85.傲慢を思い出したい。
傲慢龍。
ドメインシリーズを代表する敵。大罪龍における最強であり、まとめ役であり、顔役。シリーズにおいても、敵としての人気は間違いなく1、2を争う人気を誇る。
その上で、僕個人の話をすると、僕の中で、
あくまで趣味趣向の話をすると、
対して、傲慢龍はとにかく僕の中で印象に残り過ぎる敵だった。
――僕の人生において、初代『ドメイン』は初めてのゲームだった。
誰かのプレイを見ていたことはあるけれど、初めて自分でゲームを選んで、誕生日にプレゼントとして送られたのが、このゲームだった。
慣れないながらもプレイして、つまずきながらもクリアして。エンドロールを見た時は、なんとも言えない感覚を覚えたもんだ。
そうして、僕のゲーマーとしての道は、初代ドメインから始まった。
それから、過去の名作へとさかのぼり、国民的大作RPGの五作目に触れ、負けイベントというものを強く印象付けられた。僕にとって起源とも言えるゲームは、この二つと言っても過言ではないだろう。
ドメインシリーズと、負けイベント。
僕の二つの起源であるそのうち片方において、強烈に心に根付いているのが、『ドメイン』のラスボス、傲慢龍プライドレムだったというわけで。
ある意味、僕にとって、ゲームとは――
――傲慢龍から始まった、といっても過言ではないんだよな。
そんな傲慢龍と僕はようやく激突することになる。
ここまで、色々な戦いがあった。勝つことが奇跡によって成り立つ戦い。意地でゴリ押して、勝利を掴んだ戦い。狙ったとおりにことを運ぶことの出来た戦い。
どれも、忘れられない戦いだ。
強欲龍という、ドメインシリーズで一番敵として好きな奴との戦いから始まって、大罪龍とは、その中で何度も刃を交えてきた。
その最後に位置するのが傲慢龍なのだ。
人類の敵、大罪龍の頂点。長い長い旅の果て、僕がたどり着いた大罪の終着点。これに勝てば、人類には随分と騒がしくも、輝ける未来が待っているだろう。
けれども、ああ、大変申し訳無いけれど。
初めてゲームに触れたあの日、起動する画面にワクワクしながらコントローラーを握ったあの日。
それからゲームを進めて、初めて傲慢龍を打倒したあの日。
僕のゲームは始まった。
ああ、とても不謹慎な話ではあるけれど――
◆
「ついたのー……」
おそるおそる、といった様子で、塔の頂上へと登りきったリリスが、周囲を見渡しながら言う。ここは憤怒龍の棲家、傲慢龍への道中である。
僕たちは、この恐ろしく高い塔を、数日掛けて登りきったのだ。中には魔物がひしめいており、なんともものものしい雰囲気であった。
暴食兵に代表される最上位エネミーの巣窟であったそこは、けれども僕らにとっては、既に何度も乗り越えた道だ。
ただし、
「――にしても、やたらめったら多かったわね、暴食兵」
「ここが君の言っていた、暴食兵がわんさかいる場所、なんだな」
「まさかこの時代でも暴食兵まみれとは思いませんでしたけどね」
僕らがくちぐちに、ここに来るまでの道中を思い返す。
端的に言うと、すごい数の暴食兵だった。それはもうすごい数だった。正直今更それに苦戦する僕たちではないけれど、なんというかもう二度と見たくない数の暴食兵を相手にした。
そう、ここが以前話をしたラストダンジョン一歩前のフィールド。ゲームにおけるダンジョン名は「憤怒の螺旋」。
なんだって暴食龍を討伐した直後にこれだけ相手にしなくちゃならないんだ。ルーザーズのラストを思い出す地獄絵図だった。
ちなみにルーザーズ・ドメインは負け主とシェルが襲いかかる無数の暴食兵を中心とした無限湧きエネミーと戦う中、ミルカが子供を連れて逃げるところで幕を閉じる。
これは初代ドメインのOPでもあり、色々と感慨深いシーンだ。
まぁ、そういうラストにはならないだろう、というレベルで歴史を僕が変えまくったわけだけど。
「……えーっと、この先が傲慢龍の棲家、なの?」
「あの雲の奥にあるのがそうだね」
僕が指差す先に、分厚い雲の塊が見える。どこかの空飛ぶ城を思わせる雲海の向こうには、傲慢龍が待ち構える白磁の遺跡が眠っている。
空に浮かぶ遺跡というのは、まさしくファンタジーな光景だ。
そういうこともあって、なんというか、僕は深い感慨に襲われていた。
「――なに遠い目してんのよ」
そんな僕の肩をフィーが叩き、
「ここに長居する理由もないだろう」
師匠が前に出る。
僕は二人に視線を合わせると、一度うなずいた。
「さて、それじゃあ――いよいよ、傲慢龍との決戦だ。既に作戦は伝えたとおり。勝つのは非常に難しいけれど、勝率は決してゼロではないと僕は思う」
僕の言葉に、三人は向き直って、それを聞く。
――ここまで、僕たちは多くの戦いを経験してきた。百夜、強欲龍から始まって、そしてようやく、大罪龍の頂点との対決だ。
自分でも、ここまでこれたことには驚きを通り越して、呆れが多い。
