負けイベントに勝ちたい   作:暁刀魚

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52.アンサーガと出会いたい。

 ――師匠を慰めること小一時間。

 なんとか機嫌を治すまでに、かなりの労力を費やしてしまった。

 しょうがないことではあるのだけど、いくらなんでもあれは理不尽である。僕がなにも悪くないにもかかわらず、言葉をかなり選ぶ必要があった。

 なんで下からだけ突風が吹くんだよいろいろご都合すぎやしないか? っていうかあんな綺麗なラッキースケベ、僕の人生で初めて見た。他のアレやこれやはだいたい邪念が混じっているからな。主にフィーの色仕掛け。

 さて、師匠とのことは無事に片付いたので、

 

「…………」

 

「あの、だから師匠。すいませんでしたって」

 

 片付いていることにして、僕は先に進むことにした。師匠はなにも語らない。というか、いくら師匠でもこういうことには結構不機嫌になるのだな。正直、すぐに気を取り直すかと思ったが。

 ……少し考える。もしかして師匠。下着を不意に見られるのが初めての経験だったとか? いや、その可能性は十分あるように思えた。

 リリス曰く師匠は感情がすり切れているのだ。だとしたら、経験していることには強く、そうでないことには弱いと考えるのは妥当だろう。

 とはいえ、今はそれを気にしている余裕はない。ここはいよいよ敵の本拠地なのだ。当たり前ながら、ここで戦闘が予想される。師匠の機嫌もその頃までには戻ってもらわないと困るのだ。

 

「……そ、れにしても。聞いてはいたが、ここはなんなんだ? この水みたいなものが入ったガラスになんの意味がある」

 

「さぁ?」

 

「いや、さぁって……」

 

 多少持ち直したのか、周囲に視線を向ける師匠。しかしそれに対する僕の回答はなんというかしょっぱいものにならざるをえない。だって、本当によくわからないのだから。

 アンサーガがなにをおもってこのようなSF系の研究施設を作ったのか、メタ的にいえば雰囲気作りなのだろうけど、アンサーガに直接聞いても答えなんてろくに帰ってこないのだ。

 現代的に意味のある施設なら、それをもとにある程度解説することもできるけれど、残念ながら現代にもこういうの、ないしな……まぁ、なんにしたって言えるのはここがドメインシリーズの世界観から乖離しており、だからこそ非常に雰囲気が引き締まる敵の本拠地らしい場所だということ。

 

「絶対に変なものに触れないでくださいね。ほんと、なにが起こるかわからないんですから」

 

「さすがにそこまでアホじゃないぞ、私も」

 

 話をしながら先に進むわけだが、この研究施設は広い。魔物が出現しないにもかかわらずこれなのだから、アンサーガはここでなにを作っているのか、という話だ。

 

「しかし、アンサーガ……ね。信じられないな、この名前……怠惰龍がつけたのか?」

 

「生まれた時には名乗っていたそうです」

 

「なるほどなぁ、にしても」

 

 師匠は、何気ない様子で続けた。

 

 

()()()()()()()()()()かぁ。想像つかないな、どんな奴なんだ?」

 

 

 立ち上る無能(スローシウス・ドメイン)アンサーガ。

 全星衣物において、ぶっちぎりに特殊な経緯でうまれたそいつは、何から何まで異例づくしだ。まず以てからして、奴は()()()()()()()()()()()()である。

 そもそも、星衣物は大罪龍を生み出すことを決めた時点で、マーキナーが用意することを決めた代物である。しかし、これがなんとも、雑な話で、色々な代物を星衣物として決めたわけだが、怠惰龍に関してはいい星衣物が思いつかなかった。

 

 そんな状態で見切り発車に大罪龍を生み出したマーキナー。しかし、ある時色欲龍がとんでもないことをやらかす。()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。これに対し、他の大罪龍は勘弁してくれと逃げ出した。

 しかし、怠惰龍だけはそれを拒まなかった。というか、完全にどうでもいいと放置した。その間に子作りをした色欲龍から生まれたもの、それこそがアンサーガなのである。

 

 マーキナーは、これしかないとアンサーガを星衣物に決めた。

 以上、ここまでがアンサーガ誕生の経緯。

 

「まぁ、一言で言えば狂人……ですね。アレが人なのか、龍なのか、それ以外の生物なのか、僕にはなんとも言えないんですけど」

 

「大罪龍じゃないのか? 大罪龍同士の子供なんだろ」

 

()()()()。本人が否定していましたし、そこがアンサーガっていう存在の肝なんですよ」

 

 周囲を眺めながら、僕らは進む。あちこちにおかしな形の“ナニカ”が散乱している。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ――全て、それらはこの研究施設に押し込められた、異形であった。

 

 

「これが、全て衣物なのか」

 

