負けイベントに勝ちたい   作:暁刀魚

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56.求婚したい。

「――――おかえり、おかえり、おかえり」

 

「随分待たせたな、アンサーガ。いや、なかなか粋なことをしてくれたものだが、出歯亀は関心しないな」

 

「そこはどうでもいいよ」

 

 こちらが向ける剣と槍、アンサーガはおかしそうに笑いながらも、師匠の冗談に割と素でどうでも良さげに答えた。

 

「置いてきてしまったんだ、置いてくると僕みたいになるのか、取りに来れば人になるのか。君は面白いなぁ、面白いなぁ、面白いなぁ、くふふ」

 

「そんな面白みもないだろう、あれは。それに、もう過去のことだ、連れ出してもらったからな――整理がついたんだよ」

 

「それも面白い、面白い、面白いんだよぉ、だってあんなの普通は乗り越えるものじゃない、抱えて引きずって影を落とさなきゃおかしいのに、なぜか君は乗り越えてしまったんだぁ、おかしいね」

 

 クスクスと、クスクスと、笑いながらきしみを上げながら、不気味に回転し、踊りのようなステップを踏むアンサーガは、まったくもって楽しそうだ。

 楽しいものが見れたのか、アンサーガは本当に上機嫌だ。

 

「それで――“アレ”かい? アレねぇ、アレはだめだよ。いくら機嫌がよくても、アレはねぇ、たとえ半分だろうと、僕の“同胞”なんだから」

 

 やがて、踊りを止めると、こちらに向き直り。

 

「第一、“アレ”は使うと君の命を削ってしまうだろう? 若いのにもったいない、命は大切にしないとねぇ」

 

「……使うのは僕だよ」

 

 そこで、僕が口を開く。アンサーガは、あまりこちらに意識を向けていなかった。それは、単純に師匠の方に興味が向いていて、僕に向ける理由がなかっただけのようでもあり、僕を意図的に意識から外しているようでもあった。

 

「あ、そう? そう、そう、そう――なんだ、君の方かぁ」

 

「……」

 

()()()()()()。君になんか誰がわたしてやるものか」

 

 その瞬間、アンサーガには明確な敵意が混じった。やっぱり僕に、そこまでいい感情を抱いてはいなかったな。そりゃそうか、光と影のような存在だものな。

 

()()()()()なんかに、僕の同胞が使われるのは可愛そうだ。色欲と怠惰の娘であるはずなのに、僕が嫉妬でおかしくなってしまいそうだしねぇ」

 

「……これは」

 

 周囲の()()()()が、そこで震えた。

 アンサーガが同胞と呼ぶものたち。どれもが不気味で、()()()とでも呼ぶべき異形の怪物。全て、アンサーガが作り上げた衣物である。

 

 そして、今回の敵だ。

 

「どうしても僕の同胞がほしいなら、奪ってみなよ。君たち二人でできるものなら」

 

「なるほど……こりゃ厳しいな、けど――やってやろうじゃないか」

 

 師匠が槍を構え直す。

 

「改めて名乗ろう、紫電のルエ、大陸最強の――概念使いだ」

 

「そうか、そうか、そうか」

 

 ――――ふと、敵意を向けるアンサーガの手に、

 

()()()()()()()()()

 

 不気味な異形の、うさぎのぬいぐるみと思しき物体が、収まった。

 

 

「僕は暗愚アンサーガ。大陸最強? 笑わせる。概念使いとして完成されているのは、最強は僕だ」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()

 概念は暗愚。その名乗りは、白光百夜と共通している。

 

 人ではないモノが概念使いになった時、なんとかの――という名乗り方はしない。百夜がそうであるように、アンサーガもまた、人外の概念使い。

 

 そしてその実力は、彼女の言う通り――最強。百夜と同じく、位階がカンストしているのだ――!

