なぁおい俺、本気か? 本気で彼女に惚れてるのか?
起きたときに鏡を見ながら、残りわずかになった中学校生活の中、帰りに夕日を見上げながら、風呂に入りながら――何度も自問自答した。寝癖そのままで学校に行くことが増え、授業中にぼうっとすることが増え、帰りの際に電柱にぶつかることが増え、英次に心配されたり怒られたりしながら答えが返ってこない日々を過ごした。
自身で業火の鬼とさえ形容した彼女に、恋をしているのか。分からない、ただ気になっていることは確かだった。オールマイトらしき人物が体育祭の映像で流れたときも、根津校長を生で見たときもここまで意識が向くことはなかったし、継続することもなかった。けれど彼女は違った。が、恋と決めつけるのには早すぎないか。確かに恋だと思ったさ、だが、本当にそうとは限らないじゃないか。
それに彼女に関しては色々と想定外のことが多すぎる。第一に性別、第二に性別。第三もそれだが。
そう、原作と異なるからここまで気にしているのだ。そう、最初は思っていたじゃないか。つまり、そういうことだ。――が、別に俺も恋をしたことがないわけじゃない。号声氷雅となってからはまだだが、前世ではそれなりに酸いも甘いも嗜んで来たつもり、だ。つもりなだけかもしれないが。だからこそ、この胸に蟠る感情がただの好奇心だけではないことは知っている。
だが、だからといって素直に認められるものじゃない。なぜ? そんなの決まっている。轟炎司といえば原作では男性! 子だくさん! 結婚している! 男性!!!!
そんなのは未来のことだろう? 何を言っているんだ号声氷雅――などと言ってはいられない。そうではなければ生まれてこない命があるのだ。なにかこう、ご都合主義でいい感じになるのかもしれないが、そこら辺はよく分からないし、やはり平行世界だから原作の時間軸になったら全く別の人間関係になっているのかもしれない。けれど、気になるものは気になる。
だからこれは――恋であり、調査だ。
轟炎司(仮)を知る。そうすればこの恋もなんかこう、整理がつくかもしれないし、そもそも恋愛感情ではないという結論になるかもしれない。そして彼女が本当に轟炎司なのか。男性としての轟は存在しないのか。ということが分かる。そう、これこそが利害の一致。なにとなにの利害が一致したのかは知らないが、俺の中で納得がいったのだからそれでいいだ。
そうした結論が出たときにはすでに中学を卒業し、過ごしやすい冬が終わりを告げ、春が訪れていた――。新学期の始まりだった。
いや、悩みすぎだろ俺。
英次と待ち合わせをして二人で雄英へと向かう。受験日と同じだが、全く違う。二人が身に包んでいるのは雄英の制服であり、俺たちは今日から雄英生なのだから。
うちの学校から二人も雄英進学者が出たと言うことで、地元だとちょっとした騒ぎになったりした。正直俺は轟のことでそれどころではなかったが、英次はうまく学校内の取材やらインタビューを受けたりしていた。英次なりに苦悩している俺を気遣ってくれたのかそういったものはあまり俺の方にはこなかった。本当にいい友人を持ったと思う。
電車の窓から遠くにある川沿いの桜の木々を眺めつつ、想定外のことは起きたものの雄英へ通える僥倖を噛みしめる。
ヒーローになる夢、それはどんな想定外があっても変わらない。轟という謎の少女がいたとしても、将来の夢だって変わらない。ヒーローになって女の子にもてて、理想の彼女をゲットする。――なぜか彼女に惚れてしまっているようだが、惚れたなら惚れたで全力でぶち当たるのみだ。何せ、恋であり調査なのだから。玉砕覚悟でいってやる。
「いい加減調子は戻った?」
「おう。どちゃくそ元気だ。迷惑かけたな英次」
「なにそれ、まぁ元気ならいいよ」
電車から降りて雄英までの道のりを二人で辿っていく。ちらほらと同じ駅で降りた年上らしき学生を見て、あれが先輩かと二人で目で追ってしまったりしつつ、英次からのごもっともな問いに意気揚々と返した。
