森を抜けても依然として空は暗く、空気は重い。草むらにはこちらを襲い掛からんとする魔物たちが潜んでいるものだから、緊張感と不安感が重量を増して肩にのし掛かってくるかのようだった。
そんな、足取りまで重くなりそうな暗い道のりに、一筋の光が差す。
「はぁッ!」
ばちばち、と雷光が弾ぜる。紫電を纏わせながら一閃する様は、その真っ直ぐな太刀筋も相まって美しかった。ここがやたらに暗い空の下だからこそ、その輝かしい剣技に目を奪われる。
「すっっごい! すごいですねマチルダさん!」
人ぐらいのでっかいムカデ──オニムカデというらしい──を一刀の元に切り捨てたマチルダさんに、思わずはしゃいで声を弾ませる。きゃあきゃあとテンションが上がっているのはボクだけではないようで。
「ええ! 本当に格好いいわ、アルスに爪の垢を煎じて飲ませたいくらい!」
「なんで僕……でも本当にすごいや、マチルダさん」
「ああ、本当に! マチルダさん、どうやったらそんな剣が使えるようになるんですか!?」
マリベルもアルスもキーファも、みんな目を輝かせている。そんなボクたちの反応にマチルダさんは戸惑ったように瞬きひとつ。それから眉を下げて微笑んだ。照れたように──それからあと、何か。
「特別なことは、何も。鍛練の賜物ですわ」
「ええ? けど俺も城で剣の訓練は受けてたけど、剣から雷出したし炎出したりはできないぞ……?」
「あんたが下手っぴだからじゃないの」
「マリベル、おまえなあ」
マリベルの憎まれ口に、キーファがやれやれといったように口許をひん曲げる。それにマチルダさんはくすくすと小さな笑声を溢した。そうして、薄く目を開く。長い金色の睫毛がふわりと揺れた。
「……それは、きっと、魔力が関係しているのでしょう」
「魔力?」
首を傾げたボクに、彼女はええ、と頷く。
「魔の力と書いて、魔力と読む。私の剣……“いなずま斬り”も、剣に魔力を沿わせて発動させるのです」
「魔の力……っていうと、魔物と関係している?」
「ふむ……そうですね、魔物の力というわけではありませんが、人間は魔物と戦うことによって刺激を受け、自身の中に眠っている魔力を目覚めさせることが多いのです」
魔物、か。だから魔物のいなかったエスタード組には魔力が発現しなかったということか。……ということなら、まあほとんど覚えていないんだが、故郷に魔物がいたボクやシドーの魔力は目覚めているということなのか。
思考を巡らせるボクの隣で、マチルダさんはにこやかにアルスに向き直っていた。
「先ほど私は『特別なことは何も』と言いましたね。それはこの魔力が私だけでなく、あなた方にも流れているからです」
「え……!? って、ことは」
「ええ。……あなた方にも魔力を扱える。そうして戦う力を持っている、ということです」
「……!」
アルスは薄く口を開く。黒い目に光が灯って、まるで星空のようにきらめいた。
「じ、じゃあ……!」
「じゃあじゃあ! 俺にもその“いなずま斬り”が使えるってことか!?」
「ちょっと引っ込んでなさいよキーファ! ねえマチルダさん、あたしにも教えてくれない?」
「あっ、ずるいずるい! ボクも! ボクも一度でいいから呪文使ってみたかったんだ!」
「う、わわわっ……!」
「おっと!」
“俺も!” “あたしも!” “ボクも!” 我先にとマチルダさんに詰め寄ってしまったボクたちの勢いに押され、アルスがたたらを踏む。よろけそうになった彼を支えたシドーは、次いでボクたちに呆れた眼差しを投げ掛けた。
「オイ、オマエら落ち着けよ。アルスが潰れそうになってるぞ」
「わわわ、すまないアルス! 大丈夫かい?」
「ごめんな、怪我ないか?」
「あんたがぼうっとしてるからでしょ」
「うん……いいよ、大丈夫。あとありがとう、シドー」
