――アンサーガと百夜。
ゲームにおいてこの二人が相対するタイミングは少ない。そもそもからして百夜はアンサーガを母と最初のうちは認識していないし、興味もない。
アンサーガは既に百夜を生み出し、百夜に対して執着こそあるものの、ゲーム本編においてその興味は新たなる百夜――次なる同胞の創造にご執心だ。
両者が互いを強く意識するようになるのは、物語の中盤。アンサーガが本格的に動き出してからのことである。
ここで不幸な行き違いがあるとすれば、アンサーガにとって百夜は通過点だ。
百夜は一度生み出されてしまえば、それ以降、
なので、アンサーガは間違いなく百夜のことを意識しているが、同時に百夜がアンサーガのすべてとなることはないのである。そもそも、アンサーガにとって同胞とはすべてが等価に執着するものだ。百夜はその一つの到達点ではあるが、同胞の一つであることに違いはない。
――この辺り、ゲームではそれがすれ違ったまま終わっていた。
ああ、だから――それは初めから解っていたことではあるのだけど。
アンサーガと百夜の会話は、始まったその瞬間から、破綻が目に見えていたのだ。
――なんて、言っているけれど。結局それを理解したのは、二人が邂逅してからのことだった。少しばかり迂闊ではあったけれど、ああでも。
――そもそも、気がついた原因はリリスであった。会話を続ける二人の側で、それを今すぐにでも止めたくて、けれども
◆
「――母様、本当に、母様。ようやく……会えた」
「百夜? 百夜? 百夜――? ありえない、ありえないありえない。どうしてそこにいる? なぜそこにいる? なぜ言葉を発している?」
アンサーガにとって、目の前の百夜は本当にイレギュラー中のイレギュラーだろう。なにせ、今アンサーガがしていることは百夜の誕生。
「母様、今すぐ……同胞、止めて。アレは危険、母様もそうしたくて、しているわけ……じゃない」
「――百夜、百夜、百夜なのか。そうかそうかそうか。――敗因、何をした」
「すぐに僕が原因だと決めつけるんじゃない」
まぁ、僕が原因なのだが。睨むアンサーガと、ついでに視線の冷たいリリス。二人を横において、話が始まらないアンサーガと百夜の間に入る。
この二人の会話が、最終的にどういう結末を迎えるかはなんとなくわかるけど、何時まで経っても千日手というのはいささか困る。
外の同胞を止めてもらいたいのは、僕も同意なんだから。
――まぁ、外に同胞をやっているために、現在周囲に同胞のいないアンサーガは無防備で、チャンスとも言えるのだけど。
「――彼女は未来からやってきた百夜だ。アンサーガ、君も百夜の特性についてはなんとなく把握しているだろう?」
「……白光の概念。光は時間を凌駕するというあいつの戯言が、形になったそれ。ああ、そう、そうそうそうか――時間を越えてやってくる能力を、形はどうあれ君は有しているわけだぁ」
流石に理解が早い。というか、マーキナーの戯言すら理解している辺り、アンサーガは本当にそういったものの理解度が高い。そうだ、師匠の幽霊理論といい、マーキナーは機械仕掛けを名乗る割に、そういったこじつけが非常にオカルトだ。
オカルト――というか、大雑把というか。
何とかといえば何とか、という安易な決めつけによって、概念におかしな能力がつくことは非常に多いのだ。そもそも、僕が敗因という概念で、デバフ使いなのは一種のこじつけだしな。
「――――で、何が目的だ?」
そして、アンサーガは本題に戻る。
けれどそれは、先程までの百夜の話を、一切聞いていなかったということにほかならない。百夜は、少し困惑した様子をみせながらも、改めて繰り返す。
