『ブルー・ティアーズ、SEエンプティー。 1年1組クラス代表決定戦第1試合、試合終了。勝者、篠ノ之箒!』
アリーナに箒の勝利を告げるアナウンスがされた瞬間、観客席が大きく沸いた。
下馬評ではセシリアの勝利が予想されていただけに箒の勝利は予想外すぎて、会場は興奮の坩堝と化していた。
一方、アリーナのフィールドに降り立った箒は大きく息を吐くと、自分が勝った事を実感し始めた。
(かなり分の悪い賭けだったが、何とかなったな)
奇襲による短期決戦、自分が勝つにはそれしかなかった。
(もっと訓練を重ねて強くならないと。このままじゃ姉さんの力にはなれない)
箒はそのままピットへと戻っていく。
セシリアは右腕と右脚の装甲が破損している為に、バランスを取りながらフィールドに降り立つ。
視力は既に回復している。
(油断も慢心もしていないつもりでした・・・・ですが、私は何も出来ずに負けてしまいました。)
俯いたまま唇を噛みしめピットに向かっていく。
(どこかで篠ノ之さんを侮っていた、それが今回の結果を招いた。全ては私の不徳の致すところ。これを教訓として、心を引き締めて2度と慢心も油断もしません。)
そう誓いをたてながら戻るセシリア。
アリーナ管制室
試合を観戦していた真耶は隣にいる千冬に
「何と言うか、随分と思いきった手段を使いましたね篠ノ之さんは。」
「あいつなりに考えたのだろう。自分の今の実力ではオルコットに勝てないと。もっとも、一回しか使えない奇策だがな。」
「それにしても、あの閃光弾の使用は良かったのでしょうか?」
「レギュレーションには違反してませんし、閃光弾の威力も競技使用規程の範囲内のものですから問題はないです。それでも文句を言ってくる輩は現実を知らない、ISに幻想を抱く連中かブリュンヒルデ信仰の女尊男卑の連中だけです。相手にするだけ無駄。」
千冬はそう言ってバッサリと切り捨てる。
アリーナに通じるゲートを潜り、Bピットに戻ってきたセシリアはISを解除して待機形態に戻して隣の整備室に待機している整備士に渡した。 次の試合までの間に破損したブルー・ティアーズをチェックしてもらい修理や補給をしてもらう必要があるからだ。 すると、
「お疲れ様、オルコットさん」
いつの間にかパーテーションで仕切られたブライベートルームから出て来ていた零也達が労いの声をかけてスポーツドリンクを渡す。
「ありがとうございます。」
「こうして面と向かって話すのは初めてだよね。1年3組所属の月村零也だ。」
「同じく、月村紫です。」
「月村君の警護を努める高町シュテルです。」
「1年1組所属のセシリア・オルコットです。月村零也さんと紫さんは昨年の夏にロンドンで行われたクリステラソングスクールのワールドツアーのロンドンコンサートの警護でお目にかかっておりますわ。」
「もしかして、会場の外を警護していたISの操縦者?」
「はい、あの時はまだブルー・ティアーズを授かっていなかったので、他の方々と一緒に第2世代型のメイルシュトロームを装着していたので、解らなかったとは思います。」
零也と紫は昨年の夏にロンドンで行われたクリステラソングスクールのワールドツアー、ロンドンコンサートに恭也と共に護衛として参加していたのだ。
恭也の幼馴染みのフィアッセ・クリステラが校長を勤めるクリステラソングスクールは毎年チャリティーコンサート行い世界中のツアーで回っている。
その収益は必要経費(出演者はボランティアなのでギャラは発生しない)を除いて全て寄付されるのだが、その金額はかなりのものになる。
それを巡って色々とちょっかいをかけてくる者達が少なからずおり、毎年では無いものの物騒な事が起きる可能性がある。
昨年も、ある女性権利団体がそのお金を狙って脅迫してきたのだ。
曰く、そのお金は虐げられた女性の為に使うべきだ。
曰く、自分達がその為の出先機関となってやる。
曰く、貧困に喘ぐ子供や発展途上国に使うのは無駄だから辞めろ。
曰く、チャリティーコンサートなんて止めて、自分達の利益の為にコンサートをしろ。
曰く、男性排斥の為の歌を作って広めろ。
と無理難題を押し受けてきた。拒否すれば、コンサートの開催を妨害したり、出演者を襲撃するとまで言ってきたのである。
元々、色々とやらかしていた危険な団体だっただけに実行される可能性が高かった。
普段は日和見主義の政府は元より国際IS委員会も今回の事態は重く受け止めて、コンサートが開かれる都市や会場での警護に警察や軍隊は勿論のこと、IS操縦者を派遣することになった。 会場だけでなく、出演者やスタッフ達にも警護をつけることに。
そんな中、フィアッセは自分が一番信頼できる人物である恭也に護衛を頼んだのだった。 恭也は勿論断る事をしなかった。勿論恭也一人ではなく、美由希と雫も一緒になって護衛についた。