苦笑しながら礼を言うアルスに、シドーは「構わないぜ」と軽く笑って、それから静かに視線を移した。
「……で? どうなんだよ、マチルダ。コイツらの願いは叶うのか?」
「……そうですね、全て、というわけではありませんが」
何やら考え込んでいたマチルダさんは、シドーの声と視線に促され、ゆっくりと話し出す。
「私たちの身体に流れる魔力は、それぞれに違います。呪文を使える者の中でも、攻撃呪文が得意な者、回復呪文が得意な者と分かたれます。呪文が使えない人でも、魔力を武器に沿わせて、魔力を身体に留め、強靭な身体能力を得ることだってできます」
「人によって、できることが違うということか」
「そうです。今見た限りでは……、」
長い睫毛に縁取られた目が、ボクたちを見渡す。そうしてまずは頭巾頭の女の子……マリベルに目を留めた。
「マリベルさんは攻撃呪文が得意なようです。戦闘訓練を積んで、魔力を磨けば、きっと多くの呪文を扱えるようになるでしょう」
「わあっ、ほんとう!?」
「ふふ。ええ、本当です」
ぱあっと顔を輝かせるマリベルに、マチルダさんも微笑ましそうに目元を緩ませる。
「そしてアルスさんの魔力は、回復呪文と相性が良いみたいですわ」
「回復、呪文?」
「人の傷と病を癒し、守るための呪文ですよ」
「……それを、僕が使えるようになるんですか?」
「ええ、……戦い続ければ、必ず」
「……、」
はしゃぐマリベルとは裏腹に、アルスは何かを考え込んでいるようだった。伏せたその横顔は、何かを悩み、決意しているようで──
「なあなあマチルダさん! 俺は!?」
「キーファさんは……呪文は使えないようですね」
「ええっ!?」
「ああ、ええと、気を落とさないでください」
喜色満面から一転、あからさまに落胆したキーファに手を振り、マチルダさんは宥めるように微笑んだ。
「キーファさんは私と同じ、“戦士”に多い魔力の型なのです」
「? “戦士”?」
「はい。“戦士”とは呪文を全く使えない代わりに、強靭な身体能力を得て矢面に立ち、仲間を庇って戦う職業です。あと……私の“いなずま斬り”のように、魔力を武器に沿わせて攻撃することもできます」
「本当ですかあ!? やった!」
「ええ。……ただ、キーファさんは稲妻より炎の方が相性が良いようですね。初めにイメージするのは炎の方が良いでしょう」
「わかりました!」
目をきらきらさせるマリベルは攻撃呪文。何やら考え込んでいるアルスは回復呪文。素直に頷いているキーファは呪文が使えない代わりに“戦士”に向いている。
「本当にみんな、それぞれ違うんだなあ」
マチルダさんの見立てに感服しつつ、ボクの心はわくわくが止まらない。弾む心境のまま、飛び跳ねるように進み出た。
「マチルダさん! あの、ボクも訊いていいですか?」
「クリエさん、」
「ボクの魔力は呪文を使える型なんだろうか? それともマチルダさんたちみたく、“戦士”に近いんだろうか!?」
何だろう、何なのかな、と期待に胸を膨らませるボクに対して、マチルダさんは──そっと目を伏せた。
「……あの……すみません、申し上げにくいのですが、」
クリエさんの魔力は、そのどれとも違っています。
「……へっ?」
「どういうことだ?」
鳩に豆鉄砲を喰らったって、こんな心地なんだろうか。呆けたボクは言葉に詰まり、その代わりにシドーがその意図を問い掛ける。赤い目に促され、マチルダさんは「はい」と口を開いた。
「クリエさんの魔力は、非常に珍しい型です」
「珍しい?」
「ええ。……呪文として放つ魔力でもなく、身体に取り込んで強化する魔力でもなく……ただ一点、【モノを作ること】に特化しているのです」
「!」
