――何かが僕に叩きつけられる感覚と共に、僕の意識は復帰した。
実を言うと、アンサーガへの決着はかなり僕の無茶が絡んでいた。具体的に言うと、僕はアンサーガの最上位技を回避できないのに、自分で培養ポッドを叩き壊すために、概念崩壊した上波に呑まれることが確定なのだ。
概念崩壊の痛みと水流で完全に意識を手放していたが、師匠が復活液を叩きつけてくれたおかげで、なんとか復帰できたわけだ。
「はぁ、はぁ……ほんっと君は、バカじゃないのか……!? いや、それを相談なしで乗ってしまう私も私だが……」
師匠の愚痴が耳に入ってくる、迷惑をかけてしまって、大変申し訳無い、さっさと起きて謝りつつ、アレを回収しないと――
「あ、しまった。思わず復活液をかけてしまったけど、人工呼吸のチャンスじゃないか! ちくしょう、今から――」
「――なんか急に抜け目なくなりましたね師匠?」
むくりと起き上がる。さり気なく顔を近づけていた師匠をそっと引き剥がしつつ、さらに立ち上がった。油断も隙もないんだからまったく。
「ありがとうございます。助かりました」
「だったらキスの一つくらい、ご褒美でくれてもいいと思うんだけどな!?」
「前払いしましたよね?」
「むーーーーーーーー!!!」
ふくれっ面の師匠をさておいて、僕はさっさとアンサーガの元へと向かう。さてどこに行ったかと思ったが、割と近くにぽてっと倒れて落ちていた。
意識は、なさそうだ。
が、しかし――近づいてみてふと気がつく。このサイズの少女を僕が弄るのはかなりマズいな?
「……えーっと、師匠。アンサーガの首元の首飾りを取ってもらえますか?」
「あ、うん」
パタパタと近づいてきた師匠が、視線をそらしながら言う僕に、優しい目でうなずくと、アンサーガをごそごそし始めた。
正直師匠でも割と絵面が犯罪的であるが、視線をそらしつつ待つこと数秒。って案外早いな?
「これか?」
手にしているのは、ひし形のペンダント。こったデザインをしているが、このデザインは「スクエア・ドメイン」のタイトルロゴである。つまり、四作目の重要アイテムだ。
そりゃまぁ、主人公が使うのだから当然だけど。
「ええ、それです。……悪いけど、こいつはもらっていくよ、アンサーガ」
師匠からペンダントを受け取りつつ、つぶやく。――正直なところ、アンサーガは途中からコレのことを忘れていたんじゃないかと思うが、まぁ一応。
ゲームでも、別のことに執着するうちに最終的にこれを目の前で使っても無反応になるからな。
なのでまぁ、そこまで気負わずにもらっていく。半失敗作の半ば同胞という評だったが、こいつは十分完成品だ、というのもある。
「それで、こいつが――」
「はい、概念起源を持たない概念使いが、後付で概念起源を習得できるものになります。効果は一律、強力な概念起源と比べると効果は見劣りしますが――」
少なくとも、使用回数が非常に限られるラインやリリスのそれと比べると、効果は微々たるものだ。もちろん、師匠のそれにだって、場合によっては敵わない。
だが――
「――
「って聞くと、反則にしか聞こえないよな、これ」
つぶやきながら、僕の身につけたペンダントを弄ぶ師匠。ジリジリと距離を詰めるのをやめてください。
「まぁ、もっと大事なものを前借りしているに過ぎないんですけどね」
なんて話をしながら、とりあえずこの場を離れようか、というところで――
「――――くふ」
アンサーガの、笑みがこぼれた。
「……!?」
「くふふ、くふふふふ、くふふふふふふふ」
僕らが視線を向けると、アンサーガがゆらりと起き上がった。――いや、起き上がるのが速すぎる、
「――どうする?」
「どうするも何も、
「くふふふ、わかってるわかってるわかってるねぇ、うんうんうん。やってくれたじゃあないか」
アンサーガの顔に、苦痛は見られない。本当に概念崩壊しても構わず動けるのか? ――いや、それなら後付装置を取れるはずがない。
つまり、彼女は――
「――ああ、もう。怒りで痛みなんて吹き飛んだよ」
「ただのやせ我慢じゃないか!」
「くふふふ、君の痛みだと思えば、それも悪くないかなぁってね」
くすくすと笑うアンサーガはどうにも楽しそうだ。いや、何がそこまで面白い? 面白いことなんてなにもないだろ、負けたんだぞ? 奪われたんだぞ?
