーザーズ・ドメイン。僕たちはすべからく敗者にならなくてはならないのだ。

 とはいえ、アルケは師匠やライン公と違って、その死へ、能動的に彼女が行動を起こさないと至らない。師匠とラインは大罪龍の襲撃という外的要因だったが、彼女の場合は彼女が行動を起こした結果だからな。

 

 なので、その行動が起きないように今回僕たちは動く。具体的に言うと、彼女はゲームでは僕らとともにダンジョンに潜るのだが、今回はそうしない。だって僕のパーティは全員が彼女と同じくらい強いのだから。

 

「――昔、衣物が発掘されると解った頃に、私もここに来てなぁ、その時にアルケと出会ったんだ。で、二人で迷宮を攻略しつつ街を作った。まぁ、懐かしい話だ」

 

「師匠、ライン国にも一噛みしてましたよね?」

 

「そりゃなぁ、世界中回ったからな」

 

 なんて話をしつつ――なお、移動中リリスはずっとフィーをもちもちしていた――僕たちは目的地にたどり着いた。

 

「ここはアビリンスの行政施設、ギルド、なんて呼ばれたりもするが――そこの主に、顔を見せる」

 

「如何にもだなぁ」

 

「いはにも?」

 

 何でもないよ、とフィーに返しつつ、そろそろリリスを引っ剥がす。二人してなんだかつやつやしているが、そんなに楽しかったのか。

 僕は必死に視線を向けないようにしていたので、よくわからない。

 ――だって見るとフィーの背中にリリスの()()が押しつぶされているのが解ってしまうんだもの。煩悩退散、煩悩退散。

 

「んじゃ、お邪魔しま――」

 

 そう言って、そもそも煩悩の気配など微塵も感じていない師匠が、扉に手をかけて。

 

 

 ――爆発に吹き飛ばされた。

 

 

「ぐえー」

 

 びたーん。

 

「し、師匠――!?」

 

 どこかで見たことのある態勢で倒れるボロボロな師匠に呼びかける。しかしボロボロな割に傷はなさそうだ。

 

 

「――だから、何度言ったらわかるんだい!」

 

 

 叫び声がした。

 あ、これは――

 

「何よ、一体何があったのよ……」

 

「お邪魔しましまさんなのー……」

 

 リリスとフィー、それから僕が恐る恐る覗き込むと、そこには――

 

 

 ――激怒する二十代後半の女性と、正座しているモヒカンみたいな荒くれ者が二人いた。そしてその手には、なぜか下着が握られている。

 一人が上、一人が下。

 

 

「なんでだよ!?」

 

 ――思わず叫んだ。

 

「だ、だから姐さん、こいつは衣物なんすよ。なぜか見つかったんすよ……」

 

「んなわけあるかい! そんな衣物あたしゃ初めてみたよ! 返してきなさい!」

 

 室内は、先程の爆発の影響か、煤だらけになっていた。その煤は、時間を経るごとに消えていっているが、これは灰燼の概念技か。

 目くらまし用の爆発。見えない敵へのペイントにも使える便利な概念技だったはず。さらに言えばインパクトがすごいので、こういうお仕置きの場にも有用だ。

 

「お、おおい、そこの兄ちゃん! 兄ちゃんからもなんかいってくれよ! 俺たちは衣物としてこの下着を見つけてきたんだが、姐さんが信じてくれねぇんだ!」

 

「いきなりコッチに振ってきた!?」

 

「あぁん……?」

 

 どうしたものかな、なんか楽しそうだけど、微妙に脇からの視線が痛いんだよ。おちついてフィー、しょうがないだろ向こうから絡まれてるんだから。

 

「アンタも、そこのアホの同類だっていうのかい? どこの誰だか知らないけどねぇ――」

 

 ――と、考えていると。

 

「……やあ、アルケ」

 

 後ろから、煤だらけの師匠が僕たちを割って入ってきた。

 

「…………ルエ?」

 

「ご挨拶だな?」

 

「……………………ごめん」

 

 女性――アルケはバツが悪そうに視線をそらし、つぶやくのだった。

 

 

 ◆

 

 

 灰燼のアルケは、いかにも姐さんと呼ばれるのが似合う赤髪の女性である。腰まで伸びた燃えるような髪と、切れ長の目は、そりゃもうキツめの美人って感じだ。胸元の大きく開いたドレスのような服装からして、それはもう色気がすごい。

 大きさはリリスの方が勝っているが。

 

「いやぁ、お見苦しい所をお見せしたね」

 

「ははは、まぁ相変わらずそうでよかったよ」

 

 と、旧友が会話を楽しむ中――

 

「これほんとーにもらっていいの?」

 

「アイツラもいらないって言ってたし、いいんじゃない? 使えるのアンタしかいないし……」

 

「これすっごいデザインセンスがいいの、宝物にするのー」

 

 ――なぜかもらってきた下着を嬉しそうに眺めるリリスと、それをどうでも良さそうに受け答えするフィーの姿があった。

 

「ま、そもそもそんなちゃんとした下着が必要なのがアンタくらいしかいないっていうか……そこのやつはそもそも付ける必要すらないっていうか」

 

「おいこら聞こえてるんだぞ!?」

 

 何故か師匠を刺し始めたフィー。というか僕がいる前でそういう話をしないでください。

 

「んで、聞いてるよ? あんたら、強欲龍を倒して、傲慢龍たちを追い払ったんだって?」

 

「ん? おお、そうだな」

 

「でもってそっちが――嫉妬龍エンフィーリア」

 

「ひさしぶりね、アルケ。あんた、灰燼って概念だったんだ」

 

 ――どうやら、アルケとフィーは顔見知りだったようだ。気軽に会いに行ける大罪龍の一体ではあるからな、フィー。きっと誰かを概念使いに覚醒させてもらったのだろう。

 妹……ではないはずだが。

 

「いや、あたしとしちゃぁ、アンタがこっちについたのが意外すぎるんだけど……」

 

「……何よ」

 

「……アタシの胸元を警戒しつつ、そっちの子に胸を押し付けるのはやめてもらっていいかい?」

 

「あはは……」

 

 むー、とむくれるフィーを引き剥がしつつ、苦笑いする。

 

「で、アンタはゴーシュのとこの――」

 

「リリスなの! 概念は美貌、はっさい!」

 

「…………よろしく」

 

 はっさい、の部分をスルーするか小一時間悩んで、アルケはスルーすることを選んだようだ。リリスはニコニコ笑っている。

 

「……で、急にどうしたんだい、こんなとこで。――第一、アンタがまたこんな精力的に動くことがあるとは思わなかったよ」

 

「まぁ、弟子の影響……かな?」

 

「弟子、ねぇ……それで?」

 

 ――ああ、と師匠はうなずいて、続ける。

 

 

「“奈落”を、攻略しようと思う」

 

 

 それにアルケは、おお、と目を見開いた。

 

「ついにかい! このメンバーでかい?」

 

「そうだ、全員が私並に強いぞ」

 

 ――流石に師匠並、はいいすぎだが、アルケに負けていないのもまた事実。というわけで、僕らの次の目的地は“奈落”と呼ばれる場所だ。

 

 現在、アビリンスの周囲には無数のダンジョンがある。奈落とは、その中で最も巨大なダンジョン。

 

 そして、星衣物の居城とも言える場所だ。

 ――立ち上る無能(スローシウス・ドメイン)。名をアンサーガ。

 

 英雄を否定する無能。()()()()()()()()()()()()()()()()()()狂気の衣物創造者である。


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