「「乾杯っ!」」
場所はそのままギルドに併設された酒場。夕食もまだだったし打ち上げをやろうという話になり、私達3人は今日の討伐を労い、グラスをあげた。
もちろん良い子な私はオレンジジュースである。アルコールは昔興味本位で口にしたことがあるが味覚おこちゃまな私にはとてもじゃないけど合いませぬ。
「今日の飯代は俺が出すからなっ、遠慮なく食ってくれ!」
1番実入りが少ないはずのダストがそう告げたがいいのだろうか?私は自然な形で隣に座るリーンにその目線を向けた。
「いいのいいの、いつもの事なんだから。ギャンブルやら討伐で大金がはいると大抵ダストはこうなるのよ。」
リーンはそう言うものの26万エリス程度をこんなに派手に消費してたらすぐなくなるのは目に見えてる。既に酒場にいた全員にシュワシュワというビールに似たお酒を奢っているのだ。4~5日してお金がなくなってまたリーンに借りようとする未来しか見えない私は、何も言えず苦笑した。
そうしてると、視線を感じた。これは初めて冒険者ギルドにきた時と同じものだと即座に理解できたし理由ももはやわかっている。
何せ昨日の日中ずっとアクセルの一番人が集まる場所でアクシズ教の布教活動を行っていたのだ。それを見た人はかなりいるだろう。勿論二度とするつもりはないものの、私を見た人は私の事情なんて知ったこっちゃないだろう。昨日の私を見た人のほぼ全員が私の事をアクシズ教徒と思っているに違いない。このままこの街で活動するのならなんとしてもこの誤解を解かなければ私はまともにパーティメンバーを探すことはできないかもしれない。
「大丈夫よ、アリス。」
半ば頭を抱えたい苦悩に陥ってると隣から優しい口調で声がかかった。おそらく私に向けられた視線に勘づいたのだろう。
「あぁ、アリスがアクシズ教徒じゃないってことは、しっかり俺達が広めといてやるよ。こんな下らないことで大事な仲間を減らしたくないしな。」
対面に座って上機嫌にシュワシュワを飲むダストも気づいたのか、その2人の存在は非常にたのもしく感じて、私は心から安堵できた。私は自然に涙目となり、笑顔でありがとうございますとお礼を言った。
「あーもう、アリスは可愛いなぁ♪大丈夫大丈夫、おねーちゃんに任せておきなさいってー」
おねーちゃんオーラが全開になったリーンは私を抱きしめて片手で頭をわちゃわちゃと撫でてくれた。まだそんなに飲んでないはずなんだけど早くも酔っているのだろうか。流石に人の目があるので恥ずかしいけどさっき私が恥ずかしい目にあわせたのも事実だからやめろとも言えない。
「あ!?おいリーン!ちょっとそこ変われ!」
「何バカ言ってんのよ、あんたがやったらただの犯罪でしょうが!」
冒険者になって初日だったけど、いい仲間に巡り会えた。そう思うと、安心したように私の心が満たされてる感覚を覚えた。この感情はとても穏やかで、とても心地よかった。
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ジャイアントトードの唐揚げに、カエル肉のシチュー。ダストが適当に頼んだものはこんな感じだった。えっ?何これ罰ゲーム?
