負けイベントに勝ちたい   作:暁刀魚

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78.暴食龍に負けたくない。

 ――それは、ある時の夕食時、雑談中のことだった。

 

「――ねぇねフィーちゃん、フィーちゃんと暴食龍ってどっちが強いの?」

 

「はぁ? いや、アタシとグラトニコスなら、グラトニコスに決まってるでしょ」

 

 呆れるように返すフィーに、けれどもリリスはんーんー、と首を体ごと横に振った。

 ばいんばいん。

 

「んーんー、ちーがーうーのー。ちがちがなのー」

 

「なんか物騒に聞こえるわねそれ……いや、何が違うのよ」

 

()()()()()()()()()()()は、どうなの?」

 

 ん、ああ――とフィーが納得する。

 暴食龍と嫉妬龍。どちらも単体で最弱とされる大罪龍であるけれど、暴食龍の場合はそれが複数存在するというアドバンテージがあり、通常それを込みで実力は勘案される。

 しかし、リリスはこの場合、単独で暴食龍と嫉妬龍が激突した場合、どちらが勝つのか、という話をしているのだ。

 

「スペック上では、アタシの方が強い。それは間違いないわね」

 

 能力差は、ゲームでも明言されている部分だ。これまでも触れた通り、単体の暴食龍よりは、フィーの方が間違いなく強い。

 なお、この話がでたのは2で嫉妬龍が自分の強さを表現する時だった。つまるところ見栄っ張りというか、2の時の嫉妬龍の精神状態を慮ると、せめてもの虚栄心だったのだろうけれども。

 

「……でも、実際に正面からタイマンでやって、勝てるかって言うと違うわ」

 

「なんでなの?」

 

「――戦闘経験の差、だろう」

 

 横から師匠の指摘。

 コレに関しては、きっと師匠がこの中で一番くわしいだろう。もちろん、僕も知識としては知っているが。

 

「暴食龍といえば、おそらく大罪龍の中で最も戦闘が巧みな大罪龍だからな」

 

 戦闘の強さで言えば、最強は間違いなく傲慢龍である。ついで強欲龍、その次に並ぶのが暴食龍なわけだが、この中で戦闘における技巧の高さは、間違いなく暴食龍がトップなのだ。

 考えてもみてほしいのだが、大罪龍は強者で、常に人類を蹂躙する側である。そんな存在が、戦闘の駆け引きを十全に得られる環境があるか?

 

 3で強欲龍は最強になるために概念使いに弟子入りする――という話を前にしたことがあると思うが、あれもその一つで、端的にいって大罪龍は戦闘という分野において、巧みさという部分は人類に間違いなく劣っている。

 その例外が、暴食龍だ。

 

 理由は、その単体での強さ。僕がこの世界にやってきて強欲龍を討伐するまで、人類が討伐したことのある大罪龍は、暴食龍のみだった。

 単独で人類を襲っているタイミングに、偶然強い概念使いが通りかかった場合のみ。

 敗北を知っているというのは強い。常に人類に対して負ける可能性のあった暴食龍は、一方的に蹂躙するだけの他の大罪龍よりも、より濃い経験ができるのは、疑いようがない事実である。

 

「あいつは、強敵と戦うっていう無二の経験ができる唯一の大罪龍だった。それも、安全に」

 

「一体がやられても、その一体の経験は別の暴食龍に受け継がれるわけだからね」

 

 だから、グラトニコスは常に戦闘の駆け引きにおいては強者だった。僕と戦った時も、他の大罪龍と比べると随分と戦術というものを理解していたように思える。

 

「だから、アタシとあいつが一対一でやったら、どうなるかは正直わからない。ううん……わかんないってのは、見栄ね、嫉妬からくる見栄」

 

 そこで、フィーは自嘲するように笑った。

 

「――多分、勝てない。一番弱い大罪龍は、名実ともにアタシよ、きっと」

 

