第1話 「海はなんとなくハジマリって感じだ!」
どちらが上か下かもわからない。口の中に溜め込んだ空気はとうに衝撃で吐き出してしまった後だった。渦を巻く水流にもみくちゃにされて、身体の中に海が流れ込んでくる。塩辛い、苦しい、辛いーー不思議とそうしたものは感じなかった。雄大な、あまりに大きすぎる海を飲んで、海に呑まれて、ひとつになってしまったかのような感覚に陥る。
気づいた時には嵐は止んでいて、ボクはひとり、海の中に浮かんでいた。目蓋越しに光の気配はするけれど、なんだかとても疲れてしまって、目蓋すら、指先すら動かせない。くらげのように浮かんで、漂って、このまま海に融けちゃうのかな、なんて思った。
ーー誰かの手が、ボクの手を掴むまでは。
「……ッ、げほ、ぐ、……!」
掴まれた手がぐいと引かれて、海面に引っ張り上げられた。些か乱暴に背を叩かれて、口の中の水を吐き出すと同時に、身体が思い出したように酸素を求めた。咳き込みながら荒い呼吸を繰り返して、は、と深く息を吐く。やっと目を開けることができるようになって、はじめに見たのは、赤い瞳に長い黒髪の少年。
「……、……キミは、誰だい?」
赤い瞳は切れ長で、どちらかというと鋭い印象を与える。それなのに彼は、そんな印象を覆すかのように、それはもう優しく柔らかに微笑んでみせた。びっくりして言葉を失うボクに、ニッと口角を上げる。
「オレはシドーだ。そういうオマエは誰なんだよ?」
「ボク?……、」
誰だっけ、という疑問が脳裏によぎって、しばし固まる。……嘘だろう、そんなことがあってたまるか、と拳を握り締めた。記憶喪失だなんて、
ぎゅっと握り締めた手は、なにかを持っていた。それは長い柄に重量感のある頭部……俗に言うハンマーだ。何故ついさっきまで海の中にいたボクがハンマーを手にしているのか、そんな疑問は吹き抜ける風に飛ばされていった。そうだ、ボクはハンマーを持っていて当たり前。だってコレは
思い出す。かたちづくられる。そうだボクは、
ハンマーを手に万物を素材に変えた。グローブで万物を組み上げた。そうして万物を、創る者。
「ボクは、クリエ。……ビルダーのクリエだ」
ざあ、と足元の砂を波がさらう。潮風に髪を遊ばせながら、ボクとシドーはこの海岸を探索していた。
『ボクは、クリエ。……ビルダーのクリエだ』
ボクが何者なのか、それを思い出せたのはいい。問題はその他に山積みされていた。
『そうか。じゃあクリエ』
『なんだい?』
『訊きたいんだが……ここはどこだ?』
『……さっぱりわからないな!』
そうだ。ボクとシドーがいるこの浜辺はどこなのか、どうしてここにいるのか、どうやってここまで来たのかーー何もわからなかったのだ。訊けばシドーも気づいたらここにいたらしく、その前後はまったく覚えていないのだとか。早々に八方手詰まりになったボクらは、とりあえず誰か他の人物に会えないか歩き出していた。浜辺に何か役立つものがないか、
「よっ、……ほっ!」
「フンッ!」
ドカッ、グシャッ、と目についた石や砂、貝や昆布をハンマーで叩き回る。「何してるの???」と問われかねない行為だけれど、ボクらは大真面目だ。大真面目に【素材】を回収している。
ボクはビルダー。独特の魔力を込めて叩いたものは【素材】として回収することができる。今はその呪文をシドーの棍棒にもかけているから、彼の殴り壊したものも【素材】として回収できるというわけだ!
「よし、これーーもっ!?」
「クリエ!?」
振り下ろしたハンマーが何かに弾かれる。その衝撃に尻餅をつくーー前に、シドーがボクの身体を支えてくれた。ありがとう、と礼を言って、ハンマーで壊せなかった……
「……なんだコレ、きたねー石の板だな」
「なにか模様が彫ってあるけど……なんだろうな」
シドーと顔を見合わせて首を傾げる。“きたねー石の板”という言い方は身も蓋もないけれど、砂に汚れて古ぼけていることは確かだ。ぽんぽんと手で汚れを払うと、それが黄みがかった色をしていることに気づく。
どこにでもありそう……というか、打ち捨てられてそうな石板だけれど、どこぞの神さまはどうやらこれを
「まあ、いっか。とりあえず持っておこう」
石板を提げていた袋に放り込んで、更に探索と【素材】回収を続けた。徐々に膨らんでいく袋に、にんまりと笑う。
「これだけ砂ブロックがあれば、足場には事欠かないかな」
「おいクリエ、こんだけ貝があれば十分なんじゃないか」
「そうだね非常食の蓄えは十分……見てくれシドー!ヒトデ!」
「ぅおっ!?おま、おまえそれ近付けるな!」
「……苦手なのかい?意外だな」
つぶつぶした感触とかうにょうにょしてるところとか可愛くないかい?、と尋ねたら距離を取られてしまった。……仕方ない、野に返そう。いやこの場合海にか?とりあえずお戻りヒトデ。
「しかしそれにしてもお腹空いたな、流木砕いて木材にはできたけど、油が無いと火を起こすのは難し、……」
ヒトデを海に返して立ち上がると、見知らぬ少年と目が合った。黒髪に黒い目、緑の頭巾を被った少年ーー第1村人発見である!