「どうしたのアリス?食べないの?おいしいよー?」
隣からこちらを不思議そうに覗き込むリーンは当たり前のようにそれらを美味しそうに食べている。だけど流石にカエルと聞いて食欲はわかない。確かに私が元いた日本でも食用のカエルとかの話は聞いたことがある。だけど決して一般的ではない。もちろん私は食べた事はない。でもこれらはおそらくこの世界では一般的な食べ物なのだろう。その証拠に私がカエル料理と睨めっこしてる間に他のテーブルからは「おまたせしました、ジャイアントトードの唐揚げでーす」とウェイトレスさんが当たり前のようにカエル料理を運んでいる。きっと今後も食べる機会はあるだろう。
…私は諦めたようにおそるおそるスプーンを使い、シチューの中のお肉をすくいあげた。そして口に運ぼうとしたその時
「失礼、お嬢ちゃん。ちょっと話してもいいかな?」
聞き慣れない男性の声が、私の手を止めた。
そのまま見上げると、茶色い髪に鶯色のバンダナ、大きな肩当てと鍛え上げられている肉体から前衛職であることが伺える男性がいた。なんか色合いからして…地味である。
「テイラー!この子は」
「あぁ、わかってるよ。ダストとリーンが一緒にいるってことは、そういうことなんだろ?」
リーンが男性を見るなり慌てて立ち上がるがその男性は落ち着いた様子で返す。とくに何も話してないのにわかってると顔で表現していた。
「アリス、紹介するわね。この人は私達の普段組んでるパーティのリーダーでテイラー。クルセイダーよ。」
「よろしく頼むよ。アリス、でいいのかな。」
おおらかに笑うテイラーに、私は笑顔で頷き差し出された手を握り握手する。
なるほど、リーダーというだけあって優しそうだし責任感も強そうだ。しかも上級職のクルセイダー。見た目からして屈強な戦士という感じである。地味だけど。
そんなテイラーはそのままダストの隣に座ると、ダストとリーンを交互に見た。
「聞くところによれば彼女はアークプリーストだそうじゃないか。そこで提案なんだが、良かったら俺たちのパーティにはいらないか?」
突然の提案に私は目をパチクリさせた。正直ありがたい話だった。固定パーティを組むことができたらパーティを探す手間が省けるし、ダスト達が私のアクシズ教徒疑惑をなくすように噂を流したとしてもそんなすぐには広まりきれない可能性も高い。かなり前向きに考えていると、テイラーは言葉を続ける。
「もちろん自由性は認めているよ。今回のようにダストとリーンだけでクエストを受けるようなこともある。ようはパーティというグループ内で人が足りないような状況にある時に、率先して声をかける感じかな。」
「私は歓迎するよ。おいでよアリス。」
「俺もだ。だけどいいのかリーン?アリスがはいったら2つの意味でポジションをとられるかもしれないぜ?」
いつの間にか会話に混ざってたダストがにししと笑う。テイラーはそんなダストの言葉に首を傾げた。
「ふむ、ひとつは紅一点とかそういうやつだろうが…もう1つはなんだ?」
テイラーのその言葉にダストとリーンは私に視線を向けた。おそらくあれだろう。パーティにはいるならいずれバレるし別に隠してる訳でもないのでとくに問題ないと思った私はそのまま首を縦に振った。
「アリスはな、攻撃魔法スキルが使えるんだよ、それもアークウィザードの上級魔法レベルのやつを。」
「…なんだって?」
ダストの発言にテイラーは耳を疑うように目を細め、ダストの冗談かと疑う。口には出さないがダストを見る目がそう語っていた。しかしリーンを見てダストと同じように真顔なのを見たテイラーは、悩むように顔を顰めた。
本来アークプリーストとは回復、支援魔法を主体として、あるいは前衛にでて戦うこともできる職業だ。だから前衛で戦うならまだ理解できるが、アークウィザードの上級魔法なみのスキルを扱うアークプリーストなど聞いたことも無い。信じられないのは当然の話だった。
「それが本当なら凄いな…。王都に行っても引く手数多だろうに。」
「アリスは凄いけど、冒険者になったのは今日らしいのよね。経験が足りないからしばらくはアクセルにいるつもりらしいわよ。」
「そういえば噂で聞いたな。今日冒険者登録をした小さな女の子がいきなりアークプリーストになっただとか…なるほど、君だったのか…。」
テイラーは顎に手をあてて何やら考えるそぶりを見せていた。その瞬間私は察した。この流れはおそらくパーティ云々の話を無かったことにするだろうという予知めいたものが浮かんだからだ。だから私は、是非パーティに入れてください、と先手を切った。
それを聞いたテイラーは軽く驚くように私には視線を寄せた。