呆れた風に――英次と話すとよくこういう顔をされる。お前一応つい先日まで中学生だったよな――返されて、気を遣ってもらった自覚はあるので軽く礼も言っておく。なんのことやらと肩をくすめる英次に、何をやっても様になるなと思いつつ角を曲がったところで見えてきた雄英高校へ目を向ける。
小学校、中学校、そして高校。二度目の勉学の時期に、しっかりしないとな。という謎の意気込みが入る。何せ一度すでに通ってきた道なのだ、一応経験者として無様なところは見せないようにしたいよな。精神年齢が上の人間としては。といっても元々の精神が成熟していたわけでもなし、ただのちっぽけなプライドなのでおそらく周囲に必死に追いつこうとしている内に忘れるのだろうけど。小学校、中学校のときみたいに。いやはや、こちらが気を遣っていると思っていたら使われているし、フォローしようと思ったら一人でどうにかしている。子供って恐ろしい。俺も今は子供だけど。
英次と雄英のカリキュラムがどんなものかとか、ゲーセンの新しいゲームがとか、英次の恋路はどうなんだとか色々話していたらいつの間にか校門へ到着していた。ちょっとドキドキしながら足を踏み入れる。同じ学生服を来た生徒や、スーツを着た教師らしき人物も玄関へ吸い込まれていって期待に胸が躍るのが自分でも分かった。
「やっぱなんでもかんでもでかいな!」
「受験の時に見てるだろうに」
「自分がこれから使う側になるって思うと、やっぱちげぇじゃんか!」
玄関前に張られた新入生用の案内に沿いながら、靴を履き替えて学校内の地図を確認しながら自分たちの教室へと足を運ぶ。英次とは同じ1-Aで同じだと知ったときは素直に嬉しかった。英次とあっちだこっちだといいながら――十割英次があっている――教室までたどり着く。
大きな扉に手をかけようとして――はっとする。もしかして、彼女がいるのでは。と。そう思った瞬間、ぐわっとよく分からない焦燥のような感情がわき上がる。恐怖に似たそれは実施試験の業火の鬼を思い出したせいか、それともあの凜々しい姿を思い出したせいか。一つ唾を飲み込んで、止まった腕を再び動かした。この扉を開いたところにいてもいなくても、結局会うことにはなるのだ。彼女が落ちるなんて絶対にあり得ない、ならば、覚悟を決めろ男氷雅。惚れた女に怯んでいるようじゃやっていけないぞ!
持てる力を全て込めて扉を思い切り開く。以外と重くない扉は、激しい音を立てて壁に激突した。当然、教室内にも響き渡り、クラスにいた生徒たちの視線が一気に集まった。
「ちょ、氷雅何してるんだよ!」
「す、すまん。張り切りすぎちまった」
さすがに恥ずかしさが勝り、頭をかいて誤魔化してみる。巻き添えを食らった英次はご立腹だが、ここで騒いでも仕方がないと思ったのかため息を吐いて早く入れと俺の背中を押した。促されるままに一歩足を踏み入れて、教室内を一瞥した時に――見つけた。整った顔立ちの横顔を。こちらに顔を向けてはおらず、ただ視線だけをよこすその姿。あのときとは違い、ジャージではなく制服だ。そして――女子制服だった。地面が揺れたのかと思うほどの衝撃が全身を駆け巡り、彼女は現実だったのだと改めて実感した。幻覚を見ていると思っていたわけじゃない、けれどこうして本人がいるところを見てしまったら、やはり受け入れるしかない。彼が彼女である事実、そして――彼女に強く惹かれる己に。
ぐっと拳を握ってそのまま足先を教室内の中心へ定める。名前の名字順だろうが、彼女は教室の中心に座っていた。色鮮やかな臙脂色の髪色が、片方だけ見える、こちらへ向けられたライトブルー瞳がこの教室で一際存在を強調しているようだった。机を挟んで、座る彼女は手を伸ばせば届く距離にいた。睨み付けるかのようにこちらを向けた瞳に映った自分がいて、心臓が変な音を立てているようだった。
