クリエとシドーとエデンの戦士たち   作:さかなのねごと

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第3話 「“水”の御利益がありそうな壺だ!」

 

 エスタード島は基本的に温暖な気候で、晴れが多い。爽やかな潮風はからりとしていて、あまり湿気を感じることはない。だからきっと、この霧は自然発生的なものではなく、なにか意味のあるものなのだろう。島の中央に進むにつれ、森は深くなり、視界は白く霞んでいく。霧けぶる世界に、ひやりと不思議な気配がした。

 

「……うわあ……!」

 

 霧のベールを幾重も掻い潜って、やっとボクらはこの地へ辿り着いた。

 

「コレが“謎の遺跡”……!見るからに“謎”って感じだな!」

 

 霧を纏う神秘的な遺跡郡に目を輝かせ、歓声を上げるボクとは対照的に、シドーは何やら思案顔である。どうかしたのか、と尋ねようとするより先に、彼は口を開いた。 

 

「オイ、アルス、キーファ」

 

 赤い目で2人を見据えて、シドーは言葉を続ける。

 

「城の図書館で学者に聞いたんだが、ここは“禁断の地”とされてるそうだな?」

「!」

「あ……えっと、その……」

「うん?シドー、キミいつの間にそんな面白そうな話をしてたんだい?ボクも呼んでくれたらよかったのに!」

「オマエはイカダを探して駆け回ってただろ?」

「あーーあの時か!そうなんだよ、堀に降りられそうなのに入り口がわかんなくって、階段を上ったり下ったりでうろちょろしてたんだ。流石に壁を壊すのはボクも良心が咎めたし!というかそれより“禁断の地”ってどういうことだい?」

 

「すげーな。自分で話を脱線させといて急カーブで戻ってきたぞ」

 

 だってだって!グランエスタード城はあまり大きくはないのに入り組んでいて探索し甲斐があるのだもの!ーーとキーファに弁明したい気持ちはぐっと堪えた。キーファもアルスも、シドーの問い掛けに対して痛いところを突かれたような顔をしている。きっとシドーが言う“禁断の地”云々の話は事実なのだろう。

 

「“禁断の地”という仰々しい呼び名からして……立ち入ってはならないとでも教えられてきたんだろうね。それを知っていて、キミたちはこの地に来たんだな?」

 

 ボクも重ねて問えば、アルスは俯きがちに、キーファは口許を結んで頷いた。青い瞳に警戒が窺える。きっとボクらがアルスたちの冒険を止めようとしているように思ったんだろう。話の流れからして、そう誤解されるのも無理はない。

 でも違う。ボクにそんなつもりはないし、シドーもまた、ボクと同じ気持ちらしい。

 

「勘違いするなよ?オレはオマエらを責める気はない。元いた場所へ帰る方法を探すためにも、この島を探索するってのは願ったりかなったりだからな」

 

 肩を竦めるシドーに、アルスたちはあからさまにほっとして表情を緩めた。そんな彼らに、けれど厳しさを声に含ませて、シドーは言った。

 

「オレが訊いてるのは、オマエたちの覚悟が決まってるかどうかって話だ」

「覚悟?」

「なんだったか……この“謎の遺跡”は王家の墓。死者が眠る場所だから、安らかな眠りを妨げないよう“禁断の地”とされているーーそんな話もある」

 

 ひた、と真っ直ぐに見据える。その眼差しは覚悟を問う。

 

「アルス、キーファ。昔から島に住んでいたオマエたちが、それを破るーーその覚悟はあるのか?」

 

 真剣な眼差しに射られて、アルスとキーファは一瞬身体をすくませる。けれど、本当に僅か一瞬だった。彼らはすぐさま瞳に輝きを取り戻す。

 

「俺は構わないぜ!たとえ死者の祟りがあろうと、真実を解き明かすんだって決めてるからな!」

「ぼ、僕もだよ!……どうして僕らだけこの世界に生きているのか、どうしてこの遺跡があるのか……知りたいことがたくさんあるんだ」

 

 そんな2人の熱意ある言葉に、シドーはニッと口許を吊り上げて笑った。そんな表情のまま、ボクに振り返る。

 

「ついでに訊くが、クリエ、オマエはどうする?」

「知れたこと!」

 

 迷いなんて、小指の爪ほどにもないさ!