「こちらとしては大歓迎なんだが…本当にいいのかい?うちのパーティで上級職は俺だけだ。君個人で考えたら、王都でパーティを探すなりした方が実入りは大きいぞ?アークプリーストなら低レベルだろうと王都では率先してパーティに誘われる人気職業だ。」
私としては儲けやらなんやらは二の次だった。私は今日出会えたこの絆を大切にしたかった。私はダストやリーンと、もっと仲良くなりたいと思った。そんな私の気持ちを、正直に話した。すると隣から衝撃を受けた。
「ありがとうアリス…!心配しなくても、私達はもう友達だからね…!」
涙目でリーンが抱き着いてきた。ダストは照れくさそうに笑っている。そんな様子を見たテイラーは、ふっと笑みをこぼすとまたダストとリーンに目を向けた。
「いい子を見つけたな、2人とも。ではアリス。これからよろしく頼むよ。もう1人キースというアーチャーがいるんだが、そいつはそのうち紹介しよう。」
その言葉に私は笑顔で返事をした。
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まさに宴会状態だった夕食も終わり、私は酔い潰れたリーンを抱えてひと足はやく酒場から退散していた。抱えると言っても私よりリーンのほうが身長が高いので私にもたれかからせる形にはなっているがこのまま1人で帰らせるよりマシだろう。ダストは他の冒険者と意気投合していてまだまだ飲むようだ。今夜は朝まで飲むぞーとはりきっていたので、私の予想よりもお金が尽きるのがはやいかもしれない、なんて考えながら。
「だいりょーうょ、ありすぅー、あらしはまだよってらいからー…」
酔っ払いはみんなそう言うのです。ちなみにリーンの宿はクエスト帰りの銭湯前に立ち寄ったのでしっかり覚えていた。宿にはいると主人がリーンの様子を見るなり苦笑していた。先程も私とは顔を合わせてたので何も疑いもなくリーンの泊まる部屋の鍵を渡してくれた。
部屋にはいる。先程は入口で待っていたので部屋にはいるのはこれが初めてだ。長く泊まっているらしく、その部屋は宿屋というよりアパートのようにリーン色に染められていた。私はそっとベッドにリーンを寝かせると、そのままその場所を後にしようとする。私はまだ宿をとっていなかったのだ、だからこの宿で取れるならそれでもいいしセシリーお姉ちゃんのところでもいいのだがせっかく噂を消してくれる2人がいるのに私がアクシズ教の教会に出入りするのはあまりよくないだろう。この宿がダメなら他を探すだけだ。
そんな風に思っていたら、ふと目にはいったのは机の上に置かれた書きかけの手紙だった。
「うーん?そりぇー?それはー、両親にかく手紙らよー…」
まだ寝てなかったのかとリーンを見るなり、私は心に大きな闇が生まれたような感覚を覚えた。
「ありしゅー。ろーひたのー?」
心が不安と焦燥感に押しつぶされそうになった。だけどリーンに心配をかけたくない気持ちもあったので、私は平静を装い、おやすみなさいと言ってその部屋から出た。
……これはきっと…遅効性の毒なんだろう。
……
リーンの泊まる宿は残念ながら空き部屋がなかったので、私は早足で宿を探した。ただ今は誰にも出逢いたくなかった。1人になりたかった。この感情をぶつけられる相手は…もう出会えない人だから。
私は適当に歩いて見つけた宿を訪ねて、個室が空いてたのでそこを借りた。少し高い部屋だったけどお金はあったから問題なかった。足早に部屋にはいると、私は鍵をしめて、乱暴にベッド横に服がはいった鞄と杖を投げ、そしてベッドの上でうつ伏せになり、泣いた。
1度出てきた涙は止まらなかった。どこまでも溢れてきた。
私は……まだ自分が死んだという自覚をしきれてなかった。
女神アクア様に出会ったあの時。私はあれを完全に夢だと思い込んでた。だから自分が死んだなんて認識はまったくなかった。本来私はあの場所で自分が死んだという認識をすべきだったのだろう。だけどできなかった。
その後はめまぐるしく、そんなことを考える余裕はなかった。これは夢じゃないと自覚はしたけど、つまり私は死んだことが夢じゃないという答えまでは辿り着かなかった。
だけどさっきリーンの部屋で両親にあてた手紙を見たことで、思い出してしまっていた。
私にも両親がいた。でももう逢えない。お母さんの手料理は二度と食べられない。悪いことしてお父さんに怒られることも二度とない。あの場所で当たり前だった日常を味わうことが、二度とできない。
涙はいつまでも止まらない。なんとか止めようとしても、ひっくひっくと癇癪を起こすだけだった。
つらい。苦しい。お父さんに、お母さんに会いたい…!
