まだ少しひんやりとした空気を、朝日が少しずつ暖めていく。柔らかな木漏れ日が差す朝の森で、ボクは今日も今日とてハンマーを振るっていた。
「よい、しょっと!」
ドカッと殴ったハンマーの下から、くすり葉とそのタネが飛び出てきた。くすり葉は袋の中に、くすり葉のタネはまた埋め直して、他の茂みにハンマーをうち下ろす。本来ならくすり葉は茂みから千切れば回収できるのだけど、わざわざハンマーを使っているのにはわけがある。
こうした植物のタネは、無限にその種の植物を生成することはできない。何度も生成することで生命力に限界が来て、最後は土に還ってしまうからだ。けれどビルダーのハンマーで殴った場合は別である。ビルダーのハンマーには【物質の初期化】という性質があって、それに殴られたタネは初期化され、生命力も元に戻るーー即ち、それをまた植えれば無限にくすり葉を収穫できるということである!!
「今日もチマチマやってんなぁ」
「これは効率的というんだよシドー!」
ドカッとハンマーをうち下ろすボクに、向こうのくすり葉畑で棍棒を振り回すシドーは笑っている。しょうがねぇなあと言いたげな苦笑に、ボクも笑った。
「なんだかんだいってシドーも毎朝手伝ってくれてるじゃないか!」
「他にやることもないしな。魔物がいたらブッ飛ばしてやれたんだが」
「ん?んー、そうだなあ……」
このエスタード島に流れ着いてしばらく経つけれど、この島には不思議なことが幾つかある。
1つは、世界にこの小さな島1つしか無いということ。出会った時にアルスが言っていたことは真実らしく、グランエスタードの城下町やフィッシュベルの村の人たちは、この島以外の大陸が無いと信じていた。だから本当に、自分たち以外の人間がいるとは思っておらず、ボクたちが流れ着いたことにひっくり返るほど驚いていた。
2つ目は、魔物が存在しないということ。ボクの故郷であるメルキドにはいたし、シドーもよくは覚えていないらしいけど魔物の存在は知っていた。ボクたちが生きる世界において、魔物は切っては切り離せないものだったのに。
「こんな平和な世界が、本当にあるものなんだな」
ぽつりと呟くと、シドーは棍棒を振るう手を止め、ボクをじっと見つめた。その赤い目が、すっと、細められる。
「……そう思うか?」
「?なにが、」
「
ざあっと風が吹き抜ける。思わず目を閉じ、また開くと、シドーはいつも通りの表情に戻っていた。まるでさっきまでのことが、夢幻だというように。
「シドー?」
「クリエ、オレは前にも言った通り薬草をつくれないから、オマエに頼むからな。くすり葉のタネも植えといてくれ」
「わかった。シドーはどうするんだ?」
「棍棒の手入れでもして待ってる」
「わかった!」
不思議なことは、まだ1つ、……いや、2つある。
1つは、シドーはモノがつくれないということ。基礎中の基礎である薬草ですら、シドーはつくることができないのだという。実際につくったところを見ていないけれど、彼が嘘をつく様子も、その理由も無さそうだ。
木の根もとに座り込んで布で棍棒を磨いてるシドーを横目に、ボクは袋から作業台を取り出し、ミニチュア化していたそれを元のサイズに戻す。ビルダーのハンマーには【初期化】の他に【縮小】の効果があり、ある程度大きなモノでも【縮小】して持ち運ぶことができるのだ。そのため、こうして野外で摘み取ったくすり葉を加工することだって、すぐにできちゃうのだ!
くすり葉は、薬草の材料となる。そのままでは効能はないけれど、作業台に備え付けられたお鍋で薬草を煎じながら、治癒の魔力を注ぎ込む。そうしたら薬草の完成!