「なぁ、君の名前、教えてくれ!」
シン――と確かに静まりかえる「音」がした。が、俺はひたすら自身の拍動がうるさくて仕方がなかった。急に距離を詰めすぎだ? パーソナルスペース? うるさいうるさい! 好きな子を目の前にして、名前を聞かない男があるか! 勢い余って彼女の机に置いた両手が震えそうでヒヤヒヤとする。俺は立っているため、彼女は俺より下の位置から見上げてくるが、おそらく勘違いでなく俺を睨み付けている。それはそれでいいのだ。友好的な態度は一切期待していない。が、これから仲良く慣らせていただく。予定。
数秒待っても彼女から返答がなかったため、マフラーの裏にじわりと冷や汗がにじむ。一瞬の逡巡ののち、俺は自分の名を名乗ることにした。
「俺の名前は号声氷雅だ! よろしくな!」
自分のできる最大限の笑顔で自己紹介をすれば、彼女の形の良い女子にしてはしっかりした眉が片方だけつり上がった。
薄いが赤い唇が言葉を発するように動いて、思わず見つめてしまう。
「そのマフラー」
発せられた単語に自分の首に巻かれている白色が意味を持って視界に入ってくる。冬が終わり、春となってマフラーの季節も過ぎたが個性故につけ続けている。中学の頃からの習慣ではあったが、実施試験で個性の使用過多で凍える経験を得たので必要だと思い身につけ続けている節もある。これがどうしたのかと疑問を胸に見つめていれば不機嫌そうな声色が聞こえてきた。
「暑苦しい」
チリ、と睫毛が揺れたかと思えば、その先にオレンジ色の灯が灯りパチリと弾けた。彼女の個性だ。小さなそれは、あの実施試験で経験したものとは別物のように感じた。例えば、線香花火のような。
「そう、かもな。でも俺の個性的にあった方がいいんだ。あ、俺の個性は」
「知っている」
「え?」
「氷を生み出す個性だろう」
女子にしては低めなハスキーボイス。けれど男とは思われない声色に個性を言い当てられて当惑する。実施試験で個性のぶつけ合いをしたので印象に残っているのはそうなのかもしれないが、あの轟が覚えていてしかもそれを口にするとは想像していなかった。勝手なイメージをして、一人で困惑している俺に彼女が更に言葉を続ける。
「俺には及ばない個性だ」
吐き捨てるように言われたそれに、怒りなどより先になぜか安堵が広がった。――やっぱり彼女はこうでないと。など、普通は考えられないことなのだが。不快感が遅れてやってきて、しかし来ると思っていた怒りはついぞ現れず。それよりも、一人称の方に意識が持って行かれていた。『俺』って、言うんだ……。なんだからしいと思ってしまって、口元がつり上がりそうになるのを必死で抑える。
「そりゃ、どうも。で、俺は名乗ったんだし、そろそろ聞かせてくれよ」
興味を失ったかのように閉じられようとしていた瞳が再び俺を写す。一切仲良くなろうという気を持っていないその様子に、よく分からないが脳がピリピリと痺れるような感覚がする。敵意さえ感じそうな瞳を見つめ返していれば、突きつけるような声が聞こえた。
「轟焔」
『とどろきほむら』。名前が、違う。轟炎司では、ない。
ではやはり、彼女は将来エンデヴァーとなる人物ではないのか。別人なのか。彼女とは別に彼がいるのか。
はっきりと分かったわけではない。けれど、ここで聞けるのはこれぐらいだろう。一人満足し、満面の笑みで言葉を返した。
「よろしくな、焔ちゃん!」
まさか、登校初日早々に顔面を燃やされそうになるとはこのとき、思ってもみなかった。
言葉を言い終わったのと同時に、目の前に赤が舞った。最初何が起こったか理解できず、ただその色鮮やかさに目を奪われていると強い力に腕を引っ張られてそのまま重心が揺らぎ、斜め後ろへ一歩後退した。視界が転じて分かったのは、俺が今さっきいた箇所に炎の残り火があったことと、それが焔ちゃんから発生させられたものだということだ。
――え、俺今、燃やされそうになったの?