 

 

 ◆

 

 

 アンサーガは概念使いだ。概念使いとしてカンストした位階を有し、ぶっちゃけ実力的には単独だとフィーより強い。けれど、()()()()だ。カンストしてしまった位階に成長はないし、そもそもそのフィーの強さからして、大罪龍としては落第点どころの話ではない。

 

 これもまたアンサーガらしい特性だ。キチンと強いにもかかわらず、要求が遥かに高かったがゆえに、欠陥の称号を与えられた。

 

 アンサーガは優秀――十二分に特殊な存在である。にもかかわらず、アンサーガに求められる期待、要求はアンサーガにできる能力を遥かに飛び越える。

 

 故に、無能。まったくもってふざけた称号だ。

 

「――“O・O(オールド・オブシディアン)”」

 

 アンサーガが概念技を起動すると同時に、周囲の“同胞”たちも動き出す。そしてアンサーガの概念技は、足元から影を伸ばす。闇に紛れて迫るそれは、僕らの目の前で鉤爪へと変わった。

 

「……“T・T(サンダー・ストライク)”!」

 

「“S・S(スロウ・スラッシュ)”!」

 

 僕らはそれを無敵時間で躱しつつ、駆け出す。既に、ここに来るまでに方針は決めてある。――本来の想定では、リリスを中心に陣を組みつつ、回復を当てにしての持久戦で“同胞”たちを倒し切る想定だった。

 同胞たちの能力はどれも暴食兵に勝るとも劣らないが、僕たちは暴食兵を二十相手にしても戦えるパーティだ。特に防衛戦でないなら、周囲の被害は気にしなくていいからな。

 

 ただ、流石に師匠と僕の二人ではそういう持久戦は望めない。故に、僕らがするべきは――アンサーガの一点集中だ。

 

 負けイベントだなんだと言っているが、わざわざ一度脱出してフルメンバーでの再突入をしなかったのは、いくつか理由があって、そしてなにより勝算が十二分にあるからだ。

 一番大きいのは可能な限り、初見で、かつストレートに攻略することが理想だったからだが。

 

 ――培養ポッドの間を駆け抜けて、移動技で豚顔のミミズを蹴りつけつつ加速、狙いはぬいぐるみを抱えたままこちらを睨むアンサーガ。

 

「……“G・G(ガイド・グラナイト)”」

 

 アンサーガは、ぽつりとつぶやくと、滑るようにポッドの合間をすり抜けて後方へと下がっていった。足は動かしていない、彼女は概念化中、宙に浮いているのだ。

 なぜかといえば、それがかっこいいから。

 

 滑るように移動する彼女に、攻撃が空振りつつ、僕はそれを追いかけた。しかし、移動技を使うことは想定内だ。

 彼女の行く手を阻むように、師匠が踏み込んでくる。

 

「“T・T(サンダー・ストライク)”!」

 

 その一撃は、しかし。

 

「“O・O(オールド・オブシディアン)”」

 

 ――すり抜けた。無敵時間だ。でもってその攻撃は、師匠ではなく――僕を狙っている!

 

「わかりきってるんだよ! “A・A(アンチ・アルテマ)”!」

 

 それも、無敵時間だ。周囲の同胞を切りつけつつ、STを稼いで更に踏み込み――

 

「“C・C(クロウ・クラッシュ)”!」

 

「“M・M(マウント・マギクス)”!」

 

 中距離から僕の、至近距離から師匠の攻撃が、アンサーガを狙った。

 

「面倒だなぁ。“B・B(バサルト・ブロック)”」

 

 瞬間、アンサーガの影が彼女自身をドーム状に覆い尽くした。効果は、効果時間の非常に短い防御バフ。リリスのBBを最初から内蔵したようなダメージ減少技だ。

 だが、それはあくまで防御バフ技。攻撃を凌ぐ技ではない。

 

 ――何かに飲み込まれるような鈍い感触があり、けれども攻撃はアンサーガへと届いている。この攻撃の狙いはデバフを入れることだ。

 とはいえ、アンサーガのこの技は、ある技へのコンボが繋がる、こっちはこっちでまた厄介で――

 

「“D・D(ディオライト・ダスト)”」

 

 瞬間、アンサーガから黒色の風が噴出した。

 

「ぐっ――」

 

「むぅ!」

 