それを何枚も繰り返して今日の分の薬草をすべてつくり終えて、フーッと息を吐く。一仕事終えたぜ……と浸っていると、シドーと目が合った。いつの間にこちらを見ていたのか、面白そうに微笑んでいる。
「ごめんシドー、待たせたか?」
「いや?オマエのモノづくりを見るのは面白いからな」
「そうか?……そうか!」
なんだか嬉しくなってにんまりと笑う。たたたっとシドーに駆け寄って、右手を掲げた。反射的だろうか、シドーも右手を上げたので、パァン!とハイタッチする。
「なんだよクリエ?」
「何故だかキミとコレをしたくなったのさ!」
最後の不思議なこと、それは、シドーのことだった。何かをやり遂げた時とか、そうした時に、彼と無性にハイタッチがしたくなる。会ったばかりなのに不思議だなあ、と思う。
「……まったく、ホンット子どもだなあ、オマエ!」
まあボクに嫌な気はまったくしないし、シドーも満更じゃあなさそうだ。ならばいいか!とボクは笑った。
「ごめんくーださい!」
「邪魔するぞオヤジ」
「おうおう、待ってたぞ」
薬草をつくり終えたボクらは、フィッシュベルの村のよろず屋へ薬草を卸しに来ていた。これは最近の恒例となっているからか、よろず屋のオヤジさんも慣れた手つきで薬草を検分し、うんうんと満足そうに頷いている。
「相変わらず良い出来だな。ほい、じゃあコレが今日の分のゴールドだ」
「ありがとーございます!」
自然に生えているくすり葉を元手につくって売っているから、原料費はゼロ。少しずつではあるけれど懐が温まっていくのはやはりいい気持ちだ!ほくほく笑顔でゴールド袋にしまうボクを、オヤジさんはしげしげと見やる。
「しっかし、今でも信じらんねぇな。俺たち以外に人がいたなんてな」
「またその話か?」
「すまんな。おまえさんらにとってはウンザリすることかもしれんが、こればっかりはな」
腕を組んで少し不機嫌そうにするシドーに、オヤジさんははは、と乾いた笑いを漏らす。
「しかも『住む家はどうする?』って訊かれた時に、『自分で建てます!』って即答して、本当に不思議な呪文であっという間に家を建てちまうんだもんな。そんで質のいい薬草を毎日毎日持ってくる。なんなんだおまえは!」
「ビルダーさ!」
「……その“びるだぁ”ってのも、初めて聞いたからなぁ」
オヤジさんが話すエピソードは、ボクらがこの島にやって来た日に起きたことだ。アルスに連れられたボクたちは、とりあえず人里に行こうと向かったフィッシュベルの人たちにしこたま驚かれ、彼の両親から勧められてグランエスタードの城下町に向かい、その先の城でこの島を治める王様、バーンズ王と謁見した。
バーンズ王はいきなり現れたボクらに他の人と同じように驚いたものの、ボクらのこれからについて親身になって考えてくれた。とりあえず元の場所に帰れるまではと、この島で自由に暮らすことを許してくれたのだ。無一文だったボクらを案じて城で住むことも提案してくれたけど、ボクは辞退して、『フィッシュベル近郊に家を建ててもいいですか』と尋ねた。王は快く了承してくれて、大工さんを手配しようとしてくれたけどーー
『ご厚意ありがとうございます、けれど大丈夫!ボクはビルダーなので!』
『“びるだぁ”?』
『モノづくりを得意とする者です!家は自分で建てますので、何本か木を伐採してもよろしいですか?』
『自分で建てるだと?まあ木は自由にして構わんが……』
『自由にしてよろしいのですか!!王の寛大なお心に感謝申し上げます!』
『う、うむ?』
『……バーンズ王、今からでも遅くないぞ。“自由に”っていうのは取り下げた方がいい。この島の木が根こそぎ引っこ抜かれる』
『!?』
『シドー、失礼だなキミは!ボクがそんなことするはずないだろう?最低限の良識は持ち合わせているさ!』
『ほう?じゃあ訊くがどれだけ集めるつもりだったんだ?』
『全体の4分の1ぐらい!』
『待て待て待て待て』
そんなやり取りを玉座の間でした後、ボクはフィッシュベル近郊の木を“少しばかり”ハンマーで回収し、【素材】から木のブロックをつくり、組み上げ、家を建てた。有言実行である!
