――事の起こりは、数分前。
端的に言うと、部屋に入った途端に発動する罠が作動して、しかもその罠がそれぞれをランダムの方向に飛ばす罠だったのだ。悪いことに、この部屋に入らなければ先に進めない状況。だからこそ、この転移自体は必然だったのだが、対応策はあった。
手をつないでいれば同じ場所に移動できるのだ。それがわかっていれば、全員が同じ場所へ移動して、迷子になるだけで済んだ。
がしかし、完全に油断していた僕らは、その罠を察知することができず、思い切りバラバラに転移することとなってしまった。
幸い、このダンジョンの敵の強さは、嫉妬ノ坩堝ほどではないから、脱出自体はそこそこ難しい程度だろう。加えて言えばこのダンジョン、脱出法を知っていれば、そこまで脱出は難しくない。
リリスもフィーも、そこまで無茶はしないはずだ。
問題は――
「……しかし」
偶然、手を掴むことの出来た師匠。そして僕は、二人で行動することになった。そう、僕と師匠である。端的に言えば、僕らはこのままダンジョンを進んでも問題ない立場にあった。
「――二人きり、というのは久々だな」
「リリスが来てから、結構経ちますからね」
師匠と僕は、壁によりかかりながら、休憩を取っていた。ここまで、ほとんど休憩なしでダンジョンアタックを続けていた。四人で挑むと、案外このダンジョンのギミックが面白いのだ。
休み時を見失っていたのである。
「最後に二人で戦ったのが色欲龍戦だから……ざっと五ヶ月くらいになるわけですね」
「ああ、君の最低戦法がなぁ」
「今更ほじくり返すんですか!?」
頼むからフィーには内緒で頼みます、といいながら、二人でコーヒーを呑む。こういうのも、本当に久しぶりだ。リリスが加わってから、僕たちは本当ににぎやかになった。
フィーもリリスも、かなり姦しいタイプだ。フィーは少し受動的なところはあるものの、打てば響く。そしてリリスは積極的に打つ。
あの二人は相性がいいんだよな。それを僕と師匠が横から茶々を入れる。そんな関係が、ここしばらくの僕らだった。不思議なもので、それが当たり前だと思っていた。
まだ、僕はこっちにやってきて半年かそこらだと言うのに。
「――最初の頃は、全部僕が面倒見てたんですよね」
「言うなよぉ。一応、野営くらい私にだってできる」
「適当に地面に寝てても文句言わない人の発言は認めません」
「うっさいうっさい、バーカバーカ、君までリリスみたいになるのか。最近エンフィーリアも小うるさいのに」
「ふたりとも師匠のことを思っていってるんですよ」
――師匠は一人で何でもできる。というか、妥協してしまえば快楽都市の下水道で暮らすことすらできるくらい、師匠は住に頓着しない。もっと言えば、食も、衣も。師匠は自分が困らなければそれでいいのだ。
そうしないのは、公の場に姿を見せる時くらい。そしてそういう時は、師匠の中で意識が切り替わっているのである。
「……別に、二人の小言が嫌なわけじゃないよ。それも楽しみなんだ、私は他人に面倒を見ていないと、いくらでもダメになってしまうしね」
「あの拠点で一人暮らしをしていた時は、そこそこキチンとしていたと思うんですが」
「アリンダさんがいてくれたからだよ。あの人が私を概念使いとして頼ってくれるから、多少は外聞に気を使う意識ができたんだ」
――つまり、一人で誰にも知られることなく暮らすなら、師匠はあんな生活をするつもりすらないということだ。
相変わらず、この人は一人にしちゃいけないタイプの人だな。
ただ、少しいびつでもあると思う。
――そんな人が、リリスたちに構われることを、アリンダさんと交流を持つことを“楽しみ”という。ああいう交流はありふれていて、人の営みの中に当然あるものだ。
