負けイベントに勝ちたい   作:暁刀魚

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80.愛すべきものに伝えたい。

 ――フィーと別れてから、数日。僕らはライン公国へともどってきていた。かれこれ三ヶ月ぶりくらいになるだろうか、町並みは相変わらずにぎやかで、僕らはそんな街を眺めながら歩く。

 のんびりと、ではなく目的地は定まっており、足取りに迷いはないものの、決して急いではいなかった。目的地、というのはいわゆる王宮、この街の執政の中心部なわけだが。

 

「なんというか」

 

 ――僕らの意識は町並みの他に、手元のレーダーへと向けられていた。

 

「目立った動きはないな」

 

「夜ごとに転々と動いて回ってる感じですね」

 

 僕らの関心事は主に二つ。シェルの存在と、それから暴食龍の行き先だ。前者に関しては既に国の入り口で確認済み。これで不在だったらどうしようかと思ったが、一応僕らの考えはライン公には伝えてある。その辺りは問題ないだろう。

 というか問題なかった。

 

「一直線にコッチへ向かってくるかと思ったの」

 

「正直、向かってこない可能性も十分ある。他にアテがないから僕たちはここに来てるだけで、向こうが完全に逃げ切るつもりなら、僕たちの行動は無意味だからな」

 

 とはいえ、向こうもその姿勢はみせていなかった。コレに関しては、向こうもシェルの存在は把握しているわけで、芽を摘む、摘まないにしろ、僕たちは対処に動かなくてはならない。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だけで、時間稼ぎにはなるんだよ。加えて言えば――向こうはこっちの居場所がわからない」

 

 僕の解説を、師匠が引き継いだ。

 

「それが、シェルの元へ向かったとなれば、こちらは居場所が完全に割れるからなー。そうなった場合は確実に向こうのアドバンテージだ」

 

 最終的な目的が純粋な詰将棋だとしても、そのためには向こうがこちらの居場所を把握しなければならない。一方的なハンティングか、お互いの存在を把握した上での鬼ごっこか。

 前者と後者では、やりやすさは段違いだろう。

 

「それってまずくないの?」

 

「まずいぞー? といっても、それは向こうがこちらの存在、気配に気が付かなければ、だ。私達は()()()()()()()()()()()()()。向こうが偵察を出す暇なく、な?」

 

 要するに、向こうがこちらの動向を把握する前に、向こうにとってもフックになりうる存在のところに滑り込んだわけだ。

 

「向こうは今、周囲に僕たちが接近してないか、気をつけて移動を続けているはず。数日、これが続いて接近している様子が見られない場合、向こうも僕たちがシェルの元にたどり着いたことに気がつく」

 

「そうするとー、どうなるの?」

 

「攻守交代、だな。コレまでは私達が行動を起こさなくてはならなかったけど、次は向こうが行動を起こす番だ。そうなった時、向こうの居場所を把握している私達には、アドバンテージがある」

 

 ここから、僕たちが取れる選択肢は2つ。シェルを伴って攻勢に打って出るか、彼の元で暴食龍の出方を待つか。

 ここでのアドバンテージは、僕らはこの選択肢を並行して取れるということだ。向こうの出方を見つつも、こちらからある程度暴食龍に接近する。

 

 その上で、あちらの選択に合わせて対応策を取れるのが、レーダーの強み。とりあえず、僕たちの方針は既に決まっていた。

 

「というわけで――シェルに会いに行こうか。久しぶりだな、元気にしているといいのだけど」

 

 まずは彼に会ってから、話はそれからだ。僕はそうまとめると、レーダーをしまって、秩序だった穏やかな町並みを進むのだった。

 

 

 ◆

 

 

 ――そうして王宮に通されて、シェルはこっちにいるから、と案内された先。場所は中庭、前に運び込んだ色欲龍像が鎮座するその場所で、

 

「何をやっているんだ――?」

 

 

 ――シェルは、完全に燃え尽きていた。

 

 

 色欲龍像側のベンチに腰掛けて、完膚なきまでに真っ白になっていた。

 哀愁漂うその姿は、なんというか見ていて物哀しいものがあるがしかし、そもそもどうしてこうなっているのか僕たちには理解できないので、話しかけてみるしかない。

 

 ……話しかけたくないなぁ。

 

「ええっと、シェル……?」

 

「あ? ああ君は、お弟子くん。それに紫電殿に、リリスくんも」

 

 僕が声をかけると、こちらに気がついたようで、シェルが顔を上げる。その顔は精根尽き果てていて、今にも死にそうだ。いや、完全に病人の顔である。

 こんなところで燃え尽きてる場合じゃないだろ!?