 

「ボクはキミと一緒さ、シドー!」

「!……そうだな」

 

 シドーが嬉しそうに笑ってくれたから、ボクも嬉しくなって笑う。そうしてボクらは互いに頷き合って、謎の遺跡へ足を踏み入れた。

 

 

 

 

 “禁断の地”とされ、長く人の手から遠ざけられてきた遺跡は、まるで古ぼけた時間を抱いて眠っているかのようだった。草葉は好き放題伸びきっているし、所々の壁は朽ち果てて崩れそうになっている。

 きょろきょろと辺りを見渡しながら進んでいたボクたちだったけれど、ふと、先頭にいたキーファがあっと声を上げて走り出した。

 

「……これだ!この像、古文書の絵と同じものだ!」

「本当だ……!」

 

 遺跡の中央近くに佇むのは、身の丈ほどの長い杖を携えた賢者の像だった。穏やかな表情で、ただ真っ直ぐ前を見つめている。視線の先に何かあるのか気になったけれど、ただ遺跡の壁があるだけだった。

 

「あの古文書の絵では、この像が光っていたと思うけど……」

「ふむ、」

 

 古文書と像を見比べながらうんうんと頭を悩ませるアルスの隣から手を伸ばし、そっと像に触れる。そのまま各所を調べるけれど、何も仕掛けは見当たらない。

 

「うーん……何かしらのスイッチも見当たらないな。人が触れて作動する類いの仕組みでもないらしい」

「スイッチ?」

「直接触れたり、他の仕掛けと連動したり……いろんなものがあるんだが、こうしていろいろ試してもうんともすんとも言わない。そうした類いのものではないのかもしれないな」

「じゃあどうやって光るんだ?」

「うーーむ……謎だな!」

 

 今の段階じゃお手上げだ!と匙を投げたボクに、シドーは苦笑する。その横ではキーファが何やら口許に手を当てて考え込んでいた。

 

「光、光……」

「キーファ?なんだオマエぶつぶつと」

「……ちょっと思い当たることがある。けどそれを試すのは明日にしよう。今手持ちにない」

「うん?うん、わかった!」

 

 キーファの発言の意図はわからないでも、とりあえず明日には何らかの手掛かりがあるかもしれない。となればこの像に固執しても仕方ないなと、ボクらは手分けして遺跡を探索することにした。

 ボクは真っ先に祠のようなところを調べたのだけれど、その扉は頑として開かなかった。仕掛けも鍵穴も見当たらないから、これに関しても全くもってお手上げである!このハンマーでぶち破れるならそれで解決なのだけれど……。

 

「…………、」

 

 脳裏に浮かんだのは、『遺跡をぶっ壊すなよ』と釘を刺された記憶。それと、『この遺跡の謎を解き明かしたい』という好奇心を心の中にある両の天秤に乗せた。ゆらゆら揺れて、すこーし、傾く。

 

「……、ちょっとだけ!」

 

 やっぱり好奇心には勝てなかったよ……とハンマーを振り上げ、打ち下ろす。狙いは朽ちて地に転がった遺跡の石壁の欠片。これぐらいなら試してみてもいいだろうと、思い切ってハンマーを打ち付けて、

 

「ーーっわ!?」

 

 ばいんっ!と弾かれて身体のバランスが崩れる。そのまま反動で尻餅をつきかけたのだけれど、その前に、力強い腕に肩を支えられる。目を開けると、呆れ顔のシドーがこちらを見下ろしていた。思わずボクの頬がぱっと綻ぶ。

 

「あっ、シドー支えてくれたのか!ありがとう!」

「オマエな……試す時にも全力でハンマー振るな。反動でこけるだろ」

「ごめん!でも、そしたらシドーが助けてくれるだろう?」

「……ったく、甘えやがって」

 

 呆れ顔が、優しい苦笑に変わる。仕方ないなと言いたげな、ボクの大好きな笑顔に。

 それにほこほこと笑いながら姿勢を立て直した。シドーの隣に並び立ち、ハンマーで砕けなかったーー砕いてはいけないと判断された(・・・・・・・・・・・・・・)石塀の欠片を見下ろした。

 

「……こんなに朽ちた石塀でも、崩すのは駄目らしい。神さまは、この場所を、きっと守りたいんだろう。守るべきと判断したんだ」

 

 一欠片とて、失ってはならないと。

 

「……きっとこの遺跡、何かあるよ」

「そうらしいな」

 

 頷くシドーの長い耳が、ぴくりと動いた。なんだろう、と首を傾げる間もなく、遠くから声がする。

 