「だから……外に、出ている同胞……を……」
「――なぜ?」
アンサーガは、心底不思議そうだ。まったくもってそれが理解できないという様子で、その言葉に、一瞬百夜の視線が泳ぐ。
百夜は、アンサーガの心が解っていない。なぜ、アンサーガが同胞を動かすのか、なぜ、自分を生み出すことに躍起なのか。
「君を生み出すために、これは必要なことじゃないか。それとも、君は生まれたくないのかい? ずっとあそこで眠り続けていたい?」
「え、っと……」
「だ、って、そう……しないと……母様が……その、大変な……」
「――破滅するっていいたいの?」
「……うん」
縮こまるような声で、百夜は肯定する。
「
「かあ、さま……?」
「わからないな、わからないなぁ、わからない。君がちぐはぐでわからない、僕を止めたいなら止めればいいじゃないか。なぜなぜなぜ? 希望でも僕に抱いているのかい?」
百夜は、何も答えられない。
自分でもわからないから、考えたことがないから、考えることが苦手だから。ああでも、アンサーガは既にその在り方を決めているんだ。
ただの善意では、それは押し付けと変わらない。
「君、ルエと同じようなことを言うなぁ――」
視線を鋭くするアンサーガは、もはやその意思が決定的になっているように思えた。ああ――やはりこうなるか。
「――鬱陶しいよ、何様のつもりだ」
心底、侮蔑するように。
執着しているはずの百夜にすら、そう言い放った。僕が百夜の存在を未来の百夜本人だと証明し、アンサーガがそれを理解してもなお。
流石にそろそろ止めるべきじゃあないか? 思考がよぎる、ああでも――僕はそれを少しとどまって見ようと思った。
ここまでの会話、
――即座に、リリスの意図は察することができた。
だってこの会話は、百夜にとって初めてのもので、苦労は買ってでもしろというけれど、百夜のそれはまさしくそうで。
それは重々わかってはいるのだけれど。
「かあ、さま……なんで……?」
「――愚かしいなぁ、理解が少ない、見識が浅い、視野が狭い。君は何を見てきたんだ。生まれて何を知ってきたんだ? 何のために生きてきたんだ?」
「かあさま……」
「いくら君が百夜だろうと、その有様では、まったく期待ができないな。ああ、今からでも別の器を探すべきか? いや、あいつの用意した器は、百夜と敗因の二人だけのはず、ああ――」
もはや、興味を失ったかのようで、そしてアンサーガは、百夜に、突きつける。
「
――不出来だったおかげだよ。
間違いなく、アンサーガは百夜にそう告げようとしていた。僕も一言言ってやろうかと思ったけれど、それよりもさきに――
「ふ、ざ、け、ん、な、のおおおおおおおおおおッ!」
「――――!?」
――よく我慢したな、でも、ここでそれを止めたのは、きっとすごい偉いことだぞ、リリス。
「ナイスリリス」
驚愕し、たたらを踏むアンサーガと、それを目を白黒させながら眺める百夜。僕だけはよくやったと褒めた。
――状況を把握し、その瞳に怒りが宿るアンサーガ。それに、リリスも同様に怒りを顔ににじませながら叫ぶ。
「あんまり百夜にひどいこと言わないでなの! 百夜が可愛そうなの! 何も知らない!? 何も分かってない!? そんなの、
「……くふふ、お前、もしかして百夜でお人形遊びがしたいの? 無知蒙昧が好きって、変態さんなのかな」
「なんでそうなるの! 言っておくけど、百夜がまだまだうろうろさんだからって、貴方がそれをバカにできるわけないの! 第一、貴方だってじゅーーーぶんうろうろさんなの! 分かってないのは貴方もなの!」
――うろうろさんって、つまり先のことをよく分かってないってこと?