 

「いやいやいや、何してるんだい。どう考えてもマズイ状態なんだが、何があったんだ?」

 

 師匠が問いかけると――

 シェルは、この世の終わりのような顔で、

 

 

「ミルカと三ヶ月あってない。もう限界なんだ――」

 

 

 ――僕らは、呆れと同情と、それから湧き上がる、言葉にし難い感情とともに周囲を見渡して――シェルを見る周囲の人々の顔が、一様に僕たちと同じ表情をしていることに気がついて、諦めた。

 

「ミルカは! この間クロスくんたちと快楽都市に行ったまま、帰ってきていない! トンネルが開通して行き来が楽になったというのに! 全然帰ってこないんだよ!!」

 

「とんねる?」

 

 そこでリリスが小首をかしげる。

 ほらアレだよ、山間の村の人々が言っていた、快楽都市とライン公国をつなぐトンネル。概念使いが頑張りまくって、この短い時間で開通したんだ。

 これで、快楽都市とライン公国間の行き来は非常に楽になったのだが。

 

「連絡の一つくらいはくるだろう?」

 

「来るさ! 月に二回は来る! クロスくんたちの様子を報告する提示連絡の意味もあるが! ミルカの文字で、ミルカの言葉で送られてくる! けど、けどなぁ!」

 

 崩れ落ちるシェル。これ、多分毎日やっているんだろうな……と、周囲を見渡しながら思う。これだけ叫んでも、周りはもはや気にする様子すらなかった。

 

「俺は……ミルカの喜ぶ顔が見たかったんだ……」

 

「そんな詩人の英雄譚のラストみたいな物言いをこんなところでしないでおくれよ……」

 

 師匠の残念なものを見る目がシェルに突き刺さりつつ、僕らは彼の復帰を待った。

 

「……解っているさ、今が暴食龍討伐で大陸が動いている大事な時期だとな。俺だってこの国で人の上に立つ立場の概念使いだ。それくらいはわきまえている……わきまえているが、だからこそ」

 

 カッと目を見開いて、

 

「休憩時間くらいいいだろ! 黄昏ても!!」

 

「周りの目を気にしないならいいんじゃないか……?」

 

 僕に詰め寄ってくるシェルにそう返しつつ、彼をなだめていると、ふとシェルが僕らを見渡して、

 

「……そう言えば、エンフィーリアくんはどうした?」

 

「ああ、今は別件で単独行動ちゅ――」

 

 

「それはいかんぞ!?」

 

 

 シェルが叫んだ。

 

「きゅ、急にどうしたんだよ……?」

 

 思わず、何かまずかったかと考える。いや、フィーは嫉妬龍で、並の魔物でどうこうなることはなくって、一人にしたって何か問題は起こらないと思うのだけど。

 

「彼女は恋に恋してるんだぞ!? 耐えられるわけないだろ! 君が側にいなくて!」

 

「えっ」

 

 師匠が思わずこぼす。あ、あー……と、僕は少しだけ納得してしまう。というか、今目の前にいる実例のせいで、納得せざるを得ないというか。

 

「俺がそうだ! 恋に生きるものに! 大切な人がそばにいない事実は! 耐え難い現実なのだ! 特に! ()()()()()()()()()()()()()()()ならな!」

 

「え? 逆じゃないの!?」

 

 更に驚く師匠へ、

 

「いると解っていないより、いると解っていて会えないほうが辛い! 君もいつかわかるさ……」

 

「そういう目で見られるとなんかむかつくな!?」

 

 優しげな瞳で師匠を見るシェルに、反発する師匠。

 

「なんか分かる気がするのねー」

 

 なんてリリスの納得を得つつ――

 

「……まぁ、実際の話、ちょっと不安だな。いくら彼女が強いと言っても、彼女は人とは違うだろ? 根本的に、彼女は一人では誰かと一緒にやっていくのは難しいんじゃないかと思ってな」

 

「それはまぁ、そうかもしれないけど……今回は完全に単独行動なんだ、別の場所で誰かと協力してるわけではないよ」

 

 なるほど、とうなずく。

 確かにフィーはしっかりしているし、自分と人間の違いも理解している。感性はかなりこちらよりで、随分と合わせてくれているけれど、どこかでズレがある可能性も否めない。

 理解者がそばにいない状態で、一人で行動させるには不安があるだろうな、というのは実際そのとおり。

 

 とはいえ、今回はその限りじゃないけれど……

 

「まぁ、彼女と似たような思いを共有するモノの意見として、頭に刻んでおいてくれ。実際、あの子が一人でどうにかなるとは思えないしな」

 

 けどまぁ、とシェルは断りを入れて――

 

「彼女が役割を終えて、君のもとへもどってきた時。うんと褒めてやるんだぞ?」

 