「しょうがないから、そいつは君にあげるよぉ。そのまま男に横流しするのは気に入らないけどぉ、でもそうやって扱われるのも悪くないかなぁって」
「歪み過ぎじゃないか!?」
叫ぶ師匠を前に、けれども僕は違和感が拭えない。そもそもだ。アンサーガには色々と不自然な点が多い。一番不自然なのは――
「――敗因」
それも――一つしかない。
「やっぱり君はつよいねぇ、つよい、つよい。すごいよぉ。ああでもでも――ちょっと自分の知識を過信しすぎかも」
「――――――まさか」
「……君?」
気がつく。おい、待て、ありえないだろう。傲慢龍ならまだしも、君は
「
「――師匠!」
「じゃあ、行ってらっしゃい、奈落の底へ」
アンサーガは、その衣物を起動した。
◆
「――――師匠! 手を伸ばして!!」
叫ぶ。
落下しながら、その重力に耐えながら、僕はがむしゃらに手を伸ばす。
「あ、ああ!」
師匠もまた、同様だ。
――アンサーガが起動した衣物の効果で、僕たちはそこにいた。
「くううううううう!」
「概念技は使わないで!
「そんなこと、言われても!!」
僕たちはただただ叫び、手をのばす。
困惑しっぱなしの師匠と、なんとか師匠をつかもうとする僕。
数分の格闘。お互いに、落下しながらもなんとか歩み寄って、時に風に飛ばされて、そしてまた近づいて。
「――よし」
――――掴んだ。
「…………ふ、ぅ」
お互い、一息つく。今も落下を続ける僕たちは、その衝撃にさらされているが、概念化をしている以上、一定値を超えることはない。
慣れてしまえば、なんてことはない速度であった。
「……何が起きているんだ?」
「アンサーガの衣物です。“奈落の万華鏡”――アレを使うと、僕たちはこのダンジョン――奈落を無限にループさせられるんです」
今現在、僕たちはアンサーガの衣物によって強制的に、この奈落へと転送させられた。さらに言えば、ここに至るまで、先程ダイブした際に落下した距離よりも明らかに落ちているにも関わらず、下が見えない。
僕たちは、この奈落を無限に墜ちているのだ。
「え? 無限に……? どっかで止まったりしないの?」
「しません、なんなら僕は寿命がないので、数百年、数千年余裕で墜ちれます」
「私は寿命で死ぬまで墜ちれるのか……」
――そもそも、なんでこんな事になったか。なんでこんな衣物があるにも関わらず、僕がそれを全く頭に入れていなかったのか。
だから完全にノーマークだったわけだが、それをムリヤリ使えるようにしてくるやつがいた。
それ自体は考えて然るべきだったかもしれないが――僕は考えなかった。なぜなら機械仕掛けの概念は傲慢龍に負けず劣らないプライドの持ち主で、アンサーガを無能と切って捨てた存在である。
矮小なアンサーガに関わることすらためらうだろう存在で、道を指し示すなど以ての外だからだ。
けれども、マーキナーはそれをした。おそらくは、僕を追い詰めるための手段として。
まったく、ろくでもないことを考えるものだ。さて、それにしても、ここからどうしたものかなぁ、と考えていると――
――ふと、僕の手をにぎる師匠の力が強くなって、目をやると、
「……師匠?」
「う、ううう……君への気持ちを自覚して、その上でさぁ、
なんとか涙を流すまいと耐える師匠。それでも、ぽろぽろと、涙は溢れていく。ああ、そうか――
「
――師匠は、普通の人だったんだよな。
寿命の差。僕をアンサーガが
年を取らず、変化しない。
師匠は違う。成長し、老いていく。
ああ、そりゃあ確かに辛いよな。
「師匠――」
「エンフィーリアが羨ましいよ! 君と恋人になったのは、彼女が先だったから、しょうがない! でも、君と一緒にいられるのは彼女だけなんだ! そのことが、私は羨ましくて、妬ましくて仕方がない!」
「……それじゃどっちが、嫉妬龍かわからないですよ」
「――しょうがないだろ! 恋しちゃったんだから!」
なんて、言ってから顔を真赤にしないでくださいよ。こっちまで照れるじゃないですか。――それと、僕の恋人はフィーですからね。
「……ああもう、師匠」
でも、ここにいるのは師匠で、師匠は今、泣いている。僕にはそれを拭える手があるのに、拭わないのは不義理が過ぎる。
――そんな僕を、フィーだって見たくはないだろう?