「……おおい、クリエ、シドー!どこだ!?」

「?キーファ?ここにいるぞー!シドーも一緒だ!」

「よかった!2人ともこっちに来てくれる?」

 

 アルスとキーファの元に駆け寄ると、2人はきらきらした目で足元の石を示した。得意気に笑うキーファがそれを動かすと、ぽっかりと人ひとりは余裕で入れそうな穴がのぞく。どうやら石は蓋としてこの通路を守っていたらしい。

 

「さっき見つけたんだ。ここから蔦を伝って、地下に通じてるみたいなんだけど……」

「降りてみよう!」

「即決だな!嫌いじゃないぜそういうの!」

 

 キーファと意気投合しながら蔦を手に取り、するすると地下穴へ降りていく。降り立った地下に光源はなく、ほとんど何も見えない。洞窟はどこかへ伸びているようだけれど、先は暗闇に包まれている。

 

「潮の……海の匂いがする」

「?……あ、ほんとだ」

「ここから海へ続いてるっていうのか……?」

「進めばわかる」

 

 潮の匂いを頼りに、シドーが先陣を切って進む。その後ろをボクが、キーファが続き、最後にアルスが着いてきた。未知の暗闇がそうさせるのか、2人の口数が減り、ただこつこつと靴音が鳴る音だけがする。

 

「暗くてジメジメしてるな。いいところだ」

「ええ、シドー、ジメジメすると髪がベタつかないかい?」

「そういうものか?」

「そういうものなんだよ!湿気でぶわーって髪が広がるのも厄介だが、しんなりぺたっとなるのも困るんだよ」

 

「おまえら緊張感ねぇなあ……」

 

 シドーとの会話にキーファがぽつりと呟いて、アルスが苦笑をこぼした。そんなこんなで進んでいると、道の先に光が滲んだ。それは暗闇にようやっと慣れてきたボクらの目を眩ませるほど、目映く輝いている。

 

「なんだ、この光……?」

 

 ただの日光ではない。そんな予感に足が早まり、シドーを追い抜いて駆け出したボクは、いち早くその“輝き”の正体を目にした。

 

「う、わあ……!」

 

 きっと、世界中の虹を集めて水に溶かしたなら、こんな色になるのだろう。そんな形容がぴったりなぐらい、目の前に広がる海は、さまざまな輝きに溢れていた。赤、橙、黄、緑、青、紫、桃色……陽光の当たり具合で瞬き毎に色が揺らめき、揺れて、混ざり、弾けているようだ。

 

「……なんて、なんて綺麗……!!」

 

 まるで“七色の入江”だなと、感嘆の息をついた。

 

「にっ、虹色に光ってる!?」

「すげえ……!!」

 

 アルスやキーファたちが歓声を上げ、シドーも言葉を無くして輝きに見入っている。ボクも同じだ。夢のように美しい光景にほうっと見とれて、見つめて、見入ってーー

 

「……あれ?」

 

 ふ、と視界に入ってきた“それ”を認識した。

 ーー同時に、海に飛び込む。

 

「へっ!?え、ちょっ……!」

「おい!?」

 

「クリエ!!」

 

 背後でいろんな声が聞こえたけれど、申し訳ないが今は立ち止まってはいられなかった。今は“それ”が、どうしたって気になってしまったのだ。

 煌めく海面。その水底に向かって泳ぐ。そう深くはなかったため、すぐに辿り着いたーーその、“海底に佇む人魚の像”に。

 

(……なんて、美しい……!)

 

 ここが水中でなかったならば、感嘆のため息を吐いていたことだろう!それほどまでに、目の前の人魚の像は素晴らしかった。清廉で穏やかな笑み。優美な曲線を描くシルエット。尾びれは今にも泳ぎ出しそうな躍動感を感じさせた。虹色の輝きに照らされ、白い石膏の肌が滑らかな光を弾いている。……嗚呼、嗚呼、どこもかしこも、なんて素晴らしいんだ!!

 そんな感動に打ち震えるボクの肩が、ガッと後方から誰かに掴まれた。……誰かとはいっても、その力強さは彼の他に思い当たらないのだけれども!

 

(やあ、シドー!……なんて、言える雰囲気でもないな!)