だけど、仮に元の姿に戻って、元の世界に帰れるとしても…
あの地獄には、もう帰りたくない……
だから私は…
自殺したんだ。
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どれだけ時間が経ったのかわからない。
相変わらず私は、ひっくひっくと癇癪を起こしていた。枕に抱きついて、ただひたすらに泣いていた。そんな時だった。
コンコン、と扉をノックする音が聞こえてきた。
今は誰とも会いたくなかったし会う訳にはいかなかった。だから私はそれを無視した。
ガチャ…
扉を開ける音がした。
どうして…?鍵は閉めたはずなのに。…まさか泥棒?
そう思って対処しようと、ベッド下の杖をとろうとするけど、身体が動かなかった。
「突然ごめんね、だけど大丈夫。私は君の敵じゃない。」
それは女の子の声だった。だけど知らない声。
私はそっと声の方向に目を向けた。だけど灯りをつけないままだったので、暗くて見えない。するとその女の子は、ベッド横の椅子に座り、机の上にあるランプに灯りをいれた。
ぼんやりと明るくなる。
1番に視界にはいったのは銀髪だった。頬に傷。髪は短めで動きやすそうな軽装で若干露出が多い。ボーイッシュな見た目の女の子は優しい笑みをしたまま私と向き合っていた。
「はじめまして。勝手にはいってごめんね。だけど泣き声が聞こえてきたから、心配になっちゃって。」
どうやら私の泣き声は外の通路まで聞こえていたらしい。1人になりたくて高い個室を選んだのにまったく意味がなかった。それにしても私は確かに鍵をしたはずなのだけど。
「あぁ、私は盗賊だからね。鍵開けくらいは楽勝だよ。大丈夫、鍵は壊してないから。」
いい笑顔で言うけどそういう問題でもない。普通に不法侵入なのだから。…だけど追い出すようなことは言えなかった。不思議とそばにいてほしいと思えた。
「居ていいの?ふふっ、ありがとう。私はクリス。貴女は?……アリス、ね。そっか。」
私の名乗りに何故かクリスは不自然な反応を示した。名前が似てるからだろうか?そんなことを考えてると、笑ってたクリスは表情を変えた。
「今の君は『アリス』なんだ。だから、どこまでも『アリス』でいたらいい。私はそう思う。」
……この子は一体…誰なんだろう。だけど。
不思議な気分だった。まるでこの子が、私の全てを知っているみたいで。
今の私は有栖川梨花ではない。アリスなんだ。そして、アリスとしてまだ短いけど…素敵な仲間ができた。あの心地よい温もりを思い出したら…いつの間にか涙は止まっていた。
…ダスト、リーン、テイラーさん。それにセシリーお姉ちゃん。
そうだ。今の私は…この世界で1から生きていくんだ。前を向いて行かなきゃ。
「今はゆっくりおやすみなさい。そして心の傷を癒してください。大丈夫ですよ、…今の貴女は、決して1人ではありませんから。」
何故かクリスの言葉なのにクリスじゃない感じがした。だけどその優しい言葉は私の心をどこまでも優しく包んでくれて…、とても優しい風に纏われてるような感じがして…
泣き疲れたのと、今日の疲労もあって、私はそのまま意識を手放した。
明日からまた頑張ろう。そう心に思って。
…
「寝ました、か…。」
私が寝た後の部屋。クリスは私の寝顔を優しい瞳で見つめていた。
「まったく…先輩には勘弁してほしいですよ。」
それだけ言うと立ち上がり、外から部屋の鍵をかけて出ていった。
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窓からの光で目覚めた私はかなり落ち着いていた。とても穏やかだった。一晩泣いたからすっきりしたのかな?
私はベッドから立ち上がると、扉の鍵がかかってることを確認した。
…あのクリスって子は、夢、だったのかな?
確かに脳内にある銀髪の少女。今思えば不思議な子だった。私は彼女に何も言ってない。それなのに彼女はまるで私の心を読んだかのように私に言ってくれた。私が1番欲しかったかもしれない言葉を。
両親に会えないのは確かに辛い。だけど、それは自分で選んだ道なんだから。
後悔しても、反省してもいいから前を向こうと、そう思えた。