師匠は、そんなありふれた感性を持つ人で、同時に紫電のルエとして大陸最強を名乗るに足る威風も持ち合わせている。というのは、これまで何度も何度も言葉にしてきた。
――それは、ゲームにおける師匠のイメージだ。師匠はありふれていて、けれども同時に浮世離れもしている。
なぜ、そう思うのか。
僕は死んだ後の師匠の言葉でしか、師匠の過去を知らないからだ。というか、ゲームではそういう描写の仕方以外に、方法はなかった。
ルーザーズにおける生前の師匠は、掘り下げる間も無く死んでしまう。その最期は、3で見せた師匠というキャラの積み重ねからくる描写で、生前の師匠とはイコールとは言えない。
ややこしいけれど、つまり。
――僕は、生前の師匠……言い換えれば、
それ故に、師匠の悩みに答えを出すことができないままでいた。
「――とにかく、先に進みましょう。師匠、二人でこのダンジョンを攻略します」
「……そうだな。私達ならば、問題あるまい。当初の予定よりも戦力は落ちるが、今回の目的を考えれば十分な戦力だ」
「今回は、あくまで前哨戦ですからね」
僕たちは、現在怠惰龍とその星衣物をどうにかするため行動中だ。とはいえ、今回このダンジョンに訪れたのは、あくまで概念起源後付用衣物を回収するため。
直接星衣物をどうにかするつもりはない。
面倒な話だが、これを取ってから、あることをして、それからもう一度コッチにもどってくる必要がある。詳しくは後述。
「それじゃ――」
「――やるとしましょう」
二人合わせて立ち上がり、概念化。剣と槍を取り出すと、一瞬だけ視線を合わせて、それから歩き出した。
◆
――魔物が迫る、スローマジロだ。このダンジョンはこのアルマジロ系が一番良く出てくる。
これを、僕がSSで速度を落とす。
「――“
そこに、師匠の槍が突き刺さり、吹き飛んだところを――
「“
僕の剣が切り裂いた!
――倒れた魔物の先に、また魔物。サンドバイクと呼ばれる砂型魔物だ。別名傲慢龍のおもちゃ――こいつはスローマジロより一段上。
最上位の魔物の一体である。
こいつを見ていると、フィーと遺跡を二人で探索した時を思い出すな。
あの時は、多少作戦を立てたけれど――
「“
普段師匠が使わない速度低下デバフ。原因は無敵効果がないために隙が大きいのだ、あとろくなコンボのつなぎにならない。でもって、これを使うと隙が生まれる、サンドバイクはそこを突くわけだけど。
「“
僕の足蹴りが、その口に突き刺さり、唸り声をサンドバイクが上げる。つづけて、
「“
「“T・T”!」
二人の概念技が直撃、弱った所を――ここは通常攻撃でめった切りだ。ST補充のためである。そんな弱い者いじめを敢行する僕たちに、
「――ッ! “
――敵の増援、ってこいつ……
「なっ……暴食兵!?」
「タマにポップするんですよ、だいぶ奥まで来ましたからね!」
「ポップ……?」
いいながら、BBを叩き込んで戦闘状態に移行。STは補充したため余裕はある、僕らはサンドバイクをさっさと片付けつつコンボを稼ぐと、
「“D・D”!」
「“
二人の移動技が、同時に暴食兵へと突き刺さった。続けざまに、
「“
「“
上位技で一気にHPを削る!
そして、若干前に出ていた師匠に暴食兵の攻撃が来た所を、
「“T・T”!」
無敵時間で透かす。――だけでは終わらない。
「“
遠距離攻撃の上位技を、師匠がちょうど無敵時間で攻撃をすり抜ける一瞬で通し、後ろから不意打ち気味に叩き込む!
同時に師匠のTTが――先に僕の
ちょうどこの一撃にPPのデバフが間に合えば倒せる計算だったが、きっちりだったようだ。
「……よし」
二人で周囲の確認。
敵の動きがないことを確認すると、一つ息を吐いた。
「お疲れさまです」
「ああ……にしたってなぁ、もうちょっとこっそりやり過ごすとか、そういうことはできなかったのか?