 ――そう、僕へと告げた。

 

「もちろん。そのつもりさ」

 

 後ろで師匠がちょっとだけむっとするけれど、まぁ気にせず。

 これで僕らは当初の予定通り、シェルと合流した。ここから、本格的に暴食龍との知恵比べだ。目的は、本隊の一掃。そのためにまずは、向こうの出方をみる必要があった。

 

 

 ◆

 

 

 ――数日が経過する。

 情勢は変化していた。

 

 まず、各地で確認されている暴食龍のうち、満腹個体ではない個体に対して、概念使いが動き出していた。こういう時、各地の概念使いと太いパイプを持つ師匠の存在はありがたい。

 師匠の名のもとに、各地に存在する暴食龍の存在が伝えられ、コレに対して討伐隊が組まれたのだ。

 

 現在、ライン公国にはラインが不在である。この通常個体を討伐に向かっているのだ。僕らからは出発時のざっくりとした情報しか提供できないが、現地の人々に話を聞けば、おおよそ場所は絞り込めるだろう。

 いくら暴食龍とはいえ、腐っても大罪龍、その存在はとにかく目立つ。

 

 というわけで、通常個体に関しては遠からず討伐されるだろう。快楽都市、怠惰龍の足元でも、同じように動いているはずで、コレに関しては憤怒と暴食相手にやりあったときに、色欲龍には話を通してあるし、アルケたちにも、街へ立ち寄った際同様に。

 ここらへんに関しては暴食龍も諦めている節があるのか、通常個体の動きにあまり変な動きは見られない。

 

 僕らにとっても、暴食龍にとっても、本命は満腹個体だ。

 でもって、その一翼。いわゆる保険と呼ばれるそれは、レーダーに暴食龍を登録したときから動きをみせていて――

 

 今は、ある程度ふらふらと、ではあるがフィーが言っていた場所へ向かいつつ在るように見える。何れ、フィーと激突するだろう。

 ここに関しては、フィーの戦闘の結果次第、としか言いようがない。

 

 だから問題はやはり、本隊の方だ。

 

 こちらは――

 

「ようやく動きをみせたな」

 

 レーダーをにらみながら、師匠が言う。僕たちがシェルと合流して数日。ここまで多少散開しながらも、特定の場所から動いていなかった暴食龍が、一つに固まって動き始めた。

 

「えーっと……コッチに向かってきてる、でいいの?」

 

「そうだね、概ねそれで合ってると思う。正確にはライン公国だろうけど……これなら、こちらから接近すればいいな」

 

 ――結局の所、暴食龍は直接対決という選択肢を選んだようだった。

 戦力を分散して、逃げる個体と戦う個体を分ける、一体だけを逃して保険個体をもう一体用意する。などなど考えられたが、おそらく一番勝率が高いのは、やはりこれだろう。

 

「個人的には、ある程度距離をとって散開するかと想ったがなぁ」

 

「その場合はこっちに向こうが知らない手札がありますから、有利が取れるんですけどね」

 

 至宝回路のことだ。至宝回路があれば、こちらの各個撃破は非常に容易。なんなら暴食兵二十体に分裂しても、さほど手間取らず勝利できるだろう。

 

「色々手間はかかったけど、お互いにとって一番都合がいいのは、直接対決ってことだなあ」

 

「俺としても、そのほうが都合がいい。早く終わるからな」

 

 そう言って、爽やかな笑みを浮かべるシェルは、できればもう少しミルカに会いたいって気持ちを抑えてもらえると助かる。

 

「それにしてもー」

 

 ふと、リリスがぼんやりつぶやく。

 

「こうして集まって、暴食龍と戦うの、あの時とおんなじなのー」

 

 あの時、山間の村での戦い。

 ――あの時との大きな違いは、

 

「今度は、こっちが向こうを追い詰める番だけどな」

 

「……そう考えると、遠いところまで来たなぁ。いよいよ、大罪龍の討伐戦か。感慨深い」

 

 遠い目をする師匠。

 本当に、ここまで来るのに、随分と長い時間がかかったように思える。

 

 対傲慢龍一派、第一戦。

 

 暴食龍との対決は、もうすぐそこまで迫っているのだ。

 

「ああ、そうだなぁ……あの時、ここにミルカがいれば、同じ構図だ。ああ、ミルカ……」

 

 そうして、ふとシェルが発作を起こし。

 

「ミルカー! ミルカ! ああ! ミルカー!!!」

 

「落ち着けー!」

 

 僕らは、その対処に追われることとなる。

 

 ……これと同じといわれると、途端に心配に成るんだけど、大丈夫だよな? フィー……そもそも暴食龍のもとへたどり着けるよな? 僕は少し不安になるのだった。


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