 嫉妬龍であるがゆえに、最弱を強いられて、ああけども、それを受け入れている今のフィーは、嫉妬さえも飲み込んでいるように見えて。

 

「そんな顔するなよ。それを認めるフィーは強いんだから」

 

「……もう」

 

 顔を赤くして、そっぽを向くフィー。

 ニヤニヤと笑みを浮かべて、リリスがわしゃしゃとその髪を弄った。

 

「何すんのよ!」

 

「カワイイ光線なの! べべべー!」

 

 それを僕と師匠も眺めて笑いながら、

 

「それに、その評価はあくまでフィーの見立てだろう? だったら、ひっくり返してやればいい」

 

 僕が、気を取り直すように言う。

 ああ確かに、今のフィーは暴食龍よりも弱いかもしれない。単体の暴食龍にすら勝てなくて、そのことはフィーにとっても弱みかもしれない。

 けど、

 

 それをいつまでも弱みにしておく必要はないだろう。

 

「強くなればいい、勝てばいいんだ、フィー」

 

「……」

 

 僕の言葉を正面から受けて、フィーがこちらを見る。要するに簡単な話じゃないか、勝てないなら勝てばいい、弱いならば強くなればいい。

 フィーは今も、成長しているんだから。

 

 

「一緒に勝とう。それでいいだろ?」

 

 

 僕の言葉に、フィーは嬉しそうにうなずいて。

 ――この時はまだ、師匠のあれやこれやは露呈していなかったから、隣で微妙にイラついている師匠に僕たちは気が付かず――

 

 そんな話を、怠惰龍の足元へ向かう途中に、したのだったな。

 

 

 ◆

 

 

「そっち行ったぞ、フィー!」

 

「解ってる!」

 

 時は今へと戻る。怠惰龍との戦闘から半月、僕らは今快楽都市の近くにやってきている。距離を考えると半月でここまでやってくるにはかなりの強行軍が必要なのだが、それでもやってやった。

 なぜなら、そうしなければならなかったからだ。

 

 それは――

 

 

“ハハッ、コッチ来ないでほしいもんだなぁ、敗因!”

 

 

 ――そこに、暴食龍グラトニコスの姿があるからだ。

 

「こっちも無視しないでほしいな! “C・C(カレント・サーキット)”!」

 

「ほいさっさ! “B・B(ブレイク・ブースト)”!」

 

 今、僕らは暴食龍一体を、左右から挟み込むように叩いていた。師匠の牽制を回避して、空に飛び上がった暴食龍へ、僕が移動技から一気に接近する。

 

“ほんっとしつこいな、こいつ!”

 

「ありがとうよ! ――“G・G(グラビティ・ガイダンス)”!」

 

 既にコンボは上位技。それが暴食龍に突き刺さる。ここに来るまで、コンボは稼いでいた。はっきり言おう、状況は既に詰めの段階まで進んでいた。

 

“ぐ、おおお! いやいやいや、さすがの俺もこのレベルの四人相手は単独じゃ無理だってばさぁ!!”

 

 文句を言いながらも、攻撃を受けつつ、吹き飛ぶ。その勢いのまま、こちらから距離を取り、反転しながら迫ってくる。僕は移動技で地に着地するものの、その一瞬に硬直がある。コンボで次につなげれば問題はないが――

 

「フィー!」

 

「解ってるわよ!」

 

 もっと簡単な方法がある。仲間を頼ればいい。

 

「“嫉妬ノ根源(フォーリングダウン・カノン)”!」

 

 フィーの最大火力、それが暴食龍へと迫り――

 

“チッ、だがなぁ――! E()A()T()E()R()s()/()S()E()V()E()N()s()!!”

