なんだ、これは。
ふよふよと頭に疑問符が浮かぶ。
なぜ、いま私はこんなことになっているのか。
この案件の責任者はどこか。私か、私だわ。100%私だわ。
「なあ、いい加減これ取っちゃダメか? 風呂場で何も見えないの、流石に困るんだけど」
「ダメよ!! 絶対! 絶対ダメ! 取ったらいくらあんただろうとぶっ殺すわ!」
「叢雲、ちょっと希留耶に似てきたか?」
ははは、と笑いかけてくる。
どうしてこいつはこう、こうも能天気なのか。
本当に私の彼氏なのか。海綿体機能は備わっているのか。
いやまあ彼氏彼女という話を持ち出すなら、こうでもしないと向き合えない私にも問題があるのだろうが。
ああ、ほんとなんでこんなことに……。
***
慰安旅行。
先の激闘が終わって数か月、国内の情勢も安定し、文字通り目の回るような日々を過ごしていた私たちもやっと落ち着いてきた頃、希留耶さんからそんな話が持ち上がった。
「その、みんないっぱい頑張ったでしょ。私からも何かお礼したいし、上もいいっていうから……」
と、希留耶さんは恥ずかしそうな顔をしながら提案してくれた。
この話を聞いたキャツナーレや関係者の喜びようと来たら。フロア大熱狂と例えても差し支えのないくらいのものだった。
その温泉に入れるというお話は、今までまともな設備もなく冷水のシャワーを浴びることも多かった私にとっても、とても魅力的なものだった。
「あ、でも長いこと人員が抜けるのはまずいから、一泊二日よ。短いけど今回はこれで許してね」
というわけで一泊二日、私たちは羽を伸ばしに来たのだ。
どうやら希留耶さんの計らいで宿は貸切らしく、宿に着いた後は周りを観光したり、いつも通りのルーティンに励んだり、早々に酒盛りを始める人がいたりと、各々が好きなように過ごしているようだった。
私たちペンダント保持者と新条を倒すのに尽力した縁満、神神子さん、咲音さん、かりんさん(誰が言いだしたかチーム島流しと呼ばれているらしい。世界を救ったといっても過言ではないのにあんまりなチーム名だ)はあたりの観光をしたのだった。
温泉街として有名らしく、あたりには露店が軒を連ねており、普段感じることのない雰囲気に私たちは包まれていた。
お土産なんかを物色しながらみんなと歩いていると後ろからとんとんと肩を叩かれた。振り返るとそれは真理花さんで手をちょいちょいとこまねいている。内緒話をしたいのだろうか、耳を寄せると
「最近、明樽さんとはどうなんですか」
と小声で聞いてきた。明樽――明樽縁満というのははしゃぎながら前を歩く阿呆のことで、九条銀河という名前も持っていたりする。彼が記憶を失った際につけてもらった名前らしく、記憶が戻った後も彼は「まあ、呼びやすい方でいいんじゃないの。俺は俺だし」などとのたまい、他人からの呼び方は様々だ。
「どう、とは」
「あれから上手くいってるんですか、ってことですよ!」
「えーっと……」
言葉を濁らせてしまう。
あれから、というのは十中八九彼が帰って来た時に思わず勢いでやってしまったキスのことだろう。人の往来のある場所でとんでもないことをしてしまった、と死ぬほど後悔したものだがそれも後の祭りで、他の関係者からは私たちはカップルとして認知されているらしい。
「なんですかその微妙な返事! 私叢雲さんのいちゃいちゃ話もっと聞きたい! 尊さを吸収したいのに!」
尊さを吸収とはなんだろうか、新種の妖怪だろうか。
正直な話、何もない。いや、本当に一切何もない。あの後も彼はいつもと変わらず接してくる。今までの距離感を違えることなく、本当にいつも通りなのだ。
キスはおろか手を繋いだりなんかもしない。というか勢いとはいえ手をつなぐよりキスを先にするってあるかしら? 私は何か色々順序を間違ってしまったのだろうか。手遅れなのだろうか。
あの告白はなんだったのだろうか、私の見た幻覚だったのだろうか。嘘でしょう? だってあいつ私に言ったのよ? 「両思いだな」って。両思いって言ったのよ? 両思いって! 意味わかって言ってるのかしら? 認識の齟齬が発生しているのではないかしら? かしら? 本当にあいつ、私のこと――
「あ、ご、ごめんなさい。出すぎたこと聞いちゃって……」
思考の海にどっぷり落ちていると、さっきとは一変、申し訳なさそうな顔で真理花さんが謝ってきた。どうやら考え込みすぎて怖い顔になっていたようだ。
「あっ、ごめんなさい、怒ってるわけじゃないの。ただその……あいつ、あれでしょ? そういうのに無頓着っていうか、何考えてるのかわかんないっていうか……」
そこまで言うと真理花さんは「あ~……」と得心したような声とジト目で彼を眺めた。
「……つらいですね」
「わかってもらえて嬉しいわ……」
思わずため息をついてしまう。私の心情を知らない目の前を行く阿呆はお土産コーナーの試食をシロさんと一緒に片っ端から口にしているようだった。
「じゃあもう叢雲さんからいくしかないですよ! 鈍感彼氏にアタックアタックです!」
「アタック……」
なるほど、アタック。確かに私は受け身すぎたのかもしれない。そうだ、そもそも彼に恋愛において主体性を求めた私が馬鹿だったのだ。
「私、応援してますから! お二人のこと!」
「うん、ありがとう、真理花さん」
よし、と私は心の中で拳を固めた。