自然界の物質を【素材】として回収し、万物を組み上げ、創造する──マチルダさんはボクの魔力にそうした素質を見出だしたらしい。彼女はそういう前例を知らないらしく、戸惑うように眉を寄せているけれど、
「思い当たることがありますか?」
「うーん、ありまくりますねえ!」
それ全部やってきたなあと、苦笑が零れる。ボクの中には納得が溢れているけれど、マチルダさんは不可解そうに視線を揺らした。
「“魔法使い”のように呪文を使うことはできず、“戦士”のように身体を強化することもできず、ただ万物を創造する。……こうした職業の名を、私は知りません。クリエさんは御存知なのですか?」
ボクがやってきたこと。ボクの力。ボクの名前。
「……はい!」
──ボクが、何者であるのか。
「ボクは、ビルダーなので!」
「“ビルダー”?」
「御存知ないのですか……では説明しましょう! ビルダーとは! モノ作りの力を持った人間のことです! 食べ物でも植物でも道具でも衣服でも武器でも建物でも、何だって創りますよ!」
「……創る……」
マチルダさんの瞳が揺らめいた、気がした。彼女は譫言のように呟いて、それきり黙り込んでしまったから、ボクは不思議に思いながらも追及するすることはできなかった。気を取り直して、自分の手のひらを見つめる。
「あーあ、それにしても、ボクは呪文が使えないのかあ。“ホイミ”!とか“メラ!”とかやってみたかったけどなあ」
「残念だったな」
「うーん。……でもまあ、納得したよ」
たとえ色んな職業があろうと、ボクは、ボクでしかない。
「やっぱりボクは、骨の髄までビルダーなんだ!」
そう思えば、誇りが胸を満たす。笑みが、浮かぶ。
「ボクはボク。この在り方を変えようとは、思わない」
「……ああ、そうだな。オマエはそれがいい」
シドーはニッと笑ってくれた。赤い目が優しくボクを見つめている。ボクを、肯定してくれている。
どうしてこうまでボクを認めてくれるのか。信じてくれるのか。
「? どうしたクリエ」
「……ううん、何でもないさ! シドー!」
疑問は、嬉しさに融かされていく。そうしてボクは笑っていた。
「……あの、マチルダさん」
そんなボクの目の前を横切って、アルスが進み出た。
「すごく、不躾なお願いなんですけど……少しだけでいいので、僕たちに魔力の扱い方を、戦い方を教えてもらえませんか?」
「……アルス?」
アルスは顔を上げて、マチルダさんを真っ直ぐに見つめていた。俯きがちだった目に光が灯っている。そんな彼の表情を見るのは初めてで、ボクは首を傾げた。疑問に思ったのはボクだけではないようで。
「何言ってんのよアルス! そりゃ、呪文とか格好よさそうだけど、何もあたしたちが戦う必要なんてないじゃない」
「そう、かな」
マリベルもまた、不可解そうに首を横に振っていた。なんで戦わなきゃいけないの、そんな必要なんてないでしょ、と。それでもアルスは怯まず、ゆっくり考えを口にした。
「今も不思議なことが起こってるし、これからだって、何が起きるかわからないよ。……マチルダさん、あなたは僕に、『回復呪文が使えるようになる』って言ってくれましたよね」
「……はい」
「……人を守るための呪文が、戦うことで身に付くのなら、僕は、そうしたい」
……ああ、そうか。アルスはさっきからこれを考えていたんだ。こんな非日常に浮かれながらも、“どうにかしなきゃいけない”と考えて、決断したんだ。
その決意を込めて、祈るようにアルスは願った。
「いい、ですか……?」
「──ええ、もちろん」
それに、マチルダさんは快諾を返した。……答えるまでに間が空いたように感じたのは、きっと、ボクの気のせい。
「私でよければ、皆様にお教えしましょう」
だってこんなにも、彼女は綺麗に微笑んでいる。
だからボクも意気込んで拳を握った。アルスが頑張ろうとしてるんだから、ボクもやらねばなるまい!