あまりのことに呆然としていれば、隣から英次の怪我を気遣う声が聞こえてきて俺を炎から助けてくれたのは英次だということがかろうじて分かった。今まで喧嘩で個性を向けられたことはあるが、今のように攻撃される動作が一切分からなかったのは初めてだった。彼女の名前を聞いて思考していたことも原因だろうがそれほど動きが速かったと言うことだろう。英次が手を引いてくれていなかったら今頃、と考えると肝が冷えた。
燃やした張本人は突き出した手をそのままに、俺を射殺さんばかりに睨み付けている。
「これぐらいも避けられないのか」
「避けられないのかって、氷雅の顔が燃えるところだったんだよ」
「なんだ、雄英に来てまで友達ごっこか?」
「ッ、君ねぇ……!」
いきなり攻撃された衝撃で焔ちゃんの言葉も右から左へ流れていれば、英次が苛立った口調で言い返し始める。いつもは冷静なのだが、さすがの事態に英次も涼しい顔が怒りに赤くなっている。慌てて二人の間に入って滅茶苦茶に手を振る。
「お、おいおい英次落ち着けって! お前のおかげで俺も怪我してねぇし! ほら、この年頃の女の子は難し――」
「死にたいようだな」
後ろから嫌に静かな声がして、鳥肌が立つ。よく分からんが、どうやら彼女の怒りを更に買ったらしい。
ぶわりと背後に熱を感じる。最初はこたつ、次にストーブの前、刹那の後に実施試験で感じた熱の予感。どうしようかと一瞬悩み、自分でまいた種に英次は巻き込めないと炎の赤に染まった片眼鏡ごと抱えて隠せば、鶴の一声ならぬ甲高い女性の一声が教室内に響いた。
「何やってるの―――!!!」
それと同時に背後に風圧。熱の予感はなくなったが、代わりにその風圧に背を押され英次ごと机にぶつかりながら床を転がる。
痛みにうめきながら、命の危険は去ったのだと察して周囲を見渡してみれば皆教室の扉に目を向けている。つられてようにそちらを見てみれば、右手を前に伸ばし、手のひらを上にした握りこぶしを作った黒スーツの女性がいた。左手にノートのような者を持っていて、このクラスの先生かと検討をつけた。
分厚い丸眼鏡をしており、眼鏡越しの目が小さく見える。黒くぼさっとした長い髪で前髪も長めで黒スーツも相まってどことなく暗い印象を受けるが、どうやら焔ちゃんの個性をどうにかしたようだし強さは折り紙付きなのだろう。ふと、原作の相澤先生が浮かび、次いで『除籍処分』という言葉が浮かぶ。相澤先生のような厳しさの先生かは分からないがそれでもこの状況は不味いだろう。やばい、と察したときに彼女が右腕を震わせて叫ぶ。
「にゅ、入学早々、喧嘩とか……! 先生を、困らせないでくださいぃ……!!」
か細いが悲痛な叫びとともに、震えていた手は顔に吸い込まれてしまい。出来上がったのは両手で顔を覆っている先生と、そこから聞こえてくるグスグスという泣き声になってしまった。
――これは、どう、すればいいんだろう。
そういえば、実施試験の時に聞こえてきていたか弱い女性のアナウンス。これはもしかしてこの女性だったのではないかと思い至る。
思い至ってなんだという話だが、いや本当になんだという話なのだが、とりあえず泣き始めてしまった先生については心優しい一部の生徒たちと俺の平謝りによってどうにか事なきを得た。簡単に言うと泣き止んでもらった。ちなみに焔ちゃんは謝らなかった。うん、らしいといえばらしいんだけどさ。別にいいんだけどさ。
どこか怯えたような顔をしつつ、どうにか泣き止んでくれた先生が教壇に立つ。しかしクラス内はどこか不安げな空気が漂っている。それは先ほどの俺たちの喧嘩のせいでもあるだろうが、先生の教壇で見せる不安げな顔に影響されたのだろう。正直俺もまた先生が泣き出さないか滅茶苦茶心配だ。