「これがリリスやフィーならそうしますけどね、でも、師匠なら言葉にするより二人がかりで敵を殲滅させた方が早いですし、確実ですから」
「まぁ、こそこそするよりはなぁ」
――現在の僕らの状況は、フィーと一緒に遺跡を探索した時と同じだ。無数の最上位魔物、張り巡らされた迷宮。
しかし僕らはそこを、
ここまで、取り逃した魔物はない。
だって、師匠と二人ならスニーキングミッションをするより、魔物を全滅させたほうが安全だから。
「しかしこの迷宮、どこまで続くんだろうな?」
「嫉妬ノ坩堝と比べると、長いんですよね……まぁ、あっちはほとんど脇道無視したってのもありますけど……」
――既に、嫉妬ノ坩堝の三倍くらいはダンジョンを探索している僕らである。このダンジョンは長い。入るものによって姿を変えることはあるわけだから、今回がたまたま長かっただけなのだが、それにしたって少し色々言いたく成る程度には長い。
まぁ、嫉妬ノ坩堝は最初の大広間、あそこに脇道が色々とあって、そこではパーティメンバーの最強装備が拾えたりしたのだが、僕たちには必要ないからって、全部スルーしたのだ。
なのでそこを加味すると、このダンジョンの大きさは嫉妬ノ坩堝の二倍くらいといったところ。
「それにしたって、合流できないな」
「フィーの方は、こうなった場合に頼んでることがあるので、当然といえば当然なんですが、リリスが読めないですね」
「あの子、直接戦闘能力すごい低いからなぁ……案外、自分に支援いれて駆け抜けるだけでもいいんだろうけど」
「案外大丈夫ですよ、リリス生存力だけは凄まじく高いので」
普段はやらないが、自分にバフをかけて、逃げることに特化したリリスはしぶとい。なんだかんだ高い位階から繰り出されるステータスにより、速度は申し分ないし、なにより彼女の数少ない攻撃技は非常に強いノックバック効果がついている。
逃げるだけなら、彼女ほど得意な人材はいないだろう。
通常戦闘でそれをやると、流石に支援に支障が出るようで、前衛の防御に隠れつつ支援に集中したほうが効率がいいのだが。
ともかく、今は僕らの話だ。
「でも、だいぶ周りましたし、そろそろ出るんじゃないかと思うんですよ――ほら」
そういいながら、僕は開けた視界に目をやる。長く続いていた通路が、一気に大きな場所へと出るのだ。先程のこともあって、少し警戒しているが、通路からでもその場所の様子は伺える。
そこは、ケミカルとしか言いようのない、近未来的な“研究所”と呼ぶべき場所だった。
SFチックな培養カプセルが大量に鎮座しているそこは、ドメインシリーズにおいてはおそらく最も異質な場所。
「……進むか?」
「もちろん」
二人で顔を見合わせて、それから油断なく足をすすめる。この先に、奴がいる。それを覚悟した上で――――
突如、僕たちは突風に見舞われた。下から。
さて――ここで余談だが、基本的に概念使いが概念化している間、身につけているものは破壊する意思をもって本人が破壊しない限り、破壊されなく成る。
つまり服とか、所持しているアイテムとか。ゲーム的な仕様によるものだが、これはつまり何が起こるかと言うと、概念戦闘でハレンチな事は起こらない。
ただ、何事にも例外は存在する。端的に言うと、
つまり、今回の場合の突風は、なんというか身体の埃を払うもの、といった強さだった。一応ここは研究所だから、アンサーガが埃を嫌ったのだろう。
いやだとしても、だからこそ。
「ししょ――」
僕は、慌てて師匠の方をみて、
そして、気がついてしまった。
師匠はスカートだった。そんな師匠は純白だった。
「――――」
「――――」
二人が停止する。慌ててスカートを抑え、なんとかそれを隠した師匠は、僕に瞳で問うてくる。見たのか、と。僕は瞳でそれに答える。
――すいません。
そして、
「ば、ば、ばかーーーーーーーーっ!」
――久しぶりに、盛大に赤面した師匠をみたな、と。僕はその叫びを聞きながら、思うのだった。