 

 暴食龍はこちらに視線を向けながらも、フィーの熱線に対して火球を放つ。お互いの最大火力。しばらくぶつかって――

 

「――ッ!」

 

 ()()()()()()()()()。一瞬、それに視線を取られながらも、だがしかし、フィーの熱線に対応した時点で、

 

「――チェックメイトだ! “P・P(ペイン・プロテクション)”!」

 

 放たれた一撃を、やつは避けることはできず。直撃を受けて――

 

“これで、開戦かァ! 追いついてみろよ、敗因!”

 

 暴食龍は捨て台詞を残す。

 僕が消えゆく暴食龍へと、アンサーガのところで見つけてきた衣物――なんというか、レーダー! って感じのデザイン。願いを叶えるボールを見つけられそうな――をかざすと、皮肉げにやつは笑う。

 

“馬鹿だなぁ、オイ。そんなもんで、俺が見透かせるもんかよ”

 

「――さぁな。そんなもん、終わってみれば全部分かる。僕が勝てば、それが正解だ」

 

“は、違いねぇ――”

 

 そして、やつはその笑みを最大まで釣り上げると、

 

“勝つのは、俺だがなァ!”

 

 そういって、消えていくのだった。

 

 

 ◆

 

 

 ――ここに至るまで、僕らはアビリンスの街で暴食龍の情報を集めた後、それを元に単独でうろついている暴食龍を強襲することにした。

 

「――まず、暴食龍は現在、ライン公国強襲で失った数をもとに戻すためにエネルギー補給の最中だ」

 

 作戦会議、夜の闇に僕らを照らすカンテラの光。僕はこの大陸の地図とレーダーを机において、それを見下ろしながら言う。

 

 暴食龍と他の大罪龍の違いに、暴食龍にはエネルギーの補給が必要だという点が挙げられる。基本的に大罪龍は不老。食事は必要ないが、暴食龍は違う。

 最大数を維持するためには食事が必要で、食べずにいると、数を保てずに最大数を減らしてしまう。

 

 食事を取らずにグラトニコスが維持できる“暴食龍”の数は10が精々だというのが、公式設定資料集には記されていた。

 

 つまるところ、やつは常に人類を襲い、エネルギーを補給し続けなければならない。一応魔物からもエネルギーを補給できるが、それは非常用。あまりにも非効率だからな。

 

「あの時は十体で襲いかかってきたのよね。結局、ルエとエクスタシアに薙ぎ払われてたけど」

 

「いや、君も二体落としてたじゃないか……エクスタシアが5、私が3だからそう違いはないぞ」

 

 ――それ以前にも村を襲った暴食龍がいるが、アレは減った数にカウントする必要はないだろう。故に、公国強襲に失敗した時の数は10.

 そこから――

 

「今は、十五体なのね」

 

 レーダーを見下ろしながら、リリスが言った。

 数を五体増やして、今は15ということだ。正確には、さっき討伐したのを含めて16。

 

「ほぼほぼ想像通りの数だな。今、各地で活動している暴食龍は、残り四体か」

 

「コレに関しては、ラインやアルケ、色欲龍たちの力を借りる、でいいんだよな」

 

「はい、コイツラは補給用の個体。()()()()()()から、人類にとってはちょっと強い暴食兵程度の存在ですよ」

 

 その暴食兵が、そもそも人類にとっては脅威なのだが、これまでの冒険で既に暴食兵を見飽きている僕たちにとっては、それが実情だった。

 なにはともあれ、この四体に関しては僕らは考えなくてもよい。レーダーの情報と、周辺での目撃情報を合わせれば、近くに勢力を築く概念使いが追い詰めて、討伐してくれるだろう。

 

「僕らが倒さなきゃいけない暴食龍は()()()()っていうやつだ。そして、これの残りは11体」

 

 満腹個体。

 簡単に言えば、()()()()()()()までエネルギーを溜めきった個体。この状態の個体は、分裂不可能な暴食龍二体か、暴食兵二十体のどちらかに分裂が可能だ。

 これが暴食龍の一番厄介な点で、暴食龍は一体に見えても、満腹なら増えて実質二体になる。最悪暴食兵になるものだから、満腹個体は物量が恐ろしいことになるのだった。

 