腕を引いて、抱き寄せて。
涙を拭う。
「もう、師匠なんだから――泣かないでくださいよ」
「あ――」
そして、
それに、と僕は続けた。
「師匠は、ずっと僕と一緒です」
どこをどう切り取っても告白だけど、ああでも、そうとしか言いようがなくて。
だからそのまま続ける。
「
「――――あ。……あ?」
ふと、思い出したというように、その上で理解が行かないというように。
「言ったじゃないですか、本来の未来で、師匠は幽霊になって数百年過ごした後、弟子となる少女と出会うって」
「う、うん」
「あれ、別に強欲龍に殺されたからじゃないですよ。
「……私の?」
――師匠の概念起源、紫電。雷撃を扱う概念だが、中でも突出している分野は
科学的な根拠など一切関係なく、
それは、リリスが何年経っても、永遠にあの美貌を保ち続けるように。
師匠の場合は、死後の幽霊化だ。
「え、それ寿命で死んだらお婆ちゃんにならない?」
「自由に姿を変えられるので、大丈夫ですよ」
ゲームでも、割と度々師匠の衣装は変わっていたからな。ちなみに胸を盛らないだけの理性はあった。そして、それを聞いた師匠は停止する。
「…………」
「……師匠?」
「……………………」
「師匠ー?」
「……………………………………………………………………………………よかったぁ」
そのつぶやきは、心の底からの安堵だった。
「ほんと、よかった。君を置いていかなくて済んで」
「あはは……ありがとうございます」
「――だから、絶対に離さないぞ?」
やがて、気がつけば。
ぎゅっと師匠は僕に抱きついていた。また離れると大変なので、それはそれでいいのだけれど、師匠の僕を抱きしめる手の力が強い。
ああ、少し、背中がくすぐったいな……
「なぁ――」
やがて、その顔が少しずつこちらに近づいて――
「…………そういえば、どうして君って最初は名前を名乗らなかったんだ?」
「あ、そこで話が逸れるんですか?」
「いや、君の名前を呼ぼうと思ったら、急に気になって――」
――ああうん。今も僕、基本的に名乗らずに敗因、とか、師匠の弟子とか言ってるからな。最初のうちは名乗らなくって、理由は世界観に現実の名前がそぐわないから。
すごいけったいな本名してるんだよな、僕。
で、ハンドルネームならそんなでもないんだけど、こっちは別の理由で嫌だったのだ。
「名乗り始めたのは、山奥の村辺りからか?」
「そうですねぇ。実はこの名前、ちょっと色々ありまして……」
「親と名前は自分で選べないからなぁ……」
いや、ハンドルネームは自分で選んだ名前なのだけど、
ああ、思い出すと恥ずかしくなってくるので話題変えよう。
「というか師匠、離してください。もう落ち着いたでしょう?」
「いやだ! 絶対にいやだ!」
「こんなところフィーに見られたらどうするんですか。あらぬ誤解――でもないですけど、うけますよ! 色々と!」
「望むところだ!」
「わがまま言ってないで――――」
なんて、口論になったところで。
「――――――――誰に見られたら、ですって?」
声が、した。
「あ」
「あ」
――――僕らが、今の今まで、絶体絶命の状況にありながら落ち着いていた理由。
完全に話題が脱線していた理由。
理由は、フィー。彼女にはあることを頼んでいたのである。
“この、阿呆な恋人同士のような連中が、そうか? 嫉妬龍”
「恋人はアタシだって言ってんでしょ!? ――
彼女は今、龍の背に乗っていた。なにせ本人が飛べないから。
――彼女を乗せる龍は、大罪龍。
どっしりとした体格の龍が、羽ばたいて。
師匠に抱きしめられた、僕を見下ろしていた――
間違えて2話予約投稿してしまいまして、書き溜めに余裕がないため明日はお休みさせていただきますい。
申し訳ありません。