焔ちゃんに攻撃されたことより先生のことで正直思考が裂かれてしまう。何せ泣かせてしまった。女性を泣かすとか最悪すぎてこっちの方がショックがでかい。逸れもどうなんだという話なのだが、地雷を踏んだと思ったらミサイルが降ってきたような感覚だ。どうしたって足を吹っ飛ばす地雷より全身粉々になるミサイルの方に意識が引っ張られてしまう。女性の涙はダメだ、健康に悪い。
先生の眼鏡越しの視界が揺れて、そうして手に持ったノートに注がれる。焦ったようにペラペラとページをめくって、どこかで止まったかと思うと自信のない口調で言葉が発せられる。
「えと、1-Aを担当させていただきます、嘉指斬子(かざしきりこ)です……。皆さんと、あの、明るく、楽しいクラスを作っていきたいと思っています……」
そう言って小さくなっている背を更に縮こめる嘉指先生。嘉指先生はずっとノートを見つめていたので、生徒の誰とも目が合っていない。その様子を見つめながらおそらくこのクラスの大半が思っているであろうことを心の中で零す。
(すごく、教師に向いていなさそうな人だ)
その後、嘉指先生はか細い声で新入生への最低限の説明をし、そのまま入学式の流れとなった。原作を思い出すと普通の高校生活が送れそうで少し安堵することとなった。当然根津校長以外は見たこともないヒーローたちばかりで少し新鮮な気分だった。途中英次に怪我がないか確認したり、クラスの同級生たちに焔ちゃんとのやりとりの件で心配されたりしたが、どうしても俺の視線は彼女へと向かった。教室での一件があったせいか皆から遠ざけられている様子の彼女。元々一クラス二十人だが、女子生徒は少なく焔ちゃん含めて三人のみだ。個性出現から男女での筋力差という単純な体力的な基準とは別の基準ができたとはいえ、ヒーローはおそらく原作の時期より負傷率や死亡率が高い。そうなると家族などの反対があるのかもしれない。俺もたぶん家族ができて子供が生まれたとしても、娘がヒーローになりたいといったら正直反対する。俺の価値観として、女の子は守ってあげたいから、というのがあるためだろう。そもそも守りたくなるような女の子が好きだし。まぁ、ならなんで焔ちゃんに惚れたのかという話だが……。しらねぇ、俺も知りたいぐらいだ。
クラスの残り二人の女子は、その二人で交流を築いている。コミュニケーション能力が高いことと、さすがヒーローを目指す子供たち、男子も話しやすい子が多いらしくうまく輪に加わっている。そうすると、気になってしまうのが焔ちゃんである。
結局入学式をして、根津校長のありがたい話を聞き、今後のカリキュラム等必要な話を嘉指先生から聞いて食道へ向かった。
入学初日の今日は午前解散で、昼食は生徒の好きになっていたが皆雄英の学食が気になってぞろぞろと初学食を食べるために足を向けたわけだ。絶賛仲を深めている最中の同級生たちとともに学食に訪れ、豪勢なわりに安い学食で腹を満たす。
「うめぇー」
「口にものを入れながら話さない」
「俺の母ちゃんかよ」
今生の母はそんなことは言わないため、前世のという形容詞がつくが。しかし、分かってはいたが英次の機嫌がよろしくない。そして理由はたぶん俺――というか焔ちゃんだろうなぁ。と思っている。なんてフォローしたらいいんだろうとネギトロ丼のネギトロ部分を手をかざして冷やしながら目を細めて考える。俺に責任転換するか? いや、それやったら英次もっと怒るだろ。じゃあなんて言えばいいんだろうな、ここはあえてフォローしない方がいいんだろうか。焔ちゃん、当然のように帰っちゃったし。