ただロンドンコンサートの時、二人はどうしても外すことに出来ない予定が入っており、その代役として特別に零也と紫が参加したのだった。
そしてセシリアも代表候補生として警護に参加していた。 セシリアはその時に主要人物の警護に自分と歳の変わらない少年少女が参加していたのを不思議に思っていた。しかも銃ではなく刀を持っていたので、余計に印象に残っていた。
そして、そのロンドンコンサートで事件は起きた。
今回の一件を受けてテログループに指定され、次々と自分達の犯罪行為が暴かれ始め、逮捕されることが確実となり後が無くなってきた女性権利団体が暴発したのだ。
銃火器で武装したメンバーと、何処からか盗んできたISを装着したリーダーがコンサート当日に襲ってきたのだ。
幸いな事にISを装着したリーダーは殆ど素人だった為にすぐに取り押さえられ、他のメンバーも瞬く間に制圧されていった。
その場にいたセシリアも武装したメンバーの制圧や、一般人の避難誘導にあたっていたのだが、そこで彼女は目を疑うような光景を目にしたのだった。
女性権利団体は自分達の襲撃を成功させる為に傭兵と暗殺者を3人雇っていたのだった。
そしてセシリアは、自分の近くで二本の小太刀を構えた零也と自動小銃を持った女性傭兵の戦いを目撃したのだった。
女性傭兵の持っていた自動小銃から放たれた弾丸を零也が避けたり小太刀で打ち落とし、そして目にも留まらぬ早業で、瞬く間に倒したのを。
ISでのハイパーセンサーですら捉える事の出来なかった早業はセシリアの心に深く刻まれた。
「あの時の月村さんの剣の凄さは今でも脳裏に焼き付いて離れません・・・・・ですが、私はその事をいつの間にか忘れてしまい油断し、慢心していましたわ。」
セシリアはそう言って俯いた。
「オルコットさん。こう言っては何だけど、あんなの出来るのはお兄ちゃんを含めてそんなに居ないからね。むしろ出来る方が可笑しいんだから。」
「おい紫、そう言うお前も出来るだろうが?」
「そうだけど、お兄ちゃん達は異常だよ。」
「それはつまり、自分が未熟者だと言っているようなものだぞ。」
「違う!未熟者じゃなくて、お兄ちゃん達が人外なの!」
突然始めた零也と紫の口喧嘩に目を白黒させるセシリア。
「二人共、その辺にしておいてください。私からすればどっちもどっちです。それにオルコットさんが呆れてますよ。」
この口喧嘩はシュテルが止めに入ったのだが、セシリアはいつの間にか自分が箒に負けた事で気負っていたのに気づいた。体には余計な力が入り、気持ちに余裕を無くしていた事に。
意図した訳では無いのだろう。だが、零也達のやり取りは何故か自分をリラックスさせてくれた。
日常の何気無い一齣がもたらしたものだった。
「ありがとうございます月村さん」
「別に俺たちは何もしてないぜオルコットさん。」
「いいえ、そんな事はありません。それからこれからは私の事をどうぞセシリアと呼んで下さい。」
「そうか、それなら俺の事も零也でいいぜ。」
「私も紫って呼んでね。」
「私の事もシュテルで良いですよ。」
そう言ってセシリアは零也達と握手を交わすのだった。
セシリアは零也達と別れて整備室に向かおうとした時だった。ピットのモニターが点き、千冬の姿が映し出された。
『オルコット、それに月村兄、丁度良かった。トラブル発生だ。』
「トラブル? 何があったのですか織斑先生?」
『先ず最初に聞いておきたいのだがオルコット、ISの状態はどうだ?』
「今から整備室に持って行って見てもらう予定ですが?」
『自分の目から判断してどうだ?』
「ライフルは予備の物があるので大丈夫ですが。右腕と右脚の部分の修理は少し時間がかかると思います。見た感じ、何処か重要な配線を破損しているように感じます。」
『そうか・・・・・・』
「どうかなさったのですか織斑先生? いったいどういったトラブルですか?」
『・・・・・・・織斑が、禁止されているオルコットと篠ノ之の試合を観戦していた事が判明した。』
「「「「えっ?!」」」」
時間は少し遡る。
箒はアリーナからAピットに通じる通路を通りゲートの前に来ると、赤鋼を解除する。
その瞬間、全身から汗が滝のように流れて、凄まじい疲労を感じた。
体力的にはあまり消耗していないのだが、精神的な消耗が激しく、それが疲労となって襲ってきたのだ。
軽く汗を拭い何とかゲートを開けて、ピットの中に入ると千春が駆け寄ってきた。
「箒!すげえな、あのセシリアに勝つなんて!」
その千春の言葉に箒は違和感を感じていた。
(セシリア? 千春は何故、親しくもないクラスメイトの事を名前で呼ぶんだ?それも呼び捨てで・・・)
だがその違和感も、次の千春の言葉で吹き飛んでしまった。
「ところで何で、箒の専用機に零落白夜が搭載されているんだ? 見た感じ雪片じゃ無かったようだけど?」
(何故千春が私の赤鋼に零落白夜が在ることを?私は千春には話していないし、専用機も見せた事も無いぞ?)