「よーしっ! じゃあボクも頑張るぞ!」
「く、クリエさんも戦われるのですか?」
「? そのつもりだけど、どうかしたんですか?」
慌てたようなマチルダさんに問い掛けると、彼女は言いづらそうに口をまごつかせた。
「その……クリエさんの魔力は【創造】に特化しています」
「はい」
「【創造】するにあたって比類なき力を発揮しますが……逆に言えば、戦闘には不向きなのです」
敵を倒す呪文も、身を守る呪文も使えず、“戦士”のように魔力を身体に取り込むこともできないから、打たれ弱い。
「……改めて聞くと……ボク、戦闘では足手まとい?」
「怪我しないように引っ込んでたら?」
「マリベル! ボクを心配してくれてるの? 嬉しいなあ」
「ちょっ……! 何でそうなるのよ!」
「あは、照れてるのも可愛いよ!」
「もうっ、うっるさいわねぇ!」
通常運転なマリベルも可愛いけど、こればっかりは尻尾巻いて逃げるわけにはいかない。
「ボクもみんなと一緒に戦うよ! ただ引っ込んでるのは、性に合わないしね」
「クリエさん……ですが、」
「心配するな」
尚も心配そうに言い募るマチルダさん。その言葉を遮ったのはシドーだった。彼はボクの隣に進み出て、肩に担いだこん棒の柄を強く握り締めた。
「オレが、クリエを守ってやる」
……本当に、どうしてなんだろう。
こんなに強く、優しく、決意を込めて守ってもらえる謂れが、果たしてボクにあるのだろうか。
「ふふ、……ふふふ!」
「なんだよ?」
「わからないかい? 嬉しいのさ!」
この状況も、シドーの思いも、わからないことは多すぎる。それでも、とボクはシドーに向けて手を掲げた。握手ではなく、
「でもボクだって、守られっぱなしじゃないさ!
一緒に頑張ろうな、シドー!」
「ハッ……仕方ないな、オマエ!」
パン、と手と手を打ち鳴らす。やっぱりこれだけで、わからないことも大変なことも、全部全部乗り越えられそうな気がした。
あれからマチルダさんに戦闘を指南してもらいながら歩き続けたボクたちは、しばらくしてとある村に辿り着いた。古びた木で造られた門をくぐり抜けたところで、マリベルがはっとして声を上げる。
「……ねえアルス! ちょっと待って! マチルダさんの姿が見えないわ」
マリベルの目がきょろきょろと忙しなく動く。それを追うように辺りを見渡しても、確かにあの桃色の鎧姿はどこにも無かった。鎧の擦れる音すら残さず、彼女は跡形もなく姿を消してしまっていた。
「……シドー、気づいた?」
「いや……」
「……そうか」
ボクたちの中で群を抜いて気配に敏感なシドーがそう言うのだから、違和感を感じる。マチルダさんは、本気で気配を絶って、ボクたちに消息を掴ませまいとした……?
「どこに行っちゃったのかしら」
「……本当だ。急いで家に戻ったのかな? どうせこの村の人なんだろうし」
「ふ~ん……? 一言もなく? ちょっと冷たいわね」
「何か、事情があったのかもしれないよ」
けれどマリベルたちは、アルスの一言に「それもそうだ」と頷いた。さっきの今まで戦い方を教えてくれていた恩人だもの。それもそうだよな、とボクも頷いて、気を取り直して辺りを見渡した。
「それにしても……ここはどこなんだろう?」
深い森に囲まれた、小さな村だ。中央に広がる池を囲むように、木造の家が幾つか並んでいる。畑も沢山見られることから、ここが森の恵みを大切に、野菜を育てて生活していたんだろうなと推測できた。
……そう、生活
今はもう、そんな生活の跡なんかほとんど残っていない。
「……ここに、何が起きたっていうんだ」
村のあちこちから、音がする。建物が力任せに叩き壊されている音。そうして剥がれ落ちた床板や壁、屋根が、焚き火にくべられて燃えている音。鍬を振り回して、収穫されるはずだった野菜の苗がへし折られ、踏み潰される音──そこに魔物の嗤い声が重なっていたなら、ボクはまだ納得できただろう。この武器を握って、戦うことで解決できただろう。
でもそれは、できなかった。
「どうして、こんな……」
何故ならば。
建物を、畑を、村の何もかもを壊しているのは──