「俺、焔ちゃんと仲良くなるわ」
「……」
黙った。やっぱり不機嫌の理由はこれか。といっても今は周囲にクラスメイトがいるから悟られないように隠していたいらしい、反論の声が聞こえてこない。これ幸いと言葉を続ける。
「協力しろとは言わねぇからさ」
「……今日、僕の個性で轟さんの炎を交わせなかったら今頃病院行きだったんじゃない?」
どこか軽い口調のそれは、しかし底に苛立ちが透けて見える。しかし、ああまったくその通り。英次がいなければ、英次の個性が発動していなければ俺の顔は見るも無惨なことになっていただろう。俺は原作の知識があるためおそらく雄英にリカバリーガール――キスをすることで体力を消費し傷を治す個性の持ち主――がいるからと楽観視している部分があるが、それを知らないであろう英次は友人に大怪我をさせられそうになった。という認識だろう。
だが、実は少し違和感もある。焔ちゃんは確かに苛烈で、おそらく短気で、暴力的だ。けれど入学早々に問題を起こすようなタイプなのだろうか。優秀という言葉が似合っても、退学や休学を伴うような問題児という印象はなぜか抱けない。簡単に言うと、あまりにも気に食わないクラスメイトがいたとして、顔面をこんがり焼いてしまったらかなりの問題だし、事件だ。そういったことを後先考えずに起こすような人物なのだろうか。
しかし今の話題がそれではないのは事実。これは置いておくとして、今絶賛焔ちゃんと関わり合いになることへの反対派の英次に何をどう伝えるか。
「その通り。次はちゃんと対抗する」
「そういう話じゃないだろう。それに氷雅と轟さんは相性が悪いよ」
英次が言いたいのは個性ではなく性格の相性だろう。それは俺も思う。多分彼女は俺みたいなのは大嫌いな部類だ。うるさくてデリカシーがないやつ。自分でそれを言うかという話だが、そうやって生きてきたのだから受け入れざるを得ない。男の子らしく、我慢はできるだけしない方向で。前世の影響でしなくてもいい我慢をしてしまったりするので意識をしてそうしている。転生して若返ってさえ自分に縛られるのはごめんだ。したいことをして、したくないことをしないで生きていきたい、が、世の中そううまくはいかない。努力しようとも思っていなかった事柄に尽力しなくてはならなくなったりするのだ。今回の焔ちゃんのこととか。
「でも、仲良くなりてぇんだ」
決めてしまったことだからやるしかない。立てた目標は下ろしたくない。将来のことも、ヒーローのことも。そして新しく浮上した焔ちゃんのことも。決めないで諦めたことは努力しないし、しようともしていないから目的のためだけは頑張りたい。失恋前提なのは分かっている、けれどどうしても気になるから彼女が誰なのか、轟炎司はこの世界には存在しないのか、彼女はヒーローになるのか、どんなヒーローになるのか。知りたいし、そのためには玉砕覚悟で突撃するしかない。相手のことを知りたい、ただそれだけだ。
残りの米とネギトロを掻き込む。無理矢理飲み下し、水で押し込み小さな氷を口の中でかみ砕く。うん、自家製プロテインスムージーとは比べものにならないおいしい食事だった。
すでに食べ終えていたらしい英次は、優雅にコーヒーを飲んでいる。大人すぎる。
「……僕が口を挟むことじゃないからね。ただ怪我をするのは周りの迷惑になるから、気をつけてよ」
「あざーっす!」
どうやら納得はしていないが承諾はしてくれたらしい。礼を言えば、隣にいたクラスメイトから「仲いいな二人とも」と言われて、笑顔で肯定しておいた。