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出来るかああああ!!
みんなが寝静まった午前一時、私は布団の中で一人悶絶していた。
あれからみんなで晩御飯を食べたりレクリエーションなんかもしたけどあまり覚えていない(でも真理花さん由梨花さんの歌唱は本当に素敵で、神神子さんと咲音さんに至っては目を閉じ腕を組んで深々と頷いていたのは覚えている)。
隣の咲音さんも今日は珍しく羽目を外し疲れたのかすやすや寝息を立てている。
それに対して私は昼間から頭の中をとめどない思考がぐるぐる回り、目が冴えていた。
このまま眠れないのは困るし、もう一度湯船に浸かってこようか。少しは気分転換になるかもしれない。
***
温泉は宿泊中ならいつでも使うことが出来るようになっていた。
入浴の用意を持って脱衣所に入ると雑に脱ぎ捨てられた浴衣が脱衣籠に入っていた。こんな時間なのに先客が一人いるようだ。
準備をしてカラカラとスライド式の扉を開けるとそこは満天の星空、そして先客は――
「お、よう、むらく――」
ピシャンと扉を閉める。おそらく光速より速かっただろう。
――は?
私は今何を見た? 誰の声を聞いた?
「あれ、なんだよ、入んないのか」
自分の意識の遥か遠くから彼の声がする。
何故――
何故あの阿呆がここにいる?
突然の出来事に頭が上手く働かない。心臓が早鐘を打つ。
「おい、大丈夫か?」
声が近づいてくる。えっ、こっちに来てる?
「ちょ、ちょっと待って。縁満、なんであんたここにいるの。ここ女湯じゃ」
「なんかこの時間混浴らしいぞ。晩飯のあと希留耶が言ってたじゃん。十二時過ぎたら混浴になるからって」
そこまで言われて希留耶さんが言っていたことを思い出す。
『ここのお風呂、時間によって男湯と女湯が分かれてるから、その時間のうちに入ってね。入り損ねても十二時過ぎたら混浴になるわ。まあ宿泊者は私たちだけだし、混浴になるって分かり切った上で入るのなんてアホの男しかいないと思うけど。一応ね』
……言ってた。
空を仰ぐ。これは完全に悪いのは私だ。別のことに思考を持っていかれて上の空だった。
ひたひたとこちらに近づく足音がする。
「ちょ、待って、開けちゃダメよ!? 勝手に開けたら本気で怒るから!」
「え、うん、わかった」
何も考えていないような間抜けな返事が返ってくる。ほんとこいつ……。
しかし、しかしだ、これはチャンスなのではないだろうか。
『鈍感彼氏にアタックアタックです!』
『それくらいの心持ちじゃないと銀河の心を動かすのは難しそうな気がします』
真理花さんと咲音さんの言葉が頭の中で反芻される。
そうだ、銀河一の阿呆を相手するためには待ってるだけではいけないのだ。
覚悟を、覚悟を決めないと。
「縁満、タオルくらいは持ってるわよね」
「え、うん」
「腰に巻きなさい」
がさごそ動く音が向こうから聞こえてくる。やっぱあいつ裸のままこっち来てたのね……。
……やっぱり私、女性として見られていないのでは?
あ、だめだ普通に泣きそう。凹む。
「巻いたけど」
「じゃあ扉の前に立ってあっち向きなさい。こっち向いたら殴るから」
「え、何で……」
問いには答えず、彼が向こうを向いたのを確認してカラカラと扉を開く。
目の前には彼の背中があった。
私は手に持っていたフェイスタオルを彼の目にあてがい目隠しをする。
流石にアタックといっても私のこのタオル一枚の姿を見せるのには抵抗がある。そこまで今の私は肝が据わっていない。
「えっ、何、すいか割り?」
「黙りなさい、あんたの頭かち割るわよ」
「えっ」
そのまま彼の手を引き湯船へと連れて行く。
久しぶりに彼の手を握った気がする。私よりも大きな骨ばった手。彼はこの手で世界を救ったのだ。
「ここ、段差あるから気を付けなさい」
「ん、おお。ていうか何で目隠し」
「黙りなさい」
「……俺、なんか怒らせるようなことしたかな」
後ろで縁満がぶつぶつ言っているのが聞こえるが無視する。
ちゃぽんと二人で熱いくらいの湯につかり、横に並んで座る。
「……」
「……」
沈黙が流れる。ああ、何か、何か話しかけなければ。
「……何で縁満、こんな時間に温泉に入ってるのよ」
「いや、さっきまでかりんと卓球しててさ。シロが見てたんだけど、そのまま寝ちゃったからお開きになった。かりんがめちゃくちゃ強くてさ、すごかった」
「……そう、かりんさんは?」
「シロ連れて帰ったけど。なんか温泉は朝にするって言って」
「そう。それで何であんたは来たのよ」
「え、かりんに『どうせ誰もいないだろうし銀河は入ってきたらいいんじゃね?』って言われたから」
汗もかいたしな、と彼は続ける。
「なるほどね……」
ああ、この事態は単に私の不注意が起こした出来事なのだ。彼は悪くない。
しかし、しかしだ。
もうちょっとこう、何か反応があってもいいんじゃないだろうか。
思いを寄せる人から、好意的な反応が欲しいと思うのはおかしいことではないはずだ。
「叢雲はなんで来たんだよ」
一人悶々としていると、彼が話しかけてきた。
「……寝れなかったから」
嘘は言っていない。
「へえ、なんか珍しいな」
「……そんなことないわよ」
「そうなのか?」
純粋に疑問そうに訊いてくる。
「あの時縁満と別れて、それからずっと会えなくて……。心配してたんだから、寝れない日なんていくらでもあったわ」
言葉が流れるように口から滑り出していく。
「……そっか、心配してくれてありがとな」
しばらくの後、彼はいつもよりいくらか落ち着いたトーンでそう言った。
すぐ隣にいるのに彼の顔が見れない。どういう表情ををしたらいいのか分からず、私は俯いたままだった。
俯いた視線の先には水面に浮かんだ月がある。今日は満月だ。
「……月が綺麗ね」
呟くように言った。どれだけ有名な作家の素晴らしい翻訳だったとしても、彼はおそらく知らないだろう。
「いや、見えないけど」
「…………はあ」
「……叢雲?」
なんだ、これは。
ふよふよと頭に疑問符が浮かぶ。
なぜ、いま私はこんなことになっているのか。
この案件の責任者はどこか。私か、私だわ。100%私だわ。
「なあ、いい加減これ取っちゃダメか? 風呂場で何も見えないの、流石に困るんだけど」
「ダメよ!! 絶対! 絶対ダメ! 取ったらいくらあんただろうとぶっ殺すわ!」
「叢雲、ちょっと希留耶に似てきたか?」
ははは、と笑いかけてくる。
どうしてこいつはこう、こうも能天気なのか。
本当に私の彼氏なのか。海綿体機能は備わっているのか。
いやまあ彼氏彼女という話を持ち出すなら、こうでもしないと向き合えない私にも問題があるのだろうが。