 

 振り返って微笑むボクに、にーーっこりと笑うシドー。けれどその目は1ミリたりとも笑っていなかった。あたたかな海にいるはずなのに、背筋が冷えたのは気のせいではないのだろう。

 彼はそのままボクの腕を引っ張って海面まで泳いだ。ぷあっと顔を出して思い切り息を吸い込む。像を見ていた時は夢中だったけれど、思いの外長い間息を止めていたらしい。

 

「はっ、はーーっ……すまないねシドー、助かった!」

「ほう……?随分と能天気だなあクリエ」

「……すまなかった!夢中になりすぎてた!」

「素直なことはいいことだと思うぜ」

 

 そうだね!と心の中で頷いた。今度からは一言言ってから海に潜ろうと心に決めて、ボクたちは海辺で待っていたアルスたちの元へ戻った。彼らも心配してくれたらしく、それぞれ心配とお叱りの言葉をくれた。……うん、やっぱり今後は一言言ってから潜ることにしよう!

 

「というか、なんでまたいきなり飛び込んだりしたんだ?」

「!そう、そうなんだよキーファ!よくぞ聞いてくれた!シドーもアルスも聞いてくれ!!」

「うっ、うん……?」

「いいのか?多分長くなるぞコレ」

「許してくれシドー!だって本当に素晴らしかったんだ!!この七色の海底に人魚の像があって、石膏の滑らかな曲線と躍動感とまるで生きているかのような慈悲深い笑みで!美しくて……!!きっと名のある職人の手によるものだろう、あんなに良い作品を見ることができてボクは!嬉しい!!それにそれに……!」

 

 まだまだ喋り足りないボクだけれど、それに待ったを掛けたのはアルスだった。彼は遠慮がちに、ボクの左手を指差している。

 

「話の途中でごめんね、クリエ。ずっと気になってて……その左手に握られてる壺は何?」

「へ???」

 

 さっきまでは持ってなかったよね、と言われるままに頷く。……アルスの言う通りこの海に飛び込むまでは持っていなかった。気づかない間に持ってた、なんて、そんなことある?こんな片手で持てるくらいの小ぶりの壺とはいえ、鮮やかなオレンジ色で彩られたコレに、気づかないはずがあるか?

 

「……え?いつからボク、これ持ってたんだ?」

「いや俺に聞かれても知らないぞ」

「まあそうだよな、……だよな?……うーん???」

 

 なんだこれ、不思議な感覚だ。

 知らないはずなのに、知っている気がする。

 確か、か、かわ、……可愛いじゃなくて、乾きの、そう、

 

「ーー“乾きの壺”」

 

 そう口にした瞬間、正解とばかりに壺が光ってみせたのは幻だったのか。ぱちりと瞬きする間に、壺は光となってボクのビルダーグローブに吸い込まれていった。……んんん???

 

「ええ??」

「“ええ??”で済ませられるお前にびっくりだよ俺は」

「な、なに?乾きの壺って、クリエ知ってたの?クリエのものなの?」

「ん?んー……た、多分。……うん、多分きっと!」

 

 なんかよくわからないけど、ボクのグローブと一体化したってことはそうなんだろう。そういうことにしていいんだろうきっと!

 試しに『出てこい』と念じたらちゃんと出てきたし……うん、そうだ、きっとコレはボクのものなのだろう。記憶はないけど、不思議と手に馴染むし。

 

「なんだろうな、水の神さまが渡してくれたんだろうか」

 

 人魚の像にまみえて手にした壺だからと、そんなことを冗談めかして笑って言った。

 

「ああ、そうなんじゃないか?」

 

 なのにシドーときたら、すんなりと頷いている。もうツッコミにも疲れてしまったらしい。……うん、思い返してみればちょっと今日はいつにもまして大はしゃぎでシドーにいっぱい助けてもらったような気がする。……うん、よし!

 

「シドー、今日の夕御飯は栄養たっぷりポトフにしようか!」

「ハハッ、なんだよいきなり」

 

 きっとこの壺で酌んだ水で作ったなら美味しくなりそうだし!と付け足せば、シドーはまた可笑しそうに笑った。

 

 

第3話 「“水”の御利益がありそうな壺だ!」

 

 


 

▽クリエ 現在所持装備

・おおきづち

・ビルダーグローブ

・乾きの壺 ←NEW!!

 

 乾きの壺はビルダーズ2本編で登場したものより何故か性能が向上しています。

 今回ではビルダー道具はグローブに不思議パワーで収納されているという設定でひとつよろしくお願いいたします。


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