 僕らは、その一撃に大きく吹き飛ばされた。

 ――効果は非常に強力なノックバック。無敵時間で透かせればいいのだが、その効果時間は非常に長いのだ。実に七秒、簡単に言うと白夜のホーリィ・ハウンドと同様の長時間効果の全体技だ。

 アレと比べると、ダメージがほとんどない点は幸いか。

 

 とはいえ、詰めた距離をまた遠ざけられた。

 

「――"C・C(カレント・サーキット)”!」

 

 師匠がノックバックからの復帰直後に遠距離技を飛ばす。雷の光弾。けれど、それは横から割って入ってきた同胞によって防がれた。

 

「ああ、もう無茶はしないでおくれ」

 

 慈しむようにつぶやくアンサーガに、ぞろぞろと同胞たちが集まってくる。こちらの進路を塞ぐように、油断なく。

 

「……厄介だな! アンサーガも、同胞も!」

 

「くふふ、ふふふ。諦めて逃げ帰ってくれてもいいんだよ、帰り方は知ってると思うしね?」

 

「お断りだ!」

 

 叫び、師匠が飛び出す。僕もその後に続いた。しかしその時、培養ポッドの影、僕の後方から、挟み撃ちをするように同胞が現れる。

 いるのは解ってたけど、見逃してはくれないよな!

 

 つまり、囲まれた。

 

「う、おおお! “D・D(デフラグ・ダッシュ)”!」

 

 天井へ向けて駆け出す、この空間は天井が高いから、ある程度立体的な機動を取れる。ああしかし、それは同胞の上を飛び越えることはできるけど、隙だらけだな!

 

 更に現れたハリネズミのような針を体中に突き刺したモグラが、僕へ向けてその針を射出する。回避する隙間はない!

 

「“S・S”!」

 

 無敵時間で透かすが、一部が遅れて飛んできている!

 

「ぐっ――」

 

 攻撃を受けながら着地、即座にその場を動く。致命的ではない、やつの攻撃にはデバフも状態異常もなかったはずだから、まだ平気だ。

 

「……くっそ、こいつら単純に強い、厄介だ!」

 

「最初からそう言ってるじゃないですか! とにかくアンサーガを狙います!」

 

 これまでにない敵だった。単純に、こいつらは衣物だ。魔物とはまた違い、そしてアンサーガの配下である。何につけても、統制が取れている。

 加えて本体であるアンサーガの概念戦闘も非常に巧い。ここまでの流れで無敵時間を活用しつつ複数を狙ったり、単純に性能が良い防御技からの吹き飛ばしと、本人も能力も隙がない。

 

 先程のノックバックを攻略しなければ、彼女を倒すことは不可能だろう。手段はある、言うまでもなくSBSだ。しかし、七秒の効果時間は白夜のホーリィ・ハウンドにしてもそうだが、敷居が高い。一度使えば対策を打たれそうなくらい、向こうが巧みに戦闘してくるというのに、難易度が激高なのだ。

 

 ――幸いなことに、アンサーガのHPは大したものではない、あくまでただの概念使いであり、概念使いとしてのアンサーガは前座でしかないからだ。

 そして、今回僕らはこの前座のアンサーガを倒せれば十分なのである。概念崩壊している間に、目当てのものを盗んでくるだけだ。

 

 って言葉にすると、我ながら最低である。

 

「んんん、面倒、面倒、面倒だ。なんでそうも戦うんだ。いいじゃないか別に、アレは僕の同胞だ。僕と同じ無能なんだよ、君等には必要ないだろう、帰ってくれ帰ってくれ帰ってくれ、うんざりだ」

 

「悪いけど、アレ以外に僕らに有効な切り札となりうるものがないんだ。僕らの相手は大罪龍、切り札なしに勝てる相手じゃなくってね!」

 

 叫びながら、行く手を阻む同胞を斬りつける。攻撃を身を捩って躱し、更にもう一撃。間をすり抜けつつ、一気に駆ける。しかし、一歩踏み込んだ先にまた同胞。

 数が多すぎるのと、培養ポッドが邪魔なんだ。ふっとばすと、今度は足元まで水でうまるので、破壊はできない。多少流れ弾で破損したところで問題はないけどね。

 