 レーダーを見下ろして、おそらくその満腹個体であろう個体に当たりをつける。

 おおよそ、これは想像がつく。

 

「十体固まってるな」

 

「ここ、グラトニコスの棲家よ。つまり本拠地ね。普段はここで固まってるんだわ」

 

「ん……いや、ちょっとズレてるな。当たり前っちゃ当たり前だけど」

 

 まず、十体の暴食龍が固まっている場所。ゲームにおいては、この近くに暴食龍の本拠地があった。今は向こうがその本拠地を変えているらしい。

 なぜなら、向こうもここが本来の歴史では自分の最後の場所と成ることを知っているから。

 傲慢龍は未来の歴史を知っていた、それを暴食龍に教えない理由はない。憤怒龍はまだしも。

 

「ここに色欲龍をぶつけられると詰みだからな、まぁ、やらなかったけどさ」

 

 こうなるって解っていたからだ。色欲龍が動けば向こうも分かるだろうし、小さく小回りの効く暴食龍に追いつくことは不可能だろうからな。

 まぁ、今回こうして移動した先も判明したわけだが。

 

「で、もう一体。昼から観察しているが、こいつだけ動きがないな」

 

「そいつは保険だよ。もし本体が全滅した場合でも、こいつが残っていれば暴食龍は再起できる」

 

 ――そしてもう一体の満腹個体。

 こいつもまた厄介な個体だ。こいつを逃したら、暴食龍の討伐は失敗である。だというのに――

 

「遠いのぉ」

 

 リリスが机にぐでぇー、となりながらぼやく。

 そりゃあ保険なのだから当然のことだけど、保険の暴食龍は本体から非常に遠い位置にいた。この二つは、同時に強襲しなくてはならないだろう。

 

 しかし、状況はそんなに単純でもないはずだ。

 

「これを見て分かる通り、暴食龍は狡猾だ。抜け目がない。――相手の位置を把握できるこちらは圧倒的に有利ではあるけど、ヤツの悪知恵を考えると――正直、現状は戦いの舞台に上がった、としか言えない」

 

「ここからいくらでも天秤は傾きうる、か」

 

 そういうことだと、僕はうなずく。

 これは、言ってしまえば知恵比べだ。僕たちと暴食龍。世界を舞台にした知恵比べ。

 

 こちらの勝利条件は暴食龍の全滅。

 対してあちらは、僕たちの全滅、()()()()時間の経過。

 傲慢龍が憤怒龍から逃げ切った時点で、あちらの勝利だ。そういう意味ではかなりこちらの不利が大きいと言える。

 

 その上で、僕たちが取るべき選択は――

 

「――――ねぇ」

 

 そこで、ふと。

 手を上げたのはフィーだった。

 

「普通に考えて、今回の戦い……不利なのはこっちよ」

 

「そうだね」

 

 うなずく。

 まずもって、レーダーは一つしかない。アンサーガに二つ作ってもらうことは、残念ながら不可能だった。だって彼女は期待されたことができなくなる特性を持つから、希望された衣物を作ることができないのだ。

 

 そういうわけで、取れる手段は、例えばもう一つの対暴食メタ。シェルの概念起源を目覚めさせること、などが考えられるのだが――

 

 そこで、フィーが踏み込んだのだ。

 

「――でも、アタシにはあいつの行き先が。逃げる場所がわかるかもしれない」

 

 そう言って、フィーは保険の満腹個体を指差した。

 

「そして、アタシ一人なら――あいつはこっちの狙いに乗ってくると思う。あいつにもプライドってのはあるから」

 

「……つまり?」

 

 少しだけ不安になりながらも、続きを促す。

 フィーは一度胸に手を当て深呼吸をしてから。

 

 

「――こっちのグラトニコスは、アタシにやらせて」

 

 

 その意思を、決意を、明らかにするのだった。


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