「衣物であり、怪物です。もし、触れれば襲いかかってきますよ。――そして、どれもが暴食兵並に強い」

 

「嘘だろ?」

 

「やってみますか?」

 

「御免こうむる」

 

 ――ここにあるものは、全て衣物だ。そして、そのどれもが()()()()()()()()()()()()をしている。だが、これらは生物として非常に優れた特性を持つ。

 不老であり、食事を必要としない。端的に言えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 全て、()()()()()()()()と思われるものなのだ。こんなもの、存在したって何の価値がある? あらゆる者にそう思わせるような代物。

 だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。だから、ただそこにいるだけの生物として、彼らは生まれてくる。

 

 一生、死ぬまで。

 ――その死が、他者からしか、受け取れないものであったとしても。

 

「――悪趣味すぎないか?」

 

「悪趣味なのはマーキナーです。アンサーガは至極真面目なのですよ」

 

 なにせ――これが、アンサーガの最も得意とする制作物なのだから。そして、これらの生物にアンサーガは有る呼称を使って、呼びかけていた。

 

 

「――――ああ、また()()が生まれてしまった」

 

 

 声がした。

 遠くに、灯りのようなものが見える。

 淡い、青白い光。僕は師匠に目配せしながら、慎重に先に進む。やはり、概念起源後付装置はアンサーガが直接持っているのだろうか。ここまで、見かけなかったのだから可能性は高い。

 

「ごめんよ、ごめんよ、ごめんよ――ああ」

 

 悲しげな声だった。男とも、女とも取れない、不可思議な声。中性的で、そして聞いていてなぜだかわからない、得体のしれなさを掻き立てる声。

 ああ、間違いない。――あいつがアンサーガだ。

 

「――ようこそ、概念使い」

 

 そいつは、僕たちへ向かって振り返った。僕らの腰くらいまでしかない全長。僕と同じように――僕より深々とフードをかぶる。その顔立ちは――

 

「これは――」

 

 ――継ぎ接ぎだらけの顔だった。

 背丈は師匠の腰のあたり。“人”とは明らかに違う体つき。性別も、ぱっとは見て取れない。皮膚はボロボロで、焼けただれていて、それでも顔立ちだけはなんとか体裁が整っていた。

 一応、女性ではあるらしい。なぜかと言えば、彼女を“母”と呼ぶ者がいるからだ。

 

「いや、アレは――」

 

 師匠の視線が、そんなアンサーガの後方に鎮座するポッドを見る。ここまで、一つとして使用されていなかったポッドが使用されている。

 中に誰かが入っている。僕はその姿をよく知っており、師匠もまた見覚えがあった。

 

 

「――――百夜?」

 

 

 ()()()()。ドメインシリーズの看板キャラ、裏ボス。なんでもいいが、ようするに特別な存在だ。そして、その起源は意外と古い。なにせ――

 

「あいつはここから生まれるんですよ。今はまだ、眠ったままですが」

 

 ――百夜の生みの親が、アンサーガであるからだ。

 

「……なるほど」

 

「――ああ、ああ、ああ。何を話しているんだい? 楽しいこと? 楽しいこと? 楽しいこと? いやだなぁあ、僕も混ぜて欲しいのだけど」

 

 アンサーガがわって入ってくる。

 僕はため息交じりに、

 

「アンタには関係ないよ。アンサーガ」

 

「ふぅん? うんうんうん……ふぅぅん?」

 

 ――嫌味のような声を聞きながら、僕は師匠と共に前に出る。

 

「アンタから頂きたいものがある。持ってるだろ? 概念起源持ちを生み出す装置」

 

「――――」

 

 一瞬、アンサーガの顔が歪む。ほんとうに小さな変化で、師匠は気が付かなかったようだ。僕も事前知識がなかったら、いつの間にか、終わっていたこととして処理されるだろう。

 

「――――ありえない」

 

「ふむ?」

 

「ありえないありえないありえない。君は気持ちが悪い、気味が悪い空気が悪い。理解できない理解できない理解できない」

 

 そして視線は、師匠へと向いた。

 ……師匠に? アンサーガが、師匠に興味を持つ理由なんてあるのか?