「ああ……こんなどでかい穴がおらの畑に空いちまっただ……これでおらのほがらか農園もおしまいだべ……」
入り口近くの畑では、一人の農夫と思われる男性が項垂れていた。綺麗に整えられていたであろう畝はひしゃげて、おおきな穴がぽっかり空いている。彼は服が汚れるのも気にせず、その前で膝をついていた。こんな有り様で作物を育てることなどできないだろう。
「本当だ! 一体誰がこんな酷いことをしたんだ!」
「……何言ってるんだべ、おまえさん」
目の当たりにしたキーファは、義憤に駆られた。それを農夫さんは、ぼんやりとした眼差しで見やる。そして、
「おらだよ」
「……は?」
「おらが、おらの畑を、めちゃくちゃにしたに決まってるだ……いくら嫁っこと娘っこのためとはいえ、これでおらはおしまいだべ……」
ぼんやりとした、悲しむことすら疲れ果てたかのような声で、そう応えた。それから農夫さんはじいっと、自分でめちゃくちゃにしたらしい畑を見つめて固まってしまう。混乱で二の句が継げないキーファを、ボクはそっと引っ張った。
「な……なんだよ今のおっさんはあ!?」
「キーファ、」
「自分で畑をダメにして、それを悲しんでるなんて……どっか悪いんじゃないだろうな?」
「……何か、事情があるに違いないよ」
もし望んで畑を壊したのならば、あんな表情をするはずがない。そう、あんな……
「……ああ? おまえ、馬鹿にしてんのか?」
あんなに、悲しみや怒りに疲れ果てているはずがない。
「“何で自分で自分の家を壊しているのか”って? ……馬鹿にしてんのか? 俺っちが、やりたくてやったと思ってんのかあ!?」
「ち、違います、僕は……!」
ボクたちとは違う方面に聞き込みをしてくれていたアルスが、声を振り絞って宥めようとしている。けれど、そんな声が耳に入らないぐらい、その男性は怒り狂っていた。
「俺っちは、俺っちはなあ……!!」
怒りのまま、握り拳が振り上げられた。アルスが顔を庇うように腕を翳して、マリベルが小さく悲鳴を上げる。そんな彼らを庇い立ったのは──シドーだった。彼はその手で男性の拳を受け止め、赤い目で見つめ返す。
「……チッ──」
静かな赤い目に、男性は舌打ちを溢した。どうしようもない感情が溢れて仕方ないのだろう、足元の瓦礫を蹴り飛ばし、叫んだ。
「……こんなもん、こんなもんなあ……俺っちのカミさんのため以外に、何の理由があってするって言うんだよお……!!」
そんな男性を前に、ボクたちは何も言えなかった。村の状況への困惑や、村の人たちへの憐憫だけが胸を満たして、無言のままその場を後にする。どうしていいかわからないまま、とりあえず相談しようとみんなの顔を見渡した、その時。
「旅の人ですかな」
声が、掛けられた。そちらを振り向くと、杖をついたおじいさんが、申し訳なさそうに眉を歪めてそこにいた。
「失礼しました、村の者が、失礼を……」
「い、いえ! そんな……僕のほうこそ、ごめんなさい。悲しいことを、訊いてしまったみたいで……」
深々と頭を下げたおじいさんに、アルスは慌てて駆け寄った。その肩を優しく支えて、頭を上げさせる。そんなアルスにおじいさんは目を丸くした後、目元を和らげた。
「ありがとう、お若いの……」
そうしておじいさんは、話してくれた。
どうしてこの村が、
「ここは森の中にひっそりとある小さな村でした。しかしある日突然魔物たちが現れ……村の女をどこかへ連れ去ってしまいましての。そして、残された男たちに魔物はこう命令したのですじゃ」
──自分たちの手で、この村を二度と立ち直れないくらいまでに壊し続けろ。さもなくば、
「さもなくば……連れ去った女たちの命は無いと思え、と」
ボクたちは、絶句した。だってそんなのは、あまりにも、どうしようもなさすぎる。
「……どうすれば、女の人は帰ってくるんですか?」
「……さあ。魔物は何も言ってはくれなんだ」
「そんな! そんなのって……!」
「“酷い”と、怒ってくれるのか、お嬢さん」
壊すだけ壊して、どうすればいいのかわからない。そんな理不尽に声を荒げるマリベルに、おじいさんは目を細めた。嬉しそうに。……懐かしそうに。