そして今はそこにシドーと2人で暮らしながら、薬草を売ってお金を貯めつつ、この島や世界についていろいろと調べているというわけだ。
「……まあ、そんなおまえらが来て、アルスはとっても嬉しそうだよ。今日もどこかでキーファ王子と一緒に駆け回ってると思うが……また見かけたら話し掛けてやってくれ」
「ああ、そのつもりさ!」
オヤジさんにそう答えたのは単なる社交辞令ではない。そのアルスやキーファ王子と、まさにこの後会う約束をしているからだ。
フィッシュベルの外れに、小さな洞窟がある。そこはたくさんの樽や壺の置き場になっていて、足の踏み場もないぐらい。それでも1つ1つを避けて奥まで行けば、大きな石の蓋が地面に置いてある。ボクひとりじゃ動かせもしないけれど、シドーは楽々と持ち上げてみせた。相変わらずの力持ちである!
そうして現れた地下へと続く階段を降りて、細く続く洞窟を進む。潮の香りがどんどん濃くなって、ぶわりと広がる。
「……うん、いつ見ても壮観だな!」
開けた場所に出ると、そこは海へと通じる入江だった。そこに船が1隻そば付けされている。船としてはそこまで大きくはないし、帆も床もぼろぼろだ。長年使われてきたのか相当古ぼけている。しかしその傷跡には直そうと頑張ったあとがある。今日もきっとこの船で作業している、あの2人によるものだ。
「アルス、キーファ!来たぞ!」
「……あっ!クリエにシドー!」
「ようやく来たのか!待ちくたびれたぜ!」
船上からひょこ、と顔を覗かせたのは、緑頭巾の少年と明るい金髪の青年、つまりはアルスとキーファ王子だった。キーファ王子は先日謁見したバーンズ王の息子で、正真正銘この国の王子様なのだけれど、彼は気さくにニカッと笑っている。
「悪かったね。朝はどうしても薬草つくったり卸したりしているから忙しいんだよ」
「オマエたち、まさか朝からずっとここにいたのか?」
「えへへ……ちょっとね、」
「船の修理もしてたけど、城の図書館で面白いモン見つけたんだよ!」
「面白いモン?」
「なんだいそれは心が踊るな!」
わくわくするボクに「だろ!?」と得意気に笑って、キーファはボクらに古びた本を見せた。開けたページにあるのは、なんらかの像と、光と、わけのわからない文字の羅列。
「……なんだいコレは?読めないぞ」
眉間に皺を寄せる。ボクらのいたところとこの島で使われている文字は同じで、文字の読み書きに不便はなかったというのに、ここにある文字は見たことすらない。
「古文書だからなあ……俺にも文字は読めないんだが、重要なのはここに描かれてる絵なんだよ!」
「絵?この像か?」
「そうだよ!この像と同じものが、この島の中央の遺跡にあるんだ!」
キーファが、アルスが声を弾ませる。彼らはずっと、世界にこの島だけしかないという現実に疑問を持っていた。捨てられた廃船を修理していたのも、いつか船に乗って海に出て、他の大陸を探すためなのだという。
「島の中央の……“謎の遺跡”。その謎を解き明かすことができれば、世界の謎も……クリエやシドーがいたっていうところもわかるんじゃないかな!」
「……そうだな!」
にこりと笑いながらそう言うアルスに、ボクも笑う。よし、と拳を握る。そうしてシドーを振り返った。
「楽しみだな、シドー!どんな遺跡なんだろうか!わくわくする!」
「オマエが楽しそうなのはいいが……くれぐれも遺跡をそのハンマーでブッ壊しちゃくれるなよ?」
「神さまが“壊すべきではない”としたものは壊れないから大丈夫さ!」
「待って待って!それってとりあえずハンマーで叩いてみるってことだよね?!」
「おいおいあの像だけは壊してくれるなよ!!」
「……ボクってそんなに信用ないかな?心外だ!」
「日頃の行いってヤツだな!」
アルスやキーファにまで言われてしまったけど、シドーがハハッと明るく笑ってるのを見ると、まあいっか!、という気持ちになった。
とりあえず遺跡は更地にしないように頑張ろう!と心に決めて、明日の遺跡探索に思いを馳せた。
第2話 「薬草職人の朝は早い!」
▼登場人物のあれこれ
▽バーンズ王
突然の来訪者である2人にも親切に接してくれる名君だけど、クリエとかいう更なる問題児の登場に頭痛の予感がしてる。
▽キーファ
アルス同様クリエやシドーという未知の存在に大喜び。大歓迎ムードで遺跡探索に誘う。