「――僕がここまで歩いてこれたのは、君達が共に歩いてくれたからだ。そしてこれから先に進むために、その力はどうしたって必要だ」
だから、
「――これからも、よろしく頼む」
「言われなくても、なの!」
「アタシはアンタに、責任とってもらわないといけないんだからね」
「まぁ、君は私の弟子だからな」
僕たち四人は、それぞれに笑みを浮かべて。
――空を目指した。
◆
「――すごいな、これは」
僕らは、空を飛ぶ魔物を蹴り飛ばしながら、切り飛ばしながら、移動技で宙を舞っていた。師匠の背にはリリス、僕の背にはフィーが乗っていて、周囲の様子を観察しながら、情報を逐一こちらに投げてくれている。
雲へ向けて飛び出してすぐ、魔物はこちらへ寄ってきた。それらを足場にしながら進んでいくと、雲の中へと入る。
雲の中は、ただただホワイトの視界が続き、そこを抜けると、ようやく目的の遺跡が見えてくる。
それは宮殿だ。真っ白に染め上げられた荘厳な宮殿。僕たちの世界とは文化の異なる彫刻があちこちに見えるそれを、僕らは眺めていた。
「マーキナーが作った、この世界最初の建造物、と言われています。誰が言ったかと言われると困るんですが」
「いや、父様が言ったんでしょ。ここを人類は知らないはずなんだから」
宮殿は、時間の経過を感じさせない。最初からこうであり、そして永遠にこうなのだ。柱一つとっても、今この瞬間に磨き上げられたのではないか、というような代物だ。
「でも、何ていうか――」
「……そうだな、ここにはなんというか、
リリスがつぶやいて、師匠がそれを継ぐ。
――大罪龍は、自身の棲家を世界を巡って選んだ。しかし、その実その棲家はマーキナーによって誘導されたものだ。フィーの棲家の足元に、彼女の星衣物が眠っていたように。
怠惰龍の足元に、奈落と呼ばれる場所があったように。
憤怒龍などは典型で、そして傲慢龍もそれは例外ではない。
傲慢にして、矜持の塊。
すべてを見下すが故に、すべての上に立つ龍のあり方は、故に孤高。
「プライドレムには、横に立つやつがいないのよ。常に頂点であることが求められ、そしてそれに応えることを存在意義とする大罪龍。それがプライドレムよ」
横にないから、彼の棲家にはなにもない。全てはここから世界を見下ろし、人類を見下すための場所。それがここ、傲慢龍の棲家だった。
「そして、この遺跡――ダンジョンはこう呼ばれています」
その名も、
「
「なんともまぁ……」
まぁ、マーキナーのセンスということで。
そうして、僕らは遺跡へと接近する。足場の魔物を気をつけて選びながら、ここまで進んで、STにはまだだいぶ余裕があった。
だから、僕たちは少し、気が緩んでいたのだろう。
そんなときに――
「――遺跡に、何かいる」
フィーが、それに気がついた。
すぐにリリスも目を凝らして、気がついたようだ。僕らは周囲の魔物に意識を向けていて、そちらに注視できないのだけど。
「まって、アレ――」
「え――――」
二人の言葉が、失われた。
ああそれで、僕も師匠も、なんとなく察した。
“――やはり来たか、敗因”
見れば、そこに。
僕らは今、白磁の宮殿に乗り込むため、その入口である場所へ向けて進んでいる。その先に、奴はいる。つまり、
なんだって、そんな場所に。あいつが直々に出迎えてるってことなのか?
わからない、傲慢龍の意図が読めない。それを、僕らは訝しみながらも、足は止めない。このまま戦闘になるなら、それもまた致し方ない。
フィーにそう合図を送ってから、足に力を込めて飛び上がる。魔物を踏みつけて、上方へ向けて移動技を使ったのだ。
“
――直後、その少し上をかすめるように、レーザーが飛んできた。
「う、おお!?」
これは――
「あいつ……!」
「落ち着いて、いまので解ったけど、傲慢龍に迎撃の意図はない。ここはおとなしく従おう」
憤るフィーをなだめながら、僕は高度を落としつつ先に進む。それにしても、
しかし、だからこそ読めない。
あいつ、何を考えてるんだ?
「――ともかく、このまま入り口に着地しましょう、師匠」
「……そうするしか、ないか!」
二人で一瞬だけ視線を合わせて、僕らは頷きあうと、後は言葉もなく、傲慢龍の上を取らないように気をつけながら、入り口に着地した。
ここまで、軽く一時間弱。結構な行程だったが、最後の最後で傲慢龍のインパクトにすべて持っていかれた。なんなんだこいつは。
そう思いながらも、僕たちは、ああ、しかし。
傲慢龍と、相対したのだ。
“――ようこそ、頂きにそびえ立つ、我が宮殿へ。歓迎しよう、敗因とその一行”
慇懃無礼に、何一つ礼節などあったものではない態度で、傲慢龍は歓迎を謳う。ああ、それはつまるところ、
“ついてこい。ことを始める前に、少し話をするとしよう”
傲慢龍もこの戦いに、思うところがある、という証明だった。