「あっおーい!そこの少年、ちょっと話が、」
「……っえええええぇええぇええ!!!!???」
「……うん?」
「なんだアイツ」
話し掛けて駆け寄ろうとしたら、緑頭巾の少年は目を見開いて絶叫した。まさかの反応に足を止めてしまう。その隣でシドーは半目になっている。……いや、出鼻を挫かれたままではいられない。なんせ第1村人だ。土地勘のないボクらを救う救世主だ。ボクは自分にそう言い聞かせて歩みを進めた。少年はビクッと肩を揺らす。
「ごめん、驚かせてしまっただろうか。ボクはクリエ。こっちはシドーという。……キミの名前は?」
「あ……アルス……」
「そうか!アルス、よろしく」
「う、うん……、……うん……!」
手を差し出して握手をすると、カチカチに固まっていたアルスの表情が緩んでいって、目がきらきらと輝き出した。さっきのよりマシとはいえ、なんだか初対面の人間に対する反応としてはおかしい熱意を感じる。よくわからずシドーと顔を見合わせると、そんなボクらをじっと見つめて、アルスはおずおずと口を開いた。
「あの……!クリエとシドーは、このエスタード島の人じゃない、よね?」
「エスタード島?」
「知らんな。ここはそのエスタード島ってところなのか?」
「……やっぱりそうなんだ……!」
「アルス?」
アルスの声が上ずっている。まるで、夢見るように。夢見たことが、現実になるかのように。
「……ここはエスタード島。
「……、
「ひとつだけって、そんなことあるのか?じゃあオレたちはどこから来たっていうんだ」
「そうなんだよ!!!それなんだよ!!!」
アルスが拳を握り締める。その笑顔が、声が、輝いていた。
「海はこんなに広くて大きい、それなのに世界にあるのはこの島だけなんて、ずっと、おかしいと思ってたんだ!でもそれを、誰も……キーファ以外は信じてくれなくて、ずっと……信じるしかできなかった!」
アルスの言うことはよくわからない。キーファという人物が誰かも、どんな思いをしてきたかも、何も知らないボクにはわからない。それでもその心の熱意は伝わる。ボクらに熱を移すように、燦々と輝いている。
「でも今は!!君たちがいる!!ここじゃないどこかから来た、君たちがいる!!!」
ついには涙さえ滲んできそうで、ボクはアルスの肩を叩く。とんとん、と宥めるように撫でた後で、ゆっくり口を開いた。
「えー……と、うーん……アルス。確かにボクらはここじゃないどこかから来た」
「うん……!」
「でもね、それがどこだったのかわからない。覚えていないんだ、ボクもシドーも」
「うん!……う、ん?」
「気づいたらこの浜辺にいた。それまでどうしていたのかも、どうやってここに来たかもわからん」
「……、……う、ん、」
アルスはボクらの発言を咀嚼して飲み込む。ぱちり、と丸い黒い目が瞬いて。
「……っえええええぇぇええぇぇえ!!!???」
2度目の絶叫が、波音をBGMに轟いた。
第1話 「海はなんとなくハジマリって感じだ!」
▼登場人物のあれこれ
▽クリエ
DQB2の主人公。女の子。姿は自由にご想像ください。
可愛い女の子にはボクっ子でいてほしくてそうなった。少し中性的な話し方でモノづくり大好きなハイテンションガール。モノづくりが関わると頭のネジが数本外れる。
シドー?いい奴だね。初対面とは思えない!
▽シドー
DQB2の主人公の相棒。多分外見年齢は14歳くらい。
破壊が得意な男の子。戦闘と【素材】集めと護衛と整地は俺に任せろ!!な頼れる相棒。
薬草?つくれるわけがない。
▽アルス
DQ7の主人公。緑頭巾の男の子。
弱気な子が徐々に逞しく成長していくのが好きなので、現状では若干弱気というか思ったことが言えない。芯は誰よりも強く、好奇心旺盛な子。今回は新人類(?)発見でテンションが振り切れている。