そもそも、箒の赤鋼を受領したのはIS学園への入学直前であり情報は殆ど出回っていない。
だからこその疑問に箒は自分の中で答えを探し始め、ある結論を出した。
「ち、千春、まさかと思うが試合を見ていたのか?」
「あぁ、モニターで見ていたぜ。待機中が暇でさ、テレビでも見ようとモニターつけたら試合を映していてさ、そのまま見てたんだけど? 」
千春から語られた事実に驚く箒。
「ち、千春は試合前の千冬さんの説明をちゃんと聞いていたか?」
「説明? そういや色々言っていたな。試合の順番とかとルールとか。あと、クラス代表決定戦の後に俺ともう一人の男性操縦者と試合をするって。」
「そのルールの部分だ! ちゃんと聞いていたか?」
「え~と・・・・・なんか色々言っていたけど、まあ試合に勝てばいいんだし」
その一言で千春が今回の試合のルールを殆どまともに聞いておらず理解していない事を知った箒は愕然とした。
そしてまるでタイミングを計ったかのようにピットの扉が開き千冬が入ってきた。
「織斑、次はお前の試合だが・・・・どうした?」
千冬はピットに入ってすぐに千春と箒の様子に違和感を感じて訊ねた。
「ちふ、 織斑先生。千春が私とオルコットの試合をモニターで観戦していたようです。」
箒の話を聞いて、すぐに険しい顔になる千冬。その顔を見て自分が何か不味い事をしたのかと思う千春。
「・・・・・・・・織斑、篠ノ之の言うことに間違いはないか?」
「ああぁ。その試合中、暇だったんでテレビでも見ようとモニターをつけたら試合が映っていて、そのまま見たけど、何か不味いの?」
「・・・・・・・・・・・お前は試合前の私と山田先生の説明をちゃんと聞いていたか?」
「織斑先生。千春は先程私に言いましたが、ルールの部分をまともに聞いていなかったようで殆ど理解しておりません。」
千春が答える前に箒が告げる。
「・・・・・織斑、篠ノ之の言うことに間違いはないか?」
「・・・・・・・あぁ、その、間違いない。」
この時点になって自分が箒達の試合を観戦したのが、どうやら問題だったということに、ようやく気遣い千春は顔を青ざめた。
「織斑、山田先生が試合のルールを説明した際に試合の公平性を保つ為に他者の試合観戦を禁止するという事を説明した。それをお前はちゃんと聞いておらず理解していなかったようだな。」
そこまで聞いてようやく千春は自分が試合の為に設けられたルールを破っていた事に気づいた。
「そ、その千冬姉、おグベッ?!」
「織斑先生だ!馬鹿者!」
千春の頭に拳骨がとぶ。 そのまま顔をしかめて思案する千冬。 本来なら次は千春と箒の試合なのだが、千春が試合を観戦した事で状況がかわってしまった。
(箒は今の試合で手の内を千春に幾つか見せてしまった事になる。いくら千春がIS初心者とはいえ・・・・)
しばし思案した後に千冬はピットに設置してある通信機に向かい
「織斑、とりあえずお前は割当てられた待機室に戻っておけ。篠ノ之はISのチェックと補給を!」
「「わかりました。」」
二人は返事をすると箒は整備室に、千春はパーテーション仕切られた待機室に戻る。
それを見届けてインカムを付けて千冬は管制室に連絡するのだった。
『・・・・・・・・という訳だ。』
千冬の説明を聞き、零也たちは呆れるのだった。
「それで織斑先生はどうなさるおつもりですか?」
零也の問い掛けに千冬は
『こう言っては何だが、先程の試合ではオルコットは手の内を殆ど明かしていない。本来なら篠ノ之と織斑との試合なのだが、順番を入れ換えてオルコットと織斑の試合をして、それを篠ノ之に観戦させて条件を同じにしようかと考えたのだが、とりあえずオルコットの機体の状態しだいだと考えている。今は機体のチェックを急いでくれ。 アリーナ設備の緊急点検ということで時間を稼ぐ。』
「わかりました。」
そう言ってセシリアは整備室に急いでいくのだった。
「それで織斑先生、セシリアの機体の状態が良くない場合はどうなさるおつもりですか?」
『・・・・その場合はクラス代表決定戦は一旦中止にして月村と織斑の模擬戦を繰り上げで開始する。』
「なるほど、その試合を二人に見せ尚且つ二人の機体の整備と補給の時間を稼ぐのですね。」
『済まないが、そうなる。本来ならクラス代表決定戦とは無関係なお前を巻き込むことになるが。』
「俺は別に構いませんよ。」
『そうか、済まないな。』