「お前は何を言っている……?」
さっそくアンサーガはリリスの言動が理解できなくなっているようだ。そりゃあ、きっと、リリスはアンサーガにとって一番理解し難い存在だろうからな。
「貴方を救いたい誰かがいる時点で、
「――くふ」
リリスは未だ困惑する百夜の前に立ち、彼女を指差しながら宣言する。対するアンサーガは、それを可笑しそうにわらった。
「くふふ、くふふふふ、くふふふふふふ。ねぇ、ねぇ、ねぇ。――馬鹿じゃないの? 私を救いたいなんてそんな阿呆、何もしやしない怠惰龍くらいなものだ。そこに何もできない欠陥品が加わったところで、何ができるっていうのさ」
「馬鹿はそっちなの! 知りもしないで話をするから、そうして他人を馬鹿にするしかできないの! 百夜は――!」
そして、
「
――知らなくても、か。
百夜がここに来たのは、かつて何もできなかったことから来る罪悪感によるものだ。自分が何か行動を起こしていれば、過去は違うものだったかもしれない。
そう考えたからここに来た。百夜が何もできなかったのは、知らなかったから。
現実も、事実も、理想すらも知らない彼女は、ただ救うという言葉しか、口にできない。同胞を止めてほしいという望みも、結局は僕らの方針だ。
それは、
気に留めたところで、
どちらを人は愚かだと言うだろう。どちらを人は美しいと言うだろう。――そんなもの、最初から決まっている。
もちろん、アンサーガがそんな人の感覚とは全く違うものを持っているのだとしても、だったら、なおのこと――
「人とは違うってふうに振る舞うくせに、人と同じ判断基準に自分を当てはめるな! なの!」
「――――」
忌々しげにリリスをにらみながら、アンサーガは黙りこくった。反論の余地がないわけではないだろう。ただし、それに対して反論すれば、
ああ、アンサーガ。
「――百夜も! 貴方のお母さんは性根がネジ曲がってるの!」
「……リリ、ス?」
振り返り、ビシッと指を突きつけるリリスに、いよいよ百夜は声を上げる。ああそれは、とてもか細いもので。
――その瞳は、あきらかに恐怖に揺れていた。
百夜は怯えている。怖がっている。先程、アンサーガにあれだけ否定されたこと。
劇的な経験だっただろう。今まで、否定されることはあっても、卑下されることのなかった彼女に、それは少し酷だったかもしれない。
「でも、だからといって、
「え、と――」
――リリスは、きっと迷っていたんだろう。アンサーガを百夜は救いたい。その意思は、とても純粋なもので、そして何よりこれまで何度もみせてきた、世間知らずな百夜が、それでも固く抱いた意思だ。
それを、尊重したかった。
百夜が自分一人で前にすすめるなら、それが一番の正解なのだから。
「つ、ま、り!」
「――止めるなら、力ずくが一番はやい」
僕が、それを受け継ぐように、剣を手に前に出る。
「なの!」
「…………」
百夜は、考える。考えて、考えて、考えて――それは、きっと人生で一番長い思考時間だっただろう。それだけ長く考えて、そして、結論は、けれども決まっていた。
「ぷすん」
エラーを吐き出した百夜は、少しだけ顔色を申し訳無さそうにしながらも、
「考えるの……苦手」
前に出た。
「でも……戦うの、得意。母様、言葉じゃ……止められなかった。でも、敗因は力づくでいい、っていう」
「そうだね」
それは、つまるところ。
「――戦うの、得意」
結局、百夜の決定的な転換には至らなかった。
ああでも、それでいいのだ。
だから、
「…………くふ。ああ、もう」
アンサーガと相対するその姿は、本当に、この上なく百夜らしいものだった。
「それに、母様とは一度戦ってみたかった」
「僕に指図するなら、それ相応の覚悟ってものがあるよねぇ!?」
アンサーガも、同様に概念のぬいぐるみを呼び出して。
「リリス、行くぞ!」
「――あの憎ったらしい人形さんに! 人の意地とかそういうの、全部わからせてやるの!」
僕たちも得物を構えた。
――かくしてここに、対アンサーガ、第二ラウンドの幕が開けるのだった。