「――はっきり言って、勝てないよ? 分析は完了している。君たちは負ける、単純に戦力が足りていないね。ここに来るまで仲間が二人いただろう、あの子達を連れてもどってくればいいのに」

 

「悪いけど、それをやっている時間が足りないんだ」

 

「そもそも、そんなことそっちが対策を取ってさせないだろ!」

 

 ――もし初見で攻略できなければ、アンサーガはガチガチに対策を組んでくるだろう。あそこで飛ばされるまでに、こちらの実力をみせているのはまずかった。

 まぁ、他に選択肢はなかったし、ここで勝てば問題はないのだが。

 

「ううん、厄介厄介厄介だなぁ。諦めておくれよ、放って置いてくれよ、勝手に戦って死んでおくれよ――これ以上同胞が傷つくのも見たくないのに」

 

「……」

 

 ――こいつの言動に罪はない。

 保守的で、こちらの干渉を嫌う。師匠が継ぎ接ぎだらけな心のままだったなら、それに興味を示して接触を持ったかも知れないけれど、あの手鏡で、それは解決してしまったからな。

 そして、その上で僕らへかける言葉が帰れ、諦めろ、だ。

 

 殺意もない、押し入り強盗はコッチの方だ。

 

「悪いけど、アンタはそうでもないかもしれないが、僕個人はアンタに思うところがある。それに、概念起源はどうしても必要なんだ。細かいことは抜きにして――」

 

 僕は、着地。

 周囲の魔物に視線を向けながらも、剣をアンサーガへと向ける。

 

「――概念起源だけは、持ち帰らせてもらう」

 

「ああ、もう――」

 

 ――そこで、アンサーガが嘆息し、抱えていたぬいぐるみをおろして、こちらを睨む。

 

「それが許せないと言っているんじゃないか、バカだなぁ――」

 

 ――パターンが変わる。

 やる気になったのだ。

 

「挑発しすぎじゃないか!?」

 

「違いますよ――」

 

 そして僕は、不敵に笑う。

 

 

「反撃のチャンスです」

 

 

「ああ、もう……!」

 

「――くふふ、彼も大概おかしいね? おかしいね、おかしいねぇ……ねぇルエ?」

 

 ――と、しかしアンサーガは仕掛けてこずに、会話を続行した。そして師匠の名前を呼ぶのだ。……あれ、これまずくないか?

 

「そんな彼のどこがいいんだい? 強引に引っ張って、わがまま放題で、君に何の得があるんだい」

 

「……いきなり何を言い出すんだ?」

 

 既視感がある。

 愛とか、恋とかを語っているわけではないが、師匠にとって大事な人物――と自分でいうと変な気分だが――である僕を貶して、そして師匠に対して、どこか執着したような物言いをする。

 

「君に興味があるんだ。教えておくれよ」

 

「だから何を言っているんだ! だいいち教えるもなにも! 見てきただろう! アレを見てわからないなら、君の情緒が足りないだけだ!」

 

「ふぅん――いいなぁ」

 

 笑みを、浮かべた。

 

 くふふ、と何度も笑いをこぼして、そのくせ顔はなにひっとつ笑っていなかったアンサーガが、そこで笑った。

 思い出す、理解する。――()()()()()()

 

 ――今、僕らが激戦を繰り広げている奥で、未だ培養液に収まったままの、白光百夜。あれを目覚めさせるためには、()()()()()使()()が必要で、アンサーガはそれを欲している。

 傲慢龍の儀式と似たような原理の衣物で、アンサーガは百夜を()()()としているのである。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 けれどもそれは、アンサーガがアルケに執着し始めたことに起因する。

 

 どういうことか。ゲームでもそれは同じことだ。

 

 

「そんなワガママな男なんて放っておいてさ。()()()()()()()()()。そしてこの子を――()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ――()()

 そう、この継ぎ接ぎだらけの人形少女は、ゲームでは、アルケに。

 

「――は、…………はぁ!?」

 

 そして、現実では師匠に。

 

 執着し、欲した。

 

 

 ――儀式の生贄に、しようとしたんだ。


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