 

「いきなりどうしたんだ。私の顔に何かついているのか? 不躾だぞ、君は」

 

「――君は、()()なのか?」

 

「はぁ?」

 

「……何?」

 

 アンサーガの言葉に、僕たちは首をかしげる。けれど、その意味は違う。師匠は理解できないというふうに、僕はなぜ師匠を同胞と呼ぶのか、ということに。

 僕の言葉の意図を感じたのか、師匠が視線を向ける。

 

「――同胞とは、アレらのことです」

 

 僕はなんともいい難い気持ちになりながら、先程師匠と見てきた()()()()()()()たちを指差す。アレらは同胞。アンサーガが、手ずから自身の同類と認める存在。

 

「アンサーガは衣物を作る星衣物です。その中には成功した衣物もあります。この辺りで発掘される衣物は彼が制作に成功した衣物になります」

 

「――失敗したものもあるということか」

 

「はい、それが同胞。アンサーガは、その特性上、こうした衣物を作らざるを得ないのです」

 

「スキスキスキかって言ってくれるなぁ、隙だらけなくせに、くふふ」

 

 ――アンサーガは、意図の掴めない言動で、けれども楽しそうに狂笑する。笑みも、言葉も、吐息も、どこか雑音めいた何かがへばりついた、奴の言動は異質のそれだ。

 それも、これも、全て奴の特性故だ。

 

「――アンサーガ、望まれぬ者、望まれぬが故に望まれない成果を上げる者」

 

 アンサーガには、ある特性がある。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そもそもの彼の始まりは、色欲と怠惰。仮にも大罪龍としての能力を有する者たち。

 同じように強力な個体が生まれてくることが予想され、そして期待された。

 

 けれど、生まれてきたアンサーガは、力は虚弱、龍とは呼び難い異形の怪物。しかし、その代わりに高い知能を有していた。

 その知能故に、であれば策謀を期待されたが――アンサーガは気が狂っていた。

 ろくな会話が望めないアンサーガに、けれども事の本質を突く知恵を持つアンサーガに、大罪龍は意識を向けなかった。

 向けることを望まなかったものもいれば、そもそも興味がないものもいる。ただ、ここでも言えることは唯一つ。

 

 ――アンサーガは、望まれなかった。

 

「奴が衣物を作るのも、マーキナーがそれを望まなかったからです。星衣物として、ただいてくれるだけでよかった。衣物は神にとって特権であるから、それを侵されることも気に入らない」

 

「なんだい、そりゃあ……ひどい話だ」

 

 ――だからこそ、少し迷うところはある。怠惰龍は決して悪ではなく、アンサーガは何れスクエア・ドメインで世界を混乱に陥れる。

 今ここにアルケがいれば、()()()()()()()()()()使()()()()()()だろう。

 

 嫉妬龍と同じだ。

 何れアンサーガは道を踏み外す、今はそうではないが、何れ悪となる存在。

 だが、だからこそ――僕も悩んでいた。

 

 僕の目的は星衣物か、大罪龍のどちらかを排除すること。どちらかで良いのだ。今の所、強欲と嫉妬を撃破して、今回怠惰に片を付けるべく、ここまで来た。

 強欲も、嫉妬も、迷う必要がない。強欲の場合はそもそも星衣物が破壊できない。嫉妬は嫉妬龍を救いたい関係上、嫉妬ノ坩堝を破壊する以外の選択肢は最初からなかった。

 

 ――けれども、今回は。

 

 

 僕らは、選択を迫られていた。

 

 

 そして、アンサーガもまた僕たちへ――師匠へと興味を示す。

 

「君は同胞じゃあないのかい? ないのかい? ないのかい?」

 

「……違う。私は私だ。紫電のルエだ」

 

「おかしいなぁ、おかしいなぁ、おかしいなぁ……」

 

「師匠、落ち着いて」

 

 ――僕が呼びかけるけれども。

 アンサーガは、畳み掛けるのだ。

 

 

「そんな状態で、どうして君は生きているんだい?」

 

 

 ああ、しかし。

 知恵ありながら、人とは違うものを見る怪物。

 

 アンサーガ、君には師匠がどう映っているというんだ。

 

「……私は私だ。そんなことを言われる謂れはない」

 

 剣呑だ。

 アンサーガは知的好奇心が刺激されたのか、師匠の方へ不躾な視線を向けている。人ではない、正気ではない彼女の視線には、含むものはないけれど。

 それでも、見ていてあまり、好ましいものではなかった。

 

「なら、観察してしまおう」

 

 そう言って、

 

 ――アンサーガはあるものを取り出した。

 

「……まさか!」

 

 僕はそれに気がつく。だが、一瞬手が止まった。――危険なものではないのだ。これは、むしろ気になるといえば、気になる代物。

 使わせるべきかと、ふとそんなことが頭をよぎったのだ。

 

 ――それが決定的となり。

 

「師匠――!」

 

 アンサーガは、取り出した手鏡を、

 

 師匠の方へと、向けて突き出した。

 

「……これはなんだ!?」

 

「それは――」

 

 驚く師匠に手を伸ばす。

 原理は先程とも同じ。

 

 ――手を掴んでいる者を巻き込んで、師匠はとある場所へと移動する。

 

 アンサーガが起動したもの。

 

 

 名を、語り部の鏡。対象としたモノの過去を詳らかにする、悪魔のような手鏡が、僕らに向けて、使われたのだ。




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