「だが、わしらには……女たちを見殺しにすることなど、できんのです」
どうしようもなくても、従うしかない。
そうして諦めてしまったから、この村の人たちはみんな、疲れ果てているのだとわかった。
「……もうこの村はどうにもならん。おまえさんたちも、自分の住みかに戻るのがよろしかろう……」
「……待ってください! 最後に、ひとつだけ」
この村の名前は何というのですか、と問い掛けたボクに、おじいさんは去り掛けた足を止めて振り返った。皺だらけの口許が動き、静かに沈んだ声を紡ぎ出す。
「ここはウッドパルナ。英雄パルナの伝説の村です。……しかし、そんな勇ましい伝説も今はかえって……」
おじいさんは目を伏せて、歩き去ってしまった。遠目に見える崩れかけの教会に向かうのだろうか。そこで、祈りを捧げるのだろうか。どうにもならない現状を、憂いて……。
「……ウッドパルナ、か」
「オマエたち、知ってたか?」
「ううん、聞いたこともなかった……」
ボクもシドーもアルスたちも、この地名を知らないという。こんな風に、魔物の襲撃を受けた村のことを。
「魔物に女の人をさらわれたか……ちょっと信じられない話だけど、外で本物の魔物を見たわけだし……きっと、本当のことなんだろうな」
「かわいそうかもね。……ちょっとだけ、だけど」
村人の境遇を思って、キーファが、わかりづらくもマリベルが、表情を歪める。
「魔物がこんなに人々を苦しめてる場所が島にあったなんてな……、……いやちょっと待てよ。そんなことも知らなかったなんて、どう考えてもおかしいよな?」
「……こんな大変なことが起きてれば、嫌でも城に知らせがあったと、思うよ」
「だよなあ」
アルスと首を傾げ合って、キーファは唸った。
「ここは誰も知らなかった、遠くの島……なのかあ?」
「……うーーん……」
わからないことも、考えるべきことも多いけど、今はこうして頭を突き付けていても状況は変わらない。シドーはそう判断したんだろう、顔を上げて、声を引き締めた。
「……何にせよ、情報が足りない。今のオレたちにはわからないことが多すぎる」
「そうだね、……もっと村人に話を訊かなきゃいけない」
さっきのように、彼らの傷口を抉ることにならなければいいのだけど、と……そう口にしてはいないのに、見透かされてしまったらしい。
「心配するなよ、クリエ」
とん、と肩が叩かれる。振り仰ぐと隣に、シドーがいた。
「何があっても、オレが守ってやる」
「……ありがとう!」
敵わないなあ、とボクは笑みを浮かべた。暗い空に、暗い状況、暗い表情、暗い気持ち……それでも歩み続けていられると、確信する。
「相変わらず、格好いいなあシドーは」
「まったく……アルス、聞いてるの! あんたもあたしを守りなさいよね?」
「ええ? もう……マリベルも相変わらずだなあ」
ボクたちにつられて、キーファやマリベル、アルスの顔にも笑みが戻ってきた。それは満面の笑みとは言いがたいけれど、それでも前に進もうとする気持ちが表れている。
「よし、──行こう!」
そうしたみんなの表情を見渡して、頷き合って、ボクは暗い村の奥へと足を踏み出した。
第8話 「つまりはモノ作りブッパ!ってことだな!」
まず始めに、更新が遅くなってしまって本当に本当にすみませんでした!!!不定期更新とタグ付けはしたものの、あまりに期間が開きすぎてしまいましたね……もしまだ読んでくださる方がいらっしゃいましたら、感謝申し上げます。ありがとうございます。
今回前半に魔力についての説明をしましたが、すべて公式設定ではなく捏造設定です。悪しからず御了承ください。ビルダーの魔力がモノ作りに特化していて戦闘向きではないということもこの小説における捏造設定です。戦闘力はへっぽこだけれど、機転とモノ作りを活かして戦っていく感じにしたいと思っています。
最後になりましたが、閲覧並びにお気に入り登録、評価などなどありがとうございます!更新は不定期になりそうですが、なるべく頑張って続きを書いていきたいです。また次回も読んでいただければ幸いです。